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第01章――飛翔延髄編
Phase 48:新案奉献
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《ラースエンジェルズ強奪事件》○○××年02月22日 ラースエンジェルズ市の市政準備銀行に向かう途中だった現金輸送車が襲撃を受けた。犯人は複数車両で輸送車と警備隊の車を囲み、催涙弾と毒ガスによって人の視界を封じるとローストチキンランを改造した自立稼働Smを放って警備隊と随伴していたSmを無力化。加えて輸送車の乗組員を銃撃し、輸送車両を強奪した。車内には現金20万ザルと低出力重力収束力場発生装置が載せられていたという。現場に保安兵が到着するがローストチキンランの妨害もあり、犯人の逃亡を許す。それから6時間後、操業を停止した工場の敷地にて輸送車が空の状態で発見された。今回の事件は、壁によって守られていた町ならではの安心感と犯罪率の低さがもたらした警戒心の薄れを突かれた、と当時の警備担当者は語る。事件から二日立った現在も犯人の逮捕に至っておらず、市内に潜伏しているものと当局は見ている。そのため市庁舎は、犯人の足取り、そして犯罪に使用したSmや装備の入手経路も含めて、有力な情報に懸賞金を懸けた。
――ラースエンジェルズタイムより抜粋――
Now Loading……
広い滑走路をまっすぐ突き進んでいたミニッツグラウスは、ついにタイヤを地面から離し、空へと昇る。
管制室では悲壮感が空気に混ざって重く広がった。
それとは対照的にミニッツグラウスの機内では、マクシムが歓喜する。
「ホッホー! ヤッターッ!! ざまあねーなバカが!」
「シャッター破った後、パイロットが手間取った時には、ガキの指を切ってやろうかと思ったが」
相方ピートの言葉を受けたマクシムは、首筋の汗をぬぐい操縦席に目を向けた。
「だから言ったろ? アイツを信じてやれって。なあ?」
離陸を果たしたアレサンドロは、背後から近づいてくる相手に見向きもせず、怒りを堪えた面持ちで黙って前を睨んでいる。
「言っておくが。俺が動かさなかったわけじゃない。機体が突然動かなくなったんだ!」
なんの警戒も伺わせないマクシムは、ヘッドフォンを装着し、アレサンドロの横顔を覗く。
「はいはいわかってるって。そんじゃ 即行で町に出な。ただし、すぐに壁を越えるなよ。町の中心に留まって飛行機を上昇させろ」
「ど、どうして?」
「決まってんだろ。奴らが直ぐに撃ってこないようにするためだよ。地上の連中を人質にするんだ」
マクシムが窓から見た囲壁の上には等間隔で砲塔が並んでいた。
アレサンドロは唾を飲み込む。
「わ、分かった。そのあとは、どうするつもりだ?」
不安視するアレサンドロの顔にマクシムが笑顔を寄せる。
「俺だってバカじゃない。街の真ん中でこの機体を急上昇させて……」
アレサンドロが無線装置を一瞥したのを見逃さなかったマクシムは、即座に摘みをゼロに向かって捻ると、説明を続けた。
「この飛行機を地上の攻撃が届かないところまで上げちまえば、あとはすんなり街から出られるってな」
マクシムは自らの手で急上昇と急降下を演じて見せる。
アレサンドロは疑いの色を隠さない。
「保安兵は攻撃を控えるって……市庁舎にもそう願ったって。ならわざわざそんなこと必要ないんじゃ」
「でも、市庁舎は直接何も言ってきてない、だろ? ということは撃ってくる可能性は十分にある」
「なら、どうするんだ? 上昇したって、無事でいられる保証なんてどこにも。それなら……」
車で逃げろってか? と得意げな顔を崩さないマクシムは明かした。
「昔、今みたいにハイジャックした飛行機で逃げようとしたことがあったんだ。その時は、ばれる前に離陸したが、壁を超えたところで高射砲の餌食になっちまった。市庁舎の金を盗んだんだ当然だよな。それに高度が低すぎたのもよくなかった。飛行機も散々被弾した。けど不幸中の幸い、燃料ぎりぎりまで飛べてよ。それと、パラシュートのレクチャーを受けてたのも功を奏した。本当にレクチャーってのは大事だ。惜しげもなく知識をくれる奴は尊敬するよ。たとえ……逃げる直前に保安兵のSmに頭を食い千切られちまうアホだとしても……。いい奴だったと心から思える」
マクシムは話の終わりに苦々しい顔となる。
アレサンドロは説明の意味を理解しきれない。
「でも人質だって、いるんだし。やっぱり、ここはすぐに出たほうがいいじゃないか? 機体だって……」
パイロットが現状の説明を始める。
しかしマクシムは大げさに天を仰いでから憐みの目で見降ろす。
「わかってないねぇ……。お前ら、この町の人間じゃないだろ?」
「……なんで、そんな」
「わかるんだよ。お前はあの町の空気に染まってないし。町の写真もない」
マクシムが目を移した天井には家族の写真が貼ってあった。溌溂と笑う女性は赤ん坊を抱え。今よりも若いアレサンドロは同年代と思しき集団に混ざっている。そして、立ち上がったばかりの幼子。
だが確かにデスタルトシティーを背景にした写真は一枚もなかった。
「いいか、都市っていうのはな優先順位がある。一つは都市の運営、次に住民で、その次がザナドゥカの貢献だ。部外者の優先順位は……」
舌先を震わせてドラムロールを再現したマクシムは発表した。
「最下位!」
「でも、ザナドゥカの貢献なら」
「名もなき二人の家族と、指名手配されまくった悪党の撃墜。どっちがこの国の利益かねぇ」
「それは……」
どの口がその台詞を吐いているのか問いただしたい。だがアレサンドロは不安に舌を固くして呼吸も辛くなるばかり。
対して饒舌なマクシム。
「だからよ。俺たちも助け合わなきゃ。そのために高度を徹底的に上げろ。いいな」
「無茶だ……。この機体を安全に上昇させたいなら、少しずつ高度を上げさせてくれ」
どういうことだ? とマクシムの表情が失せる。
アレサンドロは。
「完全機械機体なら必要ないが。この機体はSm器官を内蔵している。それは大気中の酸素を必要とする。だが、高度が高くなればなるほど酸素も少なくなってSm器官に影響が出る。もちろん、この機体も通常のコンディションなら、完全機械機体と同じように5000m以上の高度を即座に突破しても問題ない。機内の酸素分圧は心配だが……。 それはともかく。ほかにも問題がある。あんたが投与した薬の影響もわからないし。本当は、高度耐久試験も、ほかの場所でやってから本腰を入れて飛行する予定だったんだ」
「つまり、何がいいたい?」
迫る犯人の顔には、あからさまな怒気が宿る。アレサンドロは目を背けたが、言うべきことは言った。
「5000mを超える前に、一度高度順応のため、機体を旋回させながら上昇させたい。ゆっくりと」
「どれくらい時間が必要だ?」
マクシムは屈むように曲げていた背筋をまっすぐにして、銃口をパイロットの頬に向ける。
「1時間くれ……頼む。助かる可能性があるのに、くだらない理由で死にたくない」
「てことは、それはつまり。一時間、いやそれ以上の時間、この飛行機の下にいる町の住民は、どうなるかもわからない機体に、怯えるってことだよな?」
「そ、そう、なるな……」
アレサンドロは申し訳ない、といった面持ちになり、今にも泣きそうだった。
マクシムは感情を爆発させそうな形相を一変させ、無邪気にはしゃぐ子供のような笑顔となる。
「あっはっはっは! いいじゃないか」
今度も理解が追い付かず、代わりに混乱を頭に叩き込まれたアレサンドロは、犯人と目を合わせる。
マクシム曰く。
「そうだよな。ここまで来たんだ。くだらない理由で死にたくないもんな。それに、お前たちを見捨てた町の連中に一泡吹かせてやれる。こいつは傑作だ!」
アレサンドロが目の端に留めた銃は彼の蟀谷に押し付けられる。
「それじゃ、頼むぜキャプテン」
踵を返して相方のほうへ向かおうとしたマクシムはヘッドフォンのマイクを掴むと立ち止まり、またパイロットに尋ねた。
「……ちなみに、パラシュートは見つけたが食料と寝袋と……それから、登山靴ってあるか?」
管制塔では話し合いがもたれる。
「今、犯人のヤツ、街の真ん中に飛ぶって言ってませんでしたか?」
ああそう言ったな、とギャレットはしたくもない肯定を同僚にする。
「まさか、街の真ん中に墜落するとか?」
「犯人が破滅主義ならそれもあり得るが。バカでないと考えると、地上の攻撃が及ばない高度から逃げるつもりだろう」
「それでも撃ち落されませんか? そもそも、今のあの機体にそれほど高い場所を飛行する余力があるのか」
360度を見渡せる管制塔で、ギャレットは街の中心部に向かって歩み寄る。
「野良Sm迎撃の備えもあるからな。高度如何によっては撃墜も可能だろう……。そうでなくとも、不安定な機体だからな何が起こっても不思議じゃない。だからと言って犯人は捕まりたくないし、パイロットは殺されたくない。嫌でも高い場所を目指さざるを得ない」
話を区切り、ギャレットはヘッドフォンのマイクに語る。
「もし中に乗り込むつもりなら早急にするんだ。ソーニャ」
「わかった!」
暗く狭い中、マスクを装着したソーニャは周囲の騒音に負けない声で応答する。冷たい暴風が苛いなんでくるが、それでも少女が耐えられる理由は、彼女が往年の飛行機乗りが愛用した防寒仕様のフライトジャケットに身を包み、飛行機乗りの帽子と防毒マスクで耳も目も守り、そして、それらをすべてをひっくるめ、どころか少女を完全に包み込むスロウスのコートがあったからだ。
ソーニャは身をよじり光へ頭を出す。
――ミニッツクラウス離陸前。
残り5回の突撃で外に出る公算のミニッツグラウスをよそに。
「ふざけるな!」
とベンジャミンが声を荒げる。ただ声色には憤りより呆れのほうが感じられた。
反発するのはソーニャ。
「どうして!?」
「どうして? 考えなくてもわかるだろ! ミニッツグラウスに入って犯人を制圧するだあ? まったく理解できん」
そのあとには大人たちの、まったくだ。バカすぎる。無謀すぎる。遊びじゃないんだぞ。の言葉が並んだ。
一人の少女を大人たちが取り囲む。
その輪の中にルイスも入る。
「何か策でもあるのかい?」
ソーニャは機体を見渡す。
「ソーニャなら、今すぐスロウスを使ってあの機体に飛び移れる。それに、あの表皮を切開して潜り込むことができれば。そのあとは……窓を破って」
大人たちは呆れて一瞬子供から視線を外す。
しかしソーニャは食い下がった。
「でも、あの機体が地上から離れたらその時こそ何もできなくなる。それに何か他に策があるの? あのどうなるかわからない機体が無事に着陸して確実に人質が助かる策が?」
それは、と言葉に詰まるベンジャミンは同僚に目を向けるが誰も同じだった。
代わりにルイスがいう。
「だからと言って……ね?」
「子供だからって止まってくれると思わないでね?」
ソーニャに続いてエロディも胸を張って豪語する。
「おうおうそうだぞお前ら、うちのソーニャはなマジで頑固なんだ。一週間掃除しなかった便所の……。公園の銅像の頭に長らく放置された鳥の……。とりあえずクソ頑固だぞ!」
「そうだぞ。服についた乾いた血ぐらい頑固だぞ」
嫌な例えだな、と離れた位置にいたレントンが女性と少女の発言に指摘を挟む。
しかしソーニャはいたって真面目な顔で言った。
「でも……服についた血って本当に取れない。同じくらい、人が死んだって記憶も簡単には忘れられないんだよ」
少女の深い洞察を超えた実感が、大人たちを沈黙に追い込む。
だがベンジャミンは臆せず口を開いた。
「だがな、お前が飛び込んで、それで人質にもしものことがあったらどうするんだ?」
「もしもって?」
「例えば、人質がまた追い込まれたり」
「そうならない様に慎重に行動するしかないよ。そもそも人質を簡単に殺すような連中ならやっぱり突撃しないと危険でしょ? 今だって自由に通信できないなら、無事かわからない……」
「だが、計画も、なしにむやみに飛び込めば誰もが傷つくことになる」
「……うーん。あそうだ。もしものときはソーニャが人質になればいいんだよ」
「は?」
ベンジャミンが目を丸くした直後、エロディの平手が少女の頭を叩いた。
――ラースエンジェルズタイムより抜粋――
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広い滑走路をまっすぐ突き進んでいたミニッツグラウスは、ついにタイヤを地面から離し、空へと昇る。
管制室では悲壮感が空気に混ざって重く広がった。
それとは対照的にミニッツグラウスの機内では、マクシムが歓喜する。
「ホッホー! ヤッターッ!! ざまあねーなバカが!」
「シャッター破った後、パイロットが手間取った時には、ガキの指を切ってやろうかと思ったが」
相方ピートの言葉を受けたマクシムは、首筋の汗をぬぐい操縦席に目を向けた。
「だから言ったろ? アイツを信じてやれって。なあ?」
離陸を果たしたアレサンドロは、背後から近づいてくる相手に見向きもせず、怒りを堪えた面持ちで黙って前を睨んでいる。
「言っておくが。俺が動かさなかったわけじゃない。機体が突然動かなくなったんだ!」
なんの警戒も伺わせないマクシムは、ヘッドフォンを装着し、アレサンドロの横顔を覗く。
「はいはいわかってるって。そんじゃ 即行で町に出な。ただし、すぐに壁を越えるなよ。町の中心に留まって飛行機を上昇させろ」
「ど、どうして?」
「決まってんだろ。奴らが直ぐに撃ってこないようにするためだよ。地上の連中を人質にするんだ」
マクシムが窓から見た囲壁の上には等間隔で砲塔が並んでいた。
アレサンドロは唾を飲み込む。
「わ、分かった。そのあとは、どうするつもりだ?」
不安視するアレサンドロの顔にマクシムが笑顔を寄せる。
「俺だってバカじゃない。街の真ん中でこの機体を急上昇させて……」
アレサンドロが無線装置を一瞥したのを見逃さなかったマクシムは、即座に摘みをゼロに向かって捻ると、説明を続けた。
「この飛行機を地上の攻撃が届かないところまで上げちまえば、あとはすんなり街から出られるってな」
マクシムは自らの手で急上昇と急降下を演じて見せる。
アレサンドロは疑いの色を隠さない。
「保安兵は攻撃を控えるって……市庁舎にもそう願ったって。ならわざわざそんなこと必要ないんじゃ」
「でも、市庁舎は直接何も言ってきてない、だろ? ということは撃ってくる可能性は十分にある」
「なら、どうするんだ? 上昇したって、無事でいられる保証なんてどこにも。それなら……」
車で逃げろってか? と得意げな顔を崩さないマクシムは明かした。
「昔、今みたいにハイジャックした飛行機で逃げようとしたことがあったんだ。その時は、ばれる前に離陸したが、壁を超えたところで高射砲の餌食になっちまった。市庁舎の金を盗んだんだ当然だよな。それに高度が低すぎたのもよくなかった。飛行機も散々被弾した。けど不幸中の幸い、燃料ぎりぎりまで飛べてよ。それと、パラシュートのレクチャーを受けてたのも功を奏した。本当にレクチャーってのは大事だ。惜しげもなく知識をくれる奴は尊敬するよ。たとえ……逃げる直前に保安兵のSmに頭を食い千切られちまうアホだとしても……。いい奴だったと心から思える」
マクシムは話の終わりに苦々しい顔となる。
アレサンドロは説明の意味を理解しきれない。
「でも人質だって、いるんだし。やっぱり、ここはすぐに出たほうがいいじゃないか? 機体だって……」
パイロットが現状の説明を始める。
しかしマクシムは大げさに天を仰いでから憐みの目で見降ろす。
「わかってないねぇ……。お前ら、この町の人間じゃないだろ?」
「……なんで、そんな」
「わかるんだよ。お前はあの町の空気に染まってないし。町の写真もない」
マクシムが目を移した天井には家族の写真が貼ってあった。溌溂と笑う女性は赤ん坊を抱え。今よりも若いアレサンドロは同年代と思しき集団に混ざっている。そして、立ち上がったばかりの幼子。
だが確かにデスタルトシティーを背景にした写真は一枚もなかった。
「いいか、都市っていうのはな優先順位がある。一つは都市の運営、次に住民で、その次がザナドゥカの貢献だ。部外者の優先順位は……」
舌先を震わせてドラムロールを再現したマクシムは発表した。
「最下位!」
「でも、ザナドゥカの貢献なら」
「名もなき二人の家族と、指名手配されまくった悪党の撃墜。どっちがこの国の利益かねぇ」
「それは……」
どの口がその台詞を吐いているのか問いただしたい。だがアレサンドロは不安に舌を固くして呼吸も辛くなるばかり。
対して饒舌なマクシム。
「だからよ。俺たちも助け合わなきゃ。そのために高度を徹底的に上げろ。いいな」
「無茶だ……。この機体を安全に上昇させたいなら、少しずつ高度を上げさせてくれ」
どういうことだ? とマクシムの表情が失せる。
アレサンドロは。
「完全機械機体なら必要ないが。この機体はSm器官を内蔵している。それは大気中の酸素を必要とする。だが、高度が高くなればなるほど酸素も少なくなってSm器官に影響が出る。もちろん、この機体も通常のコンディションなら、完全機械機体と同じように5000m以上の高度を即座に突破しても問題ない。機内の酸素分圧は心配だが……。 それはともかく。ほかにも問題がある。あんたが投与した薬の影響もわからないし。本当は、高度耐久試験も、ほかの場所でやってから本腰を入れて飛行する予定だったんだ」
「つまり、何がいいたい?」
迫る犯人の顔には、あからさまな怒気が宿る。アレサンドロは目を背けたが、言うべきことは言った。
「5000mを超える前に、一度高度順応のため、機体を旋回させながら上昇させたい。ゆっくりと」
「どれくらい時間が必要だ?」
マクシムは屈むように曲げていた背筋をまっすぐにして、銃口をパイロットの頬に向ける。
「1時間くれ……頼む。助かる可能性があるのに、くだらない理由で死にたくない」
「てことは、それはつまり。一時間、いやそれ以上の時間、この飛行機の下にいる町の住民は、どうなるかもわからない機体に、怯えるってことだよな?」
「そ、そう、なるな……」
アレサンドロは申し訳ない、といった面持ちになり、今にも泣きそうだった。
マクシムは感情を爆発させそうな形相を一変させ、無邪気にはしゃぐ子供のような笑顔となる。
「あっはっはっは! いいじゃないか」
今度も理解が追い付かず、代わりに混乱を頭に叩き込まれたアレサンドロは、犯人と目を合わせる。
マクシム曰く。
「そうだよな。ここまで来たんだ。くだらない理由で死にたくないもんな。それに、お前たちを見捨てた町の連中に一泡吹かせてやれる。こいつは傑作だ!」
アレサンドロが目の端に留めた銃は彼の蟀谷に押し付けられる。
「それじゃ、頼むぜキャプテン」
踵を返して相方のほうへ向かおうとしたマクシムはヘッドフォンのマイクを掴むと立ち止まり、またパイロットに尋ねた。
「……ちなみに、パラシュートは見つけたが食料と寝袋と……それから、登山靴ってあるか?」
管制塔では話し合いがもたれる。
「今、犯人のヤツ、街の真ん中に飛ぶって言ってませんでしたか?」
ああそう言ったな、とギャレットはしたくもない肯定を同僚にする。
「まさか、街の真ん中に墜落するとか?」
「犯人が破滅主義ならそれもあり得るが。バカでないと考えると、地上の攻撃が及ばない高度から逃げるつもりだろう」
「それでも撃ち落されませんか? そもそも、今のあの機体にそれほど高い場所を飛行する余力があるのか」
360度を見渡せる管制塔で、ギャレットは街の中心部に向かって歩み寄る。
「野良Sm迎撃の備えもあるからな。高度如何によっては撃墜も可能だろう……。そうでなくとも、不安定な機体だからな何が起こっても不思議じゃない。だからと言って犯人は捕まりたくないし、パイロットは殺されたくない。嫌でも高い場所を目指さざるを得ない」
話を区切り、ギャレットはヘッドフォンのマイクに語る。
「もし中に乗り込むつもりなら早急にするんだ。ソーニャ」
「わかった!」
暗く狭い中、マスクを装着したソーニャは周囲の騒音に負けない声で応答する。冷たい暴風が苛いなんでくるが、それでも少女が耐えられる理由は、彼女が往年の飛行機乗りが愛用した防寒仕様のフライトジャケットに身を包み、飛行機乗りの帽子と防毒マスクで耳も目も守り、そして、それらをすべてをひっくるめ、どころか少女を完全に包み込むスロウスのコートがあったからだ。
ソーニャは身をよじり光へ頭を出す。
――ミニッツクラウス離陸前。
残り5回の突撃で外に出る公算のミニッツグラウスをよそに。
「ふざけるな!」
とベンジャミンが声を荒げる。ただ声色には憤りより呆れのほうが感じられた。
反発するのはソーニャ。
「どうして!?」
「どうして? 考えなくてもわかるだろ! ミニッツグラウスに入って犯人を制圧するだあ? まったく理解できん」
そのあとには大人たちの、まったくだ。バカすぎる。無謀すぎる。遊びじゃないんだぞ。の言葉が並んだ。
一人の少女を大人たちが取り囲む。
その輪の中にルイスも入る。
「何か策でもあるのかい?」
ソーニャは機体を見渡す。
「ソーニャなら、今すぐスロウスを使ってあの機体に飛び移れる。それに、あの表皮を切開して潜り込むことができれば。そのあとは……窓を破って」
大人たちは呆れて一瞬子供から視線を外す。
しかしソーニャは食い下がった。
「でも、あの機体が地上から離れたらその時こそ何もできなくなる。それに何か他に策があるの? あのどうなるかわからない機体が無事に着陸して確実に人質が助かる策が?」
それは、と言葉に詰まるベンジャミンは同僚に目を向けるが誰も同じだった。
代わりにルイスがいう。
「だからと言って……ね?」
「子供だからって止まってくれると思わないでね?」
ソーニャに続いてエロディも胸を張って豪語する。
「おうおうそうだぞお前ら、うちのソーニャはなマジで頑固なんだ。一週間掃除しなかった便所の……。公園の銅像の頭に長らく放置された鳥の……。とりあえずクソ頑固だぞ!」
「そうだぞ。服についた乾いた血ぐらい頑固だぞ」
嫌な例えだな、と離れた位置にいたレントンが女性と少女の発言に指摘を挟む。
しかしソーニャはいたって真面目な顔で言った。
「でも……服についた血って本当に取れない。同じくらい、人が死んだって記憶も簡単には忘れられないんだよ」
少女の深い洞察を超えた実感が、大人たちを沈黙に追い込む。
だがベンジャミンは臆せず口を開いた。
「だがな、お前が飛び込んで、それで人質にもしものことがあったらどうするんだ?」
「もしもって?」
「例えば、人質がまた追い込まれたり」
「そうならない様に慎重に行動するしかないよ。そもそも人質を簡単に殺すような連中ならやっぱり突撃しないと危険でしょ? 今だって自由に通信できないなら、無事かわからない……」
「だが、計画も、なしにむやみに飛び込めば誰もが傷つくことになる」
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