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第二章
優しいルチアと冷たいエリザベート
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一生懸命追いかけてきました、といった感じのルチアが、レオンハルトの腕にしがみつき、背の高い彼を見上げて言う。
「レオンハルト様っ、わたし、エリザベート様に謝ってもらうだなんて、そんな事、全然っ!」
「なに言ってるんだ。エリザベートはルチアに嫌がらせをしたんだ、謝らせるのは当然だろう」
「で、でも、わたしが貴族のルールを知らなかったせいだから……」
「ルチア……君はなんてやさ」
「ルチア嬢もこう言っている事ですし、いいですわね?」
『君はなんて優しいんだ』と続くあろうレオンハルトの言葉を遮り、エリザベートはにこやかに微笑んだ。
「まあ、貴族でなくとも、婚約者のいる男性との密会は避けるべき事だと思いますが」
「エリザベート! お前、ルチアが優しいのをいい事に!」
「あっ、あっ、レオンハルト様、いいんです、わたしは! ですからエリザベート様に戻ってきていただきましょう? ねっ?」
「しかしルチア」
「言っておきますが、わたくしは生徒会に戻る気なんてございません」
『いちゃつくのはよそでなさい!』と思いながらも、表はにっこりと笑顔とつくってエリザベートは言った。
「もう何度も申し上げておりますが、生徒会に戻りたいとは思っておりません。もちろん、自分が悪くないのに謝る気もございません。更に言わせてもらうなら、あなた方とは今後一切関りをもちたくありません」
「なんだと!? エリザベート! お前、王太子である俺に対してなんて無礼な事を」
「あら、レオンハルト様、ここは学園ですわ。生徒は皆、身分に関係なく学ぶ場所です」
「…………」
「…………」
二人は、互いを呪うかのように睨み合った。
「……調子に乗るなよ、エリザベート」
「調子になど乗っておりません。……レオンハルト様、なぜ、わたくしをそっとしておいてはくれないのですか。婚約破棄の件は、どうなっているのでしょう」
「あんなの却下だ」
「却下ですって? なぜです!」
「陛下は、婚約破棄の希望はそなたの本意ではないとお考えだからだ」
「そんな!」
冷静でなくては、と思いつつも、思いがけない話に動揺してしまう。
(だから、こんなに時間が経っても婚約破棄できなかったの? もう少し待っていれば、と思っていたのにそんな!)
「王家に対してそんな、本心ではない事を申し上げたり致しません。レオンハルト様からもはっきりとお伝えください! そうでなければ、わたくしが直接お目通り願い」
「お忙しい陛下が、そなたになど時間を割けるか」
「ならばどうしろと仰るのです! これは、王家と公爵家の間できちんと結ばれた契約なのです。レオンハルト様はその契約を破ったのですから、契約破棄を受け入れるべきです。王家にはその責任があるはずです!」
「責任だと? ハッ! そなたのような者と婚約破棄せずにいてやる事に感謝されこそすれ、責任を問われるとはな!」
「婚約の契約書を読んだ事はございますか!? そこにはしてはいけない事がきちんと記されております。それを反故にした責任は」
「王族に責任を取らせると? そなた、気は確かか?」
半笑いで言うレオンハルトに、怒りで身体が震える。
(自分は高貴な身だから、なんでも許されると思っているのね。誰も、王太子である自分に対して権利を主張しないと。確かに、そうかもしれない。でも、わたしは違うわ)
「王となる方が、臣下との約束など守るに値しないと、そう仰るのですか」
『記憶にあるレオンハルトは、もう少しまともだったのに』と、憎さよりも悲しい気持ちが強くなる。
「レオンハルト様、婚約者として貴方様をお慕いし、お力になろうと努力を続けてきた者としてご忠告致します。そのような考えは、今すぐ改めるべきです。今わたくしに言った事は、聞かなかった事に致します。先ほどの発言がどれほど不誠実なものであるか、お考え下さい。王太子として出来る事と、出来るとしてもしてはいけない事があるという事を、お考え下さい」
「なんと……そなたは本当に生意気だな。昔からそうだった。勉強しろだの剣の練習をしろだの、口煩く言ってきて、努力を認めず、ああしろこうしろと……」
「ああしろこうしろと言っていたのは、レオンハルト様もです。『そんなに言うならお前が自分でやればいいだろう』と言われ、わたくしは貴方の代わりに多くの国の言葉や歴史を学び、神語も学び、政治や経済についても学びました。全て、貴方を支える為にです」
「だから感謝しろと? ハッ! 頭が良い事だけがお前の取柄だろう。優しさも可愛げもないお前のような女、それくらい役に立て。ああ、お前にルチアのような優しさと可愛らしさが、ほんの少しでもあったならなぁ」
レオンハルトはルチアの肩を抱き寄せた。
「ルチアは本当に、素晴らしい女性だ。俺の心の痛みに気づいてくれたのは、ルチアだけだ。好きにならない方がおかしいだろう?」
「……それならばなおさら、わたくしとの婚約を破棄するべきでは?」
「フン、言われなくともそうする」
「…………」
話している事が支離滅裂だ。
(これ以上話しても、無駄ね。でも……)
「わたくしは、貴方が賢王となる事を今でも願っております」
これだけは言っておかなければと、エリザベートはレオンハルトを見つめた。
「貴方は、このアレキサンドライト王国を導く王となる方です。貴方には、アレキサンドライト王国の国民に対して責任があるのです。楽な方へ逃げるのは、お止め下さい。その先に道はございません」
レオンハルトと、彼の背中にピタッとくっつき、ひょこっと顔を覗かせているルチアを見る。
「わたくしを生徒会に戻し、面倒な仕事を押し付けようとなさっているのでしょうが、それくらい、自分達で処理して下さい。わたくしは絶対に生徒会には戻りませんし、婚約も破棄していただきます」
「くっ……後悔しても知らないからな! 行こう、ルチア」
レオンハルトは顔を真っ赤にし、そう捨て台詞を言って背を向け去って行った。
「エリザベート様!」
去って行く二人の姿をぼんやりと見つめ続けるエリザベートを支えるように、ルークが両肩を掴んだ。
「……まったく……なんなのかしらね、あの人達は……疲れてしまったわ」
そう呟きながら座り、すっかりぬるくなってしまったティーポットを見て、ため息をつく。
「……だ、大丈夫? リザ……」
激しい二人の言い合いに、恐怖すら感じていたヴィクトリアが声をかけると、エリザベートは眉間にシワを寄せて、彼女を見た。
「……困ったわ、婚約破棄の話、全っ然、進んでないみたい」
「……本当に……困った事になったわね……でもまあ、生徒会には戻らないという事は受け入れられたわよ、きっと」
「そうね、それは良かったわ」
こういう時に心配してくれる人がいるという事に感謝しながら、頷くエリザベートだった。
「レオンハルト様っ、わたし、エリザベート様に謝ってもらうだなんて、そんな事、全然っ!」
「なに言ってるんだ。エリザベートはルチアに嫌がらせをしたんだ、謝らせるのは当然だろう」
「で、でも、わたしが貴族のルールを知らなかったせいだから……」
「ルチア……君はなんてやさ」
「ルチア嬢もこう言っている事ですし、いいですわね?」
『君はなんて優しいんだ』と続くあろうレオンハルトの言葉を遮り、エリザベートはにこやかに微笑んだ。
「まあ、貴族でなくとも、婚約者のいる男性との密会は避けるべき事だと思いますが」
「エリザベート! お前、ルチアが優しいのをいい事に!」
「あっ、あっ、レオンハルト様、いいんです、わたしは! ですからエリザベート様に戻ってきていただきましょう? ねっ?」
「しかしルチア」
「言っておきますが、わたくしは生徒会に戻る気なんてございません」
『いちゃつくのはよそでなさい!』と思いながらも、表はにっこりと笑顔とつくってエリザベートは言った。
「もう何度も申し上げておりますが、生徒会に戻りたいとは思っておりません。もちろん、自分が悪くないのに謝る気もございません。更に言わせてもらうなら、あなた方とは今後一切関りをもちたくありません」
「なんだと!? エリザベート! お前、王太子である俺に対してなんて無礼な事を」
「あら、レオンハルト様、ここは学園ですわ。生徒は皆、身分に関係なく学ぶ場所です」
「…………」
「…………」
二人は、互いを呪うかのように睨み合った。
「……調子に乗るなよ、エリザベート」
「調子になど乗っておりません。……レオンハルト様、なぜ、わたくしをそっとしておいてはくれないのですか。婚約破棄の件は、どうなっているのでしょう」
「あんなの却下だ」
「却下ですって? なぜです!」
「陛下は、婚約破棄の希望はそなたの本意ではないとお考えだからだ」
「そんな!」
冷静でなくては、と思いつつも、思いがけない話に動揺してしまう。
(だから、こんなに時間が経っても婚約破棄できなかったの? もう少し待っていれば、と思っていたのにそんな!)
「王家に対してそんな、本心ではない事を申し上げたり致しません。レオンハルト様からもはっきりとお伝えください! そうでなければ、わたくしが直接お目通り願い」
「お忙しい陛下が、そなたになど時間を割けるか」
「ならばどうしろと仰るのです! これは、王家と公爵家の間できちんと結ばれた契約なのです。レオンハルト様はその契約を破ったのですから、契約破棄を受け入れるべきです。王家にはその責任があるはずです!」
「責任だと? ハッ! そなたのような者と婚約破棄せずにいてやる事に感謝されこそすれ、責任を問われるとはな!」
「婚約の契約書を読んだ事はございますか!? そこにはしてはいけない事がきちんと記されております。それを反故にした責任は」
「王族に責任を取らせると? そなた、気は確かか?」
半笑いで言うレオンハルトに、怒りで身体が震える。
(自分は高貴な身だから、なんでも許されると思っているのね。誰も、王太子である自分に対して権利を主張しないと。確かに、そうかもしれない。でも、わたしは違うわ)
「王となる方が、臣下との約束など守るに値しないと、そう仰るのですか」
『記憶にあるレオンハルトは、もう少しまともだったのに』と、憎さよりも悲しい気持ちが強くなる。
「レオンハルト様、婚約者として貴方様をお慕いし、お力になろうと努力を続けてきた者としてご忠告致します。そのような考えは、今すぐ改めるべきです。今わたくしに言った事は、聞かなかった事に致します。先ほどの発言がどれほど不誠実なものであるか、お考え下さい。王太子として出来る事と、出来るとしてもしてはいけない事があるという事を、お考え下さい」
「なんと……そなたは本当に生意気だな。昔からそうだった。勉強しろだの剣の練習をしろだの、口煩く言ってきて、努力を認めず、ああしろこうしろと……」
「ああしろこうしろと言っていたのは、レオンハルト様もです。『そんなに言うならお前が自分でやればいいだろう』と言われ、わたくしは貴方の代わりに多くの国の言葉や歴史を学び、神語も学び、政治や経済についても学びました。全て、貴方を支える為にです」
「だから感謝しろと? ハッ! 頭が良い事だけがお前の取柄だろう。優しさも可愛げもないお前のような女、それくらい役に立て。ああ、お前にルチアのような優しさと可愛らしさが、ほんの少しでもあったならなぁ」
レオンハルトはルチアの肩を抱き寄せた。
「ルチアは本当に、素晴らしい女性だ。俺の心の痛みに気づいてくれたのは、ルチアだけだ。好きにならない方がおかしいだろう?」
「……それならばなおさら、わたくしとの婚約を破棄するべきでは?」
「フン、言われなくともそうする」
「…………」
話している事が支離滅裂だ。
(これ以上話しても、無駄ね。でも……)
「わたくしは、貴方が賢王となる事を今でも願っております」
これだけは言っておかなければと、エリザベートはレオンハルトを見つめた。
「貴方は、このアレキサンドライト王国を導く王となる方です。貴方には、アレキサンドライト王国の国民に対して責任があるのです。楽な方へ逃げるのは、お止め下さい。その先に道はございません」
レオンハルトと、彼の背中にピタッとくっつき、ひょこっと顔を覗かせているルチアを見る。
「わたくしを生徒会に戻し、面倒な仕事を押し付けようとなさっているのでしょうが、それくらい、自分達で処理して下さい。わたくしは絶対に生徒会には戻りませんし、婚約も破棄していただきます」
「くっ……後悔しても知らないからな! 行こう、ルチア」
レオンハルトは顔を真っ赤にし、そう捨て台詞を言って背を向け去って行った。
「エリザベート様!」
去って行く二人の姿をぼんやりと見つめ続けるエリザベートを支えるように、ルークが両肩を掴んだ。
「……まったく……なんなのかしらね、あの人達は……疲れてしまったわ」
そう呟きながら座り、すっかりぬるくなってしまったティーポットを見て、ため息をつく。
「……だ、大丈夫? リザ……」
激しい二人の言い合いに、恐怖すら感じていたヴィクトリアが声をかけると、エリザベートは眉間にシワを寄せて、彼女を見た。
「……困ったわ、婚約破棄の話、全っ然、進んでないみたい」
「……本当に……困った事になったわね……でもまあ、生徒会には戻らないという事は受け入れられたわよ、きっと」
「そうね、それは良かったわ」
こういう時に心配してくれる人がいるという事に感謝しながら、頷くエリザベートだった。
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