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最終話

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 シリウスを見れば、お母様の言葉に納得できずに不満そうな顔をして反論しようと構えていた。
 ところが、隣に座っていたミラが突然立ち上がった。

「大企業の後継者だって言っていたからあんたと付き合ってたのに、聞いていた話と全然違うじゃない! この婚約は無効よ! 帰らせてもらうわ!」

 ミラの突然の裏切りにシリウスは大いに狼狽えた。

「そんな、僕の子を妊娠しているって言ったじゃないか!」

 すると、彼女は鼻で笑った。

「ああ、あれって勘違いだったわ。ただ単に生理が遅れていただけみたい。残念だったわね」
「なんだと!? 君が妊娠の責任とってくれっていうから、ルーシーと別れたのに!」
「でも、番を見つけたってでたらめ言って結局婚約者を捨てたのはあんたでしょ? 生理がない代わりに一年に一度繁殖期があって無精卵を産むなんて気持ち悪い、婚約者がやらせてくれないって散々愚痴りながら私を抱いたくせに」

 ミラは皮肉っぽく言い捨てると、逃げるように屋敷から出ていく。
 それをシリウスは呆然として見つめていた。
 衝撃過ぎて動けないみたいだった。
 気まずい中、お父様は大きくため息をついた。

「番が逃げたんだ。追いかけなくていいのか?」
「あの女、僕じゃなくてお金が目当てだったんだ! そんな女、僕の方から願い下げですよ! ルーシー!」

 突然シリウスが私の名前を呼ぶから、驚いてビクッと肩が震えてしまった。
 彼は懇願するように私を見つめている。
 突然立ち上がると、私に駆け寄り、目の前で土下座した。

「今まですまなかった! あの女が言ったのは全部嘘だ! 番だと思ったのは、僕の勘違いだった! やっぱり僕には君だけしかいない! どうか僕と再びやり直してくれ! お願いだ!」

 ええええー。
 目の前の状況に思わずドン引きしてしまった。
 番が勘違いだったなんて、そんな言い訳が通用すると思っているのかしら。

「無理よ」

 私が即答すると、隣にいたセムが私の肩を抱きしめてくれた。

「紹介が遅れたが、私はルーシーの番となったセラフィムだ。君の出番はもうない。彼女にこれ以上すがるのは止めたまえ」
「うるさい! 番がなんだ! そんなもの勘違いだ! 僕とルーシーの絆はそんなものに負けるわけはない! お前こそ彼女から離れろ!」

 シリウスがセラフィムの肩を乱暴につかもうとした瞬間、彼はいきなりソファの向こう側に吹き飛んだ。
 ごろごろと広いカーペットの上を転がっていく。

 昨日の私に求愛中のセムだったら、こんな優しい反撃では済まなかったかも。

「やれやれ、乱暴者は嫌だな。お騒がせして申し訳ございません」

 セムが謝ると、お母様がにっこり笑った。

「いいんですよ、セラフィム様。正当防衛ですもの。こちらこそ我が家の問題に巻き込んでしまい、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした」

 そう詫びて丁寧に頭を下げた。

「知らなかったとはいえ、セラフィム様、ご挨拶が遅れて大変申し訳ございません。ルーシーを番に選んでいただけて光栄でございます。感謝いたします」

 お父様もセムに大変恐縮して挨拶していた。お父様は彼の名前だけは知っていたみたいね。

「ちょっと! いきなり何をするんだよ!」

 空気を読めないのか、シリウスが立ち上がって再び私たちに近づこうとしていた。
 ところが、彼は屋敷の警備員たちによって背後から取り押さえられていた。

「離せよ! 僕を誰だと思っているんだ!」
「君には犯罪容疑がかけられているから、被疑者だよ」

 お父様の冷静な声に、暴れていたシリウスは固まり、言葉を一瞬失っていた。

「ど、どういうことですか? 僕を犯罪者扱いするなんて!」

 お父様は何度目かのため息をつく。

「君は番保護法を利用して娘と婚約破棄をし、慰謝料と損害賠償金を逃れようとした疑いがかけられている。私はそれを見逃すつもりはない」
「そ、そんな! 僕はミラに騙されたんだ! そんなつもりはなかったんだ!」
「そんなつもりはなくても、君に浮気をされて大事な娘は傷つけられたんだ。しっかり償ってもらうよ。連れて行きたまえ」

 警備員はお父様の命に従い、シリウスを連行していった。

「私が彼を世話したばかりにルーシーはひどい目に遭ったわね。ごめんなさいね」
「ううん、いいのお母様。私の見る目がなかったのが悪かったんだわ」

 マリカは彼の本性に気づいて嫌っていたのだから。
 でも、彼女がお勧めしてくれたセムなら、きっと両親も安心できるだろう。


 §


 それから私とセムの交際は順調だった。一年後には彼と挙式し、めでたく法律的にも夫婦になった。

 シリウスの件は、ミラと彼との浮気が一週間前ではなく少なくとも一ヶ月も前から行われていたと、お父様が貸していたマンションの防犯カメラから判明した。

 でも、マチルダおばさんに配慮して結局示談になった。
 おばさんはシリウスがまさかこんな勘違いや問題を起こすとは夢にも思わなかったみたいで、憔悴するほど罪悪感に苛まれ、泣きながら私たちに必死に謝ってくれたから。

 片親で大変な経済状況だからマチルダおばさんたちは私の実家で世話になっていたけど、それで子どもに負い目や引け目を感じさせたくないと、受けた恩について彼女はきちんと説明していなかったらしい。

 訴えを引き下げた結果、すっかり彼はビビったようで二度と私の前に現れなくなった。彼にとっては多額な損害賠償金と慰謝料を我が家に払うために必死に働いているみたい。

 私の初恋は相手に踏みにじられたけど、セムのおかげでもう過去の出来事になっている。
 彼は六歳の頃に病院で私を見かけて、同じ場所に翌日も会いに行ったら私がいなくて大泣きしていたらしい。そう彼のお母さんから教えてもらった。
 出会ってから二十年以上も私を探してくれた彼をこれからも大切にしていきたいと思っている。

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