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月の下で貴方とワルツを②

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次の日



「今日はお前1人で頑張れ。どう裁くかは好きに決めていいからな」



彼岸の間。1人放り込まれて、背後でガチャンと鍵が閉められる。

永将には時間はいくらでもかけていいと言われたが、部屋の中にいるのは....4人。
全員が手足を拘束され猿轡をし、そして珍しく目隠しをつけていた。


1人ずつ、1人ずつ永利は永将のように裁いていく。

1人目
特に弁明もせず、喚き散らし処刑

2人目
嘘をついたため処刑

3人目
訳の分からないことを言い始めたため処刑


3人の命を奪ったことに、永利は特に何も感じなかった。今思うと、なぜあんなにも引き金を引くのを躊躇していたのか不思議に感じるほど、冷静だった。


(俺は、やっと永将の望む俺になれたのかな?)


早くこの結果を永将に見て欲しい。そして「よくやった」と褒められたい。
どこかウキウキとした心で永利は最後の悪人の猿轡および目隠しをとった。



「は、はは.....声から大体予想はついていたが、随分と小さな執行人だ」


しゃがれた声だ。年嵩のいった男。目尻に、口元に、眉間に、年月を思わせる皺が刻まれている。


「いやはや....全く、緋賀はこんな小さな子供に人を裁かせるなんて――酷なことをする」


とても悲しそうな顔を向けられ、永利の胸がザワザワと騒いだ。訳の分からない感情に咄嗟に胸に手を置くが、何も解決しない。それでも裁決を進めるべく、不快感に顔を顰めながら永利は男に向き合った。


海山 泰造みやま たいぞう、どうして執行人を殺した?理由を言え」

「君は何歳かな?」

「.....質問に答えろ。死にたいのか」

「私の行先を決める相手のことを知りたいと思うのは、いけないことなのかい?」

「必要ない事だ」

「そうかい。永将さんなら他愛ない話も付き合ってくれるんだが....今からでも永将さんに代わって貰えないだろうか」

「......永将の知り合いか?」

「そうだねぇ。もう十年来の友達だ」

「な、なんでそんな人間がここに居る!?」

「は、ははははは!なるほど!これは、これは....緋賀は、永将さんは.....本当に酷いことをする」


まただ。この男はまたあの悲しそうな顔を向けてきた。

(なぜ、なんで、そんな顔を向ける?)

ザワザワ、ザワザワ。
この気持ちはなんだろうか?
永利はこの気持ちの正体を、なぜそんな眼差しを向けるのか、理由を知りたくなった。


「どうして....執行人を殺したんだ。永将の友人なら、どうして....」


永将を酷いと言うのは何故か?友人であるのにここに居る理由は何故か?
それらを知れば、自身に向ける眼差しの意味を知ることができると永利は考えた。
そんな永将の仮面が外れかけた永利の問いに海山は素直に口を開く。


「私はね、彼の手足だったんだよ。家族を彼に救ってもらってね、その恩返しがしたいとここを訪ねたのが始まりだった。ははは....彼は驚くほどフットワークが軽くてね。普通お偉いさんは滅多にお目にかかれないものだと思ってたから、すんなり彼に会えたあの時の衝撃は今でも覚えている....おっと、すまんね。歳をとるとつい長話をしてしまう」

「.....いい、続けろ」

「ははは、じゃあ遠慮なく。....当時の私は年甲斐もなく彼に陶酔していた。彼の高尚さ、他を見下す傲慢さ、絶対的自信、器の大きさ....近くで見れば見るほど彼は他と隔絶していてね。そんな彼の下で働くのは刺激的で、とてもやりがいがあったんだ。でもね、彼の手足として動いていたある日、ふとこう思ったんだ」



『これは正しいことなのだろうか?』



​────ドッ
心臓が跳ねた。小さく息を飲む。
これ以上は、聞いてはいけない。そんな警告がどこからか聞こえたような気がした。


「私も君のように裁決を任されたことがある。といっても、命を奪う権限はなく監獄送りにするヒラの執行人だったんだがね」


聞くな。聞くな聞くな聞くな!
聞く――


「....執行人は渡された資料を元に判断する。つまり、それは君の持つ資料が真実であるという前提のもと行われる訳だが....さてここで君に質問だ。小さな執行人さん、君が見てきた悪人達は本当に悪人だったのかい?」

「ぁ、あああ当たり前だ!!悪いことをしたからここに連れてこられる!悪人しかここには居ないに決まってるだろ!!」

「思い出して欲しい。君が見てきた悪人達の多くは『やってない』『知らない』と嘘を言ったり、いきなり自分の一日の行動を話したりと訳の分からないことを語り始める人が居なかったかい?」





『やっ、やってません!!....俺はっ、気づいたら死体だらけで.....!!だって、いつも通りだった!!周りも俺も!!そんな本当に知らない...知らないんだ....』

彼は笑った。
だってあまりにも意味がわからなくて、あまりにも理解できなくて。自身の置かれた状況は夢なんじゃないか思った彼は泣きながら口元を歪めた。



『やらされたんだ!!俺はっ、アイツらに!!なぁ頼むよ緋賀様....俺は何も悪くないんだ。三輪が俺を脅して――』

彼は嘘をついた。
ただしそれは資料が真実という前提での話。もし、資料が嘘で彼の証言が真実だとしたら?




永利は手に持つ資料に目を落とした。

海山 泰造
・〇〇月△△日18:20頃に対影執行館本部にて執行人5名を殺害。また、反五大家の一派を扇動し招き入れ、暴動を起こした。その被害は数十名にも及び、内一般人も含まれている。
・反五大家一派との密会を確認
・他にも執行館の情報漏洩――


書き連なっている罪状は重い。
緋賀を、五大家を陥れようだなんて重罪だ。それはつまり、この国を危険に晒す行為....テロと同じである。


「これは本当か?」


『本当か?』
永利の口からついて出てきた言葉は、資料を疑っていると見て取れるものだった。

緊張した面持ちで答えを待つ小さな執行人の姿に海山は穏やかな笑みを返す。


「『緋賀』はね、私の大切なものを救ってくれた。だけどそれらを奪ったのも、また『緋賀』だったんだよ」

「う、ばった?」

「私の息子は学園ドロップアウト組で、対影に入ること叶わず普通の会社員となった。それは別にいいんだ。異能者としてではなく、普通の人間として生きる異能者は少なくないから。異能者として生きなければ幸せになれないということもない世の中だ。私は歓迎したよ、息子の選択を。優しい子でもあったから良い人にも恵まれた。厄介な事に巻き込まれた事もあったが、永将さんに救われ、その後子供を授かった。嗚呼、本当に幸せそうだったよ。.....数ヶ月前までは」


懐かしむような顔付きは一転、後悔へと歪んだ。


「数ヶ月前、息子が会社の人達を殺めたという報せが私の元へ届いた」



数ヶ月前
会社の人達を殺めた

永利の脳裏に笑ったがために殺された男の姿が思い浮かぶ。だが、顔は霞みがかったようにボヤけてどういう顔付きの男だったのか思い出せなかった。ただ、泣き笑いのような笑みを浮かべていたのは覚えている。


「まさか....」

「そう、君が思い浮かべた人が私の息子だ」


目眩がした。


「君は私の罪を『これは本当か』と聞いたね。....あぁ、本当だとも。全て私がやった。私は許せなかったんだよ。冤罪で息子が殺されるなんて、あんな死に方をするなんて....私は許せなかったんだ」

「――なんで、冤罪だと思うんだ?家族だからそう思っただけだろ!?」


永将が居れば頬をぶたれるだろう情けない震えた声だった。とうの昔に永将の仮面は剥がれ落ち、今にも泣きそうな子供がそこには居た。

海山は悲しそうな....否、哀れみの目を永利に向ける。


「私の息子は治癒系の異能だ」

「ぁあああああああ!!!じゃあっ、じゃあ俺はっ、永将は――!!!」

「私の犯した罪は重いものだ。でも、それでも誰かが止めなければならない。敬愛しているからこそ止めなければならない。君は​────」



もはや永利の耳に海山の声は届いていない。
今の彼を支配しているのは.....今まで見てきた裁決の光景だった。


「冤罪...冤罪?なら永将が殺したのは無実の人?お、俺は知らなかった。そんなこと、分かるわけないだろ。本当に?あの顔を見て本当に気づかなかったのか?おかしいと一片も思わなかったのか?どう見ても悪人じゃなかっただろう。ちょっと待て、あれがもし本当に無実だったら、今まで見てきた裁決はどうなるんだ。資料が嘘だとしたら今まで目の前で死んでいった人達は.....」



​─────かひゅ....っ


それに気づいた瞬間、息が出来なくなった。










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