上 下
9 / 42

男性免疫不全症候群

しおりを挟む
 このヒューイという男、理知的でクールな美形と思っていたが、とんだ思い違いのようだ。

 私の考えた地方統治策を説明して欲しいというから、同じ馬車に乗るのを了承したが、策はそっちのけで、私の容姿を褒め称えてばかりいる。

 私は自分の容姿には無関心だったが、ここまで褒められると、褒められ慣れていないせいもあり、どう対処してよいか分からないし、非常に恥ずかしい。だが、心がキュンとする恥ずかしさだ。

 ダメだ。この感情を私は知っている。恋愛感情だ。これに冒されると、大事な時間を大量に無駄にしてしまう。私には許されない感情だ。

 私は心を凍らせ、リリアの話に集中した。今、リリアに国の基幹産業である漁業について話を聞いている。

 それにしても、この男、いつまでも私をずっと見つめている。反応してはダメだ。反応してはダメよ、私!

「殿下! いつまで私を見ているんですかっ!? 私が集中出来ないじゃないですかっ!?」

 反応してしまった……。

「そうは言っても、リリアの話は俺の知っている話だし、君を見ている以外にどうしろというんだ?」

「殿下にはお仕事はないのでしょうか? ご自分のお仕事をされてはいかがでしょうか?」

「それをやっている。俺の仕事はカトリーヌの観察なんだよ」

「私の観察?」

「そうだ。カトリーヌの役割を色々と考えているんだ。ほら、時間を無駄にしてしまうぞ。リリアの話に集中してくれないか?」

「……」

 本当だろうか。私と話すときにはキリッとした素敵な顔になるのだが、私を横から見ているときは優しそうな暖かい表情になっている。

(え? 今、「素敵」って思った? この私が?)

 私が恐らく殿方に免疫が出来ていないからに違いない。しっかりしなければ、本当に恋に冒されてしまう。あれは意味のない悪の感情だ。

「カトリーヌ、このままでは俺はさっきリリアが言った通り、本当に色ボケしてしまう。今日はこのぐらいで我慢する。俺は別の馬車で将軍たちと今後の行程の確認をしてくる。また、夕食のときに会おう」

「馬車を止めなさい」

 リリアが御者に声をかけると、馬車がゆっくりと停止した。

「そうだ、カトリーヌ、漁業について何か思ったことがあったら聞かせてくれ」

「そうですね。狩猟をやめ家畜を育てるようになったように、漁業も出来ないのかな、と思いました。川魚の養殖はすでに行われていますが、海は広大で全く陸とは違う世界ですので、うまく行くかどうか分かりませんが」

「なるほど。早速試すよう水産大臣に指示する。まずはやってみることが大切だからな。養殖しやすい魚がいるかもしれないしな」

「はい、お願いします」

「その笑顔、俺の全身をしびれさせるよ。君は魔法使いだな」

 そう言い残して、ヒューイは出て行った。

「さ、さて、リリア、つ、続きをお願いできるかしら」

(なんてセリフを言い残して消えるのよ、あの男はっ)

 私は自分が耳まで赤くなっていることを自覚した。

「か、かしこまりました」

(リリアまで赤くなってるじゃないっ)

 私はこの先、世のため人のためにちゃんとやって行けるのだろうか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,990pt お気に入り:19

【R18】はにかみ赤ずきんは意地悪狼にトロトロにとかされる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:944pt お気に入り:162

婚約破棄してドヤ顔ですが…隣の令嬢、私の親友ですよ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:2,586

【R18】素直になれない白雪姫には、特別甘い毒りんごを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:63

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:47,990pt お気に入り:953

【完結】後悔していると言われても・・・ねえ?今さらですよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,804pt お気に入り:8,438

私のおウチ様がチートすぎる!!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:418pt お気に入り:3,303

わたしはただの道具だったということですね。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,501pt お気に入り:4,286

処理中です...