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三章 マウリ様と過ごす高等学校二年目

27.ハンネス様の不安とラント領の一行の到着

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 マウリ様が指導して書いたお手紙でサロモン先生の気持ちはヨハンナ様に伝わった。これはマウリ様がかなり賢いことを示しているのではないだろうか。わたくしは誇らしい気持ちでいっぱいだった。

「マウリ様のお手紙には『アイラさま、だいすき』と書いてくださってますが、あんな風に思っていてくださったのですか?」
「ほんとうはもっとながいことばをかきたいんだ。でも、わたし、じをおおきくかかないとじょうずにかけなくて、いっぱいきもちをつたえたいのに、かみにはいらなかったの」

 マウリ様の書く手紙の『だいすき』には、『アイラさまだいすきです。アイラさまといっしょにいるとうれしいです。おおきくなったら、けっこんしてください』の意味が込められていた。5歳のマウリ様にそんな長い文章が書けるはずはないのだが、気持ちの上ではそう思っていてくれたことが嬉しくて、わたくしはマウリ様を抱き締めていた。
 ハンネス様はフローラ様を抱っこしてヨハンナ様のところに行っている。

「母上、サロモン先生と結婚するのですか?」

 じっと緑色の目でヨハンナ様を見つめるハンネス様に、ヨハンナ様も同じ緑色の目で見つめ返す。

「ハンネスには意見を聞かなければいけないと思っていました。サロモン先生がわたくしの夫となることについて、賛成か反対か、正直に聞かせてください」

 穏やかなヨハンナ様の問いかけに、ハンネス様は迷っているようだった。なかなか口が開けない。やっと出た言葉は、震えていた。

「母上が苦労していたのを、私は知っています。母上には幸せになって欲しい……シェルヴェン家に嫁いで本当に幸せになれるのか、私は心配なのです」
「ハンネス……」
「わたくしたちの両親の件でしたら、わたくしがどうにかします。サロモンはヘルレヴィ領で貴族の家庭教師を続けながらヨハンナ様と一緒に暮らせばいい。もうシェルヴェン家に帰る必要もありません」

 ビシッと言い放つソフィア様に、ヨハンナ様もハンネス様も驚いている。

「ヘルレヴィ家には新しいお子様が生まれると聞いております。そのお子様の家庭教師をしたとして、残り12年、その後はマウリ様とアイラ様のお子様の家庭教師をさせていただけばよいのではないでしょうか?」
「私がヘルレヴィ家の専属家庭教師になるということですか?」
「ヘルレヴィ家は王家に次ぐ権力を持つ公爵家です。シェルヴェン家の家庭教師がいてもおかしくはないでしょう」

 わたくしとマウリ様の子どもなど想像もつかないが、十二年後ならばマウリ様は17歳。春には18歳になっている。生まれて来た赤ん坊が高等学校に行くまでの十二年間をヘルレヴィ家でサロモン先生が家庭教師として教え続けてくれて、わたくしとマウリ様が結婚するまでいてくれたなら、当然わたくしたちはサロモン先生に子どもの家庭教師を頼むだろう。

「わたしがおしえてもらったサロモンせんせいが、わたしのあかちゃんのせんせいにもなるの!? すごいね!」

 無邪気に喜ぶマウリ様と、真剣に考えるわたくし。王族の家庭教師となるために勉強していたサロモン先生がわたくしとマウリ様の子どもも教育してくれるならばそれよりも心強いことはないだろう。

「サロモン先生はずっとヘルレヴィ領にいてくださるんですか……私は、母上と引き離されないで済むんですか?」
「当然、母子を引き離すようなことはわたくしがさせません」

 心強いソフィア様の言葉にハンネス様の目に涙が浮かんでくる。まだハンネス様は10歳の子どもなのだ。そのことが一番心配だったのだろう。

「ハンネス、フローラ、わたくしはあなたたちと離れるつもりはありませんよ」
「母上……」
「まっま!」

 抱っこしているフローラ様ごと抱き締められて、ハンネス様は涙を零していた。
 昼食の席にはソフィア様も同席した。サロモン先生も同席してヨハンナ様とのことをカールロ様とスティーナ様に報告する。

「ヨハンナ様にプロポーズをしました。ヨハンナ様は前向きに考えてくださるそうです」
「シェルヴェン家はどうするんだ?」
「それは、わたくしが継ぎます。女は宰相になれないなどと言った輩を見返してやるのです。次の宰相はわたくし、ソフィア・シェルヴェンですよ。この国初の女性宰相になってみせます」

 堂々と宣言するソフィア様にスティーナ様が目を細めている。

「なんて素晴らしい。わたくしも女性の当主ということで周囲から信頼を得られずに苦労しました。女性がもっと活躍する国になって欲しい。その気持ちはソフィア様と同じです」
「スティーナ様、領地は原則として夫婦平等に治める法律の制定などを進めていきたいと思っております」

 ラント領も父上と母上で統治しているが、どちらが主導かといえば父上のような気がする。そんなことがないように、父上も母上も同じように敬われる当主になる未来をソフィア様は作り上げようとしている。
 わたくしとマウリ様が結婚した暁には、わたくしとマウリ様は同等に扱われて、クリスティアンとミルヴァ様も同等に扱われる未来が来るのだろう。それは国を変える大きな一歩であるような気がしていた。
 お昼ご飯を食べるとマウリ様とフローラ様はお昼寝をするのだが、今日はラント領からクリスティアンとミルヴァ様とわたくしの両親が来る日なので、寝ないで待っていようと思ったのだろうが、椅子に座ってフローラ様は眠りかけているし、マウリ様も瞼がとろんと落ちかけている。

「フローラ様、マウリ様、ベッドに行きましょう」

 オルガさんが声をかけるが、眠くなっている子どもというのは駄々っ子になって機嫌が悪い。

「やー! やぁよー!」
「みーがくるまで、ねないのー!」

 声をかけられるとカッと目を見開くのだが、すぐに眠くなって瞼が閉じそうになる。二人を見かねてヨハンナ様がフローラ様を膝に乗せて絵本を読み始めた。優しい絵本を読む口調は眠気を誘う。絵本が読み終わる頃にはフローラ様は白い虎柄の子猫の姿になっていて、マウリ様はドラゴンの姿でぐっすりと眠っていた。
 眠った二人をそっとベッドに運ぶ。本性に戻って眠っているときには眠りが深いので動かしたくらいでは起きたりしない。

「アイラ様、クリスティアン様とミルヴァ様に、わたくしとサロモン先生の件、どのようにお伝えすればいいでしょう?」
「結婚を前提にお付き合い、でいいのでは?」
「まだお付き合いしておりません」
「お付き合いを前提に……でも、結婚を意識はされているのでしょう?」

 どことなく嬉しそうなヨハンナ様は、男性に頼らずに生きたいと言っていたが、サロモン先生には好意はあったのだろう。何度も難解な恋文を持って現れるサロモン先生の姿に、気になり始めていたのかもしれない。

「わたくし、結婚したとしても乳母を辞めるつもりはないのです。わたくしが稼いだお金で、ハンネスもフローラも立派に育て上げたい」

 お金が目当てで結婚するのではない。ヨハンナ様は最初からサロモン先生のことを気にかけていたし、好意を持っていたのかもしれない。頼れる男性とはサロモン先生はとても言いづらいが、ヨハンナ様の方がサロモン先生を支えていくつもりなのだろうか。ソフィア様が強いようにヨハンナ様も強い女性だ。
 玄関の方が騒がしくなって、使用人が来客者を告げる。その声に眠っていたマウリ様とフローラ様が飛び起きた。大急ぎで人間の姿に戻ったマウリ様とフローラ様は玄関の方に駆けていく。途中でヨハンナ様とオルガさんに捕獲されて、マウリ様はお手洗いに、フローラ様は着替えに攫われて行った。
 すっきりとして二人とも廊下を歩いてくるクリスティアンとミルヴァ様とわたくしの両親に突進していく。クリスティアンは水色のポンチョを着ていて、ミルヴァ様は葡萄色のポンチョを着ている。

「みー!」
「まー! フローラ!」
「ねぇねー!」

 団子のようになってマウリ様とミルヴァ様とフローラ様が抱き合っている。

「びぎゃー!」
「ぎょえー!」
「びょわー!」

 マウリ様の大根マンドラゴラとミルヴァ様の人参マンドラゴラとフローラ様の人参マンドラゴラも抱き合って、その周りをクリスティアンの蕪マンドラゴラとハンネス様の蕪マンドラゴラが飛び回って踊っていた。

「いらっしゃいませ、父上、母上、クリスティアン」

 わたくしが挨拶をすると、父上と母上とクリスティアンに順番に抱き締められた。
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