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番外編

番の印3

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「あのセラフィム様、座りませんか?」
「ああ」

 テント内にベンチのような折り畳み椅子がちょうどあったので、私たちはそこに座ることにした。

 テントは広いけど、何本も柱を立てて、上からカバーをかけたような簡易的なものだ。

 黙っていたら周囲の賑やかな声が、筒抜けなくらい聞こえてくる。

 腰を下ろしても、セラフィム様はまだ私にくっついたままだ。

 このままのんびりできたらいいけど、時間は限られている。
 先延ばしにしていた返事を今こそしなくては。

 覚悟を決めてゴクリと息をのんだ。
 
「あの、セラフィム様」
「ルシアン申し訳ない。魔法の暴走を抑えるために付き合わせてしまって」

 セラフィム様からの突然の謝罪に驚いてしまった。

 そう言いながら、離れる様子が全くないから。

 目を丸くして思わずセラフィム様を見つめる。すると、アイスブルーのきれいな目が、少し悲しそうな色をしていた。よく見れば、泣きそうなのか潤んでもいる。

「番の件で周囲が何か言ってきても、気にしないで欲しい。ルシアンの意思で私を受け入れて欲しいから。……迷惑をかけている現状で、言える立場にないかもしれないが」

 とても不安そうで、自信なさげな表情だった。

「セラフィム様……」

 私を気遣ってくれる彼の言葉に深く心を動かされる。

 理性と本能が、こんなにも彼の中で激しく争っている状況なのに。

 理性が今のところ負け気味な場合が多いけど、勝手なキスに怒ってからは二度としてこないし、今の謝罪のように彼なりに番の欲求と闘いながらも、私の気持ちを大切にしてくれる。

 彼自身も衝動を堪えて辛いと思う。でも、彼は気遣いと思いやりを決して忘れなかった。

 元婚約者に気持ちを酷く蔑ろにされた過去があるから、なおさら嬉しかった。

 だから、彼が落ち込まないように、力になりたいと積極的に感じるようになっていた。

「セラフィム様のこと、迷惑だと思っていませんよ。……私も好きですから」

 彼の顔を間近で覗き込み、さらに好意が伝わるように笑みを向けた。
 本当は恥ずかしくて、顔を隠したい気分だけど。

 彼の瞳が大きく見開かれ、彼の息が止まったかのようにピタリと身体が固まる。

 私を食い入るように見つめたままで。
 暗く弱々しかった瞳にみるみる力が漲っていく。

 彼の動揺と歓喜が手に取るように伝わってきた。

「セラフィム様、好きですよ」

 恥ずかしいけど、彼の目を見てはっきりと告げたら、彼の表情が満面の笑みに変わった。
 その表情は、多くの人を魅了しそうなほど素敵だった。

 そうでなくても告白で余裕が全くなかったのに、彼の色香にあてられて、のぼせそうなほど顔が熱くなっていた。

 そんなとき、彼の顔がふいに近づいてきた。

 あっ、キスされる。そう思った。

「……手が」
「だっ、駄目です」

 私と彼と顔が触れる直前に自分の手を差し込んで、彼のキスを阻止していた。

「なぜ」
「お忘れかもしれませんが、今は任務中ですよ、セラフィム様」
「だが、しかし……」
「こればかりは譲りません」

 強気で断言すると、やっと諦めて顔を離してくれた。

「残念だが、ルシアンが嫌がることはしたくない」

 気を取り直したセラフィム様がご機嫌な様子で抱き着いてくる。

 彼が嬉しいと私も気分が上向きになる。
 応えるように抱きしめ返すと、さらにぎゅっと両腕で固く抱きしめられ、頭にすりすり頬ずりしたと思ったら小鳥が突くような優しいキスの雨を降らせてくる。

「ちょっとセラフィム様!」
「口にはしていない」
「そういうことではなく、こういうことは、もっとプライベートな時間でお願いします」

 そう言い返したら、ピタリと彼の動きが止まったので、逆にびっくりしてしまった。

「では、任務中ではなかったら、何をしても構わないと」
「……程度には寄りますが」
「番の印もいいのだろうか……?」

 おずおずと不安そうにきいてくる。

 びっくりするくらい強引な求愛行動をするのに、たまに見せる不安な様子がすごく可愛らしい。

「……はい」
「そうか、ありがとうルシアン。ずっと愛してる」

 彼の愛の言葉が私の胸に温かく広がっていく。

 出会った当初はどうなるかと思ったけど、彼を好きになって良かったと心から感じていた。


§


「そういうわけで、セラフィム様と両思いになったのよ」

 喫茶店はお茶どきの十五時ということもあり、多くの客たちでテーブルと席が埋まっている。

 話しながら注文したケーキをいただいていた。口直しに紅茶を口に含む。

「あら、でもおかしくない?」

 首を傾げるマリカに女子三人の視線が向かう。

「その翌日、ルシアンの首に番の印があったよね? 両思いになったあと、何かあったんでしょ?」

 指摘に思わずドキッとした。

「それは、そうだけど」

 襟で隠れている首元に思わず手を当てていた。
 思い出すだけで顔が熱くなってくる。
 正直に答えると、向かい二人の友人が身を乗り出してきた。

「えっ、本当? 首元が見えないかったから気づかなかったわ」
「ルシアン、そこ大事なところだから詳しく教えてもらわないと」
「でも、こんな人の多い昼間から話す内容でもないし」

 慌てて言い訳すると、マリカたちは意味深な笑みを浮かべる。

「そっかー。話しにくい内容なのねー。じゃあ、今夜は飲もうか。帰さないわよ~」
「そうそう、個室の飲み屋を探すわ」
「ごめん、みんな。せっかくのお誘いだけど、実は夜に先約があるの。飲み会はまた今度でいい?」

 水を差すようで申し訳なさを感じながら断ると、友人たちは残念そうだけど、すんなり納得してくれた。

「そっかー、じゃあまたの機会だね」

 それから友人たちの話を聞いて女子会は解散した。

 夕暮れの街を一人でぶらりと歩き、馴染みの洋服屋に入る。

 今まではベールをかぶっていただけではなく、首を見せない服ばかり選んでいた。
 でも、セムと番になったのだから、洋服のデザインを一新する必要があったけど、仕事が忙しくてなかなかお店に来れなかった。

 羽翼種には、番の印をアピールする風習が今も続いている。昔は理由が分からなかったけど、今なら分かる。

 きっと首元が見えたほうが、なによりも番の彼が喜ぶから。
 実は、今夜会う予定なのは、セムだ。
 浮足立つのを感じる。店員さんと相談しながら、洋服選びを楽しむ。

 花が開いたような美しい装飾のような番の印が、首から肩にかけて自分の肌に施されている。
 番の魔力の量が大きいほど、その印も比例するように大きくなるらしい。

 番の印をつけられるときに見た、彼の魔力の塊ともいえる大きな両翼。
 彼の背中に現れた白銀の翼は、まさに世が世なら王に相応しいほど壮麗で、今でも私の脳裏で神々しく輝いていた。




【番の印 完】
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