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蒼き櫻の満開の下

3・美しく鮮烈な光1

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「……どのみちこの状態では、おそらく一週間ともたなかった。種の中身がアズールに全部吸われて、咲いている状態とほぼ同じになっていた。そうなったらもう……長くはない。けど、一週間あったかもしれないものを由真がゼロにしたのも、由真にはそうするしかなかったのも事実」
 救急車やパトカーのサイレンが鳴り響く現場で、寧々が言った。
「仕方のないことだったし、由真の種に関する能力での殺人は今のところ科学的に証明できないから、法律で裁かれることもない。――それでも、あの子が助けられなかった人がもう一人増えてしまったのも事実」
 由真を出すべきではなかったと後悔しても遅い。実際、アズールを引き剥がすことができる由真の介入によって、戦局が寧々たちに有利に傾いたのだ。その点でのハルの判断は間違いなく正しかった。
「由真さん……大丈夫なんですか?」
 黄乃が心配そうに尋ねる。由真は口にしなかったが、黄乃にこの現場を見せてしまったことについても悔やんでいるだろう。黄乃はアルカイドの中では最年少。まだ中学生だ。けれど由真も同じくらいの年齢からずっとそういうものを見続けて生きてきたのだ。
「歩月さんに任せたから……由真、あの人の前ではつらいって言えるから。それに――能力波の波長が合うのよね、あの二人」
 解毒の能力の持ち主だからなのか、歩月の能力波は凛とした、清浄な気配を纏っている。それと由真が持つ純粋さがうまく噛み合っているのだ。自覚はしていないだろうが、由真が歩月によく懐いているのはそういう理由もある。
「事件の処理は任せるわよ、悠子」
「わかってる。それがこっちの仕事だから」
 悠子はそう言うと、無線で連絡を取り始めた。もう中学生が出歩いていていいような時間は過ぎていたから、寧々は悠子の部下である松木を呼び、黄乃を家まで送るように言った。
「――え?」
 悠子のやりとりが終わるのを待っていた寧々は、大きな声を上げた悠子を見て首を傾げた。取り繕うのが苦手な悠子は、何か良くないことが起きるとはっきりと顔に出てしまう。
「何かあったの?」
 悠子は無線を切って、迷いの視線を寧々に向ける。けれどすぐに刑事の目に戻り、震える声を抑えて淡々と告げた。
「……この騒動の首謀者として、二人に逮捕状が出たわ。一人は月島怜士、もう一人は――その娘である月島或果に」
「してやられたわね。私たちは首謀者は月島創一だってわかってるけど、能力を利用した追跡だから証拠として採用はしてもらえない」
 寧々は苛立たしげに舌打ちをする。月島創一が動こうとするときに一番邪魔になるのは、実は同じ能力を持った父親だ。父親を嵌めることで排除を狙ったのだろう。そしてその協力者として、青い桜を作り出した或果の母親と同じ能力を持つ或果を選んだ。
「悪い話はまだあるわ。指名手配がかかってすぐに、警察が月島家と喫茶アルカイドをあたったけれど、そのどちらにも月島或果はいなかったと報告があったわ」
「――あの下衆野郎、それが目的か」
 寧々は憎々しげに吐き捨てる。ハルが由真の投入を決めたとき、一瞬頭をよぎったのはそのことだった。由真が出れば、その間あの場所にいるのは或果だけになる。その間に何かが起きる可能性を考えなかったわけではなかった。けれど由真を出さなければ、まだこの騒動は終結していなかっただろう。特殊光線が効きにくい相手に対して、無能力者である警察にできることは少ない。アズールを引き剥がせる人間はどうしても必要だったのだ。助けられる人数を最大にするためには正しい判断だった。けれど由真に人を殺させてしまったこと、或果を一人にしてしまったことを考えると、これは間違いなく悪手だった。寧々は苛立ちを隠せずに近くのガードレールを思いっきり蹴る。
「寧々……」
「うるっさいわね! いま必死で考えてんのよ!」
 思わず悠子に対して声を荒げてしまう。けれど悠子に何の責任もないことは寧々も理解していた。本当にただの八つ当たりだ。
「或果は十中八九、月島創一のところにいる。あの外道が手放すはずがないのよ。この世に存在しない唯一のものを生み出すことができる能力なんだから……。できるならいますぐ乗り込んでやりたいとこだけど……私らだけで行っても犬死にするだけなのよ」
 アルカイドの攻撃の要は由真だ。最近は黄乃の活躍も増えてはきたが、黄乃の能力は空間支配能力とは相性が悪いのだ。由真に行かせるしかない。けれどあの状態の彼女を戦わせるわけにもいかない。寧々は拳を握り締めた。
「どっちにしろこれは陽動も兼ねてたってことみたいね。……悔しいわね。予想できないほどのことじゃなかった」
「月島創一が屋敷にいるのはわかってる。或果もそこにいるってこと? それならあの家に住む二人に逮捕状が出てるわけだから、家宅捜査とか」
「金持ちの家ってのは大体誰にも見つからない場所があんのよ。警察でそれを見つけられる?」
「見つけられるかどうかじゃない。やるしかないのよ、もう。少なくとも今すぐ由真を動かせるわけじゃないんだから」
「そうね。じゃあそっちは任せる。私は一人、臨時バイトを雇おうかと」
「臨時バイト?」
「視覚を攪乱させるから、目を使う能力とは相性がいいのよ。本当は一般人を巻き込みたくはないけど……今回の件はそもそもあの子が依頼してきたんだし」
 一条純夏。彼女は人間の視覚に働きかけ、幻覚を見せる能力の持ち主だ。そこにいるはずなのに消えているように見えたり、何でもない水滴をナイフに見せかけたり、それ自体には攻撃力がないものの、攻撃の補助としてはかなり有用だ。今回の件でも、見えないところから繰り出される蹴りなどで不意をついた攻撃に成功しているのを何度か見ている。
「一か八かではあるけれど、このまま手をこまねいているよりは」
 寧々はそう言い、悠子の誘導に従って規制線を抜けた。純夏の携帯を鳴らしながら、ハルに車の手配も依頼する。急がなければ。創一は或果の能力を求めている。命を奪うことはないはずだが、その能力を高めて操りやすくするためにアズールを使用する可能性は高い。早く助け出さなければ、取り返しのつかないことになってしまう。寧々は祈るような気持ちで、携帯電話を握り締めた。
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