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青の向こう側

4・罅1

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「――悠子」
 星音の首筋にスタンガンを当てて気絶させたあとで、由真は悠子を呼んだ。普段は悠子を苗字で呼ぶ由真が、下の名前で呼ぶときはどういうときか。悠子はそれを良く知っていた。
「星音をお願い。多分もうそろそろ寧々たちが来るから、診てもらって」
「由真……何があったの?」
「私にもわからない。でも、機動隊が使ってる光線がただの強化版じゃないのは確か」
 悠子は由真の腕を強く掴んだ。悠子も警官の端くれだ。それなりに体を鍛えている。由真が強引に振りほどこうとしてもできないほどの力で、悠子はその動きを止め続けた。
「怒りに身を任せちゃ駄目よ、由真」
「離して」
「駄目。その力は人を傷つけるためのものじゃないでしょ?」
「仲間を殺されかけて我慢しろって言うの!?」
 由真が声を荒げる。その言葉を聞いて悠子が目を見開いた。事態を見守っていた緋彩もその言葉に反応して由真に詰め寄る。
「どういうことですか!? 星音は……星音は大丈夫なんですか!?」
「今すぐどうということはない。でも……この先はわからない」
 機動隊員たちは由真が動かないと見て、その場から引き上げ始めた。その車が全て去って静かになったところで、一台の車が停まり、そこから寧々が降りてくる。
「……遅い」
「しょうがないでしょ? 他の仕事してたのよ……」
 由真は黙って寧々の腕を引く。その手が僅かに震えていることに気がついて、寧々は由真を安心させるようにその手を撫でた。
「……これは」
 由真に無言で促されて星音に目を向けた寧々の表情が陰る。悠子と緋彩は固唾を呑んで寧々の次の言葉を待った。
「普通の特殊光線は種の生命活動を一時的に止めてるけど、これは明らかに違うコンセプトで作られてる」
「違うコンセプト?」
 悠子が尋ねる。彼女も警察の人間のはずだが、おそらく何も知らされてはいないのだろう。
「これは体内で種を割ろうとしてる。壊してしまえば能力を使えなくなるから、どっちにしろ同じだって考えたのかもしれないけど……」
「つまり由真がやってるのと同じってこと?」
「私は出してから壊してる。中で壊しちゃダメなの。……寧々、星音の状態は?」
「由真の方が直接見てるんだから正確だと思うけど」
「……自信が持てなくて」
 俯いた由真に、寧々は柔らかく微笑みかけた。
「星音は種がかなり大きくて余裕があるタイプだから、表面にちょっと傷がついたくらいね。よっぽど無理をしなければ割れるってことはないと思う」
 由真が安堵の溜息を漏らす。けれどその顔は暗いままだった。悠子は由真の肩にそっと手を添える。
「種が体の中で割れるとどうなるの?」
 悠子が寧々に尋ねる。寧々は由真の手を軽く握ってから答えた。
「大体の人は死ぬわね。種って、中に膨大なエネルギーを閉じ込めてあるものなのよ。それが漏れ出してくるのがいわゆる暴走状態。でも暴走が進行しても大体種が割れる前に人間の体の方が耐えられなくなって死んでしまうんだけど、稀にそれを耐え切って、種が割れるまで進行してしまうことがあって……そうなっても大体そこで死んでしまうけど、それでも生きているほど強靭な人間だった場合は、誰よりも強い能力を持つことになる。でもその段階で理性が残ってるほどの人ってのは私の知る限りではいない」
「えーと……要するに、本当は暴走の果てにそうなる現象を、間をすっ飛ばして起こそうとしてるってこと? 死ぬ確率が高いのに?」
「おそらくは。生き残る人が1%に満たないと考えると、99%の能力者を簡単に殺すことができる武器ってことになる」
「いやいやそんな……いくら能力者だからって警察が市民を殺そうとするなんて……!」
「杉山さんは純粋すぎるんだよ……人間は意外に悪意を持ってるもんだよ」
 寧々が言うと、誰もが黙り込んでしまった。人間には悪意がある。そしてここにいる全員が、それを痛いほど実感していた。
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