絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 84:波の中の漢

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《ブリトーチップ》重力制御特異構造『Vs機関』へと栄養を送るために開発された固形補給燃料。Sm器官の咀嚼と分解を経てから、Vs機関に付属する疑似消化器へ送られ、そこから本体へ必須糖類を送る。点滴注入や粥状燃料と違い、水分を取り除くことで長期保存を可能とし、より安価で継続的な栄養補給を実現した。加えて、品質を保てるようになったことで、補給を受けるVs機関の持続稼働年数を伸ばし、また、液体燃料では補えない組織材料も与えられる。














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 危機的状況と様々な考察が醸造され懊悩が極まったソーニャは、脇に手を挟め、片手を前に示し、顎を突き出す。
 奇妙な面持ちと姿勢になる少女を見てベンジャミンは。

「もとから操縦桿からの電導経路は太いし。受容体の働きや構造が変わっていたとしても、投与された物質が影響するための連携が整っていなければ何の成果もないだけで終わるはずだが……」

 アレサンドロは。

「逆に墜落したりは? その投与した薬剤だかがこの変異した機体の変な部分にヒットして、そこが勝手に活動して、致命的な結果になったりとか?」

「ああ……もし、投与した薬剤を受容する機能、つまり受付窓口が意図しない場所に出来上がってたら。薬剤を受け取って反応することもありうる。だが、その窓口からどういう基準でどんな命令が発せられるか、綿密なシステムが出来上がっていない限り、致命的な結果は起こりえないだろうし、グレーボックスに作用させる物質は、事前に発生が予測される受容体には影響しない。もし組織の自然発生に任せて、投与する薬物とそれを受け取り、反応を促すシステムが生まれるとしたら、宝くじ……いや、頭に隕石が激突するくらいの確立になるだろう」

「逆に言うと、窓口がなくなって、効くはずの薬が効かなくなったりしないの?」

 などと質問するロッシュに皆が注目した。
 ベンジャミンは深刻な顔でうなずく。

「ああ、その通りだ。俺は慎重になりすぎたのか?」

 整備士は視線を下げ思いつめる。しかしソーニャは。

「まだ落ちてない。なら……」

「できることはあるし。やるだけの価値はある、か」

 職人二人が目で示し合わせる。そこに突然、横やりが入る。

『聞こえているか? 責任長の作戦が動き出した!』

 放置されていたヘッドフォンのスピーカーから、ギャレットの声が轟く。どうやら、ずっと応答を願って声を張り続け、声量を絶大にした様子だ。
 ベンジャミンとアレサンドロがヘッドフォンを耳に当てる。
 アレサンドロが、どうした何するつもりだ? と質問する。
 あれ! とソーニャが指さすのは窓の向こう。
 ミニッツグラウスの隣に新たな機影が並ぶ。その見覚えのある機体にソーニャが名を叫んだ。

「ヒポグリフ768!」

「のクラウドウェーブな」

 そして窓に張り付く、歪なヒト型の影に、ロッシュは息を吸い込む悲鳴を発する。

「ナス6-45GI……ナスの種起源となった個体の第六世代の45体目をベースに増産した型式」

 しみじみ解説するソーニャは、HK系の91U眷属の奴はどこだぁ? と呟き窓に顔面を押し付ける。
 ベンジャミンも窓に手をつき、外を広く確認した。

「いよいよ、重力牽引を始めるらしいな……」

 事前に聞いていた作戦の開始を知り、ソーニャは表情を緊張させる。
 重力牽引うまくいくと思う? そう少女に問われたベンジャミンは微妙に小首を傾げる。
 沈黙を選ぶ整備士に代わり、子供たちの視線を受け止めたアレサンドロは。

「正直言って……簡単にいくようなもんじゃない。まず最初に、機体同士を慎重に近づけて。そして、グラウスを引っ張るほどだから、きっと重力機関士が二機分の重量を考慮して重力分布を設定するんだろうな。パイロットと息が合わなきゃ、操縦を失敗して機体が接触、そして……」

 それ以上は言わない。でも、ソーニャには墜落の文字が伝わる。

「祈るしかないな。パイロットと重力機関士の腕と幸運を」

 アレサンドロの言葉にベンジャミンは一言。

「俺たちの幸運の間違いだろ」

「失敗したら……絶対に墜落?」

 そう問い質すソーニャからアレサンドロは視線を逸らし。次に目が合ったベンジャミンは、分からん、と告げる。
 ソーニャは唾を飲み込み、誰もいない面前をじっと見つめて。

「なら、失敗した場合に備えて、できることをしませんか?」

 変な敬語になったが少女の目は真剣そのもの。

「もし、重力牽引をするなら、こっちの作戦も、別に、やっても問題ないような……」

 精悍な眼差しの少女は体を傾け、唇をすぼめ、上目遣いで伺った。
 無表情に近いベンジャミンは、そうですね、とこれまた真剣に答える。
 動き出す二人にアレサンドロは

「何するつもりだ? 手伝うか?」

「お前さんは操縦席を頼む……といってもな」

 頼んだベンジャミンのほうが苦慮する。
 アレサンドロは自嘲気味に今座っている座面の縁をたたく。

「一応、俺がミニッツグラウスのオーナーで機長だからな。席を温めるくらいはさせてもらう」

「なら任せた」

 その一言を残してベンジャミンはソーニャともども機体後方へ向きを変える。



 そのころヘッドフォンを装着していた男が二重顎で支える唇で得意げな笑みを作る。
 彼はデスタルトインフラターミナルの管理責任長。その眼に捉えているのは、ハイジャック機と自身が駆り出したクラウドウェーブの銀色の体だ。

「ふふ、うまくいっているな」

 と語る口ぶりには悦がうかがえた。



 ミニッツグラウスの機内に戻ると。
 ソーニャが自前の鞄から取り出す薬剤をベンジャミンが見比べていた。

「しっかし用意がいいな。これは、ラ♯受容体活性薬と、こいつは……アキレスリン」

「地上のSmにも使えるやつしか持ってないけど」

 と留意するソーニャは薬品と注射器を準備して、投薬はいつするべき? とベンジャミンに尋ねた。

「アキレスリンはやっこさんの試みが失敗した後だ。今やって、お互いの挑戦と結果が噛み合わなかったら、それこそ笑えない。多分、向こうは……肉体すべての活動を弱めることで、強制的な牽引を果たすつもりだろうからな」

「つまり、外部投与をするつもりなの? あるいは腹腔に潜り込んで……」

 ソーニャの推測にベンジャミンは、まだ腹腔が開いていればな、と呟き、ピートが横たわる向こうに目をやる。

「もし何かあったら、後ろ側に逃げるか。あの肉の壁ならある程度の衝撃を吸収してくれるかもしれないぞ」

 ソーニャは薬品のラベルと分量を確かめつつ。

「賛成! ただし、左右から挟まれて窒息するのが怖いので、スロウスに支えさせるね」

 少女の言葉は心強く頼もしくもあり、同時に、大人たちは不甲斐なさで苦い笑みを浮かべる。
 燃料はどうだ、とベンジャミンに聞かれたアレサンドロは今一度計器を確認した。

「燃料計は、数字が上がってる……?」

 目を見張るアレサンドロに同調して、ベンジャミンは眉を傾げる。
 機体のことを考慮するアレサンドロは深刻な顔になる。

「燃料タンクの分量計が周辺組織に圧迫されたか、あるいは間質液がタンク内部に入ってメモリがとち狂ったか?」

 逆にベンジャミンは、窓の外を再確認してから軽い面持ちで語る。

「後ろ半分の装甲が脱落したようだし、その分軽くなって、燃費はよくなったはずだ。それに燃料脂肪も形成されてそこからエンジンへ補給される可能性も高い。そのうえ、最初からタンクは満タンだっただろ? なら、まだ心配はないんじゃないか」

 振り返るアレサンドロは途中で我が子の不安げな目を見つけて、作った笑いになる。

「だな、燃料は安心していいだろ」

 ロッシュは足元に目を移す。
 少年の内心の片鱗を垣間見たベンジャミンも、表情が陰る。

「となると、いよいよ、挑戦者の成否にかかってるな」

 窓の向こう。航空型Smヒポグリフ、名称クラウドウェーブがエンジンのプロペラを勢いよく回す。その機内では、機長と副機長が緊張を目の色にとどめ、淡々と操作をこなした。さらにその下へ移動すると、蒸気機関車の機関室を連想させる配管と計器が複雑に組み合わさった狭い空間があった。そこでは、作業服に身を包む人員が従事していた。
 伝令管から言葉が発せられる。

『こちら副機長。重力……失礼、数値を見誤った。機体の加重数値に問題ない。改めて機関士に連絡。そちらで力場の乱れは検出されているか?』

 機関士が答えた。

「こちら重力機関室。モニターでは意図した変動の発生は確認できず。何か不調でも?」

『いえ、こちらの重力計が重力不均衡の兆候を示したんですが、今数値が平常値に戻りました。問題ありません』

「わかりました。こちらも、重力機関の異常挙動は確認してませんし、力場の発生も伺えませんでした。ですが注意します。重力機関が把握障害をきたしてる可能性もありますので」

 了解、と副機長がいう。
 重力機関士の仕事は生物を扱うのにといわれている。
 機関士が注目した円形のモニターでは、暗い背景の上で、青色の点描が大小それぞれ違う複数の集まりを形成し、明滅を繰り返している。
 モニターの上部では球形の水槽があり、内部では底から発生する気泡によって光の粒子が撹拌されていた。

「重力分布、現在99.052から100.03を揺れています。正常値の範囲です」

 と改めて機関士は伝声管に報告する。

『了解。航空を継続する』

 頭上の伝声管から降ってきた言葉を受けて、機関士はレバーの一つを引く。もう一人は壁から張り出す間口の広い棚の奥から、ペレットをスコップで掬うと、反対側の壁から釣り下がるチェーンの取っ手を引き下げて、壁で開口した巨大なピラニアの口ともいえる穴にペレットを投入した。
 咀嚼する口を確認した機関士は、異常なし、と頷く。
 機関室の端ではコイルが火花を飛ばし、また別の端では、タンクに入っていた液体が、管に注がれる。
コンソールに埋め込まれた三段連なるダイヤルが機関士の手で回され、刻印された数字が横一列で並ぶと、その上にあったモニターが明滅するたびに、表示していた点描の位置と形を変えた。

『機関室へ連絡。対象に近接した』

 機関士が、了解、対象の距離を求む、と要求する。
 副機長が双眼鏡で見つめるのは滞空するナスで、腕を直線的に伸ばしたり、規則的に肘を曲げていた。

「対象方向〇三一八、距離33.4フィート、基準高度から16.3度上」

 機関士は伝声管の言葉を頼りにタイプライターを転用した打鍵をタップする。本来ならばインクで紙に文字を転写する機構が備わるべき場所に組み込まれていた円筒形の機械は、表面に刻まれたスリットからはみ出る金属の足を繰り返し屈伸させて、内部のスプリングを伸縮し、火花を散らす。
 伝わる電気信号は円筒形の機械から延びる銅線を通って、接続する容器の内部に収まった筋肉的な軟組織を痙攣させた。
 モニターにもう一つ点描の集合が浮かぶ。

「操作重力領域確保、重力牽引準備完了」

 機長は同じ言葉を復唱した最後に、了解、の一言を加えて、ヘッドフォンから延びるマイクに通信する。

「こちらクラウドウェーブ機長のケラーマン。責任長準備が完了しました」

『ご苦労。では作戦の前段階に進め』

「……了解。これより重力補足を開始する」

 機長として任務にあたるケラーマンがわずかに作った間は、重く、号令は明朗を欠く。
 されど、復唱する機関士はそうではなかった。

「重力捕捉開始」









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