雪豹くんは魔王さまに溺愛される

asagi

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続.雪豹くんと魔王さま

2-15.白狼の里騒動①

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 一晩過ごした寝床を片付け、白狼の里へ向かう。厚い雲が覆った空だけれど、昨日のような荒れた天気にはならない見込みのようだ。

 アークに横抱きにされて飛び続けて数時間。
 前方に森が切り拓かれた場所が見えてきた。ちらほらと石積の建物が散らばっている。

「あ、見て! あれが白狼の里じゃない?」
「そうだな。――さて、手前に下りるか」

 高度が下がるにつれて、里の中の様子や里の周囲を警戒している者たちの姿が見える。
 里内で歩いている者はなく、里を囲む塀のところにたくさんの白狼族が立っていた。

「……何かあったのかな?」
「そのようだな。俺たちが警戒されているわけではないようだが」

 アークと顔を見合わせながら、スノウは地面に下りた。
 ルイスがスライム型から人型へと変化するのと同時に、吸血鬼族がスノウたちを囲むように立つ。白狼族の様子から警戒感を強めているようだ。

「――異変は特にない」

 素早く周囲の探査をしたアークが首を傾げる。
 スノウはアークに続いて口を開くも、里の方から駆けてくる姿を見て固まった。

「スノウ! よく来たね」
「……おばあ様! お元気そうで良かった」

 懐かしく感じる姿に目が潤む。
 もう大人になったのだからお行儀よくしようと思っていたのに、いつの間にかラトに飛びついていた。
 しっかり抱きしめてくれる腕に、母と同じような温もりが感じられる。

「予定がずれたようだけど、昨日の天候の悪化のせいかな?」
「うん。一晩、アークがつくってくれた寝床で過ごしたんだよ」
「そうか……さすが魔王陛下。あの雨風をくぐり抜けたか」

 ラトの言葉がやけに意味深に思えた。
 スノウはラトとの再会の挨拶を終えて、近づいてきたアークの隣に立つ。ようやく澄まし顔を取り繕うけれど、ラトやアークに微笑ましげに見つめられてしまった。ちょっと恥ずかしい。

「久しいな。書状の通りやって来たわけだが……問題が起こっているのか?」

 アークが一瞬視線を白狼族の集団の方へ向ける。ラトは少し厳しい表情になった。

「……そうですね。できれば里を挙げてスノウを歓迎したかったのですが。一昨日から里の周辺に嵐がやって来まして、それがどうも奇妙なのですよ。雨に触れた白狼族が寝込むことが続いていて……」
「寝込む? 風邪を引いたってことでは……ないんだね」

 ラトの表情を見て、スノウも不安になってきた。
 雨に触れただけで寝込むなんて、強靭な身体を持つ獣人では珍しい。

 そんな不安を癒やすように、逞しい腕がスノウの肩を抱く。アークだ。
 慣れた香りと体温に、少し安堵して頬が緩んだ。

「アーク……」
「大丈夫だ。――それで、寝込んだ者の症状は?」
「魔力枯渇症に近いですね。体内から魔力が失われて、目眩や体力低下が起きているのです」
「ほう……魔力枯渇症、か」

 呟いたアークが吸血鬼族に視線を向ける。それに対し、吸血鬼族は首を横に振って答えた。
 そういえば、吸血鬼族も偵察として嵐の調査をしに行ったのだ。その際に当然雨に触れている。でも、白狼族のような症状は一人も出ていない。

「……どういうことだろう? 白狼族、もしくは獣人にだけ症状が出る?」
「その可能性はあるな。もし、あの嵐の雨が魔力を奪う効果があるなら、体内の魔力量も産生量も少ない獣人は、魔力枯渇症になりやすいだろう」
「でも、誰がそんなことを……?」

 アークと顔を見合わせる。
 厳しい表情のアークが思い浮かべていることはスノウも理解できた。最近白狼の里周辺を彷徨いているという不審者だ。

「彼らはあそこで何をしている? 雨により災いがあるならば、天気が悪い間は極力外に出ないほうがいいのではないか?」

 アークが白狼族の集団を顎で指す。
 多くの白狼族がスノウたちの会話を気にした素振りを見せていた。例え視線がこちらに向いていなくとも、耳の動きを見ればすぐ分かる。

 スノウはその集団の中にナイトの姿が見えないことが気になった。

「……久しぶりに雨がやんだから、調査に出る準備をしていたんです。寝込んだ者たちは、雨を拭いとって寝ておけば少しずつ回復している傾向にありますが、問題を解決させられなければ、ろくに狩りにも行けない……」

 ラトが困った表情で肩をすくめる。調査といっても、その手立てがまったくないのは、白狼族の様子から伝わってきた。

 それならば、魔王であるアークが来たことを幸いにと頼ればいいのに、その様子もないのが不思議だ。もしかすると、これが排他性の表れなのかもしれない。

「そうか……。とりあえず、調査は俺の方で請け負おう。これも魔王としての務めだ」
「助かります。ありがとうございます」

 アークの言葉にラトが頭を下げる。
 周囲を警戒していた吸血鬼族の多くが飛び立っていった。アークの意を受けて、早速調査に出たのだろう。

「……お前たちも行け」
「ですが、もし途中で雨に触れたら、帰還も不可能に――」
「我が一族の問題を、よそ者に任せきりにするつもりか!?」

 白狼族の集団の方が騒々しくなった。若い白狼族の指示に、賛同したり困惑したりする者たちが相次いでいる。

「……あれはなぁに?」

 スノウがぽつりと呟くと、ラトが困った顔をしながらため息をついた。

「族長の息子が、大のよそ者嫌いなんだ。魔王陛下であっても、里の問題に関わらせるのを拒んでいるんだろう。あの一派は、この問題解決の指揮をとって、評価を上げるつもりなんだろうが……」
「そんな、寝込んでいる人もいるんだよね? そんな名誉のために争うような状況かな……」
「それが分からないから、支持率が低いんだよ」

 嫌そうな声で答えたラトが、アークに向き直る。

「――彼らは好きにさせましょう。あれの指示に従ってどこかで行倒れたところで、それは彼ら自身の責任です。それより、陛下をいつまでも外に立たせているわけにはいきません。族長の許可は得ていますから、どうぞ里の中へ」
「分かった。だが……ジェイド、白狼族が調査に出たら、その動向を見守れ。倒れるようなら回収を」

 アークが吸血鬼族のジェイドに指示を出す。小さな声は白狼族には聞こえなかったようだ。
 頷いたジェイドがスッと森の中に入る。どこかに隠れておいて、白狼族を追うつもりのようだ。

「……ありがとうございます」

 ラトの礼もスノウたちにしか聞こえない。雪豹族よりも体面や面子を重視する白狼族の性質に、ラトは苦労しているようだ。

「おばあ様、僕は里の中を拝見したいです!」

 あえて明るくお願いすると、ラトの表情が緩んだ。優しく頭を撫でられて、スノウも思わず口元を綻ばせる。
 なんだか楽しく再会を祝える雰囲気ではないようだけれど、ささやかな触れ合いだけでもスノウは幸せを味わえた。

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