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春の宴の後に4

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 半日。それが隣町へ移動するのにかかる時間だった。

 私の住む城下町、陽宝は、常に人が溢れているが、私の目指す隣町である華春は、一体どうなのだろうか。今まで町の外に出たことはない。人に聞いた話だけでは、不安だった。

 その人に聞いた話と言うのは、華春は、陽宝に負けない程の賑わいがあるが、土地が小さいため、建物同士がひしめき合っており、初めて行くと必ずと言っていいほど迷子になるような街だそうだ。

 そんな場所であるにも関わらず、先生の独りごとのような助言を耳にし、すぐに決めてしまうあたり、私らしくもあった。先生には、事情をしっかりと説明するべきだっただろうと少し後悔する。先生は、私のこの顔を見て、どう思っただろうか。先生だけではない、御者、商人、行き交う人々、彼らは、私にどんな目を向けていたのか、そんなことを考えるとずっと気持ちが落ちて行った。

 荷台の中は暗く、目を閉じれば、その揺れと私は、一緒に落ちて行ってしまうんではないかと思うほどだ。そう思って、程なくして、私は、眠りについた。深い眠りと浅い眠りを繰り返し、じっと目を閉じて、到着を待った。目を開けてしまうと、嫌な思考が巡ることになりそうだからだ。





 「お嬢さん、着いたよ。」



 そう言って、荷台の扉代わりの布が開かれる。黄赤の陽が視界を覆う。もうすっかり陽が傾いていることを知らせた。



 「……ありがとうございます。」



 到着した頃は、すっかり深い眠りに入っていたようで、停まったことに気付けず、少しばかり恥ずかしい気持ちになり、言葉が詰まる。



 「ここは、表門で、そこに案内板があるから見て、目的地に向かうといいよ。慣れない旅路だったね、お疲れ様。」



 商人は、再び荷台を動かそうと御者台に乗り込もうとするのを慌てて、止める。まだ代金を支払っていなかった。



 「すみません。お代、受け取ってください。」



 そう言って、慌てて袋に手を入れ、掴んだ硬貨を商人に差し出す。



 「いいよいいよ。またうちの店を使ってくれ。それがお代だよ。うちの店は、萬商というんだ。以後、御贔屓に。」



 萬商を名乗る初老の商人は、颯爽と去って行った。申し訳ない気持ちと人の親切に触れ、胸が熱くなる。弱った私には、劇薬に感じられた。

 商人が立ち去った後、案内板を見る。街の見取り図が簡単な絵と共に描かれていた。黎様は、どこにいるのか見当がつかなかった。
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