アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

237 触発

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 【  アレクside  】

痛い、痛い、痛い、痛い。
でも振り向いて立たなきゃ、構えなきゃ、迎撃しなきゃ。

ゲロ吐いたまま追撃されて終わるなんて嫌だ。だいたいこんなとこで死ねない。

くっ、くそっ!

ガクガク ガクガク ガクガク……。

刀を杖代わりに。震える脚で立ち上がる。

ズルズル ズルズル……。

左足を基点に、震える脚を反時計回りで振り向く。
今向かって来られたら……終わりだな。

目線を上げる。
10メル先では……。








地を赤く染めて。

痛みに腰を曲げ、倒れ伏す2体の魔獣がいた。

5メルほど先。
俺と相手の間にはミノタウロスとサスカッチ、2本の足が落ちていた。

勝ったのか、俺……。


 「アレクの勝ちよ」

 「アレク、とどめを!」

 「あ、ああ……」


ズルズル ズルズル ズルズル……。

脚を引き摺りながらなんとか前へ出る。

 「ウッ、ウッ……」

強烈な腹部の痛みは変わらないどころかますます痛くなってくる。が、もうリバースするものもない。

両脚を引き摺りながら
ふらふらと2体の魔獣に向かう俺。





 「グギギッ グギギッ……」

ミノタウロスは未だ激痛にのたうち回っている。

 「……」

サスカッチは伏したまま俺を見据えている。

2体とも声が出ないのか?

いや違う。

 「こ、コイツら……」

苦痛の悲鳴を上げるのをグッと我慢してるんだ。
コイツら、悲鳴を上げるのを恥としてるのか…。
立つことさえままならず、生命が絶たれようとしている最中で?


 「ハーハーハー。勝った…勝った……俺の勝ちだ!うおおおぉぉぉーーー!」


俺はどうだ!と言わんばかりに思わず雄叫びを上げたんだ。
2体を見下ろしながら。

どうだ!どうだ!どうだ!俺の勝ちだ!

2体の魔獣に向かって勝ち誇るように叫んだんだ。

 「ハーハーハー……ハハ、ハハッ。俺の勝ちだ……」


すると。

ズルズル ズルズル

手だけで這い動いたサスカッチがミノタウロスの前に出た。
それは間違いなくミノタウロスを庇った行動だった。

 「えっ!?」

 「マジか?庇ってるのか?」

独り言のように呟いた俺にサスカッチが応えた。

 「し、少年……お前の勝ちだ……」

 「えっ?言葉わかるのか?」

 「あ、ああ。ヒュ、ヒューマンの少年、お前…強い。オレたち…負けた…」

真っ赤な目で痛みに顔を歪めるのはミノタウロス。
だけどサスカッチの目は魔獣特有の赤い目じゃなかった。
赤くない、人族みたいな灰色の目を俺に向けて敗北を宣言してから目を閉じたんだ。
負けた、討てと。

 「……」

その瞬間。

俺どうだ勝った勝ったって叫んだ、そんなちっぽけな自分が猛烈に恥ずかしくなった。

これから絶たれる運命を受け入れるように、それでもミノタウロスを最後まで庇うサスカッチ。
対して俺は……。







 「……行けよ」


自然と言葉が出ていた。







ミノタウロスとサスカッチ。
肩を組んだ2体の魔獣がお互いの片足を支えにズルズルと歩き去っていく。
時おり、振り返りながら……。

人?魔獣?
関係ない。矜持だ。俺よりも遥かに……。







 「シルフィ、あいつら……」

 「ええアレク……」

こう言ったまま、俺もシルフィも言葉がでなかったんだ。


 「俺たちも行こう。まだ終わってない」

 「ええ」




本陣でもほぼ戦闘は終焉を迎えていた。
散発的に襲い来る魔獣は、もはや誰の敵でもなかった。




 「アレク座って」

 「ヒール」

 「ありがとうセーラ」

俺の腹部の打撲や頬の擦過傷は、セーラの治癒魔法であっという間によくなった。

でも。
俺が斬ったアイツらの傷は治るんだろうか……。









闘いの後。
シャンク先輩が言った。

 「あのね、ずっとずっと後ろにいたゴブリンはね、夜14階層で嗅いだゴブリンソルジャーと同じ匂いだったよ」

 「マリー、それだ!」

 「ええキム…」

キム先輩とマリー先輩が頷いていた。



14階層の夜襲。
そして今回の襲撃。

指揮を執っていたゴブリン。
それは以前、アレクが射かけて倒したと思っていたゴブリンソルジャーだった。
ゴブリンサージェント(軍曹)へと進化をした彼は、さらに今回ゴブリンキャプテン(大尉)へと進化を果たした。

ゴブリンキャプテン。

本来の学園ダンジョンでは60階層以降に「設定」されている魔物である。









この後、敵に会うこともなく30階階層主の扉前に着いた。


 「けっこう早く着いたよねー。たぶんブーリ隊が着くのってまだ4日や5日かかると思うわ。それまでのんびりしましょ!」

 「じゃあ俺、なんか美味しいもん作りますね」

 「アレク君僕も手伝うね」

 「じゃあ私も」

 「セーラはこっちに来い」

 「そーよーセーラさんはあっちに行っちゃだーめ!」

 「チキショー…」










旧街道から外れた雪山の麓で。

遠目にそれは大きな父親の胸の上に乗って戯れる子どもに見えた。

が、現実は違っていた。

ミノタウロスとサスカッチの胸を小さなゴブリンが刀で貫いたのだ。

 「ウラギリモノメ」

憤怒の赤い目をしたそのゴブリン。

ゴブリンキャプテンだった。









 「じゃあまず食堂から。いでよ野営食堂!」

ズズズズズーーーーーーッ





ブーリ隊の先輩たちが合流したのは、それから5日後だった。





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