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十章 マウリ様とミルヴァ様の高等学校入学
15.ダーヴィド様の救世主
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ソフィア様の結婚式の打ち合わせが終わって、マイヤラ家に移動したときには、ダーヴィド様は泣き過ぎて疲れて眠っていた。マイヤラ大公夫妻が用意してくれた子ども部屋にダーヴィド様を寝かせると、わたくしたちはマイヤラ大公夫妻とおやつをいただいた。
冷たいアイスクリームを添えた熱々の焼き立てのアップルパイはとても美味しくて、エミリア様は子ども部屋のダーヴィド様を呼びに行ったが、一人で戻って来た。
「だーちゃん、ベッドからでてきてくれないの」
「相当ショックだったんだろうね」
「ダーヴィドは思い込みが激しいから」
マウリ様は心配しているが、ミルヴァ様は結構辛辣だった。ダーヴィド様が勘違いをしてしまうのもまだ4歳という年齢から考えれば仕方のないことだった。ずっと歌の練習をしている間も、自分とライネ様の結婚式のために兄姉が歌ってくれていると幸せな気持ちで聞いていたのだろうか。それを考えると、ダーヴィド様が真実に気付いてどれだけ傷付いているかが気になって仕方がない。
晩ご飯の時間になっても起きて来ないダーヴィド様をわたくしはマウリ様とミルヴァ様とエミリア様と迎えに行った。
「ダーヴィド様、晩ご飯を食べましょう?」
「いらない……」
「なにもたべないと、よるにおなかがすいてねむれなくなっちゃうわ」
「いらないもん……」
「ダーヴィド、晩ご飯を一緒に食べよう?」
「たべたくない……」
「ダーヴィド、元気を出して?」
わたくしが声をかけても、エミリア様が声をかけても、マウリ様が声をかけても、ミルヴァ様が声をかけてもダーヴィド様は出て来る気配がない。カールロ様とスティーナ様も心配で子ども部屋に顔を出していた。
「ダーヴィド、今夜はわたくしと寝ましょう」
「俺も一緒だぞ? ほら、起きて」
「いやあああああああ! みんな、あっちいってぇ!」
カールロ様がダーヴィド様を抱き上げて晩ご飯の場に連れて行こうとすると、ダーヴィド様は火が点いたように泣き出した。大声で泣いてしまうダーヴィド様を無理やり連れていくこともできず、カールロ様がベッドに降ろすと、お布団を被って隠れてしまった。ぐすぐすと泣いているのが聞こえてくるから、わたくしも胸が痛くなる。
「おじゃまします!」
そこへ颯爽と現れたのはライネ様だった。ハンネス様がシルヴェン家からライネ様を連れて来てくれたようだ。
「ライネがどうしてもダーヴィドが心配だというので連れて来ました。夕飯時にすみません」
「いいえ、来てくださってありがとうございます」
わたくしがお礼を言っていると、ライネ様がダーヴィド様のベッドに登って行った。お布団を剥がして、涙でぐちゃぐちゃのダーヴィド様の顔を、ライネ様が丁寧にハンカチで拭く。
「だーちゃん、だいすきだよ」
「らいちゃん……」
「だーちゃんがわたしとのけっこんしきだっていってくれて、わたしはうれしかった」
「わたし、ものすごいかんちがいをしちゃったんだよ?」
「わたしはうれしかったよ。だーちゃんのことがだいすきだから」
にっこりと微笑んでライネ様がダーヴィド様の鼻の頭にキスをする。キスをされて涙目だったダーヴィド様の頬がぱぁっと赤く染まる。
「おおきくなったらけっこんしようね」
「う、うん、らいちゃん、だいすき」
「わたしも、だーちゃんがだいすきだよ」
ベッドから降りて手を差し出すライネ様にダーヴィド様が手を重ねる。ベッドから出てこなかったダーヴィド様をライネ様は連れ出すことに成功した。
泣いたせいでオムツがぐっしょりと濡れていたダーヴィド様は着替えさせられて、ライネ様が帰って行くのを見送っていた。ライネ様はハンネス様と手を繋いで馬車に乗って帰って行った。
無事に気を取り直したダーヴィド様は晩ご飯を食べてぐっすりと眠って、翌日のソフィア様とオラヴィ様の結婚式に備えることができた。
次の日は朝から大忙しだった。簡単な朝食を食べるとドレスを着て、髪を纏める。わたくしはマウリ様のお誕生日にも着たヘルレヴィ・スィニネンの鮮やかな青いドレスを身に纏った。髪は三つ編みをお団子にして纏める。マウリ様もヘルレヴィ・スィニネンのスーツを着ていた。ミルヴァ様はお誕生日に着た赤いドレスを着ている。エミリア様はミルヴァ様のお譲りのワンピースを着ていて、ダーヴィド様はマウリ様のお譲りのスラックスとシャツとジャケットを着ていた。
結婚式は王都の大きな神殿で行われる。リハーサルでも来ていたのだが、その広さにどうしても緊張してしまう。
宰相家の後継者であるソフィア様と王族のオラヴィ様の結婚式なので、ラント家のわたくしの両親とクリスティアンも来ていた。
国王陛下が錫杖を聖水に浸して、ソフィア様とオラヴィ様の頭上で振る。この後に誓いの言葉が交わされるので、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とハンネス様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様は歌を歌う場所に移動した。
「わたくし、ソフィア・シルヴェンはこの国のために生きます。わたくしにとって一番に考えるのはこの国のこと。そうであっても構わないとオラヴィ様は仰いました。わたくしは国に尽くすと同時に家庭も大事にできるような器用さはないかもしれません。ですが、どちらも両立できるような生活を心がけていきたいと思っております」
「私、オラヴィ・レフトラは、ソフィア様の配偶者として、生涯ソフィア様を支えることを誓います。ソフィア様には国に尽くす素晴らしい使命があります。それを支えて、家庭を守ることこそ、私のできることだと思っています。ソフィア様が心置きなく執務につけるように、生涯支え続けたいと思います」
これまでに聞いたどんな結婚の誓いとも違ったけれど、ソフィア様とオラヴィ様らしい形だとわたくしは感動していた。女性が家庭を守るなんていうことはもう古いのかもしれない。この国で初めての女宰相になるつもりのソフィア様からしてみれば、オラヴィ様が家庭を守ってくれれば安心だろう。
頭の固い貴族の中からはざわめきもわいたが、わたくしはお二人の誓いに感動して拍手を送っていた。
誓いの口付けが交わされて、わたくしたちは祝福の歌を歌う。
ミルヴァ様の高い歌声と、マウリ様の少し低くなった歌声が、ドーム状になった神殿の天井に響き渡る。ドラゴンの歌声に祝福されて、ソフィア様とオラヴィ様は夫婦となった。
神殿での結婚式の後には披露宴があって、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様はそこには招待されていなかった。ハンネス様とフローラ様とライネ様はソフィア様の弟のサロモン先生の家族なので当然招かれている。
「ヨハンナ様は、招かれなかったのですか?」
マイヤラ家に姿を現したヨハンナ様にわたくしが驚いていると、ヨハンナ様は子ども部屋のソファに腰かけた。
「悪阻が少し出ているので、辞退させていただいたのです。本来ならばサロモンの妻として必ず出なければいけない場面ですが、ソフィア様が気遣って、マイヤラ大公家で休んでいるように言われたのです」
シルヴェン家は披露宴の会場ともなっているし、使用人さんたちも大忙しなので誰もヨハンナ様を気遣っている余裕がないのだろう。マイヤラ家ならば、わたくしもいるし、マウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様もいるので、ヨハンナ様は安心だと判断されたのだろう。
「わたくしももう35歳になります。この年で出産はやはり心配事が多いものです」
「ライネ様のときに、ヨハンナ様は体調を崩されましたものね」
「そうなのです。こちらに行くようにソフィア様が仰ったのは、アイラ様とお話しする機会を作るためでもあるのです」
「わたくしと、ですか?」
わたくしはどんな話があるのかと背筋を伸ばしていると、ヨハンナ様からお願いをされた。
「出産はいつも女性は命懸けです。ライネのときにわたくしはとても苦しい思いをしました」
「そうでしたね」
「お乳もちゃんと出るかどうか分かりません。アイラ様には出産から子育てまでたくさん助けていただくことになると思います」
調合室で栄養補助の魔法薬を作るのも、ヨハンナ様を定期的に検診するのも、わたくしにとっては少しも負担ではない。スティーナ様も妊娠されているので、二人とも一緒に検診をして、栄養補助の魔法薬も二人分作ってしまえばいいだけだ。
「わたくしにできることならば何でもします。ヨハンナ様、わたくしに頼ってくださいませ」
「よろしくお願いいたします、アイラ様」
頼られることはわたくしにとっても誇らしいことだった。
ヘルレヴィ家からヴァンニ家に移動するのもわたくしは移転の魔法が使えるので楽にできる。
「任せてください、ヨハンナ様」
わたくしが答えると、ヨハンナ様は深々と頭を下げていた。
冷たいアイスクリームを添えた熱々の焼き立てのアップルパイはとても美味しくて、エミリア様は子ども部屋のダーヴィド様を呼びに行ったが、一人で戻って来た。
「だーちゃん、ベッドからでてきてくれないの」
「相当ショックだったんだろうね」
「ダーヴィドは思い込みが激しいから」
マウリ様は心配しているが、ミルヴァ様は結構辛辣だった。ダーヴィド様が勘違いをしてしまうのもまだ4歳という年齢から考えれば仕方のないことだった。ずっと歌の練習をしている間も、自分とライネ様の結婚式のために兄姉が歌ってくれていると幸せな気持ちで聞いていたのだろうか。それを考えると、ダーヴィド様が真実に気付いてどれだけ傷付いているかが気になって仕方がない。
晩ご飯の時間になっても起きて来ないダーヴィド様をわたくしはマウリ様とミルヴァ様とエミリア様と迎えに行った。
「ダーヴィド様、晩ご飯を食べましょう?」
「いらない……」
「なにもたべないと、よるにおなかがすいてねむれなくなっちゃうわ」
「いらないもん……」
「ダーヴィド、晩ご飯を一緒に食べよう?」
「たべたくない……」
「ダーヴィド、元気を出して?」
わたくしが声をかけても、エミリア様が声をかけても、マウリ様が声をかけても、ミルヴァ様が声をかけてもダーヴィド様は出て来る気配がない。カールロ様とスティーナ様も心配で子ども部屋に顔を出していた。
「ダーヴィド、今夜はわたくしと寝ましょう」
「俺も一緒だぞ? ほら、起きて」
「いやあああああああ! みんな、あっちいってぇ!」
カールロ様がダーヴィド様を抱き上げて晩ご飯の場に連れて行こうとすると、ダーヴィド様は火が点いたように泣き出した。大声で泣いてしまうダーヴィド様を無理やり連れていくこともできず、カールロ様がベッドに降ろすと、お布団を被って隠れてしまった。ぐすぐすと泣いているのが聞こえてくるから、わたくしも胸が痛くなる。
「おじゃまします!」
そこへ颯爽と現れたのはライネ様だった。ハンネス様がシルヴェン家からライネ様を連れて来てくれたようだ。
「ライネがどうしてもダーヴィドが心配だというので連れて来ました。夕飯時にすみません」
「いいえ、来てくださってありがとうございます」
わたくしがお礼を言っていると、ライネ様がダーヴィド様のベッドに登って行った。お布団を剥がして、涙でぐちゃぐちゃのダーヴィド様の顔を、ライネ様が丁寧にハンカチで拭く。
「だーちゃん、だいすきだよ」
「らいちゃん……」
「だーちゃんがわたしとのけっこんしきだっていってくれて、わたしはうれしかった」
「わたし、ものすごいかんちがいをしちゃったんだよ?」
「わたしはうれしかったよ。だーちゃんのことがだいすきだから」
にっこりと微笑んでライネ様がダーヴィド様の鼻の頭にキスをする。キスをされて涙目だったダーヴィド様の頬がぱぁっと赤く染まる。
「おおきくなったらけっこんしようね」
「う、うん、らいちゃん、だいすき」
「わたしも、だーちゃんがだいすきだよ」
ベッドから降りて手を差し出すライネ様にダーヴィド様が手を重ねる。ベッドから出てこなかったダーヴィド様をライネ様は連れ出すことに成功した。
泣いたせいでオムツがぐっしょりと濡れていたダーヴィド様は着替えさせられて、ライネ様が帰って行くのを見送っていた。ライネ様はハンネス様と手を繋いで馬車に乗って帰って行った。
無事に気を取り直したダーヴィド様は晩ご飯を食べてぐっすりと眠って、翌日のソフィア様とオラヴィ様の結婚式に備えることができた。
次の日は朝から大忙しだった。簡単な朝食を食べるとドレスを着て、髪を纏める。わたくしはマウリ様のお誕生日にも着たヘルレヴィ・スィニネンの鮮やかな青いドレスを身に纏った。髪は三つ編みをお団子にして纏める。マウリ様もヘルレヴィ・スィニネンのスーツを着ていた。ミルヴァ様はお誕生日に着た赤いドレスを着ている。エミリア様はミルヴァ様のお譲りのワンピースを着ていて、ダーヴィド様はマウリ様のお譲りのスラックスとシャツとジャケットを着ていた。
結婚式は王都の大きな神殿で行われる。リハーサルでも来ていたのだが、その広さにどうしても緊張してしまう。
宰相家の後継者であるソフィア様と王族のオラヴィ様の結婚式なので、ラント家のわたくしの両親とクリスティアンも来ていた。
国王陛下が錫杖を聖水に浸して、ソフィア様とオラヴィ様の頭上で振る。この後に誓いの言葉が交わされるので、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とハンネス様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様は歌を歌う場所に移動した。
「わたくし、ソフィア・シルヴェンはこの国のために生きます。わたくしにとって一番に考えるのはこの国のこと。そうであっても構わないとオラヴィ様は仰いました。わたくしは国に尽くすと同時に家庭も大事にできるような器用さはないかもしれません。ですが、どちらも両立できるような生活を心がけていきたいと思っております」
「私、オラヴィ・レフトラは、ソフィア様の配偶者として、生涯ソフィア様を支えることを誓います。ソフィア様には国に尽くす素晴らしい使命があります。それを支えて、家庭を守ることこそ、私のできることだと思っています。ソフィア様が心置きなく執務につけるように、生涯支え続けたいと思います」
これまでに聞いたどんな結婚の誓いとも違ったけれど、ソフィア様とオラヴィ様らしい形だとわたくしは感動していた。女性が家庭を守るなんていうことはもう古いのかもしれない。この国で初めての女宰相になるつもりのソフィア様からしてみれば、オラヴィ様が家庭を守ってくれれば安心だろう。
頭の固い貴族の中からはざわめきもわいたが、わたくしはお二人の誓いに感動して拍手を送っていた。
誓いの口付けが交わされて、わたくしたちは祝福の歌を歌う。
ミルヴァ様の高い歌声と、マウリ様の少し低くなった歌声が、ドーム状になった神殿の天井に響き渡る。ドラゴンの歌声に祝福されて、ソフィア様とオラヴィ様は夫婦となった。
神殿での結婚式の後には披露宴があって、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様はそこには招待されていなかった。ハンネス様とフローラ様とライネ様はソフィア様の弟のサロモン先生の家族なので当然招かれている。
「ヨハンナ様は、招かれなかったのですか?」
マイヤラ家に姿を現したヨハンナ様にわたくしが驚いていると、ヨハンナ様は子ども部屋のソファに腰かけた。
「悪阻が少し出ているので、辞退させていただいたのです。本来ならばサロモンの妻として必ず出なければいけない場面ですが、ソフィア様が気遣って、マイヤラ大公家で休んでいるように言われたのです」
シルヴェン家は披露宴の会場ともなっているし、使用人さんたちも大忙しなので誰もヨハンナ様を気遣っている余裕がないのだろう。マイヤラ家ならば、わたくしもいるし、マウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様もいるので、ヨハンナ様は安心だと判断されたのだろう。
「わたくしももう35歳になります。この年で出産はやはり心配事が多いものです」
「ライネ様のときに、ヨハンナ様は体調を崩されましたものね」
「そうなのです。こちらに行くようにソフィア様が仰ったのは、アイラ様とお話しする機会を作るためでもあるのです」
「わたくしと、ですか?」
わたくしはどんな話があるのかと背筋を伸ばしていると、ヨハンナ様からお願いをされた。
「出産はいつも女性は命懸けです。ライネのときにわたくしはとても苦しい思いをしました」
「そうでしたね」
「お乳もちゃんと出るかどうか分かりません。アイラ様には出産から子育てまでたくさん助けていただくことになると思います」
調合室で栄養補助の魔法薬を作るのも、ヨハンナ様を定期的に検診するのも、わたくしにとっては少しも負担ではない。スティーナ様も妊娠されているので、二人とも一緒に検診をして、栄養補助の魔法薬も二人分作ってしまえばいいだけだ。
「わたくしにできることならば何でもします。ヨハンナ様、わたくしに頼ってくださいませ」
「よろしくお願いいたします、アイラ様」
頼られることはわたくしにとっても誇らしいことだった。
ヘルレヴィ家からヴァンニ家に移動するのもわたくしは移転の魔法が使えるので楽にできる。
「任せてください、ヨハンナ様」
わたくしが答えると、ヨハンナ様は深々と頭を下げていた。
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