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第20話:やられたらやり返す

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「今宮君、投球練習を始めて下さい。出来るだけ早く」

「監督……理由を聞いていいですか?」

「緊張の糸と言うのはいつ切れるかわかりませんから。それに松葉君はこの回で100球を超えますから備えあれば患いなしという奴です」

 監督は笑顔で俺にそう言った。その言葉に一応納得して、俺は投球練習場へ向かう。だが視線はエースと4番の戦いから目を離せない。

 北條さんはどっしりとした構えでバッターボックスに立つ。その肉体は完全に高校生離れした鋼の鎧と評するにふさわしい。その威圧、身体から迸る殺気、それが俺のところまで届くのだからマウンドで対峙している松葉先輩にかかるプレッシャーは相当なものだろう。

「松葉先輩、負けないでください」

 俺は呟き、二人の対戦に目をやった。

 松葉先輩たちが初球に選んだのはストレート。内角へ、ぶつける勢いで。コースは悪くない。窮屈な打撃でボールはボテボテのゴロが三塁側のファールゾーンへ。

 二球目。執拗に内角ストレート。今度は内側に入り込みすぎてボール。三球目、アウトコース低めに逃げながら落ちるチェンジアップ。手が出て空振り。追い込んだ。

 1ボール2ストライク。有利なのはバッテリー。だが精神的に追い込まれているのもバッテリーの方だ。

 一打席目はスライダーを痛打された。二打席目はカーブを見極められて四球だった。追い込むために使った変化球はチェンジアップ。

 つまり、投げるボールがない。

「スゥ―――ハァ。スゥ――――ハァ……」

 松葉先輩の目は死んでない。諦めていない。あのプレッシャーに、屈していない。そして、偉大なエースは俺に視線を送った。

―――見てろよ、未来のエース。俺の生き様を―――

 そう、物語っているように感じた。俺は、彼の投球を目に焼き付ける。

 選んだボールはチェンジアップ。松葉先輩の決め球。ストレートと同じ軌道で真ん中低めに理想的な軌道で落ちていく。俺は思わず拳を握る。これなら―――


『北條君、振りぬいたぁあああああぁぁぁぁ! 打球は高々と舞い上がって――――バックスクリーンに突き刺さったぁあぁああぁ!!』


 がっくりと膝に手を置いた松葉先輩。俺は、その姿を見て……涙を堪える。

 天を仰ぎ、息を吐くサウスポー。しかしその目の灯ははまだ消えていない。

「先輩、すいません。まさかチェンジアップを狙われるとは思っていませんでした。俺のサインミスです……すいません」

「馬鹿野郎。顔を上げろ、拓也・・。まだ1点勝ってるんだぞ? ここを抑えればいいだけだ。切り替えていくぞ」

「は、はい。そうですね。切り替えていきましょう! すいませんでした」

 よし、と頼りになる後輩キャッチャーの頭をぽんと叩いた。

 その後、切り替えた松葉先輩は5番打者を無事に抑えてこの回を乗り切った。

 点差は1点差。回は終盤の7回に突入する。

 7回表の先頭バッターは再び悠岐から始まる。

 対戦するのはエースの藤浪。エースと天才の激突が、始まる。


*****


 僕の名前は坂本悠岐さかもとゆうき。これでも一応野球において天才と言われているけれど、僕は僕以上に天才だと思える人間を一人知っている。

「悠岐……相手は藤浪さんだけど、大丈夫か?」

 珍しく、晴斗の奴が心配そうな顔をしながら声をかけてきた。お前にそんな顔は似合わない。そして、お前にそんな顔をさせる奴を、僕は許さない。

「フン。僕を誰だと思っているんだ? 僕は明秀の三番だぞ? 二打席連続本塁打を打っている天才さんだぞ? 相手がエースだろうと……関係ない。打ってやるさ」

「…頼むぞ、悠岐」

「僕に……任せておけ」

 ヘルメットをしっかり被り、僕は打席に立ち、諸悪の根源を睨みつける。不敵な笑みを浮かべる世代最強に僕はバットを向け、くるりと回して構えをとる。

―――お前は、許さない。晴斗に…僕の知る天才に、不安な顔をさせたお前を、絶対に、打つ―――

 ここまで打線はこいつに変わってから三者凡退に抑えられている。そして気付けば1点差、王者の背中がすぐ後ろに迫ってきている。なら、ここでもう一撃打ち込んで差をつける。そして、僕たち・・・と言う存在を甲子園に刻み込んでやる。

 初球は伸びあるストレート。反応してフルスイング。高めの直球に振り遅れてボールはバックネットに突き刺さる。スクリーンに表示された球速は、153キロ。今日最速。球場がどよめく。僕は舌打ちをする。仕留め損ねた。

「あのバカ……」

 二球目。構える。来た。決め球のスライダーが来る。僕はグリップを握る手に力を籠める。


―――いいですか、藤浪って投手は高速スライダーを投げる時に少し強く握る癖があるのでストレートや他の変化球の時と比べてグラブが前に傾くんです。だからそこを見逃さなければ、スライダーかストレートかすぐにわかりますよ―――


 振りかぶり、足を上げて―――鞭のように腕をしならせて投げられたボールは、外角に大きく抜けたかと思っていたら、漫画みたいなギュインと言う音を鳴らしてストライクゾーンに侵入してきた。

 僕は、手が出なかった。

『ストライクツー!』

 追い込まれた。僕は一度打席を外して深呼吸をする。しかし、頭の整理が追い付かない。こんなことは初めてだ。バッターボックスで余裕がなくなるなんてことは今まで経験したことがない。

 改めて構える。マウンドに立つ藤浪は余裕の笑みを浮かべている。クソッ、その顔が腹立つ。

 藤浪が投げたボールは真ん中に来た。失投だ。僕はスタンドに運ぶつもりで狙いを定めてスイングするが、掠ることさえせず、白球は僕のひざ元近くまで曲がっていた。

 高速スライダー。それが最強のエースが投じたボールだった。僕は手も足も出ず、余裕さえ失って三振を喫した。肩を落としてベンチに戻る。

 ドンマイ。ナイススイング。次は打てる。色々言葉をかけられるが僕は聞き流してベンチに腰掛ける。するとポカンと頭を叩かれた。下手人は、晴斗だった。

「お前、何一人で落ち込んでだよ。まだ試合は終わってないぞ?」

「晴斗……だって僕は…お前に…あいつを打つって…」

 またぽかんと殴られた。なぜだ、解せぬ。

「藤浪さんはプロ入り確定の世代最強。簡単に打てると思っている時点で甘く見すぎだ。それと、俺のために打つっていうは嬉しいが、そこは松葉先輩のために打つ、だろう?」

「そうだぞ―悠岐。そこは俺のために打つって言ってほしかったなぁ―」

 ベンチで脱力している松葉さんが棒読みで僕を煽ってくる。クソ、僕はなにを落ち込んでいるんだ。頭をガシガシと掻いて息を吐いた。

「フ、フン。僕は落ち込んでなんていない! 次、もし打順が回ってくることがあれば絶対に打つ!」

「ホント、頼もしい一年生だ」

 ハハハと笑う松葉さん。晴斗も笑っていた。僕もおかげで元気が出た。落ち込んではいられない。うつむくのはまだ早い。

「松葉君、お疲れ様です。今日はよく投げてくれましたね」

「はい、ありがとうございます、監督」

「今宮君、投球準備を。この裏から行ってもらいます。いいですね?」

「―――はい。わかりました。任せて下さい」

 そうこう話しているうちに、4番の城島さんが打ち取られた。晴斗はグラブを手に取ってダグアウトに出る前に、振り向いて、僕の好きな不敵な笑みを浮かべて言った。

「というわけみたいだから、次は頼むぞ、天才?」

「あぁ…あぁ! 僕に任せておけ! でも、向こうの筋肉達磨に打たれるなよ? 絶対、絶対に抑えろよ!」

「…あぁ、任せておけ。それに、松葉先輩の仇もとらないといけないしな!」

 そして、僕のエースは準備を始める。

 ついに、晴斗が登板する。僕の知る唯一の天才が、全国に名を轟かせる。この瞬間に、落ち込んでなどいられない。
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