Hand to Heart

亨珈

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智洋ルート

82 会長の転寝となでなでタイム

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 智洋は一瞬目を見張ったものの、僅かに首を傾げてぽんと辰の肩に手を載せた。

「日曜日にカラオケでも行くか」
「おー、行く行く!」

 嬉しそうな辰に内心安堵しながら、「じゃあ俺もー!」と手を上げた。便乗した周も「俺も混ぜて」なんて言ってる。
 いいな、こんな風に和気藹々な雰囲気。
 きっかけは、楽しいことじゃなかったにしても。

 午後は恒例のビリヤード教室があるので、朝一番のバスで街まで下りてカラオケボックスで遊ぶ約束をして、はたと思い出した。

「あ、そうだ、辰にプレゼントあるんだ~。ちょっとここで待ってて!」

 はい? と不思議そうにしている辰に背を向けて、小走りに自室に取って返すとビデオテープを握り締めてまた遊戯室に戻った。
 智洋は事情を知っているからしらんぷりして遠くのテレビ画面を眺めていたけど、辰は首を傾げているし周は微妙に不機嫌な感じ。
 いやいや、辰だけってのに反応してるんだろうけど、周はいいでしょ。何しろ点けていたのに画面見ながら他のことしていた人ですからね!

「たーつー!」

 絶対喜ぶと確信しての満面の笑みで見上げながら、両手で持って恭しく差し出してみた。

「ビデオ?」

 きょとんとしている。そりゃそうだ。

「見て驚け。なんと浩司先輩の演舞映像」

 一応極秘ビデオなんで声を潜めて「門外不出な」と付け足した。

「はわっ!」

 大口を開けた辰が、ぴたっと自分の手の平で口を覆った。大きく見開かれた薄茶の瞳がきらきら輝いている。隣では周が「なーんだ」って顔してるけど、なんだじゃねえよ? 俺たちにとっちゃお宝映像だよ!

「ちょっ……俺今すぐこれ観て来るっ」

 手の甲でさりげなく口元拭ってますね気持ちは解るよ、うん。

「うむ、好きにするがよかろう」

 腕組みして鷹揚に頷いてみせると、むぎゅーっと正面から抱き締められた。

「カズー! やっぱり持つべきものは友だな! つーか愛してるっありがとうっ!」

 ちょっと照れ臭いけど、こんだけ喜んでくれたらダビングした甲斐があったってもんだ。勢いでほっぺにチュッてされたけど、その後ビデオデッキが繋いである個別のテレビコーナーにすっ飛んで行く辰を見送り、智洋も別段気にしている風もなくて安心した。
 何故だかその後をゆったりした足取りで周が追って行ったのはちょっと意外だったけど。
 演舞の型でも確認するのかなあ。


 金曜土曜と授業の後には応援団の練習があり、一糸乱れぬとはまだ言えないまでも随分と演舞の型もさまになってきた。土曜日はいつも通り同好会~と、うきうきしながら部室棟に向かう。
 んー……全体的に静かだな。なんで?
 廊下でも誰とも擦れ違うことなく不思議に思いながら部室のドアを開けると、中はしんと静まり返っている。
 その静寂の中、会長のすうすうという呼吸の音だけが耳に入ってきて、俺は一旦足を止めてからそろりとドアを閉めた。
 テーブルの上にはラップトップのパソコンが閉じたまま置かれて、その脇に組んだ腕に顔を突っ伏して会長が転寝している。
 いつからここにいるんだろう。ここで仕事してたのかな? パソコンは執行部の備品だもんな。
 それにしても他に誰もいないなんてどういうことなんだろ。
 不思議に思いながらも、誰もいないならいいやと普段なら置かない椅子の上に自分の荷物を置いて、ポットを提げてまたそっと廊下に出た。給湯室で浄水を補給してから部室に戻り、コンセントにプラグを差し込んでから小さな水屋の傍でマグカップに二人分のコーヒーの準備をする。水は少ししか入れなかった為割とすぐに沸騰して、俺のは砂糖もミルクも入れて、会長のはミルクだけ入れて、両手に持って振り向くと、会長が体を起こしていた。

「お疲れのようですね」

 微笑みながら隣に腰掛け、テーブルにカップを置く。
 会長は何度か瞬きして髪を手櫛で梳かしながら「ありがとう」と柔らかく笑った。

「あのう、他のメンバーは?」
 コーヒーを啜りながら尋ねる。
「ああ、そろそろ看板も仮装も本腰を入れて準備に入っているからな。皆それぞれの教室にいる筈だ。お陰さまで静かに休憩が出来たわけだが」

 長くて細い指が、くいと眼鏡の位置を直した。節ばっていて、男の手って感じがする。俺、日焼けはしててもなんだか女の子っぽい手だから羨ましい。
 それにしても皆いないのか~。それじゃあシナリオは無理か、残念。
 しゅんとしているのが解ったんだろう。大きな手の平が、ふわりと頭に載せられた。

「体育会が終わったら振り替え休日がある。良かったら朝から夕方までずっとシナリオをやってみるか?」
「はいっ!」

 ショートじゃなくて普通の冒険が出来るんだ!
 すげーわくわくする。今から楽しみ~!
 片手でカップを持ちつつ、「現金だな」と撫で撫でが続く。気持ち良くって目を細めながら、ふうふうと冷ましながらまたコーヒーを味わった。
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