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第一章

でも一番可愛いのは

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「姉上のお水、本当に美味しいです!」
「そう、良かったわ。ところでアルフォンス、あなたいつもはここで剣術の練習していないでしょう? どうしたの?」
「……姉上が、姉上専用の騎士を連れてきたと聞いたので、どんな奴かと思って見に来たんです」

 アルフォンスの表情が一気にくもる。

「姉上の騎士には僕がなる予定だったのに……姉上をちゃんと守れる力をもっているか、見てやろうと思って……そしたら、獣人じゃないですか!」
「そうよ?」

 パチパチッと瞬きするエリザベート。

「何か問題でも?」
「問題!? ありありです! どうして公爵家の騎士団の中から選ばないのですか? あんな、これまで剣を持った事がなかった弱い奴、護衛にならないじゃないですか!」

 物凄い勢いで反対するアルフォンスに、エリザベートは『うーん?』と、少し首を傾げた。

「アルフォンス、聞いていない? わたくし、毒を盛られて死にかけたの」
「それは聞きました。しかも犯人はまだ捕まってないって。公爵家の恥です! なんとしても犯人を見つけ出さないといけなかったのに、父上はそうはお考えじゃないようで……」
「そうなのよ、調査は終了ですって。だから、元々公爵家にいた騎士団の誰かを護衛として選ぶ事はできなかったの。誰も彼も怪しく見えて『もしかしたら』と思ってしまったから。それで、自分で新しい護衛を用意したのよ」
「でも、なぜ獣人を? よりによって下等で野蛮な獣人だなんて……僕は絶対反対です!」

 その言葉に、少し離れた場所で水を飲んでいたルークが顔を赤くして俯くのが見え、エリザベートは顔を顰め、厳しい口調で言った。

「……アルフォンス、あなた、勘違いしているのではなくて? 獣人は下等で野蛮ですって? このアレキサンドライト王国の発展に、どれだけ獣人が貢献しているか、学んでいないの? 前国王陛下が、獣人に同等の権利を与えている事を、知らないとでもいうの?」
「そっ、それは……」

 今度はアルフォンスが赤くなり、俯く。

「学び、ました……すみません……」

 謝ったのだから今回は大目に見るかと、エリザベートは表情を和らげた。

「……そういう考えの人がいる事は知っています。お父様がそうだという事もね。だからアルフォンス、あなたがそう思ってしまうのは理解しましょう。ただし、今後一切、わたくしの前で獣人を蔑む発言はしないように。もしもしたら……」
「……したら?」

 恐々と顔を見上げているアルフォンスの頭をくしゃりと撫で、エリザベートは言った。

「二度と、お水を出してあげませんからね」
「は、はい! 申し訳ありませんでした、姉上!」

 アルフォンスは勢いよく頭を下げた。

「わかればそれでいいわ。さあ、そろそろお母様の所へ戻りなさい。こんなにお待たせしてしまって」
「はい」

 そう言うと、アルフォンスはルークの方を向き『悪かった』とぶっきらぼうにだが声をかけた。

「偏見でお前の事を悪く言った事、反省している。だけど! 大切な姉上を守るには、まだまだ弱っちいぞ! もっと必死に訓練しろよ! また見にくるからなっ!」
「はい! 必ず」

 ルークが深く頭を下げると、アルフォンスは満足したように頷き、去って行った。

(父親がああだから、獣人に偏見があるのはしょうがないわね。素直にききわけたから、良しとしましょう)

 そんな事を考えていると、ルークが項垂れてやってきた。

「エリザベート様……僕のせいで……申し訳ございません……」

 頭の上の耳が横に倒れて、しょんぼりしているのが一目瞭然だ。

(ウッ……なんて、可愛いの……)

 思わず胸に手を当てて、目を閉じる。そうしなければ、その場にへたりこんでしまいそうな可愛さだ。

「……い、いいのよ、気にしないで」

 動悸を抑えながら、エリザベートはルークを安心させるためにニッコリと微笑んだ。

「貴方が頑張っていることは、訓練を見ていればわかるわ。剣を握った事もなかったのに、みるみるうちに上達しているじゃない。それに、獣人である事を引け目に感じる事はないわ。そりゃあ、偏見を持っている人もいるけれど、貴方の事を知れば考えを改めるはずだわ」

 そうして腕を伸ばし、ルークの頭を撫でてやると、耳は更にペタリと倒れ、嬉しそうに笑った。

(ああ、アルフォンスも可愛いけど、一番可愛いのはルークね。無い尻尾がブンブン振られているのが見えるようだわ)

 柔らかい金色のくせっ毛を、エリザベートは思う存分ワシャワシャと撫でた。


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