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新生活
12.
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息で笑った乾とおやすみのキスをして、一日を終える。その新しいリズムに、津田は安らぎを感じるようになっていた。
この先のことは、また話し合う必要があるだろう。入籍のこと、子どものこと。日々の生活や律の成長と教育について。
でも今は、乾が本音を呑み込み、時間と手間をかけて整えてくれた「自分の」将来のことを考えよう。津田はそう思い、彼の書斎に足を踏み入れた。
日当たりの良くない北の部屋には、壁一面にぎっしり本が詰まっている。背表紙を眺めると、その半分以上が「第二の性」関連の書籍だ。津田が大学生の頃に読み込んだ少し古いものから、最新の学会資料までが、整頓された書架に揃う。
ノートPCの置かれたデスクの上にある一冊を手に取ると、付箋の貼られたページにはきっちりと定規を当てて引いた傍線が書き込まれていた。
約一年前、乾の部下として配属された時、津田の中には彼を軽んじる気持ちがあった。年若いαのエリート上司。「αだから」その若さで室長に抜擢されたんだろう、と。
あの時の自分は、ひどく自意識過剰で失礼だったと、津田は今になって恥ずかしく思う。この蔵書量だけを見ても、乾がαだからという理由で出世したわけではないことが分かる。彼は就職してからも勉強を怠らず、忙しい仕事の合間に最新の情報をチェックし、知識を深めているのだ。
津田は退院からの一週間で、ここにある数冊を読んだ。そして、自分の知識が予想よりもずっと古くなっていることを自覚した。
医学や薬学は日進月歩だ。
津田が学生だった頃には注目されていなかった物質が、学会で熱く語られている。名前を聞いた覚えもない機材が実験に使われている。
乾だけでなく、課長や部長の前でまで古い持論を滔々と語った先月の自分を抹消したいと思うほどだった。
この先のことは、また話し合う必要があるだろう。入籍のこと、子どものこと。日々の生活や律の成長と教育について。
でも今は、乾が本音を呑み込み、時間と手間をかけて整えてくれた「自分の」将来のことを考えよう。津田はそう思い、彼の書斎に足を踏み入れた。
日当たりの良くない北の部屋には、壁一面にぎっしり本が詰まっている。背表紙を眺めると、その半分以上が「第二の性」関連の書籍だ。津田が大学生の頃に読み込んだ少し古いものから、最新の学会資料までが、整頓された書架に揃う。
ノートPCの置かれたデスクの上にある一冊を手に取ると、付箋の貼られたページにはきっちりと定規を当てて引いた傍線が書き込まれていた。
約一年前、乾の部下として配属された時、津田の中には彼を軽んじる気持ちがあった。年若いαのエリート上司。「αだから」その若さで室長に抜擢されたんだろう、と。
あの時の自分は、ひどく自意識過剰で失礼だったと、津田は今になって恥ずかしく思う。この蔵書量だけを見ても、乾がαだからという理由で出世したわけではないことが分かる。彼は就職してからも勉強を怠らず、忙しい仕事の合間に最新の情報をチェックし、知識を深めているのだ。
津田は退院からの一週間で、ここにある数冊を読んだ。そして、自分の知識が予想よりもずっと古くなっていることを自覚した。
医学や薬学は日進月歩だ。
津田が学生だった頃には注目されていなかった物質が、学会で熱く語られている。名前を聞いた覚えもない機材が実験に使われている。
乾だけでなく、課長や部長の前でまで古い持論を滔々と語った先月の自分を抹消したいと思うほどだった。
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