カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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二章

謁見

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 テオロス領内に入ってからラートリス、そして古井戸の抜け道までの間、意外なことに俺達を攻撃してくるものはいなかった。
 俺が派手に動いてるから、渡人わたりとのクレイシャンくらいにはばれてると思ってたんだがな。
 てっきり何かしてくるものと思ってさっさと行動してきたんだけど、拍子抜けだ。そういや晩メシ食ってねえから腹減ったな。
 俺達は抜け道から城内へ続く階段を上っている。ここで腹の虫が鳴ったら響くだろうな。
 そんなことを考えていた矢先、俺の魔力探知に俺達以外の魔力が引っ掛かった。数は3つ。青い魔力を赤い魔力が覆っている。だけど、やけに弱々しいな。
「将軍、この先に魔力を3つ感じます」
 俺の報告にトロイアーノが首をかしげる。
「おかしいな、この通路の先は地下の物置だが……」
 階段を上っていくと、少しずつ光る苔が減っていく。辛うじて足元が見えるほどの明るさになった頃、階段の先に扉が見えた。
 トロイアーノが扉を開け、俺達も続いて中に入った。
 物置には暗闇が広がり、暗闇の中に鼻をつく異臭が漂っている。魔力探知で見てみると、例の3つの魔力はすぐ近くにいた。全く動かない。
 俺は次元鞄に手を突っ込んで、枝を1本取り出す。ガレムの森で松明代わりに使っていた枝だ。愛着が湧いて結局捨てずに持ってたんだよな。
 俺は枝の先に意識を集中し、久しぶりの魔法を唱えた。
松明トーチ
 枝の先がぼんやりと明るくなる。近くに感じられる3つの魔力に灯りを向けると、人が3人倒れているのが見えた。
 3人を見て、トロイアーノとお供の2人が叫ぶ。
「「「陛下っ!?」」」
 トロイアーノ達が倒れている3人に駆け寄る。俺とドミニクも後に続く。
「……ひでえな」
「……でも、まだ生きてる」
 寝巻きのような服で倒れている3人は、辛うじて生きているようだった。1人の男と2人の女。片方は少女だ。
 3人とも衰弱しきっている。鼻をついた異臭は彼らの汚物か……。
「将軍、この人達は?」
 確かさっき、陛下って呼んでたな。
 トロイアーノが男を抱き起こしながら、言葉を絞り出した。
「この方が皇帝ボルトロテ2世……我らが陛下だ。そしてこちらは、皇后陛下と皇女様だ……」
 やっぱりか。しかし、ひどいな……。
「……アー……か?」
 トロイアーノに抱き起こされた男が掠れた声を出す。その声に反応し、他の2人も起き上がろうとする。俺は皇女に駆け寄り、抱き起こした。
 ……細いな。それに軽い。今にも死にそうじゃねえか。頬も痩けて、顔色も悪い。歳は15前後か?
 まずは消えそうな魔力を何とかしねえと……。
 俺の魔力を分けれねえかな。充電器みたいに。
「皇女様、失礼しますよ」
 俺は左手を皇女の鳩尾辺りに軽く当てた。
 皇女が掠れ声で呻く。
「ぶ……で……」
「恨み言なら後から聞く。……頼むぞ、魔力活性まりょくかっせい。俺の魔力を、必要なだけこの子に」
 死ぬなよ、祈るように魔法を唱える。俺の左手がぼんやりと光り、皇女の体へと光が伝わっていく。
 少しずつ顔に生気が戻っていくようだ。
 魔力探知で魔力を見ると、消えかかっていた魔力は力強く輝いていた。
「ついでにこいつも。解魔かいま。赤い魔力を消してくれ」
 俺の魔力が赤い魔力をかき消していく。皇女の魔力が青く輝いた。
 皇女の顔を見ると、少し頬が赤い。まだ具合が悪いのかも。
「辛いだろうが、もう少し我慢してくれ。クレイシャンと、そいつがかけた魔法は俺が何とかするから」
 俺がそう言うと、なぜか皇女は目を逸らした。
「……無礼です」
 赤い頬が、さらに赤くなっていた。
「無礼でいい。洗浄ウォッシュ
 部屋全体は後にするとして、今はこの子だけでも。
「……っ!?」
 髪も手足も、そして服もきれいになった。驚いたままの皇女をお供に預けて、俺は皇帝と皇后にも同じように魔法を使っていく。
 2人も、皇女と同様に消えかかっていた魔力が青く力強く輝き、身なりもきれいになった。
 仕上げに部屋全体に洗浄ウォッシュをかけると、可愛い音が部屋に響いた。

 くぅぅ……。

 俺のじゃないぞ?いや、確かに腹は減っているが。音のした方を見ると、皇女が耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。
「陛下、いつからこの様な所に?」
 トロイアーノが皇帝に訪ねる。皇帝は暗い表情で答えた。
「3日前からだ。よく来てくれた、トロイアーノ……」
 あー、もうしゃべるなよ。とりあえず水分だな。黒茶はみんなで飲んじゃったから……。
 次元鞄に手を突っ込んで、中身の入った水筒を取り出す。マグカップも取り出しながら、1杯だけ中身を注ぐ。
「毒なんか入れてないからな?みんな、よく見ててくれよ?」
 俺は中身を飲む。美味い、淹れたての紅茶だ。俺はマグカップ3つに中身を注いだ。
「将軍、中身は紅茶です。毒なんか入ってません。ゆっくりと飲ませてあげてください」
「……すまない、ユート殿」
 トロイアーノとお供の2人にマグカップを渡す。3人が皇帝達に少しずつ中身を飲ませていく。
 俺とドミニクもその場に座り、外を警戒する。魔力探知に反応が無いから見張りも立ってないんだな。クレイシャンは催眠にかけた皇帝達にここで死ねとでも命令したんだろ。解除されるなんて思ってなかったわけだ。
 皇帝達は今、ゆっくりと紅茶を飲んでるけどな。
「……トロイアーノ、すまん」
 少し落ち着いたのか皇帝が口を開く。
「陛下、無理をなさらないでください」
 トロイアーノの言う通りだ。体力は戻ってないはず。俺は次元鞄からお椀と焼き菓子の入った紙袋を取り出す。
 全員がこっちを見るが、皇帝が話し始めたので俺から視線が外れる。
「余が浅はかだったのだ。渡人わたりとであっても、クレイシャンは我が国に来てから何も問題を起こさなかった」

 ……ぱき。

 話を聞きながら焼き菓子を割る。クッキーに似た焼き菓子で、力を入れると簡単に割れた。ベルセンで買い込んだクシナダのおやつだ。戻ったらまた補充しとこう。
「……だから、クレイシャンは純粋に魔法の研究をしているものと信じていた」

 ……ぱき。

「……是非もないことでしょう。陛下の命で奴を調べたことがありましたが、魔力は青く、特に不審な点も見られませんでしたから」
 トロイアーノが皇帝を慰める。クレイシャンは魔力を偽装でもしたんだろうか。まあ、魔力探知に頼りすぎるのはダメってことだな……。

 ……ぱきぱき。

「……余の軍に貢献する魔法が完成したと、クレイシャンが3日前に余の前に現れた。そして何かの魔法を使い、余はパルジャンス王国に対する、国交断絶と最後通牒を記した。クレイシャンに言われるがままにな」

 ……ぱきぱき。ぱきき……。

 俺は焼き菓子を割りながらお椀に入れていく。そろそろ紅茶を入れようかな。
「……トロイアーノ、教えてほしい。パルジャンス王国と戦争になってしまったのだろうか?」
 トロイアーノが唇を噛みながら頷く。
「……はい。既に我らは、国境沿いの衛士達を手にかけてしまいました……」
 俺は床においたままの水筒に手を伸ばす。トロイアーノが俺を見ていた。
「……ケブニル街道まで進軍した時、我らは彼に出会ったのです。ユート殿の魔法が、まるで春風のようにクレイシャンの魔法を吹き払い、我らを正気に戻したのです」
 そういえば最初に会った時もそんなキザな言い回しをしてたな。俺は3つのお椀に紅茶を注ぐ。
「……おお、余も感じた。あれは夢ではなかったのだな。あの暖かさは、そなたの魔法であったのだな……」

 すぱんっ!

 ドミニクが俺の頭を叩いた音が部屋中に響く。痛くはないが、腹は立つぞ。
「無言で叩くなっ!」
「さっきから何やってんだ、お前はっ!?」
 俺は次元鞄からフォークを取り出してドミニクの顔に突きつける。
「3日も放置されてたんだろ、俺が魔力を分けたから持ち直してるけど、何か腹に入れねえとまた倒れるだろうが!」
 フォークをお椀に突っ込んで、焼き菓子の破片と紅茶を混ぜる。
「ほら、ドミニクも手伝え。混ぜ合わせて柔らかくすんだよ」
 もう1本フォークを取り出してドミニクに渡す。ドミニクはぶつぶつ言いながらお椀の中身を混ぜ始めた。
「……ふっ、ふふっ」
 皇女が俺達を見て笑っている。トロイアーノが俺に向かって手を伸ばしてきた。
「ユート殿、私にも手伝わせてくれないか?」
「ああ、いいですよ」
 男3人で離乳食を作る。結構シュールだな。俺は見た目17だけど。
「さて、俺のはもういいか。皇女様、こんな物で申し訳ないが、食べられますか?」
 1番体の小さいのは皇女だ。さっき腹の虫も鳴らしてたしな。
 皇女は素直に俺からお椀を受け取った。
「少しずつ、ゆっくり食べてください。味の保証はしませんけど」
「ふふっ……はい」
 皇女は頷いて俺の言う通り少しずつ食べ始めた。焼き菓子をペースト状にした離乳食は、飢餓状態でも食べられるはずだ。
 ドミニクとトロイアーノも混ぜ終わったらしい。皇女と同じように、皇帝達も食べ始める。
「皇帝陛下も申し訳ありませんね。こんなものしか用意できなくて」
「いや……かたじけない。体に染み渡るようだ」
 それ混ぜたのはおっさんだけどな。どっちとは言わんが。
「陛下……我が国は、この渡人わたりとに救われたのです」
「……渡人わたりとによって崩れかけた国が、渡人わたりとに救われるか。不思議なものだな、トロイアーノ」
「はい……全く」
 俺はすっかり空になったマグカップに、水筒から紅茶を注ぐ。
 視線を感じて顔を上げると皇女と目があった。
「美味くはないかもしれませんが、我慢してください」
「……無礼です」
 あらら、体ごと向こうを向いちゃったよ。まあ、食べてるからいいか。
「クレリア、無礼なのはお前の方ですよ」
 今まで静かにしていた皇后が、皇女をたしなめながら俺に顔を向けた。
「ユート様と言いましたね。貴方がいなければ、今頃私達はどうなっていたことか」
 皇后が頭を下げようとするので、俺は慌てて口を挟んだ。
「残念ながら、まだ終わっていませんよ」
 城内には、黒く濁った魔力と赤い魔力がある。そろそろ行かないと。
「ユート殿の言う通りです、陛下達はここにいてください。お前達は、陛下をお守りするのだ」
 お供の2人に指示をしながらトロイアーノが立ち上がる。
「さて、ボウズ、そろそろ行くか?」
 俺の頭をくしゃくしゃにしながらドミニクも立ち上がった。
「そうだな、さっさと終わらせて、俺達もメシにしよう」
 俺も立ち上がる。
「皇帝陛下、クレイシャンは俺が何とかします。だから、後のことをお願いします」
「……かたじけない」
 皇帝は俺をまっすぐに見ていた。多分だけど、早まったことはしないだろう。
 トロイアーノを先頭に、俺とドミニクは物置を出て城内へ侵入した。
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