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十章 マウリ様とミルヴァ様の高等学校入学

23.ヨウシア様の提案と、マウリ様とミルヴァ様の13歳のお誕生日

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 マウリ様とミルヴァ様のお誕生日の後にエミリア様のお誕生日がある。マウリ様とミルヴァ様のお誕生日付近には歌劇団の公演もあるのだが、ヨウシア様とハールス先生が二人揃ってヘルレヴィ家にやってきた。
 ハールス先生はいつものぼさぼさの髪でヨレヨレのシャツではなく、前髪をきっちりと上げて、スーツを着ている。ヨウシア様もいつものラフな格好ではなく、きっちりとスーツにネクタイを締めていた。歌劇団の公演のチケットを持ってきてくださるだけと思っていたわたくしたちは、ハールス先生とヨウシア様の姿に驚いた。

「何か大事な話がありそうですね」
「応接室に行きますか?」
「いいえ、子ども部屋でお話しさせてください」

 カールロ様とスティーナ様が呼び出されて、応接室で話をするのかと思ったら、ヨウシア様は子ども部屋で話すことを望んだ。
 子ども部屋の隅のソファに腰かけるカールロ様とスティーナ様。スティーナ様はお腹がかなり大きくなってきていて、執務をこの春から休んでいた。

「歌劇団の公演のチケットを持ってきました。それとお願いがあります」
「チケット、いつもありがとうございます」
「お願いとはなんでしょう?」
「エミリアちゃんのお誕生日をサイロ・メリカント村の僕たちの屋敷で祝わせてもらえませんか?」

 歌劇団が公演をするようになってからはエミリア様のお誕生日には、ヨウシア様は参加できていなかった。代わりにターヴィ様が来ていたが、今年はヨウシア様の方から申し入れがあった。

「歌劇団の公演はいいのですか?」
「誕生日の当日は、公演を休みにします。週に一度は公演が休みになるようにはスケジュールを組んでいるので、少しずらしても平気です」

 ヨウシア様の決意が固いのを確認して、カールロ様とスティーナ様はエミリア様を呼んだ。自分の話題が交わされていると気付いているエミリア様は青い目をきらきらさせてカールロ様とスティーナ様のところに走って来る。

「エミリア、今年はヨウシア様とハールス様のお屋敷でお誕生日を開きたいと申し出てくださっています」
「わたくし、ようせんせいとおたんじょうびするわ!」
「ヨウシア様とハールス様のところでお誕生日を祝ったら、ヘルレヴィ家では祝わないけれど、構わないかな?」
「それはへいきよ。おたんじょうびをにかいもいわうのは、ずるいってわたくし、わかってる」
「わたくしもカールロもマウリもミルヴァもダーヴィドも行きますし、ハンネスもフローラもライネにも来てもらいます。それでいいですね?」
「いいわ。わたくし、ようせんせいとおはなししてもいい?」
「いいよ、しっかりと確認しておいで」

 カールロ様とスティーナ様はどこまでもエミリア様の意思を尊重する考えだった。エミリア様はいそいそとヨウシア様の膝に登って座る。

「ようせんせい、だーちゃんもらいちゃんも、わたくしも、イチゴがだいすきなの。イチゴのケーキがよういできるかしら?」
「苺を取り寄せてケーキを作らせよう」
「あのね、わたくし、ようせんせいとおうたをうたって、きてくださったかたにおれいをしたいの」
「分かったよ。歌の練習もしよう」
「ありがとう、ようせんせい。ちちうえ、ははうえ、わたくし、ことしはようせんせいのおやしきでおたんじょうびをするわ!」

 ヨウシア様とも話は纏まって、それをハールス先生が黙って静かに聞いていた。
 エミリア様のお誕生日はヨウシア様とハールス先生のお屋敷で祝われることが決まった。
 マウリ様とミルヴァ様のお誕生日は、いつも通りヘルレヴィ家で祝われた。次期後継者のマウリ様とその妹のミルヴァ様のお誕生日なので、毎年のように盛大に祝われる。
 朝の畑仕事を終えて、シャワーを浴びたわたくしはヘルレヴィ・スィニネンのドレスに着替えたが、マウリ様はヘルレヴィ・スィニネンのスーツが若干きつそうだった。ミルヴァ様も赤いドレスがきつそうである。

「このスーツもこれが着るのは最後かな」
「マウリ様も大きくなられましたからね」
「わたくしのドレスも、もう今回が最後だわ」

 名残を惜しむようにスーツの滑らかな生地と、ドレスの柔らかな生地を撫でるマウリ様とミルヴァ様。二人が成長しているのを感じてわたくしは嬉しかった。

「みーあねうえ、そのドレス、わたくしがおおきくなったら、きるわ」
「大事に着ていたドレスだから、エミリアが着てくれるのは嬉しいわ」
「わたくし、みーあねうえのドレス、ずっとすてきだとおもっていたの」

 エミリア様も次の誕生日で7歳になる。ミルヴァ様は12歳からそのドレスを着ているので、エミリア様も五年後くらいにはミルヴァ様からお譲りされたドレスを着ることができるだろう。
 今日エミリア様が着ているのも、ミルヴァ様からお譲りされたワンピースだった。葡萄色のワンピースに青いヘルレヴィ・スィニネンの髪飾りをつけたエミリア様はとても可愛い。

「まーにいさま、わたし、まーにいさまのスーツもらえる?」
「ダーヴィドが大きくなったら着られると思うよ」
「はやく大きくなりたいなぁ」

 公爵家の子どもとは言えども、カールロ様もスティーナ様も浪費家ではないので、成長する子どもの服はきっちりとお譲りを着せていた。ダーヴィド様が今日着ているのもマウリ様のお譲りのジャケットとシャツとスラックスだ。日中はオムツを着けていなくても平気になったので、ダーヴィド様のお尻はすっきりとしていた。
 大広間に移動すると貴族たちが集まっているのが分かる。この中にはヘルレヴィ家のことをよく思わない貴族もいるのを知っているから、カールロ様とスティーナ様は、後継者のマウリ様とその妹のミルヴァ様の双子のお誕生日はヘルレヴィ領を挙げて祝うが、エミリア様やダーヴィド様のお誕生日は家族だけで祝うようにしているのをわたくしは気付いていた。
 前回のダーヴィド様のお誕生日はパーティーにして欲しいと言われたのでパーティーを開いていたが、招いていたのはマイヤラ大公夫妻やアンティラ家のイルミ様、ラント家のわたくしの両親とクリスティアンなど、ひとを選んでいたこともはっきりと分かっている。
 大広間を埋め尽くすような大人数ではなかった。
 たくさんの目に晒されながら、マウリ様もミルヴァ様も幼い頃から公の場に出されてきたのを考えると、二人が真っすぐに育っていることがわたくしは奇跡のように思えてならない。
 嫌な思いもたくさんしたのに、マウリ様もミルヴァ様も素直に育っている。

「我が家の長男と長女、マウリとミルヴァの13歳のお誕生日に来て下さってありがとうございます」
「ヘルレヴィ家には夏にはまた家族が増えます」
「長男と長女としてマウリとミルヴァは弟妹を可愛がってくれることでしょう」
「二人の成長をこれからも見守ってください」

 カールロ様とスティーナ様の挨拶に、大きな拍手が巻き起こる。わたくしはそっと会場を抜けて、ラント家へ飛んでいた。ラント家ではクリスティアンが準備をして待っている。

「姉上、お願いします」
「はい、行きましょう、クリスティアン」

 クリスティアンを連れてわたくしが会場に戻ると、マウリ様がわたくしを探していた。大広間にはダンスの音楽が流れて、踊りの輪ができている。

「ミルヴァ様、お待たせしました。踊ってください」
「クリス様、来てくれたのね! 嬉しいわ。アイラ様、クリス様を連れて来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
「クリス様踊りましょう」

 手を取り合ってクリスティアンとミルヴァ様が踊りの輪に入っていくと、マウリ様がほっぺたを薔薇色に染めてわたくしに手を差し出す。

「アイラ様、踊りましょう」
「はい、マウリ様」

 マウリ様の手を取って踊り出すと、マウリ様がわたくしの顎くらいまで背が伸びているのを感じる。ハンネス様はもう自分の身長は伸びないだろうと言っていたが、マウリ様はまだまだ身長が伸びているようだ。

「マウリ様、ミルヴァ様より大きくなりましたね」
「そうかな? 私、大きくなってる?」
「壇上で並んでいるときに思いました。マウリ様の方がミルヴァ様よりも背が高くなっていると」

 男女の双子だがスティーナ様の蜂蜜色の髪と蜂蜜色の目を受け継いでとてもよく似ているマウリ様とミルヴァ様だが、13歳にもなると男女の差が出て来ていた。マウリ様はミルヴァ様よりも背が高くなってきていて、体付きも骨ばっている。ミルヴァ様の方は体付きがほんのりと丸みを帯びてきたような気がする。
 双子で同じ年で顔はそっくりなのに体付きから男女の差は出て来るのだとわたくしは学んだ。

「最近、歌うときに声が出にくいんだ」
「声変わりも終盤に入っているのかもしれませんね」
「兄上みたいな低い声になるのかな?」

 掠れてはいるがまだ高さの残る声でマウリ様が言うのに、わたくしは少し考える。男性でも声の高いひとはいるし、声変わりでハンネス様のように低くなってしまうかはまだ分からなかった。

「マウリ様がどんな声でもわたくしは大好きですよ」
「私もアイラ様が大好き。アイラ様、今日もとても綺麗だよ」
「ティアラのせいですかね?」
「ティアラは似合ってるけど、それだけじゃないよ。アイラ様がアイラ様である限り、私には綺麗で可愛いんだ」

 ものすごい殺し文句をもらってしまったようで顔を赤くしたわたくしの腰を、マウリ様が引き寄せる。密着して抱き合うようにして踊るわたくしたちを、誰が見ていてもわたくしは気にならなかった。
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