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第01章――飛翔延髄編
Phase 90:人生の岐路
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《アロエフロッグ中央航空517便墜落事故》父親によって操縦席に座らされた子供たちは興奮し、目に映る操縦桿やボタンを触ったと思われる。7月19日現時点で判明しているのは、この時、操縦桿の作動を検知したシステムが自動操縦の補助システムを解除。その結果、知らぬうちに機体の方向が予定進路から逸れ、機体が傾き始める。それにともない引き起こされた急降下を防ごうと運転を代わった機長が機首を上げたことで完全に自動操縦が解除し、姿勢制御システムも閾値を超えた機体の動作をコントロールできないと判断して停止、機体の失速を招き、墜落に繋がったとされている――。
『アンカーバッジ・デイリーニュース』より一部抜粋。
Now Loading……
メイ・グラウアは詰問した。
『まさか知識の有無だけを基準に子供をこちらの作戦に巻き込むつもりか? 話にならん。副操縦士が自身の子供に操縦桿を握らせて墜落した事件を聞いたことは?』
「ああ、あるよ。だがソーニャは何もわからないガキじゃない。しっかりと知識と経験と覚悟のある職人だ。何より度胸がある。そして、操縦幹を握らせるつもりもない」
『度胸を判断材料に含めるなら愚者にすら裁量権が手渡される。認めるわけにはいかん。そもそも現時点の作戦の遂行は、正式には、こちらに一任されている領分だ。貴殿らの働きはもう十分果たされたと言ってしかるべきもの。後のことはこちらに一任してほしい。我々が一丸となるためにもな』
「あんらの立場も組織にとって心を一つにする効力もわかってる。そのために子供を排除したいんだろ。だが街を守りたいのは俺たちだって同じだ。なら俺たちを加えて連携しないでどうする。官民が助け合うことこそ理に適ってるとは思えないか?」
『部外者だから排斥したいわけじゃない。子供の手を借りることを懸念しているのだ』
「犯人を制圧したのはその子供だ。そして、人質を助けたのもその子供だ。俺でもなければ、ましてやあんたらでもない」
「子供に、重責を負わせたいのか?」
「重責ってのは、だれでも背負えるわけじゃない。だが、あいつには背負う力と覚悟がある。そして俺も一緒に背負う。それが俺の覚悟だ」
その言葉は、双方にとって重く、沈黙の帳を下すこととなった。
指揮官グライアはヘッドギアを上げ、金属のアームが装置を支えている間に、顔を拭った。右頬には獣の爪跡のような傷が整列し、赤褐色に近い琥珀の瞳が一回の瞬きを挟んで鋭く前を見据える。
ベンジャミンは応答がないことに表情が硬くなる。
口を手で塞ぎ、頬骨を指で執拗に叩いて、リズムで焦燥を誤魔化す。
指揮官はなんて? とソーニャが首にかける無線の音量をゼロにひねって尋ねる。
ベンジャミンは、要らん事言ったかも、と答えた。
え……、と少女は絶句する。
当の指揮官は一呼吸してから。もう一度ヘッドギアを装着した。
「件の少女と話せるか?」
「時間がないんだが」
「ならば早く話をさせてほしい」
冷気を感じるほど冴え冴えとした口調に、悪寒がよぎるベンジャミンは決心した。
ソーニャ、と呼ばれた少女は手渡されたヘッドフォンを装着する。
「もしもし……」
『私はナスの操縦部隊を指揮するメイ・グライアだ』
「初めまして。『確かな技術とできる限りのサービスを提供する』をモットーに今日も精神誠意頑張る工場『ディリジェントビーバーガレージ』のソーニャ・ペンタコフスキーです。よろしくお願いします」
『……うむよろしく。私は君の能力と気概は聞き知っており、感謝は事が終わってからしたいと思うので本題を言わせてもらう。これから君は作戦に対してどれだけ責任をとれるのだ?』
「責任……」
ひとつの単語を復唱してソーニャは自然と背筋を伸ばし、顔に緊張の色が宿る。
「そうだ。もちろん君だけにすべてを背負わせるつもりはない。作戦を遂行するにあたって我々も共犯となるつもりだ。だが、君もまた責任を背負うことになるのは変わりない。失敗した場合、大勢が死ぬ可能性がある。君を含めて街に生きる人間も巻き込まれることは確実だ。その時脅かされた人の命に君は責任を負えるのか? もし死人が出たら、その人たちや遺族にどう向き合うつもりだ」
「……責任」
その言葉が頭で反響する。すぐに思い出したのは、よく知っている老人の姿。毎日自分の職責を全うする職人の背中。仕事に向き合う眼差し。時に夏の暑さの中、汗が眼に流れ、顔をしかめならが困難に立ち向かい。時に冬の寒さに指が悴み、体が凍えながらも、役目を果たす。そんな姿を数えきれないほど、毎日見てきた。
言葉は状況とともに蘇る。
あの時は、ピストンフッドと呼ばれる脚部の稼働を悪くした大型ゴブリンの処置をしていた。団子状の体を施術台に転がして、鉗子で車輪軸を挟む部位に作った切り口を拡張する。金属の関節の周りに小さな骨の欠片が散見された。どうやら所有者は機体を頑丈にするつもりで、造骨剤を投与し、それによって形成された歪な骨組織が機械関節に接触して、結果、砕けた骨組織により周辺組織に炎症が引き起こされた。
「いいか、ソーニャ……」
リックが何かを伝えるとき、必と言っていいほど名前を呼ぶ。だからこそ、身構えて老人の言葉に集中できた。
「俺たちはな、決して、Smっていう工業製品を相手にしてるわけじゃないんだ」
リックは手を止めることなく、助手として同じ目線に立つ少女に語り掛けた。
「どういうこと?」
リックはゴブリンが挟む金属クランクの軸の周辺組織から、硬い組織片を削り、除去しながら。
「俺たちの扱ってるソリドゥスマトンには必ず使う人間がいる。俺たちの仕事はな。そういう人たちのことを考えて初めて成立する。だからこそ職人の心構えってのはな。常に自分に問いかけることなんだ」
「問いかけるの?」
「そうさ。自分の仕事は間違っていないか。何か見落としてないか。もっとうまくできるんじゃないのか。そうして休むことなく自分に問いかけることだ。それを続けることが職人の心構えであり、責任なんだ」
――わかったか?
振り返る老人にソーニャは口を結んで頷いた。
今ハイジャック機の中で俯く少女を目の当たりにし、難しい質問を投げかけるものだ、とベンジャミンは憂う。通話の内容は聞いていない。だが、目の前の少女の面持ちから、なんとなく察せられた。
誰もが口を閉ざす中、突如、少女の声が響く。
「ソーニャのおじいちゃんは、ソリドゥスマトンの職人です」
聞き及んでいる、そのグライアの返答は抑揚も何もない。
人によっては威圧感を覚えそうな口ぶりを相手に、ソーニャは。
「おじいちゃんはリックといいます。すごい職人で仕事は確かで真面目で失敗したところは……たまに見るけど。それでも失敗を必ず挽回して、求められた成果を出します」
「ふむ、それで」
「リックは職人の責任について何度も言っていました。責任というのは自分ができる範疇でしか背負えない。それが人間の限界だって。そして自分が行動を起こすとき、必ず責任が伴う。力のある人間はその力の使い道に責任があり、お金がある人はそのお金の使い道に責任がある。技術がある人間にはその技術の使い方に責任がある。人を教える立場になった人間は、その教えと教える相手との向き合い方に責任がある。だから、ソーニャにも、ここまで来たソーニャの責任がすでにある」
「君の命がかかっているから自暴自棄になっているのではないのかな? いや、自暴自棄とは違うか。自分の命を懸けているのだから何をしても許される、命に見合った許可があると思っているのではないのか?」
ソーニャは押し黙る。グライアは粛々と述べる。
「もしそうなら、それは傲慢だ。君の命はそれほど高くはない。誰の命も等しく価値はあるが。命で命は贖えない。命の代わりは何もない。命ですら代わりにならない。それが命の重みであり真価なのだ。君はその重みに値する責任を負い、大勢が追うリスクに見合う働きができるのか? それらを理解できているのか?」
ソーニャは閉ざした目を開ける。
「責任というのは、何をどうすればより良い結果にたどり着けるかを全力で考えること、だと思っています。そして、一度手を付けたのなら最後まで力を尽くすこと、でもある。そうリックに教えてもらいました。ソーニャもそう思います。だからソーニャは自分ができる限りのことを。ソーニャが目指す正しいと思える結果を目指して沢山考えて全力を尽くします。ソーニャの責任の果たし方はそれだけです。命に対して責任を自覚できても真の意味の償いはできない。それもわかってます。あなたも、あなたの仲間も、それを分かっているから困難に立ち向かうことも……」
グライアは言葉にしない。
少女は。
「でも、ソーニャだって、逃げることなんてできない。そんなことをするくらいなら町に降りて、この飛行機を受け止めます。もし作戦に加えてくれるなら、その作戦が失敗したら。ソーニャは生きて。みんなが納得する、できうる限りの賠償を支払います。それもダメというなら。やっぱりソーニャはここに残って、みんなを見守ります。けどソーニャは逃げることだけはしません。それでソーニャが死んでも誰も責めません。それが、ここまで来たソーニャの覚悟であり責任の取り方です」
グライアは目を閉じ、固く結んでいた唇を紐解く。
「家族はどうする?」
ソーニャの瞳が震える。
「君の家族は、君がどうなろうとも、辛い立場になるのではないか? もし君に何かあったら、悲しまないか?」
「……その時は」
ソーニャは深呼吸した。
「怒ってもらう!」
少女は吸った分の息を全部使う。
「気が済むまで怒ってもらう! だけど、絶対に、家族を理由にソーニャは逃げない! だって、ソーニャが教えてもらったのは、立ち向かうこと! そして、立ち向かう勇気を貰ったことだから!」
少女の顔に迷いはない。窓の向こう、機体が進む先に向けられた眼差しは熱く滾っていた。
メイは一呼吸おいてから。
「承知した。ベンジャミンと変わってくれ。君たちの作戦の準備に取り掛かろう」
ソーニャは目を見開く。顔に力を入れて、はい!、と答えた。
ベンジャミン交代! と言ってヘッドフォンを差し出された整備士は、アレサンドロと共有していたヘッドフォンから離れる。
「なあソーニャ。お前いくつだよ?」
ソーニャは顔を背け無感情の言葉をつづる。
「レディーに年齢を聞くのはご法度だってマイラが言ってた。あと個人情報は簡単に言っちゃいけないってリックが言ってました」
懐疑の目を向け続けるベンジャミンは。
「もしかして、お前……二十歳超えてるだろ?」
ソーニャは全力で相手の顔を見上げると、大きくした目を輝かせ。
「ソーニャ! そんなに大人に見える!?」
とあからさまに心を躍らせる。
「やっぱ、子供か……」
と呟いたベンジャミンは、小躍りしながら鞄に向かう小さな背中を見送り、装着したヘッドフォンに名乗り、相手の声に耳を傾けた。
『アンカーバッジ・デイリーニュース』より一部抜粋。
Now Loading……
メイ・グラウアは詰問した。
『まさか知識の有無だけを基準に子供をこちらの作戦に巻き込むつもりか? 話にならん。副操縦士が自身の子供に操縦桿を握らせて墜落した事件を聞いたことは?』
「ああ、あるよ。だがソーニャは何もわからないガキじゃない。しっかりと知識と経験と覚悟のある職人だ。何より度胸がある。そして、操縦幹を握らせるつもりもない」
『度胸を判断材料に含めるなら愚者にすら裁量権が手渡される。認めるわけにはいかん。そもそも現時点の作戦の遂行は、正式には、こちらに一任されている領分だ。貴殿らの働きはもう十分果たされたと言ってしかるべきもの。後のことはこちらに一任してほしい。我々が一丸となるためにもな』
「あんらの立場も組織にとって心を一つにする効力もわかってる。そのために子供を排除したいんだろ。だが街を守りたいのは俺たちだって同じだ。なら俺たちを加えて連携しないでどうする。官民が助け合うことこそ理に適ってるとは思えないか?」
『部外者だから排斥したいわけじゃない。子供の手を借りることを懸念しているのだ』
「犯人を制圧したのはその子供だ。そして、人質を助けたのもその子供だ。俺でもなければ、ましてやあんたらでもない」
「子供に、重責を負わせたいのか?」
「重責ってのは、だれでも背負えるわけじゃない。だが、あいつには背負う力と覚悟がある。そして俺も一緒に背負う。それが俺の覚悟だ」
その言葉は、双方にとって重く、沈黙の帳を下すこととなった。
指揮官グライアはヘッドギアを上げ、金属のアームが装置を支えている間に、顔を拭った。右頬には獣の爪跡のような傷が整列し、赤褐色に近い琥珀の瞳が一回の瞬きを挟んで鋭く前を見据える。
ベンジャミンは応答がないことに表情が硬くなる。
口を手で塞ぎ、頬骨を指で執拗に叩いて、リズムで焦燥を誤魔化す。
指揮官はなんて? とソーニャが首にかける無線の音量をゼロにひねって尋ねる。
ベンジャミンは、要らん事言ったかも、と答えた。
え……、と少女は絶句する。
当の指揮官は一呼吸してから。もう一度ヘッドギアを装着した。
「件の少女と話せるか?」
「時間がないんだが」
「ならば早く話をさせてほしい」
冷気を感じるほど冴え冴えとした口調に、悪寒がよぎるベンジャミンは決心した。
ソーニャ、と呼ばれた少女は手渡されたヘッドフォンを装着する。
「もしもし……」
『私はナスの操縦部隊を指揮するメイ・グライアだ』
「初めまして。『確かな技術とできる限りのサービスを提供する』をモットーに今日も精神誠意頑張る工場『ディリジェントビーバーガレージ』のソーニャ・ペンタコフスキーです。よろしくお願いします」
『……うむよろしく。私は君の能力と気概は聞き知っており、感謝は事が終わってからしたいと思うので本題を言わせてもらう。これから君は作戦に対してどれだけ責任をとれるのだ?』
「責任……」
ひとつの単語を復唱してソーニャは自然と背筋を伸ばし、顔に緊張の色が宿る。
「そうだ。もちろん君だけにすべてを背負わせるつもりはない。作戦を遂行するにあたって我々も共犯となるつもりだ。だが、君もまた責任を背負うことになるのは変わりない。失敗した場合、大勢が死ぬ可能性がある。君を含めて街に生きる人間も巻き込まれることは確実だ。その時脅かされた人の命に君は責任を負えるのか? もし死人が出たら、その人たちや遺族にどう向き合うつもりだ」
「……責任」
その言葉が頭で反響する。すぐに思い出したのは、よく知っている老人の姿。毎日自分の職責を全うする職人の背中。仕事に向き合う眼差し。時に夏の暑さの中、汗が眼に流れ、顔をしかめならが困難に立ち向かい。時に冬の寒さに指が悴み、体が凍えながらも、役目を果たす。そんな姿を数えきれないほど、毎日見てきた。
言葉は状況とともに蘇る。
あの時は、ピストンフッドと呼ばれる脚部の稼働を悪くした大型ゴブリンの処置をしていた。団子状の体を施術台に転がして、鉗子で車輪軸を挟む部位に作った切り口を拡張する。金属の関節の周りに小さな骨の欠片が散見された。どうやら所有者は機体を頑丈にするつもりで、造骨剤を投与し、それによって形成された歪な骨組織が機械関節に接触して、結果、砕けた骨組織により周辺組織に炎症が引き起こされた。
「いいか、ソーニャ……」
リックが何かを伝えるとき、必と言っていいほど名前を呼ぶ。だからこそ、身構えて老人の言葉に集中できた。
「俺たちはな、決して、Smっていう工業製品を相手にしてるわけじゃないんだ」
リックは手を止めることなく、助手として同じ目線に立つ少女に語り掛けた。
「どういうこと?」
リックはゴブリンが挟む金属クランクの軸の周辺組織から、硬い組織片を削り、除去しながら。
「俺たちの扱ってるソリドゥスマトンには必ず使う人間がいる。俺たちの仕事はな。そういう人たちのことを考えて初めて成立する。だからこそ職人の心構えってのはな。常に自分に問いかけることなんだ」
「問いかけるの?」
「そうさ。自分の仕事は間違っていないか。何か見落としてないか。もっとうまくできるんじゃないのか。そうして休むことなく自分に問いかけることだ。それを続けることが職人の心構えであり、責任なんだ」
――わかったか?
振り返る老人にソーニャは口を結んで頷いた。
今ハイジャック機の中で俯く少女を目の当たりにし、難しい質問を投げかけるものだ、とベンジャミンは憂う。通話の内容は聞いていない。だが、目の前の少女の面持ちから、なんとなく察せられた。
誰もが口を閉ざす中、突如、少女の声が響く。
「ソーニャのおじいちゃんは、ソリドゥスマトンの職人です」
聞き及んでいる、そのグライアの返答は抑揚も何もない。
人によっては威圧感を覚えそうな口ぶりを相手に、ソーニャは。
「おじいちゃんはリックといいます。すごい職人で仕事は確かで真面目で失敗したところは……たまに見るけど。それでも失敗を必ず挽回して、求められた成果を出します」
「ふむ、それで」
「リックは職人の責任について何度も言っていました。責任というのは自分ができる範疇でしか背負えない。それが人間の限界だって。そして自分が行動を起こすとき、必ず責任が伴う。力のある人間はその力の使い道に責任があり、お金がある人はそのお金の使い道に責任がある。技術がある人間にはその技術の使い方に責任がある。人を教える立場になった人間は、その教えと教える相手との向き合い方に責任がある。だから、ソーニャにも、ここまで来たソーニャの責任がすでにある」
「君の命がかかっているから自暴自棄になっているのではないのかな? いや、自暴自棄とは違うか。自分の命を懸けているのだから何をしても許される、命に見合った許可があると思っているのではないのか?」
ソーニャは押し黙る。グライアは粛々と述べる。
「もしそうなら、それは傲慢だ。君の命はそれほど高くはない。誰の命も等しく価値はあるが。命で命は贖えない。命の代わりは何もない。命ですら代わりにならない。それが命の重みであり真価なのだ。君はその重みに値する責任を負い、大勢が追うリスクに見合う働きができるのか? それらを理解できているのか?」
ソーニャは閉ざした目を開ける。
「責任というのは、何をどうすればより良い結果にたどり着けるかを全力で考えること、だと思っています。そして、一度手を付けたのなら最後まで力を尽くすこと、でもある。そうリックに教えてもらいました。ソーニャもそう思います。だからソーニャは自分ができる限りのことを。ソーニャが目指す正しいと思える結果を目指して沢山考えて全力を尽くします。ソーニャの責任の果たし方はそれだけです。命に対して責任を自覚できても真の意味の償いはできない。それもわかってます。あなたも、あなたの仲間も、それを分かっているから困難に立ち向かうことも……」
グライアは言葉にしない。
少女は。
「でも、ソーニャだって、逃げることなんてできない。そんなことをするくらいなら町に降りて、この飛行機を受け止めます。もし作戦に加えてくれるなら、その作戦が失敗したら。ソーニャは生きて。みんなが納得する、できうる限りの賠償を支払います。それもダメというなら。やっぱりソーニャはここに残って、みんなを見守ります。けどソーニャは逃げることだけはしません。それでソーニャが死んでも誰も責めません。それが、ここまで来たソーニャの覚悟であり責任の取り方です」
グライアは目を閉じ、固く結んでいた唇を紐解く。
「家族はどうする?」
ソーニャの瞳が震える。
「君の家族は、君がどうなろうとも、辛い立場になるのではないか? もし君に何かあったら、悲しまないか?」
「……その時は」
ソーニャは深呼吸した。
「怒ってもらう!」
少女は吸った分の息を全部使う。
「気が済むまで怒ってもらう! だけど、絶対に、家族を理由にソーニャは逃げない! だって、ソーニャが教えてもらったのは、立ち向かうこと! そして、立ち向かう勇気を貰ったことだから!」
少女の顔に迷いはない。窓の向こう、機体が進む先に向けられた眼差しは熱く滾っていた。
メイは一呼吸おいてから。
「承知した。ベンジャミンと変わってくれ。君たちの作戦の準備に取り掛かろう」
ソーニャは目を見開く。顔に力を入れて、はい!、と答えた。
ベンジャミン交代! と言ってヘッドフォンを差し出された整備士は、アレサンドロと共有していたヘッドフォンから離れる。
「なあソーニャ。お前いくつだよ?」
ソーニャは顔を背け無感情の言葉をつづる。
「レディーに年齢を聞くのはご法度だってマイラが言ってた。あと個人情報は簡単に言っちゃいけないってリックが言ってました」
懐疑の目を向け続けるベンジャミンは。
「もしかして、お前……二十歳超えてるだろ?」
ソーニャは全力で相手の顔を見上げると、大きくした目を輝かせ。
「ソーニャ! そんなに大人に見える!?」
とあからさまに心を躍らせる。
「やっぱ、子供か……」
と呟いたベンジャミンは、小躍りしながら鞄に向かう小さな背中を見送り、装着したヘッドフォンに名乗り、相手の声に耳を傾けた。
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