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二章
でぃーじぇいクシナダと指名手配犯ユート
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長かった一日が終わり、俺とドミニクはテオロス帝国の郊外で夜明けを迎えた。
後は土産を買ってベルセンに帰るだけ。簡単な仕事だ。
俺は水を入れた小鍋を焚き火にかけて、湯が沸くのを待っていた。日本でもそうだが、俺は寝起きが悪いのでとりあえず何か飲みたい。欠伸をすると冷たい空気が体の中に入ってくる。寒い。
何でラフィーアは寒いんだろ。日本の秋より少し寒いかもしれない。
「ふわああぁ」
寝起きが悪いのは俺だけじゃなかったらしい。ドミニクが大口を開けて欠伸をしている。空気と一緒に俺まで吸い込みそうだな。
日本だと寝起きに濃い目のコーヒーを飲んで無理矢理起きるんだけど、あいにくラフィーアではまだコーヒーを見たことがない。ベルセンから持ってきた水筒は昨日のうちに空になっている。ついでに言うと、他に食べ物が無かったから昨日の夜はクシナダのおやつを食べて寝た。男2人で食ったら全部無くなったのでまた大量に買わないといけない。クシナダには内緒だ。
ぼーっとした頭で次元鞄をまさぐって掌大の瓶を取り出す。クロノリヤで買った紅茶の茶葉だ。蓋を開けて適当に中身を鍋に放り込む。
しばらくするといい香りがしてきたので、茶葉ごとマグカップに注ぐ。半分寝ているドミニクにも紅茶を渡し、俺も一口。
「……うーん、まずい。もう一杯」
「朝から何言ってんだ……ふああぁ」
恐らくラフィーアでは誰も分からないネタにドミニクが呆れる。
紅茶の味はちょっと濃いくらいで、不味くはなかった。もうちょっと濃くても良かったかな。
濾し器を忘れたので茶葉を飲まないように注意しながらもう一口。ベルセンに戻ったら濾し器を……。
『御主人ッ!!!!!!』
「ぶばっ……!?」
頭の中に大音量で響くクシナダの声。訳がわからず俺は紅茶を吹き出した。
「……きたねえなぁ。どうした?」
「げほっごほっ。……いや、クシナダの声が……」
『朝だよーーーーー!!!御主人、あーさーだー……』
「やかましいっ!」
『あ、起きてた。スーちゃん、御主人起きてたよ』
そうか、スザンヌの入れ知恵か。ちくしょう、頭がくらくらする。そんな俺に構わずクシナダが咳払いをした。
『おほんっ!気持ちのいい朝ですね、みなさんいかがお過ごしでしょうか。でぃーじぇいのクシナダだよー!』
唐突に何かの番組が始まり、俺は頭を抱える。何これ?FM?ラジオなの?
『今日のベルセンの空は雲1つ無い、いい天気です。こんな日はおやつにクッキーが食べたくなりますね』
クシナダさん、アナタのおやつは基本クッキーですよね?今日だけじゃないですよね?
『昨日のベルセンは大変でした。街のみんなも戦争だって怖い顔をしてました。でももう大丈夫!』
やけにスラスラしゃべりますね?カンペでもあんの?
『勇者が頑張ってたった1人で解決してくれました!ちなみに勇者って言うのは、言うことを聞かない人のことだそうですよ』
俺は漫画のようにずっこける。
「さりげに毒を吐くな。ってかクシナダ、ラジオなんか聞いたこと無いだろ?」
『御主人からもらった知識にあったんだよ』
「……リスナー俺だけじゃん」
『りすなーって何?』
それは知らないのね。お前、俺の知識のどこ持ってった?お父さん、すごく不安。
「まあいいよ。で、何?」
『朝になっても御主人から念話が無かったから……』
「それは、ついさっき起きたからだな」
『……御主人のねぼすけ』
俺は紅茶を飲みながら空を見上げる。うん、まだ西の方は暗いね。月と星が見えるね。ちなみにラフィーアの月は表面つるつるで青く光る。太陽は日本とあんまり変わらない。
「まだ夜が明けたばっかりじゃないか」
『ぶー。口答えしないの』
なぜか理不尽に怒られた。とりあえず紅茶をすする。
『昨日あれから全然連絡が無いから、すっごい心配してたのよ』
「あー、うん。それはごめんな」
『黙って聞くの!』
「……はい」
『頑張って起きてたのにいつのまにか寝ちゃってたの。でも、お日様が出てくる前に目が覚めたの。それで念話器の前でずっと待ってたのよ。そうしたらオーナーが起きてきてね。クーちゃんが寝ちゃった後に御主人から連絡があったって教えてくれたの』
うん、オーナーが俺にも同じことを言ってたな。朝になったらクシナダにも連絡しろと。紅茶飲んだら連絡するつもりだったんだよ……。
『でね、朝になったら連絡するように言ったからって。だからクーちゃんね、ずっと待ってたのよ』
ちなみにクシナダの一人称はクーちゃんだ。スザンヌが言い出した愛称を気に入って使っている。もう少し大きくなったら直させないとな。
『暗いうちから待ってたのよ』
何故2回言う?そこ大事じゃなくね?まだ半分暗いよね?そんなに待ってないよね?
『そしたらね。スーちゃんも起きてきたの。スーちゃん寝癖がもごもご……』
放送事故だ。スタジオマンハイムが乗っ取られたぞ。
『……ぷはぁ。御主人、怒られちゃった』
「よかったな、それだけで済んで」
何されたか知らないけど。
『うん……って違うのよ!スーちゃんがね、連絡がないならまだ寝てるかもって。だから、大声で起こしてあげてって』
……やっぱりか。耳の奥に耳鳴りが残ってるぞ。スザンヌめ。
『……起きた?』
「起きてるよ」
『もう戦争終わり?』
「多分」
国同士の講和がまだだけど。
『……ふうん?』
「えーと。戦争を起こした張本人は、実は渡人だったんだよ。クレイシャンっておっさんだったんだけどな。そのクレイシャンが、テオロス帝国全員に魔法をかけて言うことを聞かせてたんだ。で、みんな操り人形みたいになってたんだな」
『魔法って怖いんだね』
「俺もそう思う。で、クレイシャンに操られた皇帝が、戦争を起こしちゃったんだ。でも、クレイシャンは昨日俺がぶん殴って魔法を使えないようにした」
『御主人すごいね!それで!?』
「その後は、テオロス帝国にかかってたクレイシャンの魔法を解除して終わり。後は正気に戻った皇帝達が、パルジャンス王国にごめんなさいすれば戦争は終わると思うよ」
『じゃ、もうすぐ戦争は終わるんだね!いつ?今!?』
クシナダが念話の向こうではしゃいでいる。さすがに今すぐには無理だろうけど、近いうちに戦争は完全に終わるはずだ。
「そんなすぐには終わらないよ。でもまぁ、トロイアーノ将軍が和平の使者に立つらしいから、時間の問題だろうな」
裏切者アモローソを討ったときのトロイアーノを思い出す。あれだけ国を想うトロイアーノが使者に立つんだ。きっとうまくやるさ。
『トロイアーノ将軍?……え?うん!御主人、オーナーが将軍の持ち物もらってきてって』
うちの子になんてこと言うんだあの変態は……。
「無理。また城に戻るのめんどくさい。今からお土産買って帰るから、それで我慢しろって伝えてくれ」
『お土産!?クーちゃんにも!?』
「ちゃんと買うから大声出すなよ」
『わー、スーちゃんお土産買ってくるって。クーちゃんにもあるって』
おーい、そんなに期待されても困るぞー。
『えへへー、クーちゃんお菓子がいい!』
「おう、山ほど買ってきてやるからな」
『やったー!』
ラフィーアって金の使い道があんまり無いんだよな。ここで無駄遣いしてもいいだろ。
「じゃあ、お土産買ってからベルセンに向かうから。何とか夕方までには帰るようにするよ」
来たときと同じで、軽身を使って走ればすぐに帰れるはずだ。
『あ、それとね御主人。チコちゃんとアムちゃんの分もね』
「お、2人とも無事に着いたか」
『うん、昨日の夜遅くにデニスさん達とマンハイムに来たよ。獣化を使いすぎたからって疲れて寝ちゃった。ぼんきゅっぼんのチコちゃんは縮んじゃったのよ。がおーってしてたアムちゃんはばいんばいんになっちゃった。2人ともクーちゃんのこと可愛いって言ってくれたのよ。すぐ寝ちゃったけど』
「……そうか、それは良かったな」
俺は吹き出しそうになるのをこらえる。クシナダの感想は無邪気で面白かった。
『うん!』
「じゃあ、そろそろ切るぞ。後はもう帰るだけだから、もうちょっとだけ留守番しててくれな?」
『はーい!みなさん、またお会いしましょう。ばいばーい』
念話機からの声が途絶える。クシナダが念話を切ったらしい。
このネタ、気に入ったんだろうか……不安だ。すっかり冷たくなった紅茶を飲み干す。片付けをしながら見上げた空は、完全に夜が明けていた。
ドミニクを見ると腹を抱えて震えている。よく見ると右耳が微かに光っていた。
「聞いてんじゃねえよ!」
俺がそう言うと堪えきれずにゲラゲラと笑い始める。たぶんこれもスザンヌの仕業に違いない。ちくしょう。
ーーーーーーーーーー
片付けを終えた俺達はテオロス帝国の南に位置する街に入った。街の名はバスロテと言った。
ダメ元で門番達に身分証を見せるとすんなりと中に入れてくれた。よし、これで土産が買える。
門を通るときに門番達が何かぼそぼそと言っていたが聞き取ることは出来なかった。
俺とドミニクは街に入ってから別れた。俺はお土産、ドミニクは昼メシを買うためだ。ドミニクには俺の分も頼んでおく。銀貨1枚渡しておいたから大量に買ってくれるだろう。
半刻後に門で集まる約束をして、それぞれに買い出しに出た。
まずはお菓子だ。開いてるかわからなかったが店を探す。驚いたことに普通に店を開けていた。洗脳が解けたからか、皇帝がフォローをしたからか。何にせよありがたかったので最初に見つけた菓子店でクシナダ用の土産を確保。銀貨5枚分のお菓子だ。半年はもつぞ。
それから他の店にも寄ってマンハイムのみんなへもお菓子を買う。こっちは銀貨2枚分。底無しの次元鞄の在庫がかなり楽しいことになっている。もはや仕入れの気分だ。
菓子店が割りとすぐに見つかったので、集合時間までまだ余裕がある。他に何か無いかな?
「ちょっとそこのボウヤ!ウチにも寄っておくれよ!」
ぶらぶらしていると元気のいい声に呼び止められた。振り返るとそこには装飾品の店があった。店の入り口で店員が手招きしている。時間もあるし、見ていくか。
店内には指環や髪飾りといった装飾品が種類ごとに並べられていた。窓から差し込む朝日を受けて煌めいている。
そういや、亜紀もこういうの好きだったな。普段はねだってこないのに、やたらと多い記念日にはこういう店に行きたがる。値段は気にしてないみたいだけど、安い物でもそこそこの値段になるからなぁ。
そこまで広くない店内に、装飾品がひしめき合っている。女性向けが多いな。
……スザンヌとマリアに買ってくか。クシナダには、ちょっと早いかな。いや、買わんと拗ねるな。とは言え、何がいいか……。
ぼんやりと商品を見ていたら髪留めを見つけた。髪留めのピンに花を模した飾りが付いている。飾りの大きさは親指の爪くらい。
花飾りの色が何種類かあったので、ピンク、水色、白の3色を手に取った。店員さんに値段を聞くと1つ50ミルズ。エイラの宿代よりちょっと高い。これくらいならちょうどいいだろ。俺はお土産に3つとも買って店を出た。
さて、門の前に戻るか。
そう思った矢先、複数の人間が走る足音が聞こえた。こっちに近づいてくる。
「いたぞ!あの少年だ!」
「城まで丁重にお連れしろ!」
「渡人殿、皇帝陛下がお探しです!」
……なんで?
俺は無意識に門に向かって走り出す。
「どこへ行かれるのですか!」
「皇女様もお探しなのですよ!」
「テオロス帝国の危機を救ってくださった恩人を連れ戻せ!」
背後からそんな声が聞こえる。連れ戻せって言われても、俺はマンハイムの冒険者だぞ?
「ボウズ!」
ドミニクの声だ。アイツも門に向かって走っている。10人ほど後ろに連れて。
「閉門!閉門!恩人を逃がすな!」
いや、それなんか違う!あ、門番さん、門を閉めないで!
「ドミニク急げ、出れなくなるぞ!」
「分かってる、お前も急げ!」
「逃がすな!」
「捕まえろ!」
やばい、なんか殺気立ってきた。こうなったらもう、魔法に頼るしか!
「俺とドミニクに軽身!」
全身を魔力が覆っていく。
「ボウズ、跳べ!」
「おう!」
軽くなった体は少し力を込めるとすぐに速度がついた。
閉まる門の隙間を駆け抜けると、背後で門が閉まる音がした。追っ手の声が聞こえてくるが、俺達は無視して走り抜ける。まるで犯罪者だな。
「ドミニク、このまま走って帰ろうぜ!」
「そうだな!とりあえすケブニル街道まで走るか!」
確かに、そこまで行けば時間は稼げるな。慌ただしい出発だったが、まあいいや。
俺達はそのまま街道を走り続けた。
後は土産を買ってベルセンに帰るだけ。簡単な仕事だ。
俺は水を入れた小鍋を焚き火にかけて、湯が沸くのを待っていた。日本でもそうだが、俺は寝起きが悪いのでとりあえず何か飲みたい。欠伸をすると冷たい空気が体の中に入ってくる。寒い。
何でラフィーアは寒いんだろ。日本の秋より少し寒いかもしれない。
「ふわああぁ」
寝起きが悪いのは俺だけじゃなかったらしい。ドミニクが大口を開けて欠伸をしている。空気と一緒に俺まで吸い込みそうだな。
日本だと寝起きに濃い目のコーヒーを飲んで無理矢理起きるんだけど、あいにくラフィーアではまだコーヒーを見たことがない。ベルセンから持ってきた水筒は昨日のうちに空になっている。ついでに言うと、他に食べ物が無かったから昨日の夜はクシナダのおやつを食べて寝た。男2人で食ったら全部無くなったのでまた大量に買わないといけない。クシナダには内緒だ。
ぼーっとした頭で次元鞄をまさぐって掌大の瓶を取り出す。クロノリヤで買った紅茶の茶葉だ。蓋を開けて適当に中身を鍋に放り込む。
しばらくするといい香りがしてきたので、茶葉ごとマグカップに注ぐ。半分寝ているドミニクにも紅茶を渡し、俺も一口。
「……うーん、まずい。もう一杯」
「朝から何言ってんだ……ふああぁ」
恐らくラフィーアでは誰も分からないネタにドミニクが呆れる。
紅茶の味はちょっと濃いくらいで、不味くはなかった。もうちょっと濃くても良かったかな。
濾し器を忘れたので茶葉を飲まないように注意しながらもう一口。ベルセンに戻ったら濾し器を……。
『御主人ッ!!!!!!』
「ぶばっ……!?」
頭の中に大音量で響くクシナダの声。訳がわからず俺は紅茶を吹き出した。
「……きたねえなぁ。どうした?」
「げほっごほっ。……いや、クシナダの声が……」
『朝だよーーーーー!!!御主人、あーさーだー……』
「やかましいっ!」
『あ、起きてた。スーちゃん、御主人起きてたよ』
そうか、スザンヌの入れ知恵か。ちくしょう、頭がくらくらする。そんな俺に構わずクシナダが咳払いをした。
『おほんっ!気持ちのいい朝ですね、みなさんいかがお過ごしでしょうか。でぃーじぇいのクシナダだよー!』
唐突に何かの番組が始まり、俺は頭を抱える。何これ?FM?ラジオなの?
『今日のベルセンの空は雲1つ無い、いい天気です。こんな日はおやつにクッキーが食べたくなりますね』
クシナダさん、アナタのおやつは基本クッキーですよね?今日だけじゃないですよね?
『昨日のベルセンは大変でした。街のみんなも戦争だって怖い顔をしてました。でももう大丈夫!』
やけにスラスラしゃべりますね?カンペでもあんの?
『勇者が頑張ってたった1人で解決してくれました!ちなみに勇者って言うのは、言うことを聞かない人のことだそうですよ』
俺は漫画のようにずっこける。
「さりげに毒を吐くな。ってかクシナダ、ラジオなんか聞いたこと無いだろ?」
『御主人からもらった知識にあったんだよ』
「……リスナー俺だけじゃん」
『りすなーって何?』
それは知らないのね。お前、俺の知識のどこ持ってった?お父さん、すごく不安。
「まあいいよ。で、何?」
『朝になっても御主人から念話が無かったから……』
「それは、ついさっき起きたからだな」
『……御主人のねぼすけ』
俺は紅茶を飲みながら空を見上げる。うん、まだ西の方は暗いね。月と星が見えるね。ちなみにラフィーアの月は表面つるつるで青く光る。太陽は日本とあんまり変わらない。
「まだ夜が明けたばっかりじゃないか」
『ぶー。口答えしないの』
なぜか理不尽に怒られた。とりあえず紅茶をすする。
『昨日あれから全然連絡が無いから、すっごい心配してたのよ』
「あー、うん。それはごめんな」
『黙って聞くの!』
「……はい」
『頑張って起きてたのにいつのまにか寝ちゃってたの。でも、お日様が出てくる前に目が覚めたの。それで念話器の前でずっと待ってたのよ。そうしたらオーナーが起きてきてね。クーちゃんが寝ちゃった後に御主人から連絡があったって教えてくれたの』
うん、オーナーが俺にも同じことを言ってたな。朝になったらクシナダにも連絡しろと。紅茶飲んだら連絡するつもりだったんだよ……。
『でね、朝になったら連絡するように言ったからって。だからクーちゃんね、ずっと待ってたのよ』
ちなみにクシナダの一人称はクーちゃんだ。スザンヌが言い出した愛称を気に入って使っている。もう少し大きくなったら直させないとな。
『暗いうちから待ってたのよ』
何故2回言う?そこ大事じゃなくね?まだ半分暗いよね?そんなに待ってないよね?
『そしたらね。スーちゃんも起きてきたの。スーちゃん寝癖がもごもご……』
放送事故だ。スタジオマンハイムが乗っ取られたぞ。
『……ぷはぁ。御主人、怒られちゃった』
「よかったな、それだけで済んで」
何されたか知らないけど。
『うん……って違うのよ!スーちゃんがね、連絡がないならまだ寝てるかもって。だから、大声で起こしてあげてって』
……やっぱりか。耳の奥に耳鳴りが残ってるぞ。スザンヌめ。
『……起きた?』
「起きてるよ」
『もう戦争終わり?』
「多分」
国同士の講和がまだだけど。
『……ふうん?』
「えーと。戦争を起こした張本人は、実は渡人だったんだよ。クレイシャンっておっさんだったんだけどな。そのクレイシャンが、テオロス帝国全員に魔法をかけて言うことを聞かせてたんだ。で、みんな操り人形みたいになってたんだな」
『魔法って怖いんだね』
「俺もそう思う。で、クレイシャンに操られた皇帝が、戦争を起こしちゃったんだ。でも、クレイシャンは昨日俺がぶん殴って魔法を使えないようにした」
『御主人すごいね!それで!?』
「その後は、テオロス帝国にかかってたクレイシャンの魔法を解除して終わり。後は正気に戻った皇帝達が、パルジャンス王国にごめんなさいすれば戦争は終わると思うよ」
『じゃ、もうすぐ戦争は終わるんだね!いつ?今!?』
クシナダが念話の向こうではしゃいでいる。さすがに今すぐには無理だろうけど、近いうちに戦争は完全に終わるはずだ。
「そんなすぐには終わらないよ。でもまぁ、トロイアーノ将軍が和平の使者に立つらしいから、時間の問題だろうな」
裏切者アモローソを討ったときのトロイアーノを思い出す。あれだけ国を想うトロイアーノが使者に立つんだ。きっとうまくやるさ。
『トロイアーノ将軍?……え?うん!御主人、オーナーが将軍の持ち物もらってきてって』
うちの子になんてこと言うんだあの変態は……。
「無理。また城に戻るのめんどくさい。今からお土産買って帰るから、それで我慢しろって伝えてくれ」
『お土産!?クーちゃんにも!?』
「ちゃんと買うから大声出すなよ」
『わー、スーちゃんお土産買ってくるって。クーちゃんにもあるって』
おーい、そんなに期待されても困るぞー。
『えへへー、クーちゃんお菓子がいい!』
「おう、山ほど買ってきてやるからな」
『やったー!』
ラフィーアって金の使い道があんまり無いんだよな。ここで無駄遣いしてもいいだろ。
「じゃあ、お土産買ってからベルセンに向かうから。何とか夕方までには帰るようにするよ」
来たときと同じで、軽身を使って走ればすぐに帰れるはずだ。
『あ、それとね御主人。チコちゃんとアムちゃんの分もね』
「お、2人とも無事に着いたか」
『うん、昨日の夜遅くにデニスさん達とマンハイムに来たよ。獣化を使いすぎたからって疲れて寝ちゃった。ぼんきゅっぼんのチコちゃんは縮んじゃったのよ。がおーってしてたアムちゃんはばいんばいんになっちゃった。2人ともクーちゃんのこと可愛いって言ってくれたのよ。すぐ寝ちゃったけど』
「……そうか、それは良かったな」
俺は吹き出しそうになるのをこらえる。クシナダの感想は無邪気で面白かった。
『うん!』
「じゃあ、そろそろ切るぞ。後はもう帰るだけだから、もうちょっとだけ留守番しててくれな?」
『はーい!みなさん、またお会いしましょう。ばいばーい』
念話機からの声が途絶える。クシナダが念話を切ったらしい。
このネタ、気に入ったんだろうか……不安だ。すっかり冷たくなった紅茶を飲み干す。片付けをしながら見上げた空は、完全に夜が明けていた。
ドミニクを見ると腹を抱えて震えている。よく見ると右耳が微かに光っていた。
「聞いてんじゃねえよ!」
俺がそう言うと堪えきれずにゲラゲラと笑い始める。たぶんこれもスザンヌの仕業に違いない。ちくしょう。
ーーーーーーーーーー
片付けを終えた俺達はテオロス帝国の南に位置する街に入った。街の名はバスロテと言った。
ダメ元で門番達に身分証を見せるとすんなりと中に入れてくれた。よし、これで土産が買える。
門を通るときに門番達が何かぼそぼそと言っていたが聞き取ることは出来なかった。
俺とドミニクは街に入ってから別れた。俺はお土産、ドミニクは昼メシを買うためだ。ドミニクには俺の分も頼んでおく。銀貨1枚渡しておいたから大量に買ってくれるだろう。
半刻後に門で集まる約束をして、それぞれに買い出しに出た。
まずはお菓子だ。開いてるかわからなかったが店を探す。驚いたことに普通に店を開けていた。洗脳が解けたからか、皇帝がフォローをしたからか。何にせよありがたかったので最初に見つけた菓子店でクシナダ用の土産を確保。銀貨5枚分のお菓子だ。半年はもつぞ。
それから他の店にも寄ってマンハイムのみんなへもお菓子を買う。こっちは銀貨2枚分。底無しの次元鞄の在庫がかなり楽しいことになっている。もはや仕入れの気分だ。
菓子店が割りとすぐに見つかったので、集合時間までまだ余裕がある。他に何か無いかな?
「ちょっとそこのボウヤ!ウチにも寄っておくれよ!」
ぶらぶらしていると元気のいい声に呼び止められた。振り返るとそこには装飾品の店があった。店の入り口で店員が手招きしている。時間もあるし、見ていくか。
店内には指環や髪飾りといった装飾品が種類ごとに並べられていた。窓から差し込む朝日を受けて煌めいている。
そういや、亜紀もこういうの好きだったな。普段はねだってこないのに、やたらと多い記念日にはこういう店に行きたがる。値段は気にしてないみたいだけど、安い物でもそこそこの値段になるからなぁ。
そこまで広くない店内に、装飾品がひしめき合っている。女性向けが多いな。
……スザンヌとマリアに買ってくか。クシナダには、ちょっと早いかな。いや、買わんと拗ねるな。とは言え、何がいいか……。
ぼんやりと商品を見ていたら髪留めを見つけた。髪留めのピンに花を模した飾りが付いている。飾りの大きさは親指の爪くらい。
花飾りの色が何種類かあったので、ピンク、水色、白の3色を手に取った。店員さんに値段を聞くと1つ50ミルズ。エイラの宿代よりちょっと高い。これくらいならちょうどいいだろ。俺はお土産に3つとも買って店を出た。
さて、門の前に戻るか。
そう思った矢先、複数の人間が走る足音が聞こえた。こっちに近づいてくる。
「いたぞ!あの少年だ!」
「城まで丁重にお連れしろ!」
「渡人殿、皇帝陛下がお探しです!」
……なんで?
俺は無意識に門に向かって走り出す。
「どこへ行かれるのですか!」
「皇女様もお探しなのですよ!」
「テオロス帝国の危機を救ってくださった恩人を連れ戻せ!」
背後からそんな声が聞こえる。連れ戻せって言われても、俺はマンハイムの冒険者だぞ?
「ボウズ!」
ドミニクの声だ。アイツも門に向かって走っている。10人ほど後ろに連れて。
「閉門!閉門!恩人を逃がすな!」
いや、それなんか違う!あ、門番さん、門を閉めないで!
「ドミニク急げ、出れなくなるぞ!」
「分かってる、お前も急げ!」
「逃がすな!」
「捕まえろ!」
やばい、なんか殺気立ってきた。こうなったらもう、魔法に頼るしか!
「俺とドミニクに軽身!」
全身を魔力が覆っていく。
「ボウズ、跳べ!」
「おう!」
軽くなった体は少し力を込めるとすぐに速度がついた。
閉まる門の隙間を駆け抜けると、背後で門が閉まる音がした。追っ手の声が聞こえてくるが、俺達は無視して走り抜ける。まるで犯罪者だな。
「ドミニク、このまま走って帰ろうぜ!」
「そうだな!とりあえすケブニル街道まで走るか!」
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但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
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