上 下
4 / 125
喫茶アルカイド

1・甘美な無法4

しおりを挟む


「能力者なのがバレちゃって……あの人は、能力者なんていなくなればいいって思ってる人だったから、すごく殴られて……」
 強い負の感情は核を暴走させる最もよくある原因だ。なんてことをしてくれたんだ、と星音は密かに思った。そんなに能力者が嫌いなら、殴るのではなくてなかったことにしてくれればどれだけよかったか。
「ていうか何であんなクズ……じゃなくてクソ野郎と付き合っちゃったの? だって殴られてたのは前からでしょ?」
「寧々さん、言い直してもあんま変わってないです」
 寧々も案外口が悪い。けれど気持ちはわかる。星音は少女の体に能力で作った包帯を巻きながらその話を聞いた。
「ずっと、誰にも能力があるってバレないように息を潜めて暮らしてて……だから友達なんて全然できなかったんです。でもあの人は、そんな私に声をかけてくれた。可愛いって言ってくれた。……でも、あの人が嫌な人なのはすぐにわかって、殴られて……でも、捨てられるのが怖くて」
「……あの日、ここに来たのは偶然なの?」
 寧々が尋ねると、少女は力なく首を横に振った。確かに、能力者であることを隠していた少女がこの店に近づくのは変な話だ。しかも彼氏の方は能力者嫌いだったというのに。
「ここに、人の能力を奪える能力を持ってる人がいるって噂を聞いて」
「なるほどね。隙を見て相談しようと思ってたってことか。なのにあんな騒ぎになっちゃったと」
 つくづく余計なことをしてくれたものだ。あの男はハルが手を回して傷害罪で逮捕されたらしいが、あの男が星音に足を引っかけるようなことがなければ、その話をすることもできたかもしれないのに。
「でもごめんね。その依頼は、どっちにしろ受けられなかった」
 寧々が言っているのをよそに、由真さんは食器を拭いている。少女と会話をする気はあまりなさそうだった。でもちゃんと、この子を助けたのは由真なのだと言った方がいいのではないかと星音は思った。
「種を壊すのは暴走してどうしようもなくなっちゃった場合の対処なんだ。簡単に使える力じゃないの」
 結果として能力を失うことになったけれど、あのときはどちらにしろ何もできなかったのだ、と寧々は言った。少女はそれで納得したようで、しばらくしてやってきたハルの車に乗せられて家に帰って行った。
 その後は何事もなかったように喫茶店を営業して、閉店時間になったので店じまいをした。けれどその間も星音はずっと気になっていた。だから休憩室で喫茶店の制服を脱ごうとする由真の腕を思いっきり掴んだ。
「……っ、どうしたの?」
「由真さん、どっか怪我してません?」
「してないよ。今日の仕事はそんなに大変じゃなかったし」
「私、こんな力があるので怪我してる人はわかるんですよ」
 由真は星音の言葉を聞くと、深く溜息を吐いた。そして制服のワイシャツのボタンを外し、左腕の内側を星音に見せる。紙で切ったような浅い傷。けれどうっすらと血が滲んでいた。
「……この怪我、もしかして」
「種を壊したあと、どうしてかはわからないけどどっかに傷が付くんだよね。でも今日はあの子が全然抵抗しなかったから凄く浅いけど」
 星音は由真の傷に手を当てた。このくらいの浅い傷なら治すのは一瞬だ。けれど星音が目を閉じた瞬間に、由真は星音の手を振り払った。
「こんなのすぐに治るから。今日は力使いすぎだよ、星音」
「別に家帰ってご飯一杯食べれば大丈夫です」
「……お人好し。いっつもあんな見ず知らずの子供まで助けてるの?」
「え……?」
 由真は星音に触れられないようにするためなのか、私服の黒いパーカーを目にも留まらぬ早さで着た。そして下は細身の黒いズボン。由真の私服姿をこの一ヶ月間あまり見たことがなかった星音だが、その黒ずくめの格好には何故か見覚えがあった。
「私が、ここに来た日のこと……?」
「別に覗き見てたわけじゃないけど……あんな風に言われたりするのに、ほっとけば治るような傷を治してあげる必要はないんじゃない?」
「……目の前に困ってる人がいて、自分にそれをどうにかする力があるのに、何にもしないっていうのは無理です」
 たとえすぐ治るとわかっていても、治りはしないとわかっていても、どうしても手を出してしまう。そのせいで過去に失敗したこともあるけれど、何もしないで後悔することだけは嫌だった。
「それはいいことだと思うけどね。でも、あの子の傷治すのも大変だったでしょ? 結構な痣だったし」
「一週間くらいかけて治すように設定したので、そんなですよ。お腹は空いてるけど」
「それならいいけど。あんまり無理しないでね」
 由真はそう言って、自分のロッカーを閉めた。休憩室に一人残された星音は、誰もいない空間に向かって呟いた。
「どう考えても、一番無理してる人に言われてもな」
 由真は嘘が下手だ。それが今日一日でよくわかった。あの子を助けられなかったことを一番後悔しているのも、能力の代償としての傷があることも、隠そうとしているのだろうがあまり上手く隠せてはいない。本当は星音のことよりも自分のことを気にするべきなのだ。それなのに。
「――どうすればいいんやろうなぁ、緋彩ひさ
 星音は、かつての記憶の中に置いてきた友人の名を呼ぶ。今頃何をしているのだろう。今の星音の生き方を決めた、大切な人。けれどもう会うことはできないのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたは知らなくていいのです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:87,104pt お気に入り:3,793

ちびヨメは氷血の辺境伯に溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:51,279pt お気に入り:5,129

俺、悪役騎士団長に転生する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,155pt お気に入り:2,522

現在、自作にお気に入り付けれる件

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:2

限界社畜は癒されたいだけなのに

BL / 完結 24h.ポイント:2,834pt お気に入り:10

麻雀少女青春奇譚【財前姉妹】~牌戦士シリーズepisode1~

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:70

お隣どうしの桜と海

BL / 連載中 24h.ポイント:420pt お気に入り:14

処理中です...