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六章 辺境伯の動きとヘルレヴィ家の平穏

16.ライネ様の1歳の誕生日

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 ライネ様が歩いた。
 掴まり立ちから、手を放して立てるようになって、最初の一歩は出ていたのだ。一歩歩いて、二歩目が続かずに尻もちをついてしまって、そのままはいはいに移行するというのがこれまでの流れだった。
 それがヨハンナ様の手を離れ、テーブルの脇で立ってマウリ様とミルヴァ様とフローラ様に勉強を教えているサロモン先生の足元まで、ゆらゆらとしながらも合計六歩ほど続けて歩いて、サロモン先生の脚に縋り付いてにぱぁっと笑いながらサロモン先生を見上げたのだ。

「ライネ……歩けましたね!」
「サロモン、ライネがあなたの元に歩いて行きましたよ!」
「ヨハンナ、今日はなんて素晴らしい日なんだ」

 勉強を中断してサロモン先生がライネ様を抱き上げて頬ずりしても、マウリ様もミルヴァ様もフローラ様も文句は言わない。それどころか拍手でライネ様を讃えている。

「すばらしいわ、ライネ!」
「ついに歩けたのね、ライネ!」
「おめでとう、ライネ!」

 子ども部屋で勉強していたハンネス様もわたくしも拍手をして、拍手喝さいに包まれたライネ様はご機嫌でサロモン先生に抱っこされていた。生まれたときには雪の中お医者様が来ることが出来なくて、スティーナ様とわたくしで取り上げたライネ様。生まれてからも寝てばかりであまりミルクも母乳も飲みたがらなくて、なかなか大きくならなくて心配だった。
 それが大根マンドラゴラのダイちゃんに噛み付いて汁を飲み始めてから、ぐんぐんと成長して、むちむちと肉付きがよくなって大きくなり、遂に歩くようになった。

「びぎゃ! びょえ!」

 サロモン先生の脚元で大根マンドラゴラのダイちゃんが誇らし気な顔をしている。大根マンドラゴラのダイちゃんの頭の葉っぱが少なくなっているのは、小腹が空くとライネ様が引き抜いてしゃくしゃくと生のままで食べているからだった。
 もう諦めているのか大根マンドラゴラのダイちゃんは噛み付かれても、葉っぱを引き抜かれても逃げることはしない。その代わりにわたくしが栄養剤をよいものに変えて、頻繁にあげているので、抜いても抜いても葉っぱを生やす努力をしているようだった。
 大根マンドラゴラのダイちゃんはライネ様の成長のためなら自分の身を捧げるつもりでいるようだが、巻き込まれて毎度悲しい思いをしているのは蕪マンドラゴラのローランだった。ハンネス様のバッグに入っていればいいのに、蕪マンドラゴラのローランもライネ様の成長が気になるようで、頻繁にライネ様を見に来る。噛まれる前に逃げるのだが、遠くに行ってしまうとライネ様が床に突っ伏して大声で泣くので、心配になって近寄っては捕まえられて、頭の葉っぱを毟られてしゃくしゃくと食べられている。
 蕪マンドラゴラのローランにもよい魔法薬の栄養剤をあげているのだが、どうしても頭の葉っぱは生え切らずにまばらだった。
 それでも、噛み痕がたくさんある状態で堂々としている大根マンドラゴラのダイちゃんよりは痛々しくない。ライネ様も噛み千切れる歯はあるのだが、加減はしているようで噛み痕はつくが噛み千切られるまでには至っていなかった。
 年の瀬も近付いてきていて、ライネ様の誕生日が来る。
 雪に庭も覆われて、剣術の稽古もできなくなっているが、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様は子ども部屋で柔軟体操をしていた。

「体が柔らかい方が怪我をしにくいですからね」
「わたくし、たいそうとくいよ!」
「私も、がんばる!」
「わたくしも!」

 座って足を伸ばして上半身を倒したり、足を広げる柔軟体操をしたりしているマウリ様とミルヴァ様とフローラ様の真似をして、エミリア様もライネ様も何となく柔軟体操をしている。
 冬の間も身体を動かすことはやめずに、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様は鍛えていくようだった。

「私は高等学校の体育の授業で剣術を学ぶことにしました」

 新学期からは高等学校の体育の授業で剣術を習うと宣言するハンネス様に、マウリ様とミルヴァ様とフローラ様が駆けて行って取り囲む。

「兄上、習ったことを教えてね!」
「わたくしも教えてほしいわ」
「はーにいさま、うちあわせしましょう!」

 バッグから木刀を出して構えをとるフローラ様に、ハンネス様が苦笑する。

「手合わせ、でしょうか? まだ危ないから、手合わせは無理ですよ」
「あ、まちがえちゃった」

 可愛い言い間違えにわたくしたちは和んで笑っていた。
 フローラ様とエミリア様とライネ様のお昼寝が終わったおやつの時間に、ケーキが運ばれてきた。晩ご飯はサロモン先生とヨハンナ様一家は離れの棟で食べるし、ライネ様は遅くまで起きていられないので、わたくしたちはおやつの時間にお誕生日のケーキを食べるのが習慣になっていた。
 たっぷりとベリーのジャムを乗せたチーズケーキをエミリア様とライネ様が涎を垂らしながら見つめている。

「ライネ様お誕生日おめでとうございます」
「ライネ、1さいおめでとう!」
「ライネ、これからもいっぱい大きくなってね」

 わたくしとマウリ様とミルヴァ様が言うと、ライネ様は自分に言われたのだと分かっていないのか、一生懸命手を叩いてお祝いをしていた。フローラ様もハンネス様もサロモン先生もヨハンナ様も手を叩いてライネ様をお祝いする。
 切られたケーキに顔を突っ込んで食べるライネ様は、胸までベリーの青い色で染まってしまった。
 わたくしとマウリ様とミルヴァ様は、この日のためにライネ様のお誕生日お祝いを考えていた。三人でこっそりと話し合ったのだ。

「ラント家に行ったときにおもったのだけれど、エミリアが使っているだっこひも、ライネやダーヴィドにも使えないかしら」
「わたくしも考えていましたわ」
「あったらきっと、ヨハンナ様もオルガさんもマルガレータさんも、母上もべんりだよね!」

 もう2歳になっているエミリア様にはちょっと窮屈に思える抱っこ紐だが、まだ1歳のライネ様や生まれて数か月のダーヴィド様には、移動のときにとても役に立つのではないだろうか。
 気候がよくなってくれば、ライネ様やダーヴィド様もお散歩に庭を歩くようになる。まだ歩き始めたばかりのライネ様は自分の足では靴を履いて外を歩くのは難しく、すぐに抱っこをせがむだろう。
 それを考えると、抱っこ紐が幼児の人数分あるというのはかなり助かるはずだった。
 エリーサ様にお手紙で抱っこ紐を買うことはできないかと伝えると、送られてきたのは二種類の抱っこ紐だった。一つはスリングと言って、大きな布を身体に斜めにくっ付けるようにしてその布のひだの中に赤ん坊を入れる、月齢の低い子用のものだった。もう一つはわたくしがもらったのと同じ抱っこ紐だった。

『お支払いは結構です。来年もよく育ったマンドラゴラと南瓜頭犬とスイカ猫をよろしくお願いします』

 エリーサ様からのお返事にはスリングの使い方を図解したものと共にお手紙が入っていて、わたくしは心から感謝してエリーサ様にお礼のお手紙を送った。そこにはマウリ様とミルヴァ様からのお礼のお手紙も入っていた。

「これは、マウリ様とミルヴァ様とわたくしからのお誕生日プレゼントです」

 抱っこ紐とスリングを出して、使い方を説明するとヨハンナ様とオルガさんとマルガレータさんとスティーナ様が興味津々で聞いていた。

「スリングというのはダーヴィドにも使えそうですね」
「横抱きにもできるようなので、ダーヴィド様にぴったりだと思います」
「抱っこ紐はこれからライネに役立ちそうです。どちらもありがとうございます」

 スティーナ様とヨハンナ様がスリングと抱っこ紐を実際に手に取って構造を見ながら話して、お礼を言ってくれた。
 ライネ様のお誕生日お祝いと言いつつ、ヨハンナ様やオルガさんやマルガレータさんやスティーナ様の子育てが楽になるものを選んでしまったが、感謝されたのでよかったと思うことにする。
 年明けのパーティーにはスティーナ様はスリングにダーヴィド様を入れて参加されるかもしれない。
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