29 / 63
二章
謁見
しおりを挟む
テオロス領内に入ってからラートリス、そして古井戸の抜け道までの間、意外なことに俺達を攻撃してくるものはいなかった。
俺が派手に動いてるから、渡人のクレイシャンくらいにはばれてると思ってたんだがな。
てっきり何かしてくるものと思ってさっさと行動してきたんだけど、拍子抜けだ。そういや晩メシ食ってねえから腹減ったな。
俺達は抜け道から城内へ続く階段を上っている。ここで腹の虫が鳴ったら響くだろうな。
そんなことを考えていた矢先、俺の魔力探知に俺達以外の魔力が引っ掛かった。数は3つ。青い魔力を赤い魔力が覆っている。だけど、やけに弱々しいな。
「将軍、この先に魔力を3つ感じます」
俺の報告にトロイアーノが首をかしげる。
「おかしいな、この通路の先は地下の物置だが……」
階段を上っていくと、少しずつ光る苔が減っていく。辛うじて足元が見えるほどの明るさになった頃、階段の先に扉が見えた。
トロイアーノが扉を開け、俺達も続いて中に入った。
物置には暗闇が広がり、暗闇の中に鼻をつく異臭が漂っている。魔力探知で見てみると、例の3つの魔力はすぐ近くにいた。全く動かない。
俺は次元鞄に手を突っ込んで、枝を1本取り出す。ガレムの森で松明代わりに使っていた枝だ。愛着が湧いて結局捨てずに持ってたんだよな。
俺は枝の先に意識を集中し、久しぶりの魔法を唱えた。
「松明」
枝の先がぼんやりと明るくなる。近くに感じられる3つの魔力に灯りを向けると、人が3人倒れているのが見えた。
3人を見て、トロイアーノとお供の2人が叫ぶ。
「「「陛下っ!?」」」
トロイアーノ達が倒れている3人に駆け寄る。俺とドミニクも後に続く。
「……ひでえな」
「……でも、まだ生きてる」
寝巻きのような服で倒れている3人は、辛うじて生きているようだった。1人の男と2人の女。片方は少女だ。
3人とも衰弱しきっている。鼻をついた異臭は彼らの汚物か……。
「将軍、この人達は?」
確かさっき、陛下って呼んでたな。
トロイアーノが男を抱き起こしながら、言葉を絞り出した。
「この方が皇帝ボルトロテ2世……我らが陛下だ。そしてこちらは、皇后陛下と皇女様だ……」
やっぱりか。しかし、ひどいな……。
「……アー……か?」
トロイアーノに抱き起こされた男が掠れた声を出す。その声に反応し、他の2人も起き上がろうとする。俺は皇女に駆け寄り、抱き起こした。
……細いな。それに軽い。今にも死にそうじゃねえか。頬も痩けて、顔色も悪い。歳は15前後か?
まずは消えそうな魔力を何とかしねえと……。
俺の魔力を分けれねえかな。充電器みたいに。
「皇女様、失礼しますよ」
俺は左手を皇女の鳩尾辺りに軽く当てた。
皇女が掠れ声で呻く。
「ぶ……で……」
「恨み言なら後から聞く。……頼むぞ、魔力活性。俺の魔力を、必要なだけこの子に」
死ぬなよ、祈るように魔法を唱える。俺の左手がぼんやりと光り、皇女の体へと光が伝わっていく。
少しずつ顔に生気が戻っていくようだ。
魔力探知で魔力を見ると、消えかかっていた魔力は力強く輝いていた。
「ついでにこいつも。解魔。赤い魔力を消してくれ」
俺の魔力が赤い魔力をかき消していく。皇女の魔力が青く輝いた。
皇女の顔を見ると、少し頬が赤い。まだ具合が悪いのかも。
「辛いだろうが、もう少し我慢してくれ。クレイシャンと、そいつがかけた魔法は俺が何とかするから」
俺がそう言うと、なぜか皇女は目を逸らした。
「……無礼です」
赤い頬が、さらに赤くなっていた。
「無礼でいい。洗浄」
部屋全体は後にするとして、今はこの子だけでも。
「……っ!?」
髪も手足も、そして服もきれいになった。驚いたままの皇女をお供に預けて、俺は皇帝と皇后にも同じように魔法を使っていく。
2人も、皇女と同様に消えかかっていた魔力が青く力強く輝き、身なりもきれいになった。
仕上げに部屋全体に洗浄をかけると、可愛い音が部屋に響いた。
くぅぅ……。
俺のじゃないぞ?いや、確かに腹は減っているが。音のした方を見ると、皇女が耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。
「陛下、いつからこの様な所に?」
トロイアーノが皇帝に訪ねる。皇帝は暗い表情で答えた。
「3日前からだ。よく来てくれた、トロイアーノ……」
あー、もうしゃべるなよ。とりあえず水分だな。黒茶はみんなで飲んじゃったから……。
次元鞄に手を突っ込んで、中身の入った水筒を取り出す。マグカップも取り出しながら、1杯だけ中身を注ぐ。
「毒なんか入れてないからな?みんな、よく見ててくれよ?」
俺は中身を飲む。美味い、淹れたての紅茶だ。俺はマグカップ3つに中身を注いだ。
「将軍、中身は紅茶です。毒なんか入ってません。ゆっくりと飲ませてあげてください」
「……すまない、ユート殿」
トロイアーノとお供の2人にマグカップを渡す。3人が皇帝達に少しずつ中身を飲ませていく。
俺とドミニクもその場に座り、外を警戒する。魔力探知に反応が無いから見張りも立ってないんだな。クレイシャンは催眠にかけた皇帝達にここで死ねとでも命令したんだろ。解除されるなんて思ってなかったわけだ。
皇帝達は今、ゆっくりと紅茶を飲んでるけどな。
「……トロイアーノ、すまん」
少し落ち着いたのか皇帝が口を開く。
「陛下、無理をなさらないでください」
トロイアーノの言う通りだ。体力は戻ってないはず。俺は次元鞄からお椀と焼き菓子の入った紙袋を取り出す。
全員がこっちを見るが、皇帝が話し始めたので俺から視線が外れる。
「余が浅はかだったのだ。渡人であっても、クレイシャンは我が国に来てから何も問題を起こさなかった」
……ぱき。
話を聞きながら焼き菓子を割る。クッキーに似た焼き菓子で、力を入れると簡単に割れた。ベルセンで買い込んだクシナダのおやつだ。戻ったらまた補充しとこう。
「……だから、クレイシャンは純粋に魔法の研究をしているものと信じていた」
……ぱき。
「……是非もないことでしょう。陛下の命で奴を調べたことがありましたが、魔力は青く、特に不審な点も見られませんでしたから」
トロイアーノが皇帝を慰める。クレイシャンは魔力を偽装でもしたんだろうか。まあ、魔力探知に頼りすぎるのはダメってことだな……。
……ぱきぱき。
「……余の軍に貢献する魔法が完成したと、クレイシャンが3日前に余の前に現れた。そして何かの魔法を使い、余はパルジャンス王国に対する、国交断絶と最後通牒を記した。クレイシャンに言われるがままにな」
……ぱきぱき。ぱきき……。
俺は焼き菓子を割りながらお椀に入れていく。そろそろ紅茶を入れようかな。
「……トロイアーノ、教えてほしい。パルジャンス王国と戦争になってしまったのだろうか?」
トロイアーノが唇を噛みながら頷く。
「……はい。既に我らは、国境沿いの衛士達を手にかけてしまいました……」
俺は床においたままの水筒に手を伸ばす。トロイアーノが俺を見ていた。
「……ケブニル街道まで進軍した時、我らは彼に出会ったのです。ユート殿の魔法が、まるで春風のようにクレイシャンの魔法を吹き払い、我らを正気に戻したのです」
そういえば最初に会った時もそんなキザな言い回しをしてたな。俺は3つのお椀に紅茶を注ぐ。
「……おお、余も感じた。あれは夢ではなかったのだな。あの暖かさは、そなたの魔法であったのだな……」
すぱんっ!
ドミニクが俺の頭を叩いた音が部屋中に響く。痛くはないが、腹は立つぞ。
「無言で叩くなっ!」
「さっきから何やってんだ、お前はっ!?」
俺は次元鞄からフォークを取り出してドミニクの顔に突きつける。
「3日も放置されてたんだろ、俺が魔力を分けたから持ち直してるけど、何か腹に入れねえとまた倒れるだろうが!」
フォークをお椀に突っ込んで、焼き菓子の破片と紅茶を混ぜる。
「ほら、ドミニクも手伝え。混ぜ合わせて柔らかくすんだよ」
もう1本フォークを取り出してドミニクに渡す。ドミニクはぶつぶつ言いながらお椀の中身を混ぜ始めた。
「……ふっ、ふふっ」
皇女が俺達を見て笑っている。トロイアーノが俺に向かって手を伸ばしてきた。
「ユート殿、私にも手伝わせてくれないか?」
「ああ、いいですよ」
男3人で離乳食を作る。結構シュールだな。俺は見た目17だけど。
「さて、俺のはもういいか。皇女様、こんな物で申し訳ないが、食べられますか?」
1番体の小さいのは皇女だ。さっき腹の虫も鳴らしてたしな。
皇女は素直に俺からお椀を受け取った。
「少しずつ、ゆっくり食べてください。味の保証はしませんけど」
「ふふっ……はい」
皇女は頷いて俺の言う通り少しずつ食べ始めた。焼き菓子をペースト状にした離乳食は、飢餓状態でも食べられるはずだ。
ドミニクとトロイアーノも混ぜ終わったらしい。皇女と同じように、皇帝達も食べ始める。
「皇帝陛下も申し訳ありませんね。こんなものしか用意できなくて」
「いや……かたじけない。体に染み渡るようだ」
それ混ぜたのはおっさんだけどな。どっちとは言わんが。
「陛下……我が国は、この渡人に救われたのです」
「……渡人によって崩れかけた国が、渡人に救われるか。不思議なものだな、トロイアーノ」
「はい……全く」
俺はすっかり空になったマグカップに、水筒から紅茶を注ぐ。
視線を感じて顔を上げると皇女と目があった。
「美味くはないかもしれませんが、我慢してください」
「……無礼です」
あらら、体ごと向こうを向いちゃったよ。まあ、食べてるからいいか。
「クレリア、無礼なのはお前の方ですよ」
今まで静かにしていた皇后が、皇女をたしなめながら俺に顔を向けた。
「ユート様と言いましたね。貴方がいなければ、今頃私達はどうなっていたことか」
皇后が頭を下げようとするので、俺は慌てて口を挟んだ。
「残念ながら、まだ終わっていませんよ」
城内には、黒く濁った魔力と赤い魔力がある。そろそろ行かないと。
「ユート殿の言う通りです、陛下達はここにいてください。お前達は、陛下をお守りするのだ」
お供の2人に指示をしながらトロイアーノが立ち上がる。
「さて、ボウズ、そろそろ行くか?」
俺の頭をくしゃくしゃにしながらドミニクも立ち上がった。
「そうだな、さっさと終わらせて、俺達もメシにしよう」
俺も立ち上がる。
「皇帝陛下、クレイシャンは俺が何とかします。だから、後のことをお願いします」
「……かたじけない」
皇帝は俺をまっすぐに見ていた。多分だけど、早まったことはしないだろう。
トロイアーノを先頭に、俺とドミニクは物置を出て城内へ侵入した。
俺が派手に動いてるから、渡人のクレイシャンくらいにはばれてると思ってたんだがな。
てっきり何かしてくるものと思ってさっさと行動してきたんだけど、拍子抜けだ。そういや晩メシ食ってねえから腹減ったな。
俺達は抜け道から城内へ続く階段を上っている。ここで腹の虫が鳴ったら響くだろうな。
そんなことを考えていた矢先、俺の魔力探知に俺達以外の魔力が引っ掛かった。数は3つ。青い魔力を赤い魔力が覆っている。だけど、やけに弱々しいな。
「将軍、この先に魔力を3つ感じます」
俺の報告にトロイアーノが首をかしげる。
「おかしいな、この通路の先は地下の物置だが……」
階段を上っていくと、少しずつ光る苔が減っていく。辛うじて足元が見えるほどの明るさになった頃、階段の先に扉が見えた。
トロイアーノが扉を開け、俺達も続いて中に入った。
物置には暗闇が広がり、暗闇の中に鼻をつく異臭が漂っている。魔力探知で見てみると、例の3つの魔力はすぐ近くにいた。全く動かない。
俺は次元鞄に手を突っ込んで、枝を1本取り出す。ガレムの森で松明代わりに使っていた枝だ。愛着が湧いて結局捨てずに持ってたんだよな。
俺は枝の先に意識を集中し、久しぶりの魔法を唱えた。
「松明」
枝の先がぼんやりと明るくなる。近くに感じられる3つの魔力に灯りを向けると、人が3人倒れているのが見えた。
3人を見て、トロイアーノとお供の2人が叫ぶ。
「「「陛下っ!?」」」
トロイアーノ達が倒れている3人に駆け寄る。俺とドミニクも後に続く。
「……ひでえな」
「……でも、まだ生きてる」
寝巻きのような服で倒れている3人は、辛うじて生きているようだった。1人の男と2人の女。片方は少女だ。
3人とも衰弱しきっている。鼻をついた異臭は彼らの汚物か……。
「将軍、この人達は?」
確かさっき、陛下って呼んでたな。
トロイアーノが男を抱き起こしながら、言葉を絞り出した。
「この方が皇帝ボルトロテ2世……我らが陛下だ。そしてこちらは、皇后陛下と皇女様だ……」
やっぱりか。しかし、ひどいな……。
「……アー……か?」
トロイアーノに抱き起こされた男が掠れた声を出す。その声に反応し、他の2人も起き上がろうとする。俺は皇女に駆け寄り、抱き起こした。
……細いな。それに軽い。今にも死にそうじゃねえか。頬も痩けて、顔色も悪い。歳は15前後か?
まずは消えそうな魔力を何とかしねえと……。
俺の魔力を分けれねえかな。充電器みたいに。
「皇女様、失礼しますよ」
俺は左手を皇女の鳩尾辺りに軽く当てた。
皇女が掠れ声で呻く。
「ぶ……で……」
「恨み言なら後から聞く。……頼むぞ、魔力活性。俺の魔力を、必要なだけこの子に」
死ぬなよ、祈るように魔法を唱える。俺の左手がぼんやりと光り、皇女の体へと光が伝わっていく。
少しずつ顔に生気が戻っていくようだ。
魔力探知で魔力を見ると、消えかかっていた魔力は力強く輝いていた。
「ついでにこいつも。解魔。赤い魔力を消してくれ」
俺の魔力が赤い魔力をかき消していく。皇女の魔力が青く輝いた。
皇女の顔を見ると、少し頬が赤い。まだ具合が悪いのかも。
「辛いだろうが、もう少し我慢してくれ。クレイシャンと、そいつがかけた魔法は俺が何とかするから」
俺がそう言うと、なぜか皇女は目を逸らした。
「……無礼です」
赤い頬が、さらに赤くなっていた。
「無礼でいい。洗浄」
部屋全体は後にするとして、今はこの子だけでも。
「……っ!?」
髪も手足も、そして服もきれいになった。驚いたままの皇女をお供に預けて、俺は皇帝と皇后にも同じように魔法を使っていく。
2人も、皇女と同様に消えかかっていた魔力が青く力強く輝き、身なりもきれいになった。
仕上げに部屋全体に洗浄をかけると、可愛い音が部屋に響いた。
くぅぅ……。
俺のじゃないぞ?いや、確かに腹は減っているが。音のした方を見ると、皇女が耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。
「陛下、いつからこの様な所に?」
トロイアーノが皇帝に訪ねる。皇帝は暗い表情で答えた。
「3日前からだ。よく来てくれた、トロイアーノ……」
あー、もうしゃべるなよ。とりあえず水分だな。黒茶はみんなで飲んじゃったから……。
次元鞄に手を突っ込んで、中身の入った水筒を取り出す。マグカップも取り出しながら、1杯だけ中身を注ぐ。
「毒なんか入れてないからな?みんな、よく見ててくれよ?」
俺は中身を飲む。美味い、淹れたての紅茶だ。俺はマグカップ3つに中身を注いだ。
「将軍、中身は紅茶です。毒なんか入ってません。ゆっくりと飲ませてあげてください」
「……すまない、ユート殿」
トロイアーノとお供の2人にマグカップを渡す。3人が皇帝達に少しずつ中身を飲ませていく。
俺とドミニクもその場に座り、外を警戒する。魔力探知に反応が無いから見張りも立ってないんだな。クレイシャンは催眠にかけた皇帝達にここで死ねとでも命令したんだろ。解除されるなんて思ってなかったわけだ。
皇帝達は今、ゆっくりと紅茶を飲んでるけどな。
「……トロイアーノ、すまん」
少し落ち着いたのか皇帝が口を開く。
「陛下、無理をなさらないでください」
トロイアーノの言う通りだ。体力は戻ってないはず。俺は次元鞄からお椀と焼き菓子の入った紙袋を取り出す。
全員がこっちを見るが、皇帝が話し始めたので俺から視線が外れる。
「余が浅はかだったのだ。渡人であっても、クレイシャンは我が国に来てから何も問題を起こさなかった」
……ぱき。
話を聞きながら焼き菓子を割る。クッキーに似た焼き菓子で、力を入れると簡単に割れた。ベルセンで買い込んだクシナダのおやつだ。戻ったらまた補充しとこう。
「……だから、クレイシャンは純粋に魔法の研究をしているものと信じていた」
……ぱき。
「……是非もないことでしょう。陛下の命で奴を調べたことがありましたが、魔力は青く、特に不審な点も見られませんでしたから」
トロイアーノが皇帝を慰める。クレイシャンは魔力を偽装でもしたんだろうか。まあ、魔力探知に頼りすぎるのはダメってことだな……。
……ぱきぱき。
「……余の軍に貢献する魔法が完成したと、クレイシャンが3日前に余の前に現れた。そして何かの魔法を使い、余はパルジャンス王国に対する、国交断絶と最後通牒を記した。クレイシャンに言われるがままにな」
……ぱきぱき。ぱきき……。
俺は焼き菓子を割りながらお椀に入れていく。そろそろ紅茶を入れようかな。
「……トロイアーノ、教えてほしい。パルジャンス王国と戦争になってしまったのだろうか?」
トロイアーノが唇を噛みながら頷く。
「……はい。既に我らは、国境沿いの衛士達を手にかけてしまいました……」
俺は床においたままの水筒に手を伸ばす。トロイアーノが俺を見ていた。
「……ケブニル街道まで進軍した時、我らは彼に出会ったのです。ユート殿の魔法が、まるで春風のようにクレイシャンの魔法を吹き払い、我らを正気に戻したのです」
そういえば最初に会った時もそんなキザな言い回しをしてたな。俺は3つのお椀に紅茶を注ぐ。
「……おお、余も感じた。あれは夢ではなかったのだな。あの暖かさは、そなたの魔法であったのだな……」
すぱんっ!
ドミニクが俺の頭を叩いた音が部屋中に響く。痛くはないが、腹は立つぞ。
「無言で叩くなっ!」
「さっきから何やってんだ、お前はっ!?」
俺は次元鞄からフォークを取り出してドミニクの顔に突きつける。
「3日も放置されてたんだろ、俺が魔力を分けたから持ち直してるけど、何か腹に入れねえとまた倒れるだろうが!」
フォークをお椀に突っ込んで、焼き菓子の破片と紅茶を混ぜる。
「ほら、ドミニクも手伝え。混ぜ合わせて柔らかくすんだよ」
もう1本フォークを取り出してドミニクに渡す。ドミニクはぶつぶつ言いながらお椀の中身を混ぜ始めた。
「……ふっ、ふふっ」
皇女が俺達を見て笑っている。トロイアーノが俺に向かって手を伸ばしてきた。
「ユート殿、私にも手伝わせてくれないか?」
「ああ、いいですよ」
男3人で離乳食を作る。結構シュールだな。俺は見た目17だけど。
「さて、俺のはもういいか。皇女様、こんな物で申し訳ないが、食べられますか?」
1番体の小さいのは皇女だ。さっき腹の虫も鳴らしてたしな。
皇女は素直に俺からお椀を受け取った。
「少しずつ、ゆっくり食べてください。味の保証はしませんけど」
「ふふっ……はい」
皇女は頷いて俺の言う通り少しずつ食べ始めた。焼き菓子をペースト状にした離乳食は、飢餓状態でも食べられるはずだ。
ドミニクとトロイアーノも混ぜ終わったらしい。皇女と同じように、皇帝達も食べ始める。
「皇帝陛下も申し訳ありませんね。こんなものしか用意できなくて」
「いや……かたじけない。体に染み渡るようだ」
それ混ぜたのはおっさんだけどな。どっちとは言わんが。
「陛下……我が国は、この渡人に救われたのです」
「……渡人によって崩れかけた国が、渡人に救われるか。不思議なものだな、トロイアーノ」
「はい……全く」
俺はすっかり空になったマグカップに、水筒から紅茶を注ぐ。
視線を感じて顔を上げると皇女と目があった。
「美味くはないかもしれませんが、我慢してください」
「……無礼です」
あらら、体ごと向こうを向いちゃったよ。まあ、食べてるからいいか。
「クレリア、無礼なのはお前の方ですよ」
今まで静かにしていた皇后が、皇女をたしなめながら俺に顔を向けた。
「ユート様と言いましたね。貴方がいなければ、今頃私達はどうなっていたことか」
皇后が頭を下げようとするので、俺は慌てて口を挟んだ。
「残念ながら、まだ終わっていませんよ」
城内には、黒く濁った魔力と赤い魔力がある。そろそろ行かないと。
「ユート殿の言う通りです、陛下達はここにいてください。お前達は、陛下をお守りするのだ」
お供の2人に指示をしながらトロイアーノが立ち上がる。
「さて、ボウズ、そろそろ行くか?」
俺の頭をくしゃくしゃにしながらドミニクも立ち上がった。
「そうだな、さっさと終わらせて、俺達もメシにしよう」
俺も立ち上がる。
「皇帝陛下、クレイシャンは俺が何とかします。だから、後のことをお願いします」
「……かたじけない」
皇帝は俺をまっすぐに見ていた。多分だけど、早まったことはしないだろう。
トロイアーノを先頭に、俺とドミニクは物置を出て城内へ侵入した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる