素敵なものは全て妹が奪っていった。婚約者にも見捨てられた姉は、「ふざけないで!」と叫び、家族を捨てた。

あお

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「こ、これは、どういう事だ!?」

 両手に手紙を握りしめ、ビッスル伯爵はぶるぶると震えた。

 主の執務室へと手紙を運んだ執事は困惑を隠せない。

 手紙の主は、ビッスル伯爵の姉。いまは隣国の侯爵家に嫁いで侯爵夫人となっている伝説の才女だ。

 手紙には、ロザリーを隣国の学院に留学させること。留学期間は二年。後見人は侯爵家が務めるので、ビッスル伯爵は一切の口出しは無用、といった内容が、事務的に書かれていた。

 伯爵は、学院を卒業したらロザリーを結婚させるつもりでいた。

 親戚の手前無理強いはしないようにしていたが、それも卒業まで。相手も内々に決めており、明日にでもロザリーに婚約証明書にサインさせる予定だった。

 当然明日は、婚約を内定していた相手宅へ訪問の約束も取り付けてある。

 その相手は。歳は離れているが、裕福な子爵家の当主であり、後継者もいることから、後妻とはいえロザリーは面倒な女主人の役を果たす必要もなく幸せになれるはずだった。

 しかし蓋を開けてみれば、ロザリーは伯爵家に帰宅しないまま隣国に旅立った。

 それを知ったのは、隣国に嫁に行った姉からの手紙だというのだ。こんな理不尽な話はない。

 伯爵は手紙を破り捨て、ロザリーを連れ戻すよう、使用人に命じた。

 昼に旅立ったとはいえ、まだ夜になったばかり。小娘一人の足なら、すぐに見つけられるはず。

 伯爵の目論見はもろくも崩れ去った。

 伯爵が周辺の街を探している間にも、ロザリーを乗せた馬車は隣国へ向かい、夜は高級宿の一等豪華な部屋に泊まっている。

 当然、宿の従業員の口は堅く、ロザリーの捜索は空振りに終わった。






『アントンへ。


 貴方の愚かな行いは、全て聞き及んでいます。
 まさか姉の婚約者を取り上げ妹に与えるような恥知らずな真似をするとは思ってもいませんでした。

 大切な姪を、貴方のような愚か者の元へ置いておくわけにはいきません。

 貴方のことです。どうせろくでもない男の後妻にでもするつもりでしょう。

 愚かな事。

 ロザリーは、わたくしが預かります。

 彼女は実力で学院の教授達の推薦を得て、隣国の学院への留学を勝ち取りました。

 彼女の邪魔をすることも、彼女の将来を摘む事も、このわたくしが許しません。

 もし邪魔をするような事があれば。

 どうなるか分かっていますね。

 くれぐれも短慮を起こさないように。


 貴方の姉 エリザベータより』





「くそっ、くそっ、くそっ。ビッスル伯爵家の当主は俺だぞ。姉上とはいえ、嫁に出た身で何様のつもりだ!!!」



 苛立ちも露わに手紙を破った伯爵だが、ロザリーの捜索が空振りに終わったため、翌日の婚約が結べず、相手の子爵に頭を下げる事になった。

 貴族の婚約だ。昨日までなら親である伯爵のサイン一つで婚約を成立する事ができた。

 ただしそれは仮の婚約であり、成人した娘が婚約の取り消しを申し立てれば取り消す事が出来る。

 親に背くのだ。その場合、貴族籍を外れ家から追放される。

 普通の貴族令嬢なら家のためにそんな事はしないが、あの気性の激しいロザリーならやりかねないと危惧し、家の体面のためにも、婚約は卒業まで待った。

 それが裏目に出た。

 姉が後見人になった以上、無理に婚約させれば、一族の非難が恐ろしい。

 引退している大叔父達が出てきたら、いくら伯爵家の当主とはいえ、領の運営が成り立たなくなる。




 そこでビッスル伯爵は、学院へロザリーの留学を取り消すよう申し出た。

 あれは娘が勝手にやったこと。伯爵家は認めていないと申し立てたのだが、断られた。

 伯爵家の地位をチラつかせ恫喝したら、これ以上学院を馬鹿にするなら、エミリーを除籍すると脅された。

 女性の場合、結婚のため学院の卒業を待たずに退学する事は多い。

 しかし除籍となると話は別だ。学院への入学自体がなかった事になる。

 いくら家を継ぐ娘、ロブとの結婚は決まっているとはいえ、学院を除籍されてしまえばその後の社交に影響がでる。

 ありていにいえば、学院を除籍されるような者には暗黙の了解として社交界への参加が許されない。

 招待状はもちろん届かないし、王宮主催の催しには絶対に参加できない。

 そうなると領地経営にも支障が出る。

 また、学院と揉めていることを、夜会でやんわりと紳士たちに釘を刺され、これ以上は伯爵家の体面に傷が出来ると、伯爵はロザリーの留学を認めざるを得なかった。

 せっかく決めた婚約も流れる事になったが、仕方ない。ロザリーの結婚のために、伯爵家の体面に傷をつける訳にはいかなかった。



 留学期間は二年と聞く。

 二年後、ロザリーは19歳。適齢期には少し遅れるため、初婚の相手は難しいだろう。

 今回のように後妻を探している紳士を対象に縁談を持ち掛け、ロザリーが帰国する二年後には縁談をまとめてしまおうと伯爵は決めた。

 エミリーも来年卒業する。

 彼女の卒業と共にロブとの結婚式が行われるため、ロザリーも一時帰国する。その場でロザリーを見合いさせ、婚約を結んでしまえば留学終了と同時に嫁に出せる。

 その頃には初孫が産まれているかもしれない。

 前向きに気持ちを切り替えた伯爵は、快くロザリーの留学を許してやることにした。




 しかし二年も経たずに、彼の思惑は崩壊するのだった。





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