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第一章

ここはどこ? わたしは誰?

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 目を開けると、花模様の天井が見えた。
 
(……ここは、どこ?)

 頭だけ動かし、四方を見る。
 
(金色の支柱にレースカーテンみたいな……天蓋付きのベッドってやつ? 猫足の家具、シャンデリア、大きな窓……なに? この宮殿みたいな所……)

 一度目を瞑り、考える。

(……えーと、何があったんだっけ? 今日は普通に会社に行って……でも途中で具合が悪くて早退したんだ。で、病院行って、風邪薬もらってアパートに帰って……ああ……)

 物凄く、嫌な場面を思い出す。

(彼が、女を連れ込んでいたんだ。しかも行為の真っ最中……)

 最近仕事を辞めてアパートに転がり込んで来た、付き合って2年の彼氏。仕事が見つかったら結婚しよう、と言われ『まあ、それなら同棲してもいいか』なんて思っていたが、

(あいつ、わたしがいない間に女連れ込んで! わたしが働いて買ったベッドで他の女とシテるなんて……最低!)

 悔しさで、涙が溢れてくる。

(しかも動揺しすぎて、怒るどころかその場を逃げ出しちゃったんだ。で、アパートの階段踏み外して転げ落ちて……ってことは、ここは病院?)

 再び目を開き、キョロキョロ見回す。

(最近の病院ってこんな部屋もあるの? 特別室? ここしか空いてなくて入れられた? そういう時は病院都合だから、普通の病室との差額は払わなくて良かったよね? そうじゃないと、とんでもない入院費になっちゃう。……はぁ……退院したらまず、ベッドを新しくしよう。引っ越したいけど、そこまでのお金は無いもんね。あいつに請求したいけど、そもそもお金無くなってうちに来たんだし、もう、関わりあいたくないし……)

 そんな事を考えていると、大きな扉が開き、タライのような物を抱えた女性が入って来た。

(看護師さん? くるぶしまである紺のワンピースに白いフリル付きのエプロン……メイドさんみたいな格好してる。世界観を大切にしてるのかな? こんな病院、近くにあったんだ……)

 そう思いながら見ていると、女性はベッドの近くまでやって来て、サイドテーブルにタライを置き、タオルを濡らして絞った。

(身体でも拭いてくれるんだろうか……)

「……あのぅ……」

 声をかけてみると『ヒイッ』と悲鳴を上げる。

「あ、すみません……あの……」
「エリザベートお嬢様っ!」
「……はい?」
「お嬢様! 目を覚まされたのですね! すぐにお医者様を呼んで参ります!」

 そう言うと、その女性は転びそうな勢いで部屋を飛び出して行った。

「……エリザベート……お嬢様? いやいや、わたし、佐藤こはるだし」

 そう呟きながらふと手を上げてみると、大きなレースのついた白い袖口が見えた。

(エリザベートお嬢様、っていうのが着そうなパジャマ、いやネグリジェ? ……というか、わたしの手、随分白くない? やだ、もしかしてずーっと意識が戻らなくて寝たきりだったとか?)

 不安になり、ゆっくり上半身を起こしてみると、なにやら赤いものが視界に入ってくる。

「ん? 何これ……って、髪? 赤?」

 黒いストレートだったロングヘアが、赤いウエーブになっている。

「……ちょっと……ちょっとちょっと! なんなの? 何が起こっているの?」

 部屋を見回すと、ゴテゴテと金色の装飾で縁取られた鏡がかけられているのが見えた。 
 巨大なベッドから降り、フカフカな絨毯の上を裸足で歩く。
 着ているのは、ネグリジェ。しかも、フリッフリの。

(お、お姫様が着るみたいなのなんですけど。で、足も真っ白で、細くって、ちっちゃくて、わたしのじゃないみたいな……痩せたの?)

 途中よろめきながら、どうにか鏡を前にたどり着き、まじまじと映った姿を見る。

「……だ、誰よ、これ……」

 白い肌、深い彫り、赤い髪、そして目じりがキュッと上がった大きな赤い瞳。ちょっと性格がきつそうな美少女がそこにいた。

「う、嘘でしょ? だって、まさかそんな」

 自分が話すのに合わせて、鏡の中の美少女も口を動かしている。

「わ、わたし、エリザベートお嬢様?」

 そう呟くと、とたんに目の前が真っ白になり、こはるは気を失ってしまった。



 ……目が覚めるとそこは再びベッドの上で、白髪、白髭の老人が目の前にいた。この老人がお医者様なのだろう。

「おお! エリザベート様、気が付かれましたか!」

 脈をとり『うんうん』と頷く。

「いいですね、正常です」
「で、でも先生」

 さっきのメイド服の女性が、後ろからおずおずと声をかける。

「お嬢様は倒れていらっしゃいました。どこかがお悪いのではないでしょうか」
「ずっと寝たきりだったせいでしょう。10日も食事をされておりませんし。消化の良い粥やスープ等を少しずつ摂って、身体を慣らしていきましょう」

(……10日も寝たきり……そりゃあ、起きたらびっくりされるわよね。あ、でもそんなに重症だったのなら、こんな言い訳も通用するんじゃ……?)

「……先生、実はわたし、記憶が無いというか……」

 恐る恐る言ってみる。

「ここがどこで、自分が誰なのかも、よくわからないのですが……」
「なんと!」

 慌てた様子で熱を測ったり目の下を指で下げてみたり、鼓動を聞いたり舌を出させたり質問をしたり……色々した末に、医師は『ショックによる記憶喪失でしょう』と結論付けた。

「エリザベート様は10日前の夜、毒物の摂取により一度心臓が止まっておられます。その後、息を吹き返されたのですが、おそらくその影響かと」
「そんな!」

 メイド服の女性が悲鳴のような声で尋ねる。

「お嬢様の記憶は戻るのですか?」
「今の段階ではなんとも……数日で戻ることもあれば、数年、中には一生戻らなかった例も聞きますし」
「そんな!」

 動揺しワナワナと震える彼女を『いやぁ……なんでそんなに……?』と思いつつ見る。

(ええと……茶髪で若い……17、8歳くらい? わたしの事お嬢様って言ってるから、メイドさんなんでしょうね。いい人ねぇ……と、それどころじゃない! 情報を集めなきゃ!)

『んっんっ』と咳ばらいをし、メイドと医師の注意をひく。

「えっと……思い出すかもしれないんで、色々教えてもらえます? そもそもわたしは誰なんでしょう」
「貴女様は、スピネル公爵家のご息女、エリザベート・スピネル令嬢です。そして、このアレキサンドライト王国の王太子、レオンハルト・アレキサンド様の婚約者です」
「へっ?」

 老医師にそう言われ、ピキッ、と固まる。

「な、なんなのそれ……公爵の娘で、王太子の婚約者? それにアレキサンドライト王国? エリザベート・スピネル? アレキサンドライト……レオンハルト……王立クリスタル学園……」
「そうですお嬢様! クリスタル学園は、お嬢様が通ってらっしゃる学園です! 思い出したんですね!」

 嬉しそうなメイドの声を聞きながら、エリザベートは頭を抱えた。

「……嘘でしょ? ここ、『王立クリスタル学園~宝石の煌めきのような恋をして~』の中なわけ?」


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