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十三章 研究院卒業とキノコブタ

11.キスをするために

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 夜の子ども部屋でマウリ様がわたくしに言った。

「アイラ様、私、もう15歳なんだよ」
「はい、マウリ様も15歳になられましたね」

 にこにことマウリ様の話を聞いていると、マウリ様が顔を真っ赤にしている。マウリ様の顔を見てわたくしはどうしてそんな顔をしているのか分からずに首を傾げていた。
 厳かにマウリ様が口を開く。

「私、アイラ様にキスをしてもいいんじゃないかと思うんだ」
「ぴゃ!?」

 思わず変な声が出てしまった。
 わたくしよりも背は高くなったけれど、わたくしの中ではマウリ様はずっと出会ったときと同じ可愛くて愛しいマウリ様である。そのマウリ様が急に男性に見えてきて戸惑ってしまったのだ。

「き、キスですか? 今もしていますよね?」

 子ども部屋にはソファのある場所にわたくしとマウリ様が二人きり、衝立の向こうのベッドではまだ眠らないと抵抗しているサラ様がマルガレータさんにお腹を撫でられて寝かしつけられている。

「ねんね、やーの!」
「絵本を読みますか?」
「えほん、やーの!」
「それでは、読みますね」
「えほん……」

 いやいや期の始まっているサラ様は拒否するけれど、実際にマルガレータさんが絵本を読み出すと一生懸命お目目を開いて見ている。聞いているうちにうとうとと眠くなって、眠ってしまうのが毎日のことだった。
 子ども部屋でわたくしとマウリ様は決して二人きりではない。

「ほっぺたにしてるけど、く、口にはしたことがないでしょう?」
「ま、マウリ様、マルガレータさんもサラ様もいらっしゃるのですよ!?」
「そうなんだよね……私、アイラ様と二人きりになれないんだよ!」

 悔しそうなマウリ様にわたくしは少し同情してしまう。マウリ様は普段から自分の部屋か子ども部屋で過ごしていて、自分の部屋にいるときは一人きりだが、子ども部屋にいるときに一人きりになることも、わたくしと二人きりになることもできない。
 わたくしがマウリ様の部屋を訪ねるか、マウリ様がわたくしの部屋を訪ねて来てくださるかすればいいのだが、結婚前の男女が同じ部屋で二人きりというのはあまりにも体裁が悪いし、何をしているか勘繰られるとわたくしも居心地が悪い。
 結果としてわたくしとマウリ様はほっぺたにキスをし合うことはあっても、唇にキスをしたことはなかった。

「どうすれば二人きりになれるんだろう。高等学校でもみーも兄上もクリス様もフローラも一緒だし、このお屋敷ではどの部屋でもいつ誰が来るか分からないし」

 キスをしようと構えてマウリ様の部屋に行ったとして、マウリ様とわたくしがいないことに気付いた弟妹達が探しに来ないとも限らないのだ。二人きりになるということの難しさにわたくしは唸ってしまう。

「先に聞くけど、私とキスをするのは嫌じゃないんだよね?」
「マウリ様とキスをするのは、い、嫌ではありません」

 恥ずかしいことを直球で聞かれてしまって答えに困ったがわたくしは素直に言う。それを聞いてマウリ様はほっと胸を撫で下ろした。

「後はタイミングと場所の問題なんだ……誰も来ない場所で、二人きりになって……」
「マウリ様、そういう風に綿密に計画を立ててしまうとムードも何もないのですが」
「そうだったー!? もう、私はどうすればいいの!?」

 自分の髪を掻き毟って仰け反るマウリ様がどれだけわたくしとキスをしたいかはよく伝わって来た。わたくしの方も、マウリ様にこれだけ求められているのならば、答えなければいけない。

「ヨウシア様に相談してみましょう」
「え!? ヨウシア先生に、キスをする方法を聞くの?」
「ち、違いますよ。歌劇団の秋公演のチケットのことです」

 真面目にマウリ様に聞き返されてしまって、わたくしは慌てた。さすがにわたくしもキスのことについてヨウシア様に相談できるような度胸はなかった。

「そ、そうだよね。ごめんなさい。私も動揺しちゃって」
「いえいえ。初めてのことですものね、マウリ様が動揺するのも分かります」

 大人ぶって言っているが、わたくしもキスをするのは初めてなのである。どういう風に事を運べばいいのか、全く分からない。心の準備もできていない。
 マルガレータさんとサラ様のいる子ども部屋でキスはできないことだけは確かだ。

「歌劇団の公演をデートにするんだね」
「はい。二人きりで行くことができたら、途中でお店に寄ったり、公園で休んだりできるではないですか」

 わたくしが提案すると、マウリ様が眉を顰めている。

「父上と母上は反対するかもしれない」
「え!? キスのことをカールロ様とスティーナ様に許可を取るつもりですか?」

 そんな恥ずかしいことをされてしまったら、わたくしはキスどころではなくなってしまう。慌てるわたくしにマウリ様がぶんぶんと首を左右に振る。

「許可を取るんじゃないよ。二人きりでお出かけをするでしょう? そしたら、この前の攫われたことを父上と母上は思い出さないかなと思ったんだ」
「あぁ、そうでしたね」

 オスモ殿に毒針を刺されて連れ去られたわたくしとマウリ様とミルヴァ様を、カールロ様とスティーナ様はとても心配していた。二人きりで出かけるとなると、やはり反対されるかもしれない。

「わたくしは攻撃の魔法を使うのが得意ではありませんからね」
「私もとっさにドラゴンになれなかったんだよね、あのときは」

 わたくしもマウリ様もあのときには完全に油断していた。その油断のせいでわたくしとマウリ様とミルヴァ様はオスモ殿に捕らえられて、ハンネス様に助けられる事態になってしまった。
 街中でもわたくしたちは自由に歩くことができない。『ドラゴンの聖女』とドラゴンという組み合わせは、政治的にも利用しやすいのだろう。
 キス一つでこんな風に悩むだなんて思わなかった。
 わたくしが難しい顔をしていると、マウリ様が眉を下げて泣き出しそうな顔になっている。

「もう私は15歳なんだよ。15歳の男性が普通にしたいことだと思うんだけどな」
「マウリ様、くれぐれもキスをしたいから二人きりになりたいなんて、カールロ様とスティーナ様に言わないでくださいね?」
「ダメかな?」
「わたくしが恥ずかしすぎます」

 キスをするために二人きりになる許可をカールロ様とスティーナ様にマウリ様がもらいに行くということは、わたくしとマウリ様がキスをすると宣言しているようなものだ。キスをすることまで全部筒抜けなんて恥ずかしすぎる。
 素直に育っているマウリ様は両親に隠し事をするなどという感覚はないのかもしれないが、そういうデリケートなことはわたくしは隠しておきたい。
 二人きりで出かけるのも難しく、お屋敷の中では基本的に二人きりになることはできないとなると、わたくしたちはどうすればいいのか。
 考えた末にわたくしは答えを導き出した。

「キノコブタは冬に備えて、木の実を食べて脂肪を蓄えておくと聞きました」
「そうだったね。キノとノコは木の実も上げてるけど、足りてないかな?」
「木の実拾いに行きませんか?」

 まだ雪の降っていないヘルレヴィ領の森に、キノコブタのキノとノコのために木の実拾いに行く。それを提案すれば、サラ様もティーア様もダーヴィド様もライネ様も、喜んでついて来そうな気がしていた。

「いちごちゃんが住んでた湖の近くに森があったよね」
「みんなでピクニックに行くのです」

 みんなでピクニックに行った先で、森は広いのでわたくしとマウリ様は少し他のひとたちと距離を取れるかもしれない。そうなればキスをするチャンスもあるかもしれないのだ。
 計画を立ててからわたくしとマウリ様は顔を見合わせて笑う。

「キス一つに、これだけ真剣になっちゃうなんて、おかしいね」
「そうですね。わたくしたち、おかしいですね」

 くすくすと笑ってはいるが、やはりキスはしたい。
 わたくしの提案する方法でキスができるかどうかは分からないが、やってみるだけの価値はある。
 明日の朝にカールロ様とスティーナ様に木の実拾いに行く許可を取ることにして、その日は眠ることにした。マウリ様がわたくしの部屋の前までわたくしをエスコートして行ってくれる。
 ほっぺたにキスをされて、わたくしもマウリ様のほっぺたにキスをする。

「あ! 今口にしたらよかったんじゃない!?」

 悔しそうなマウリ様の声が聞こえて、わたくしは心臓がどきりと跳ねた。
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