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第01章――飛翔延髄編
Phase 47:地方の三権力
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《マーゴ強盗事件》○○××年11月13日 ピースダコタ州とミネオタ州の境にある都市マーゴで著名な資産家である、クラリス・ファーゴ(84)の自宅が強盗に押し入られた。家主であるクラリスは当時、インストラクターの指導でヨガを学んでいた。強盗は拳銃と即席の火炎放射器をもって押し入るも、警報で侵入を察知したクラリスはパニックルームに避難し、自立式のSmを遠隔で稼働させる。Smは強盗の一人を捕食し、もう一人の右腕を切断するという重傷を負わせた。捕食された一人を除いて強盗はなにもできず逃亡し、家主とインストラクターは無事に終わり、被害は戸口と窓ガラスの破損で済んだ。一か月後、同都市の路地裏で腕を欠損した死体が発見され、現場のDNAと照合した結果、犯人の一人と断定された。残る一人の行方については、今も足取りをつかめていない。死んだ犯人二人を調べた結果、どちらも、病歴や犯罪歴、それどころか個人も特定できなかった。保安兵は二人を外国人ではないかと推定している。
Now Loading……
マクシムは記憶に呼ばれ、ナイフを咥えると片手で上衣やズボンのポケットを探る。
しかし、目当てのものはない。今度はあたりを見渡して、やっと、求めていた注射器を床材の合間に発見した。
床として十分な強度を備える鋼材を浮かせるのは、有機的な物質、知識があってもなくても。青筋を浮かべた肉、としか言えない組織だった。その肉が浅く作った溝に注射器を抱えている。
想定しなかった構造物に注意しながらマクシムはナイフを掴んだ手の人差し指と親指を注射器へ伸ばした。
すると、またしても機体が激しい縦揺れを始める。
「おとなしくしろよ!」
誰に言ったつもりか、吠えるマクシムは気を取り直し、注射器に集中した。
中身があっても注射器なんて指二本で事足りる、と断じる。
あと少しで触れる。そこまで近づいたところで注射器を支えていた肉の溝が一気に陥没した。焦ったマクシムは前のめりで注射器を奪い返そうとするが間に合わない。
陥没した肉は唇を閉ざすように引きずり込んだ注射器を隠し、浮かせていた鋼材をゆっくりと元に戻す。
隙間をなくした床をただ呆然と見つめるマクシムは、起こった現象の原因を探ろうと、機内を見渡した。
ロフトの奥から鈍く反響する音が降り注いでくる。暗い奥に何かの存在を感じてしまうが、覗く意思が湧かない。
むしろ、頭上の暗渠を見なくて済むようにロフトの真下に移動する。
しかし、異変のほうが姿を現す。
壁の分厚い布地が不均一に蠢きだす。機内全体から低い唸りが轟く。
まるで、巨大な獣の腹の中にいる感覚に、いや、事実、自分たちは今、巨大な獣の中にいるという事実を気付かされたのだ。
『なるほど、そうですか……もはやハイジャック機の飛翔は阻めないと』
タウンゼントの声を発するセマフォを前にして責任長は恐縮した。
「はいそうなんです! 無能な保安兵や整備士のせいで。私は強く機体の破壊を命じたのに関わらず、あいつらときたら怖気づいて。責任を取ると明言しても委縮するばかり」
好きなことを宣う責任長が今いるのは、プレハブ構造を思わさせる武骨なつくりの一室である。それでいて、テーブルはローズウッド。革張りのソファー、ウォールナットの棚に仕舞った白磁のティーセット。壁の静物画、風景画、などの調度品は上等に思われ、本性を取り繕う気配を漂わせる。
そんな室内には責任長のほかにスーツの男性と黒い作業着に身を包む男性がそれぞれソファーに腰掛けていた。
三人が囲むテーブルの上にあるセマフォはスピーカー機能で市長の言葉を届ける。
「責任長のご苦労とご心痛の程よくわかりました。犯罪事件に関しては、空港の責任を担う立場のあなたといえど関与はできても主導できるわけではない」
「そうなんです!」
「ただ、通常の業務上の安全は、あなたの権限が大きい。犯人が敷地内に侵入した責任は……」
「お、お待ちを……ですが、その業務にも」
「保安兵とは別に警備に割り振る人員を空港は雇っているはずですが? それの責任はあなたに帰属しないと?」
しかし、と責任長は出だしから及び腰の口ぶりになる。それでも思案の果てに活路を見出し、セマフォに前のめりになる。
「ですがこちらの準備が整うまで犯人を引き留めることは可能だったと思われます! つまり、保安兵側が失策を犯したのです!」
「……準備。試験部隊のことですね?」
はい、と元気に答える責任長。
タウンゼントは、確かにそれは言えている、と納得の色合いを見せてから問いただす。
「それで、今すぐにでも出動できるのですか? 部隊は?」
「もちろんです! 着実に準備は整っております。市長のご計らいもあり、すべてうまく事が運んでおります……が、あと今少し、準備が整うまで時間が必要でして。それなのに保安兵が」
質問の内容を理解しない男に、市長は嘆息した。
「特別部隊の方々から直接話を伺ったほうがよさそうですね。責任長を交えて話をしたいので、そちらからこの通話に参加することを要請してもらってもよろしいですか?」
タウンゼントの怜悧な言葉を飲み込んだ責任長は、遜る眼差しそのままに、テーブルに乗せたもう一つの機材を目にする。それは円盤型の土台に蓄音機の拡声器を備えたスピーカーであった。
「かしこまりました……」
一方、タウンゼントの執務室の机で固定電話が鳴る。
「申し訳ない。通信が入ったのでいったんお待ちを」
一言詫びを吹き込んだセマフォを秘書に手渡すタウンゼントは受話器を耳に当て もしもし、と重みを含んだ声で対応する。
『ジャーマンD7です。単刀直入に言いマス。これkらハイジャックされた航空機が離陸しますので一切攻撃せず、町から出ることを容認してもらいたい』
「お待ちを、それでは……」
『逃げられるコトになっても町の中の被害は無くなる。そのために町の住民に自宅退避を呼び掛けて頂きタイ』
「避難指示ではなく?」
『保安兵が段階的に避難誘導をしますので、そのことを連絡していただければ結構デス』
「……いっそのこと、航空機を破壊するというのはいかがでしょうか? そうすれば、後顧の憂いを断てる」
『破壊ニ必要ナ戦力がどれほどになるのか、わかっておっしゃられているのですか? 犯人の逃亡の意思は明らかなのに攻撃の構えを見せて、もし空港に居座られでもしたら。ソノ時は空港ごと破壊せよとでも?』
「なるほど。ですがあと少し離陸を阻んでいただければ、こちらも、そちらに選択肢を提供できますよ?」
『といいますと?』
「試験部隊です。あなたもご存じのはず。彼らの技術を用いれば航空機を封殺できる」
『彼らのコトは聞き及んでいます。管轄違いですので詳細ハ分かりませんガ。しかし、彼らは対Sm防衛の部隊』
「では、そちらのゴブリンの対処を任せましょうか?」
『イエ、もし彼らが出動できるならハイジャック機の対処を願いタイ』
「私もその意見に賛成ですが、あなたは破壊に消極的なのでは?」
『勿論デス。なぜなら、予測のない早計な破壊行動は、さらなる被害をもたらす可能性が高いからです。相手をするのはSmだけでなく人間も含まれる。ならば駆け引きも必要になる。そして試験部隊の力をゴブリン対処に注げば、ハイジャック機の対応がおろそかとなる。なおかつ我々の部隊との緊密な連携が取れるか懸念があります。互いに協力する意思があっても、それが現実になるかは、お互いの理解と練度が重要ですので。そして、こちらはすでに強力な助けがありマス』
セマフォから通達を受け取った秘書が耳打ちすると、タウンゼントは頷いた。
「ご意見どうもありがとうございました。自宅退避及び避難指示については市庁舎にお任せください。市長の公式発表として通知します。それと、離陸後に関してなのですが……。空中に飛び上がった航空機の管轄権は、市庁舎に移るものと思っていいのですよね?」
『一つ願いタイのは、試験部隊には航空機の破壊ではなく航空機が無事外に出られる手助けをしてほしいのデス』
「わかりました。では、航空機が出た後で保安兵舎が市庁舎が主導する航空戦力に口出しすることは、ありませんね?」
『……わかっておられるなら聞ク必要ハないのデハ?』
迫る物言いに市長は間を置いた。
「結構……。ゴブリンの対処。並びに住民の避難誘導、頼みます」
通信を終えたタウンゼントは、渡されたセマフォに、戻りました、と告げた。
責任長はすぐにセマフォへ顔を近づけ口を開く。
「お疲れ様です! ええっと通信つながりました。どうぞ」
「……聞こえておりますか市長。暫定中央政権より、中央軍試験創作航空部隊の指揮を任されたメイ・グライア中尉であります」
その女性の声は、円盤型の装置のスピーカーから発せられており、機械を通していることをわきにおいても、頑なで無機質な印象であった。
市長は反応した。
「聞こえております中尉殿。この度は協力感謝します」
「いえ、我々の目的は国民の守護ですので。要請とあれば出動します」
「それは結構。ところで、今すぐにでも出動できませんか? そちらで立案した作戦をもとに」
「私共は、すでに準備を整えておりますので。いつでも出動できます。ですが作戦の要となる空港所有の機体の整備が追い付いていませんので、出動を控えている次第です」
「ほぉ……話が少し違うようですね」
責任長は何かに睨まれたかのように委縮した。
「そ、それが、機関士が、手をこまねいて」
他人の責任を槍玉に挙げる責任長に代わって、グライアが述べる。
「作戦遂行に万全を期するため事前に発見された異常の原因を見直し、整備を徹底しているのです。そもそも実行しようとする作戦自体が、我々はもちろん、空港職員の業務にも想定されていませんでしたので」
「まあ、いいでしょう……。ちなみに離陸直前に、制圧は?」
「爆破物など、破壊するだけなら十分な火力の用意があります。しかし、それらの武力を行使すれば間違いなく人質に累が及びます。それと責任長にもあらかじめ説明しましたが。離陸直前に投薬などしても、機体が即座に機能停止するわけではありませんし。外科的、内科的破壊の結果、Sm器官が暴走する懸念もあります」
「ですが、可能なのですよね?」
「我が部隊の行動目的は対外Smの排除、および制圧です。犯人制圧と人質解放という目的は検討段階にもありませんでした。もちろん、要望とあれば持てる力で可能な限りの働きをする所存です。しかし、伺った話によると事態に対処していた保安兵が、すでに対象機体の逃亡を容認した。このことについて保安兵を交えて話し合う必要があると僭越ながら意見させてもらいます」
責任長の顔色が悪くなるが、タウンゼントは。
「おそらく。自分たちの職務の負担を軽減する狙いがあるのかと」
「どういうことです?」
「いま、保安兵の地上戦力は暴走したゴブリンに集中し、それでも鎮圧するめどが立っていない。なのにかかわらず、また、同じような経緯でSmが暴走すれば対処できるかどうか……」
直接聞いたのですか? とグライアが尋ねる。
相手の言葉に詰め寄る意思を感じて、タウンゼントの表情はより一層冷たくなる。
「……もし対処できれば、むざむざ犯人を逃がすような真似はしないでしょう」
「それが一番の解決策と現場が判断したとは言えないでしょうか? 人質のこともあります。我々が取れるオプションはどれも犯人に気づかれずに行うには慎重と時間と情報を要します。犯人と人質の位置や、それぞれの思惑など。人命を優先するなら」
「人質のことは作戦の目標から外せば可能なのでは?」
そのタウンゼントの発言の後には、沈黙が訪れた。
責任長も表情を失う。
「……それは、人質を見捨てるということでしょうか?」
返すグライアの声には特別な感情はうかがえなかったが、今までと比べて不自然な乱れが読み取れた。
タウンゼントは。
「もちろん助けられるのであれば助けたい。だが私には町の住民を守る責任があります。そして、実際に機体が離陸すれば選択を求められる。大を救うことに心血を注ぐか。それとも、全てを拾うために、犠牲を増やすか……」
「まるで、犠牲を求めている……いや失敬、言葉を間違いました。犠牲が出ることが前提になっているように聞こえるのですが?」
「その可能性は大いにある。ならば想定しない訳にはいきません。あなた方が責任問題に関わりたくないことを理由に出動を拒否するのであれば結構です。しかし、そうするのであれば、あなた方の存在意義を問われることになるのではないかと存じます」
市長の物言いは冷徹を通り越して、挑発的だった。
グライアの答えは。
「……我々も人命を助けたい。その協力の機会を頂けるのであれば、粉骨砕身の心構えで、全力を発揮するつもりです」
「ありがとうございます」
責任長が左右に目を配ってから、あのぉ、と口をはさむ。
なんですか、とタウンゼントの応答に責任長は話し出した。
「もういっそのこと、町から犯人を早急に逃がせばよいのではないかと、思い始めたのですが……」
また沈黙の時間が来た。責任長は崩れた苦笑いを油汗で濡らす。
タウンゼントは告げた。
「逃がすのは実に簡単ですが、それではこの町の沽券にかかわるのです。防衛能力を示せなければ、悪人に付け入る隙を与え、また同じことの繰り返しになる。今回の犯人の手法をまねて、次は町を人質に身代金を要求されれば? いや、もしかしたら今回の犯人も、これから街に墜落することを脅しに、身代金を要求する可能性だってある。あるいは、企業が……何らかの行動に移すかもしれない。内臓に根を張る病巣は表面に現れてからでは手遅れなのです。病の予防。そして発見した病巣には迅速に対応する。それには痛みを伴うでしょう。病巣を摘出する際に、周りの健全な組織も傷つくのは当然なのですから。それを踏まえて私は、このデスタルトの市長として決断する」
市長タウンゼントの言葉は、本人の形相に現れた壮絶な意思を体現していた。
戸惑いを覚える責任長は、たからかに言った。
「そ、そうですね! 企業のお歴々もきっと、それを望んでいます!」
Now Loading……
マクシムは記憶に呼ばれ、ナイフを咥えると片手で上衣やズボンのポケットを探る。
しかし、目当てのものはない。今度はあたりを見渡して、やっと、求めていた注射器を床材の合間に発見した。
床として十分な強度を備える鋼材を浮かせるのは、有機的な物質、知識があってもなくても。青筋を浮かべた肉、としか言えない組織だった。その肉が浅く作った溝に注射器を抱えている。
想定しなかった構造物に注意しながらマクシムはナイフを掴んだ手の人差し指と親指を注射器へ伸ばした。
すると、またしても機体が激しい縦揺れを始める。
「おとなしくしろよ!」
誰に言ったつもりか、吠えるマクシムは気を取り直し、注射器に集中した。
中身があっても注射器なんて指二本で事足りる、と断じる。
あと少しで触れる。そこまで近づいたところで注射器を支えていた肉の溝が一気に陥没した。焦ったマクシムは前のめりで注射器を奪い返そうとするが間に合わない。
陥没した肉は唇を閉ざすように引きずり込んだ注射器を隠し、浮かせていた鋼材をゆっくりと元に戻す。
隙間をなくした床をただ呆然と見つめるマクシムは、起こった現象の原因を探ろうと、機内を見渡した。
ロフトの奥から鈍く反響する音が降り注いでくる。暗い奥に何かの存在を感じてしまうが、覗く意思が湧かない。
むしろ、頭上の暗渠を見なくて済むようにロフトの真下に移動する。
しかし、異変のほうが姿を現す。
壁の分厚い布地が不均一に蠢きだす。機内全体から低い唸りが轟く。
まるで、巨大な獣の腹の中にいる感覚に、いや、事実、自分たちは今、巨大な獣の中にいるという事実を気付かされたのだ。
『なるほど、そうですか……もはやハイジャック機の飛翔は阻めないと』
タウンゼントの声を発するセマフォを前にして責任長は恐縮した。
「はいそうなんです! 無能な保安兵や整備士のせいで。私は強く機体の破壊を命じたのに関わらず、あいつらときたら怖気づいて。責任を取ると明言しても委縮するばかり」
好きなことを宣う責任長が今いるのは、プレハブ構造を思わさせる武骨なつくりの一室である。それでいて、テーブルはローズウッド。革張りのソファー、ウォールナットの棚に仕舞った白磁のティーセット。壁の静物画、風景画、などの調度品は上等に思われ、本性を取り繕う気配を漂わせる。
そんな室内には責任長のほかにスーツの男性と黒い作業着に身を包む男性がそれぞれソファーに腰掛けていた。
三人が囲むテーブルの上にあるセマフォはスピーカー機能で市長の言葉を届ける。
「責任長のご苦労とご心痛の程よくわかりました。犯罪事件に関しては、空港の責任を担う立場のあなたといえど関与はできても主導できるわけではない」
「そうなんです!」
「ただ、通常の業務上の安全は、あなたの権限が大きい。犯人が敷地内に侵入した責任は……」
「お、お待ちを……ですが、その業務にも」
「保安兵とは別に警備に割り振る人員を空港は雇っているはずですが? それの責任はあなたに帰属しないと?」
しかし、と責任長は出だしから及び腰の口ぶりになる。それでも思案の果てに活路を見出し、セマフォに前のめりになる。
「ですがこちらの準備が整うまで犯人を引き留めることは可能だったと思われます! つまり、保安兵側が失策を犯したのです!」
「……準備。試験部隊のことですね?」
はい、と元気に答える責任長。
タウンゼントは、確かにそれは言えている、と納得の色合いを見せてから問いただす。
「それで、今すぐにでも出動できるのですか? 部隊は?」
「もちろんです! 着実に準備は整っております。市長のご計らいもあり、すべてうまく事が運んでおります……が、あと今少し、準備が整うまで時間が必要でして。それなのに保安兵が」
質問の内容を理解しない男に、市長は嘆息した。
「特別部隊の方々から直接話を伺ったほうがよさそうですね。責任長を交えて話をしたいので、そちらからこの通話に参加することを要請してもらってもよろしいですか?」
タウンゼントの怜悧な言葉を飲み込んだ責任長は、遜る眼差しそのままに、テーブルに乗せたもう一つの機材を目にする。それは円盤型の土台に蓄音機の拡声器を備えたスピーカーであった。
「かしこまりました……」
一方、タウンゼントの執務室の机で固定電話が鳴る。
「申し訳ない。通信が入ったのでいったんお待ちを」
一言詫びを吹き込んだセマフォを秘書に手渡すタウンゼントは受話器を耳に当て もしもし、と重みを含んだ声で対応する。
『ジャーマンD7です。単刀直入に言いマス。これkらハイジャックされた航空機が離陸しますので一切攻撃せず、町から出ることを容認してもらいたい』
「お待ちを、それでは……」
『逃げられるコトになっても町の中の被害は無くなる。そのために町の住民に自宅退避を呼び掛けて頂きタイ』
「避難指示ではなく?」
『保安兵が段階的に避難誘導をしますので、そのことを連絡していただければ結構デス』
「……いっそのこと、航空機を破壊するというのはいかがでしょうか? そうすれば、後顧の憂いを断てる」
『破壊ニ必要ナ戦力がどれほどになるのか、わかっておっしゃられているのですか? 犯人の逃亡の意思は明らかなのに攻撃の構えを見せて、もし空港に居座られでもしたら。ソノ時は空港ごと破壊せよとでも?』
「なるほど。ですがあと少し離陸を阻んでいただければ、こちらも、そちらに選択肢を提供できますよ?」
『といいますと?』
「試験部隊です。あなたもご存じのはず。彼らの技術を用いれば航空機を封殺できる」
『彼らのコトは聞き及んでいます。管轄違いですので詳細ハ分かりませんガ。しかし、彼らは対Sm防衛の部隊』
「では、そちらのゴブリンの対処を任せましょうか?」
『イエ、もし彼らが出動できるならハイジャック機の対処を願いタイ』
「私もその意見に賛成ですが、あなたは破壊に消極的なのでは?」
『勿論デス。なぜなら、予測のない早計な破壊行動は、さらなる被害をもたらす可能性が高いからです。相手をするのはSmだけでなく人間も含まれる。ならば駆け引きも必要になる。そして試験部隊の力をゴブリン対処に注げば、ハイジャック機の対応がおろそかとなる。なおかつ我々の部隊との緊密な連携が取れるか懸念があります。互いに協力する意思があっても、それが現実になるかは、お互いの理解と練度が重要ですので。そして、こちらはすでに強力な助けがありマス』
セマフォから通達を受け取った秘書が耳打ちすると、タウンゼントは頷いた。
「ご意見どうもありがとうございました。自宅退避及び避難指示については市庁舎にお任せください。市長の公式発表として通知します。それと、離陸後に関してなのですが……。空中に飛び上がった航空機の管轄権は、市庁舎に移るものと思っていいのですよね?」
『一つ願いタイのは、試験部隊には航空機の破壊ではなく航空機が無事外に出られる手助けをしてほしいのデス』
「わかりました。では、航空機が出た後で保安兵舎が市庁舎が主導する航空戦力に口出しすることは、ありませんね?」
『……わかっておられるなら聞ク必要ハないのデハ?』
迫る物言いに市長は間を置いた。
「結構……。ゴブリンの対処。並びに住民の避難誘導、頼みます」
通信を終えたタウンゼントは、渡されたセマフォに、戻りました、と告げた。
責任長はすぐにセマフォへ顔を近づけ口を開く。
「お疲れ様です! ええっと通信つながりました。どうぞ」
「……聞こえておりますか市長。暫定中央政権より、中央軍試験創作航空部隊の指揮を任されたメイ・グライア中尉であります」
その女性の声は、円盤型の装置のスピーカーから発せられており、機械を通していることをわきにおいても、頑なで無機質な印象であった。
市長は反応した。
「聞こえております中尉殿。この度は協力感謝します」
「いえ、我々の目的は国民の守護ですので。要請とあれば出動します」
「それは結構。ところで、今すぐにでも出動できませんか? そちらで立案した作戦をもとに」
「私共は、すでに準備を整えておりますので。いつでも出動できます。ですが作戦の要となる空港所有の機体の整備が追い付いていませんので、出動を控えている次第です」
「ほぉ……話が少し違うようですね」
責任長は何かに睨まれたかのように委縮した。
「そ、それが、機関士が、手をこまねいて」
他人の責任を槍玉に挙げる責任長に代わって、グライアが述べる。
「作戦遂行に万全を期するため事前に発見された異常の原因を見直し、整備を徹底しているのです。そもそも実行しようとする作戦自体が、我々はもちろん、空港職員の業務にも想定されていませんでしたので」
「まあ、いいでしょう……。ちなみに離陸直前に、制圧は?」
「爆破物など、破壊するだけなら十分な火力の用意があります。しかし、それらの武力を行使すれば間違いなく人質に累が及びます。それと責任長にもあらかじめ説明しましたが。離陸直前に投薬などしても、機体が即座に機能停止するわけではありませんし。外科的、内科的破壊の結果、Sm器官が暴走する懸念もあります」
「ですが、可能なのですよね?」
「我が部隊の行動目的は対外Smの排除、および制圧です。犯人制圧と人質解放という目的は検討段階にもありませんでした。もちろん、要望とあれば持てる力で可能な限りの働きをする所存です。しかし、伺った話によると事態に対処していた保安兵が、すでに対象機体の逃亡を容認した。このことについて保安兵を交えて話し合う必要があると僭越ながら意見させてもらいます」
責任長の顔色が悪くなるが、タウンゼントは。
「おそらく。自分たちの職務の負担を軽減する狙いがあるのかと」
「どういうことです?」
「いま、保安兵の地上戦力は暴走したゴブリンに集中し、それでも鎮圧するめどが立っていない。なのにかかわらず、また、同じような経緯でSmが暴走すれば対処できるかどうか……」
直接聞いたのですか? とグライアが尋ねる。
相手の言葉に詰め寄る意思を感じて、タウンゼントの表情はより一層冷たくなる。
「……もし対処できれば、むざむざ犯人を逃がすような真似はしないでしょう」
「それが一番の解決策と現場が判断したとは言えないでしょうか? 人質のこともあります。我々が取れるオプションはどれも犯人に気づかれずに行うには慎重と時間と情報を要します。犯人と人質の位置や、それぞれの思惑など。人命を優先するなら」
「人質のことは作戦の目標から外せば可能なのでは?」
そのタウンゼントの発言の後には、沈黙が訪れた。
責任長も表情を失う。
「……それは、人質を見捨てるということでしょうか?」
返すグライアの声には特別な感情はうかがえなかったが、今までと比べて不自然な乱れが読み取れた。
タウンゼントは。
「もちろん助けられるのであれば助けたい。だが私には町の住民を守る責任があります。そして、実際に機体が離陸すれば選択を求められる。大を救うことに心血を注ぐか。それとも、全てを拾うために、犠牲を増やすか……」
「まるで、犠牲を求めている……いや失敬、言葉を間違いました。犠牲が出ることが前提になっているように聞こえるのですが?」
「その可能性は大いにある。ならば想定しない訳にはいきません。あなた方が責任問題に関わりたくないことを理由に出動を拒否するのであれば結構です。しかし、そうするのであれば、あなた方の存在意義を問われることになるのではないかと存じます」
市長の物言いは冷徹を通り越して、挑発的だった。
グライアの答えは。
「……我々も人命を助けたい。その協力の機会を頂けるのであれば、粉骨砕身の心構えで、全力を発揮するつもりです」
「ありがとうございます」
責任長が左右に目を配ってから、あのぉ、と口をはさむ。
なんですか、とタウンゼントの応答に責任長は話し出した。
「もういっそのこと、町から犯人を早急に逃がせばよいのではないかと、思い始めたのですが……」
また沈黙の時間が来た。責任長は崩れた苦笑いを油汗で濡らす。
タウンゼントは告げた。
「逃がすのは実に簡単ですが、それではこの町の沽券にかかわるのです。防衛能力を示せなければ、悪人に付け入る隙を与え、また同じことの繰り返しになる。今回の犯人の手法をまねて、次は町を人質に身代金を要求されれば? いや、もしかしたら今回の犯人も、これから街に墜落することを脅しに、身代金を要求する可能性だってある。あるいは、企業が……何らかの行動に移すかもしれない。内臓に根を張る病巣は表面に現れてからでは手遅れなのです。病の予防。そして発見した病巣には迅速に対応する。それには痛みを伴うでしょう。病巣を摘出する際に、周りの健全な組織も傷つくのは当然なのですから。それを踏まえて私は、このデスタルトの市長として決断する」
市長タウンゼントの言葉は、本人の形相に現れた壮絶な意思を体現していた。
戸惑いを覚える責任長は、たからかに言った。
「そ、そうですね! 企業のお歴々もきっと、それを望んでいます!」
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