39 / 44
言いがかり
しおりを挟む
紫音が仕事を終えたのは、8時過ぎ。残業している人もかなり少なくなっていた。
「島田さん、終わりました」
「あー! ありがとう! 助かったよ。俺ももうすぐ終わるから、一緒にご飯でもどう? お礼に奢るから」
「いえ、仕事なので気にしないで下さい。それにまだ週の初めなんで、早く帰らないと。じゃあ、お先に失礼します」
そう言って、紫音は急いで片付けをした。そしてエレベーターに乗ろうと、ボタンを押して待っていると、
「水森さん、ちょっといいですか?」
「……吉田さん。お疲れ様です、何か?」
「お話しがあるんですけど」
厳しい表情でやってきた理央に『何事?』と戸惑いつつも、紫音は頷いた。
「じゃあ、こっち来てもらえますか?」
「え? どこに行くの? ここで話せない事なの?」
紫音がそう答えると、理央は顔をしかめたが、辺りを見回し誰もいないのを確認して、スッと距離を縮めた。
「水森さんのせいで、わたし、大変な事になってるんですけど」
「えっ? なにそれ」
突然の言葉に、戸惑う。
「わたし、何かした?」
「データまとめるの、やってくれなかったじゃないですか。そのせいでわたし、仕事が遅いって思われちゃったし、ずっと残業続きです」
「……はい?」
何の抗議なのか、しばし考える。
「……いやそれ、わたしのせいじゃないよね? あなたの仕事でしょう?」
同期の鈴木から聞いているとは言えないが、そもそも自分で提案した事のはずだ。しかも、必要無いと判断されたのに、自分の意見が正しいと主張した事で。
「わたしがなんで、自分の業務と全く関係ないあなたの仕事をしなきゃいけないわけ?」
「だって水森さん、高卒じゃないですか」
「えっ?」
いきなりそう言われ、ますます混乱する。
「そうだけど? それが何か?」
「高卒なら高卒らしく、雑用をして下さいって事です!」
「はっ? 何言ってるの?」
「そんな事もわからないんですか? 水森さんは高卒で、わたしは大卒です。しかも、一流大学を卒業しているんです。わたしは指示を出す者として会社に採用されているんです。水森さんは、そんなわたし達エリートの手となり足となり、雑用をする為の人員でしょう? 言われた事を黙ってやっていればいいんですよ!」
「…………」
あまりの言い分に、紫音は何も答えられなかった。
勿論、腹も立ったが、自分の常識とかけ離れすぎたその考えに『どうしたらそう思えるんだろう』という疑問と『思っていたとしても、面と向かって言う?』という戸惑で、何も言えなかったのだ。
「水森さんが手伝わないせいで、作業に時間がかかってわたしの評価が下がってしまいました。どうしてくれるんですか?」
「……いや……そう言われても……あの~、自分が言っている事がおかしいって思わない?」
なんだかあまりの身勝手さに、恐くなってくる。
「そりゃあ、会社の方から指示された事ならやるけど、あなたに指示された仕事は、あなたがやるべきだと思わない?」
「だーかーら、わたしは指示を出す人だって言ってるじゃないですか。誰にでもできる仕事をやる人間ではないんです」
「それは違うでしょう。そりゃあ、いい大学を出た優秀な人材だとは思うけど、この会社では、何もちゃんとできていないじゃない。わたしより作業遅いよ? そのくせ、おしゃべりしたり、どっかに行ってなかなか戻ってこなかったり。真剣に取り組んでいなかったよね。いずれは出世してわたしの上司になるかもしれないけど、今はまだ、単なる後輩よ? あなたに命令されるのはおかしいわ」
「いつまでそう言っていられるか、ですね。言っときますけどわたし、副社長ととても仲良くさせてもらっているんです」
「あーそうなの、それは良かったわね。……もういい? わたし、早く帰りたいんだけど」
理央の言葉に全く動揺せず、面倒くさそうに紫音は言った。
『全く……なんなのこの人。腹立たしいけど、これ以上関わらない方が良さそうね、全く話が通じないもの。あーあー、ネネさんが心配……』
「わたしの話、ちゃんと聞いていたんですかっ?」
「聞いてたわよ。わたしは高卒だから、あなたの手となり足となり、命じられた雑用をしてればいいって事でしょう? で、言う事聞かなきゃ副社長に言って、酷い目に遭わせるって? 偉い人に呼び出されて、何か言われるのか、それとも解雇でもされるのかしらね。別に、なんでもいいけど。好きにしたら?」
「っ! 後で泣いて謝ったって、許しませんからね!」
「はいはい。じゃ、お先します」
ため息交じりにそう言いながら、紫音は改めてエレベーターのボタンを押した。
『……くだらない。もう、彼女とは話さないようにしよう。それにこの事で何かされたら、会社辞めよう。こんな馬鹿な事がまかり通る会社なら、しがみついててもいい事ないもんね』
そして、そう思えるのは明弘のおかげだと思う。
『アッキーが一緒に住もうって言ってくれたから、いざとなったらアパート引き払ってお邪魔しちゃえ、って思えるもんね』
そんな事を考えながらエレベーターを待っていると、
「ヒッ!」
後ろにいる理央の小さな悲鳴が聞こえ、どうしたんだろうと振り返ると、
「え? ネネさん?」
そこには、寧々と、長身の男性社員が理央と対峙している姿があった。
「島田さん、終わりました」
「あー! ありがとう! 助かったよ。俺ももうすぐ終わるから、一緒にご飯でもどう? お礼に奢るから」
「いえ、仕事なので気にしないで下さい。それにまだ週の初めなんで、早く帰らないと。じゃあ、お先に失礼します」
そう言って、紫音は急いで片付けをした。そしてエレベーターに乗ろうと、ボタンを押して待っていると、
「水森さん、ちょっといいですか?」
「……吉田さん。お疲れ様です、何か?」
「お話しがあるんですけど」
厳しい表情でやってきた理央に『何事?』と戸惑いつつも、紫音は頷いた。
「じゃあ、こっち来てもらえますか?」
「え? どこに行くの? ここで話せない事なの?」
紫音がそう答えると、理央は顔をしかめたが、辺りを見回し誰もいないのを確認して、スッと距離を縮めた。
「水森さんのせいで、わたし、大変な事になってるんですけど」
「えっ? なにそれ」
突然の言葉に、戸惑う。
「わたし、何かした?」
「データまとめるの、やってくれなかったじゃないですか。そのせいでわたし、仕事が遅いって思われちゃったし、ずっと残業続きです」
「……はい?」
何の抗議なのか、しばし考える。
「……いやそれ、わたしのせいじゃないよね? あなたの仕事でしょう?」
同期の鈴木から聞いているとは言えないが、そもそも自分で提案した事のはずだ。しかも、必要無いと判断されたのに、自分の意見が正しいと主張した事で。
「わたしがなんで、自分の業務と全く関係ないあなたの仕事をしなきゃいけないわけ?」
「だって水森さん、高卒じゃないですか」
「えっ?」
いきなりそう言われ、ますます混乱する。
「そうだけど? それが何か?」
「高卒なら高卒らしく、雑用をして下さいって事です!」
「はっ? 何言ってるの?」
「そんな事もわからないんですか? 水森さんは高卒で、わたしは大卒です。しかも、一流大学を卒業しているんです。わたしは指示を出す者として会社に採用されているんです。水森さんは、そんなわたし達エリートの手となり足となり、雑用をする為の人員でしょう? 言われた事を黙ってやっていればいいんですよ!」
「…………」
あまりの言い分に、紫音は何も答えられなかった。
勿論、腹も立ったが、自分の常識とかけ離れすぎたその考えに『どうしたらそう思えるんだろう』という疑問と『思っていたとしても、面と向かって言う?』という戸惑で、何も言えなかったのだ。
「水森さんが手伝わないせいで、作業に時間がかかってわたしの評価が下がってしまいました。どうしてくれるんですか?」
「……いや……そう言われても……あの~、自分が言っている事がおかしいって思わない?」
なんだかあまりの身勝手さに、恐くなってくる。
「そりゃあ、会社の方から指示された事ならやるけど、あなたに指示された仕事は、あなたがやるべきだと思わない?」
「だーかーら、わたしは指示を出す人だって言ってるじゃないですか。誰にでもできる仕事をやる人間ではないんです」
「それは違うでしょう。そりゃあ、いい大学を出た優秀な人材だとは思うけど、この会社では、何もちゃんとできていないじゃない。わたしより作業遅いよ? そのくせ、おしゃべりしたり、どっかに行ってなかなか戻ってこなかったり。真剣に取り組んでいなかったよね。いずれは出世してわたしの上司になるかもしれないけど、今はまだ、単なる後輩よ? あなたに命令されるのはおかしいわ」
「いつまでそう言っていられるか、ですね。言っときますけどわたし、副社長ととても仲良くさせてもらっているんです」
「あーそうなの、それは良かったわね。……もういい? わたし、早く帰りたいんだけど」
理央の言葉に全く動揺せず、面倒くさそうに紫音は言った。
『全く……なんなのこの人。腹立たしいけど、これ以上関わらない方が良さそうね、全く話が通じないもの。あーあー、ネネさんが心配……』
「わたしの話、ちゃんと聞いていたんですかっ?」
「聞いてたわよ。わたしは高卒だから、あなたの手となり足となり、命じられた雑用をしてればいいって事でしょう? で、言う事聞かなきゃ副社長に言って、酷い目に遭わせるって? 偉い人に呼び出されて、何か言われるのか、それとも解雇でもされるのかしらね。別に、なんでもいいけど。好きにしたら?」
「っ! 後で泣いて謝ったって、許しませんからね!」
「はいはい。じゃ、お先します」
ため息交じりにそう言いながら、紫音は改めてエレベーターのボタンを押した。
『……くだらない。もう、彼女とは話さないようにしよう。それにこの事で何かされたら、会社辞めよう。こんな馬鹿な事がまかり通る会社なら、しがみついててもいい事ないもんね』
そして、そう思えるのは明弘のおかげだと思う。
『アッキーが一緒に住もうって言ってくれたから、いざとなったらアパート引き払ってお邪魔しちゃえ、って思えるもんね』
そんな事を考えながらエレベーターを待っていると、
「ヒッ!」
後ろにいる理央の小さな悲鳴が聞こえ、どうしたんだろうと振り返ると、
「え? ネネさん?」
そこには、寧々と、長身の男性社員が理央と対峙している姿があった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる