あがり
平成十九年二月、猪野一郎はなんの目標もなく、バツなし独身で根無し草のように半生を費やしていた。この九年足らずは北千住を拠点に東武本線沿いで新聞拡張員を生業としている。
空風の吹き荒ぶ中、埼玉の越谷で勧誘している際に、身にも心にも沁み込んでいる寒さや冷たさ、堅気とは言い難い裏新聞屋の仕事に感じているむなしさから一時的に逃れようと、駅前のファッションへルス店に入る。敵娼は、「春風」という源氏名で、違法風俗業界から足を洗うこと決心した二十歳と称する女性だった。物悲しさを醸し出していたその裏ヘルス嬢に、次回の指名を約束する。
同月末に再び訪れたが、春風は予告よりも早く店を辞めていた。五十絡みの人の好さそうな本番ヘルス店長が預かっていた手紙を読んで、彼女の過去や自分との関連を知り、拡張員を辞めて表の新聞屋に戻るのも悪くないと思うに至る。
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