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第02章――帰着脳幹編

Phase 129:士気のある光景

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《エンジンタウン》ミッドヒルの東に位置する町。さらに東に位置する都市ノルンほどの人口はないが、都市間の連携を助け、有事の際は軍事拠点としての機能を発揮する。第三次終末戦争の時には旧国防軍の兵舎が置かれていたこともあり、川筋の地形を利用した防衛施設や、北側の丘も包括した陣地を展開し、ミッドヒル同盟を攻略する上では、決して無視できない。










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 暗い一室の中、アンドリューはうなる。
 現場で暴れていたサッカーフィストは少女に一矢報いられ、体の自由が損なわれ、ノルンの方角へ退散の気配を見せた。
 ここで追い詰めるよ! とシャロンが声を上げる。
 そこへ、頭の一部を小型カメラに置換した猛禽もうきんが飛来した。ソーニャは身構えるが、シャロンは迎え入れ、猛禽の頭部に埋め込まれたスピーカーに耳を傾ける。

『ボスマートの半S脚付きが近づいている。その数15……』

 了解だ、の一言で猛禽を見送ったシャロンは少女に問う。

「ソーニャ! 今すぐあのデカブツをぶっ潰せるかい? できないなら今すぐ撤収する」

「うん、ええっと……、そうだな……まだ腹部の隙間が空いてるなら、そこにソーニャが爆弾を突っ込んで……」

 撤収するよ! とシャロンは声を張り上げた。
 その言葉を合図に擲弾筒てきだんとうによる発射が実行される。
 直前までスロウスに気が散っていたサッカーフィストは、射撃に反応こそするが、ふらついた体を支えるのに精いっぱいで、頭への弾頭の直撃は免れず、爆破と煙と衝撃に見舞われる。
 射手は手応えを感じて口元がほころぶ。しかし、煙から大きな左手が飛び出し空気を裂いて、健全なMAGEがさらけ出されると、喜びは反転する。
 悔しさを顔ににじませた射手は迫りくる火花の濁流だくりゅうに背を向け、逃げる仲間に加わる。
 リソースの無駄は控えて立ち回って! とボニーの叱責を通信で受け取ったアンドリューは、渋々機体の火砲を引っ込める。 
 人ならざる者同士は対峙たいじを続け今にも激突を再開させる気配だったが、スロウス! の呼び声に一方がきびすを返した。
 自警軍は、まだ動ける車両が載せられるだけの仲間を積み、武装を持つ車両が殿しんがりにない、ノルンとは反対の西側の門の端に陣取り、車両の銃座では大型機関銃を構える戦闘員が警戒する。その横を歩兵の仲間が通り過ぎ、ソーニャはスロウスにすくい上げられる。彼女は後ろ髪を引っ張られる思いで振り返った。
 残されたサッカーフィストは追いかけるそぶりを見せたが、蹈鞴たたらを踏んで、立ち止まり、左手に握り締めていたなたで強く地面を突き刺し、片膝をついても、転倒だけは回避する。
 口惜しそうにソーニャが言う。

「もし、爆弾を腹に突っ込んでたら……すぐに片が付いたのにッ」

「爆弾は投げものだ! 人に持たせて突撃させるなんてできるもんか! そんな馬鹿なことするくらいなら、みんなぶっ殺されたほうがましさ!」

 そう言い放つシャロンは、スロウスのベルトを足場にえり手摺てすりにして、広い背中をよじ登り、大きな肩に腰を下ろすと、後方に銃を向けた。
 納得しかねるソーニャは、でもぉ、と呟く。
 シャロンは。

「仮に、あのデブの腹に爆弾を突っ込めたとして、その瞬間あのデブに抱きしめられたらどうするんだい?」

 その仮定の行きつく凄惨せいさんな末路は想像に難くない。
 言葉の出ない少女の難しい横顔を見たシャロン。

「そう言うこった。簡単な解決策ほど高くつく。それはそうと今更だけど、襲ってこないだろうね?」

「多分、今のタヂカラオは薬が効き始めてるから、走ってくる途中で停止するかも。むしろ、追って来てくれたほうが好都合な気がする……」

「いいや、勝手に椅子にしちまったスロウスのことさ。見晴らしがいいから考えず陣取っちまった」

「ああ、大丈夫。こいつは椅子にも便座にでもしてください」

「じゃあ、今回は椅子で……」

 スロウスが持ち上げるまま空いていた肩へ腰を下ろすソーニャ。
 少女の無念を受け止めるシャロンは、一瞬首を横に振り、巨体へにらみを送る。

「あんたはよくやってくれたよソーニャ。その上、特攻なんぞさせたら全員の士気が下がるだけじゃ済まない。あれでよかったんだ。十分頭を使って立ち回ってくれたしね。ただの暴力じゃないヒトらしい力であのデカブツをせいした。おかげで士気も爆上がりだ。これほど気分のいい話はない。あいつにはとことん恥をかかせてやれたのも痛快だ」

 シャロンが向ける笑みに表情が晴れるソーニャだったが、いきなり白目を拡大し巨体を目にして。鉈忘れてた! と叫ぶ。
 ああ、とシャロンも少女もとい、スロウスの遺失物へ振り返る。

「諦めな、今のところはね……。それか、野郎がまた戦場にやって来たとき奪い返せばいい……」

「その時まで携帯してるか分からないよ」

「なら、あのデブ自体を奪って、デブと交換に鉈を返してもらえばいい。そうだろ?」

 ソーニャは顔を上げ、不満と未練の面持ちのまま、うん、とうなずき、じっとりした眼差しで遠ざかる巨体と鉈を見つめ続ける。
 
「バイタルはどうなってる? もう動きも感度も鈍ってるんだが?」

 アンドリューの詰問きつもんにボニーは答えた。

『内臓がほぼ沈黙し始めた。特に心臓への作用が顕著みたい。心拍数も、呼吸器系の活動も、数値だけ見れば再覚醒は避けられなさそう……。これは、グレーボックスに作用するヒプノイシンというより、イシスタミン? いや、双方の作用が均一だから、また別のやつ? ごめんまだ断定できない。それと今、ボスマートの応援がサッカーフィストに向かってるから、そこで大人しくして』

 待てまだ、とアンドリューが返すのをボニーがさえぎる。

『どうせ真っ当に動かないんでしょ? こっちはバイタル見てるから分かるの』

「じっとしてる合間に襲われたらどうする? ドローンだって……」

『ボスマートの尖兵せんぺいドローンも飛んでる。サッカーフィストを今不用意に動かしたらそれこそ面倒になりかねない。今は安静にして……拮抗薬の準備はしたから。だけど……打たれた薬によるけど、内臓どころか骨格筋に影響が出たら、再覚醒に時間がかかるだろうね。場合によっては透析しないといけない。そうなると、薬を抜くのに数日必要になる』

 唸りを噛み締めるアンドリューは、わかった、と不服な思いを抱えつつ納得し、遠ざかる少女を思って口走る。

「あいつ……必ず借りを返してやるッ」






 ソーニャたちが検問を去ってからしばらくしないうちに、あの虫脚の機体ブッシュダンサーが橋へと到着した。
その様子を北の上流側のやぶから見ていた自警軍隊員は、被っていたギリースーツの中で、箱型の装置に接続するT字のネジを回し、カバーを開いて晒したボタンに親指を置く。そして機体が橋の上に到達するのを待ち望む。ところが、その背後にいた仲間が上空の機影を察知した。
 虫のはねで飛ぶドローンは、映像の中心に潜む自警軍隊員たちを捉えると、藪に紛れる人の輪郭りんかくを赤と黄色が交互に並ぶ線で強調し、警戒音を発した。
 押せ! と隣にいた仲間に言われ、潜む自警軍隊員がボタンを押すと、装置から延びる配線の中を電気が走る。配線は藪を超え、土手を下り、最後は橋の裏の鉄骨に接着していた長方形の包みへ通電し、雷管を爆発させ、刺激する。
 包みが起爆し、鉄骨を破断し橋の崩壊を招く。その轟音は遠く離れたソーニャを振り返らせた。
 川へと崩落する橋を目の前にして、虫脚機体ブッシュダンサーは動きを止める。そして遅れてやってきた車列のうち、先頭の装甲車の運転手が状況を察して、しまったなぁ、と呟いた。
 ブッシュダンサーは事も無げに土手を下り、川を渡っていく。
 ブッシュダンサーが泳いでやがる、と装甲車の運転手が呟いた。
 すると有線からボニーの声で、後ろ開けるね、と注意が届く。
 了解お嬢様、と平易な声で応じた運転手はサイドミラーで後方を確認した。
 外に出てきたボニーはヘルメットからケーブルを外すと、一人歩きだす。そして、後続のブッシュダンサーの前に身を乗り出して、対岸を指さした。

「すみませーん! あの向うにある検問所にうちのSm『サッカーフィスト』があるのですが。ぜひ回収してもらえませんかね?」

 なんだって? と少女に通行を妨げられたブッシュダンサーのパイロットは不服な声色を発するが。ちょっと待て、などと告げてからしばし沈黙を貫き、回答する。

『了解……そちらの友軍登録機サッカーフィストを回収する。そちらは道の端で待機しているように。後続部隊の進路の邪魔をしないでくれ』

 お願いしまーす、とボニーは頭を下げブッシュダンサーに道を譲った。
 
「はあ、アンドリューちゃん、お願いだからフィストをお行儀よくさせてよね」

 その呟きは言った本人だけが受け止めた。





「さあここがエンジンタウンだ……」

 そう告げたシャロンはスロウスから飛び降り、鉄骨と鉄パイプで構成した楼門ろうもんを潜った。
 入ってすぐに広がる広い敷地には、天幕やトレーラーが並んでいた。
 それ以外の空間、特に門から町の中心へと続く通路では慌ただしく人々が走り、荷物を車が運んでいる。時に武器が持ち込まれ、時に新しい車両が招かれた。
 そして、スロウスの登場に圧倒され手が止まる者や少女が振りまく挨拶代わりの笑顔に戸惑う者も少なからず居る。しかし大方、真剣な顔で作業に励む。車両の整備、壊れた銃座と不調な機関銃の交換、それから人面の牛の腹を開いて行われる外科的処置など、人々が従事する作業は多分野にわたる。
 スロウスから降りたソーニャが目で追うのはデスタルトシティーの空港でも見たスネイルマンで、その背中の裂け目に入っている人はサドルに座って、スネイルマンの体内とケーブルで接続するヘルメットを被り、股に挟んだ脳みそに突き刺さるハンドルやギアを操った。
 操作される機体にソーニャが近寄っていくのをシャロンはさっと襟首を掴んで阻止し、勝手に行くな、と忠告しつつ飛んできたドローンに耳を傾け、もらった情報を声に出す。

「こっちに着実に近づいている敵戦力は半S脚付きが11。それと、車両が追加で6台だそうだ。川を越えようとしている脚付きの方は南で随分と暴れた通称アグリーフットってやつだ。オークソーンを壊滅に追いやって、その後バンカーヘッド国有林軍に返り討ちにされた連中だよ。馬鹿に変わりないが馬鹿のうちでも厄介な連中だ。気を引き締めて対処する」

 了解、と周りにいた部下たちは応答した。
 そんじゃ今のうちに補給でも排出でもしてきな、とシャロンが言うと部下は駆け足で解散する。

「ソーニャも今のうちにスロウスのコンディションを見なきゃ」

 とソーニャはスロウスのコートの裾を引っ張って人の行き交う鉄火場から離れていく。すると、箱を抱えた若いヒスパニック系の男が立ち止まり、スロウスの威容いように気後れしながらも、遠くを指さす。

「お嬢ちゃん非難するならあっちの病院に行くといい! んで、そのでっかいのは……」 

「ありがとうございます。ですがソーニャも戦いますんでよろしく」

 若い男は頭に包帯を巻いていたが元気な声で、はあ? と疑問を呈し苦笑いでお言葉を返す。

「言っておくが相手はクマのぬいぐるみでも、おもちゃの兵隊さんでもないんだぞ?」

 しかし、男の視線は少女のかたわらのスロウスへ移り、ブーツから頭の欠損まで自然と確認してしまった。
 ソーニャは親指で背後のスロウスを指差し、胸を張って言う。

「ソーニャのお人形遊びは、大人向けなんで、はい……」

 得意気というかどこか悪ぶった態度の物言いに対し、男は目をしばたたくが。
 何言ってんだい、とソーニャの背後から指摘にやってきた女性に男は目を大きくして、シャロン! と声を上げる。
 無事だったか、の社交辞令にも心からの安堵がひしひし伝わる。
 シャロンも知り合いとの再会に笑みをこぼす。

「お前も元気そうだなミゲル。いっちょ前に名誉の負傷なんざこさえやがって。これ以上ブ男になったら彼女が二度と出来ないのはもちろん、ばあちゃんにも捨てられちまうぞ?」

「大丈夫、ばあちゃんはとっくの昔から俺と庭のノームの区別も出来てないから当面は追い出されない。それにもとから俺は平均より二倍美形だからさ」

 笑うシャロンは、負傷者の二の腕を軽く叩いた。そのスキンシップに痛がるミゲルは、自称平均より上の顔を曇らせ、顎で少女を示す。

「それより、この子は? シャロンの孫?」

 んなわけあるか、とシャロンは否定した。
 頷くミゲル。

「そうか。おおやけにできないってことは、つまり隠し子なんだな。あんたも若いねぇ」

「くだらないことを言わせたらあんたは世界一だね……。この子は本当に赤の他人で、あのソーニャだよ」

「ソーニャ? 誰だよそのソー……ぁあああああ!」

 名前の復唱が途中で盛大な驚きの声に代わるミゲルは、皿にした目で改めて少女を見据えた。

「まさか、マイラの妹!?」

 シャロンが無言で頷くと、ミゲルは肺で煮詰めた息を吐いた。









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