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第四章

惑わされてはいけない 

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 スタスタと前を行くザカリーの後ろを、身長差を埋める為、早歩きで追いかけるリアムとルーク。

「この二名が廊下で騒いでいたから、連れて来た」

 そう言いながらザカリーが生徒会議室の中に入り、リアムとルークも続いたが、


「遅いですわ!」

 生徒会室に入ると、早速ヴィクトリアの文句が飛んできた。

「ごめん、ヴィヴィちゃん。ちょっと色々あって」
「どうせまた、すぐ直すから待ってくれという頼みを聞いていたんだろう。俺の指示だからと言って断れと言っているのに」
「あ、いえ、テオール先輩、まあそれもちょっとはあったんですけど、ルチア嬢に話しかけられてしまって……」
「ルチア嬢に?」
「はい。それでちょっと」

 リアムがテオールに説明している横から、ルークが『すみません』と謝罪する。

「私が最初につかまってしまって……さっさと話を切り上げれば良かったのに、うまくできなくて……リアム様はそれを助けて下さったんです」
「いやぁ……そのつもりだったんだけど、僕もうっかりつかまっちゃって……オニキス先生に助けてもらったんだ」

『失敗しちゃった』というように舌を出したリアムを、ヴィクトリアは『まあっ! リアムったら!』と叱りつけた。

「リアム貴方ねぇ、あんな女、無視してさっさと……失礼、言葉が過ぎましたわ」

 乱暴な言葉を使ってしまったと慌てて口を閉じるヴィクトリアに苦笑しながら、エリザベートはその場を収めようと言った。

「まあまあ、とにかく皆揃ったのだから、お茶にしましょう。オニキス先生も是非どうぞ。卒業パーティーの件で教えていただきたい事もございますし」
「うむ」

 全員席につき、エリザベートの入れた紅茶と、手作りのお菓子を摘まむ。

「なんですのこれは! 貴女また、新しいお菓子を作ったのね! ……美味しい! もう本っ当に、リザ! 貴女絶対、お菓子魔法の力を持っているでしょう!」
「お菓子魔法って……」

 ヴィクトリアの言葉に笑うエリザベートに、クリスティーナは首を振る。

「いいえリザ様、わたしもヴィヴィ様と同意見です。一般に知られていない魔法系統があるのではないでしょうか。お兄様はどう思われますか?」
「……火、水、風、土、癒、以外の魔法もあると思う」
「! やっぱり!」
「しかし、菓子魔法などというものは無いだろう」
「ええぇぇ……」

 ピシャリと言われて項垂れるクリスティーナ。

「でも……それではどうして、リザ様はこんなに次々と美味しいお菓子を思いつくのでしょう……ところでこれは、一体なんなのでしょうか……」
「これは、パイよ。サクサクの生地の中に色々な物を入れるのだけれど、今回はベリーを甘く煮た物を入れてみたわ」
「こんなにサクサクしていて積み重なっている食べ物なんて、初めてだわ。どうなっているの? これ」
「簡単に言えば、バターと小麦粉を練った生地を何枚にも重ねているのよ」
「……なにを言っているのかわからないけれど、美味しいわ」

(うーん、ヴィヴィは全く料理しないからピンとこないのかもしれないわね。でも、しょっぱい物を入れたりして食事系にする事もできるのに、パイ生地はなかったのね)

「エリザベート先輩、これ、売り出しませんか? ぜひうちの商会で扱わせて下さい!」
「今のところ、その予定は無いわ」
「えー、お願いします、どうかご検討を!」

 そんな会話をしながら、和やかなお茶の時間を楽しんでいたが、

「ところで、彼女には何を言われたの?」
 
 ヴィクトリアが、リアムに尋ねる。

「え? いや……別にたいした事じゃあないけど……」
「あら、たいした事でないのなら、教えてくれてもいいじゃない」
「えー? んー……なんだっだかなぁ……」
「忘れるわけないでしょう? そうやって誤魔化されると気になるわ! ねえ、リザも気になるでしょう? ルークが何を言われたのか」
「え? えーと……」

 話を振られてルークを見ると、困ったように視線をそらされた。

(言いたくなさそうね。じゃあ)

「別に、気にならないわ」

 澄ました顔でそう答える。

「えー? そんなぁ。わたくしは気になるわ!」
「だって、聞いてもきっと、気分のいいものじゃないわよ」
「だから気になるんですっ! リアム!」
「ええ~」

 ヴィクトリアは困った顔のリアムに詰め寄ったが、

「本当に、聞いて気分のいいものじゃないと思うよ。自分を良く見せる為に他人を貶める。彼女、そういう事ばかり言ってるから」
「そうだな。まあ、それを真実だと思ってしまっていた我々が情けない、というのもあるが」

 エドワードとテオールが会話に加わる。

「それなら増々気になりますわ! だって、リアムも騙されているかもしれないじゃない!」
「騙されてないよー、本当に!」
「……それほど気になるのであれば、聞かせてやればいいだろう」
「ええっ?」

 ザカリーが冷静にそう言い、リアムが驚いて声を上げた。

「あ、すみません、大声出しちゃって……オニキス先生が、そう仰るとは思わなくて……くだらない嘘なんて放っておけ、とか言うかと……」
「確かに、前はそう思っていたが、相手が気になっているのであれば言って安心させてやるのも大切だと思うようになってな」
「ああ、そっか……そう言われると確かにそうですね……うん。ヴィヴィちゃんが、そっちの方が安心するのであれば」

 リアムは、ヴィクトリアの方にしっかりと身体を向けて言った。

「彼女、僕の事心配してるって言ったんだ。ヴィヴィちゃんは、兄上が思い通りにならないから、なんでもいう事を聞いてくれる僕に乗り換えたんだ、って。で、兄上も可哀そうだって言った。悪者扱いされて、一方的に婚約破棄されて。それに僕と兄上が、ヴィヴィちゃんのせいで仲が悪くなったって。自分ならそんな事しないって」
「まあっ!」

 ヴィクトリアの顔が、赤く染まっていく。が、

「でもそんなの、全く違うってわかってるし。というか、僕、ヴィヴィちゃんが兄上に対しては我が儘言わなかったの知ってるから。兄上の前ではおしとやかなふりして猫かぶってたから、兄上の方こそ、ヴィヴィちゃんは自分の言う事を何でも聞くと思ってたよね。だから、ルチア嬢が言った事はぜーんぶ嘘だってわかってるから安心して!」

「あ、安心……ええ、そうね、わかったわ。わかったけど! そんな、オリバー様の前でだけ、おしとやかな振りしていたとか猫かぶってたとか、そういう事をこの場で言うなんてっ!」

 さっきまで怒りで赤くなっていたヴィクトリアだが、今は恥ずかしさで真っ赤になっている。しかし、リアムは『いいじゃない! そんなの』と平然としている。

「僕はそういうの知ったうえで、ヴィヴィちゃんの事をずーっと前から好きなんだから」
「ま、まあ、確かにそうだけれど……でもっ……もうっ、知りませんわ!」
「えーっ? ヴィヴィちゃんが知りたいって言ったから話したのにー!」

 そんな事をワーワー言い合っている二人を見て笑っていると、

「あのぅ……エリザベート様……」

 ルークがおずおずと声をかけてきた。

「エリザベート様も、お知りになりたいですか?」
「わたくし? んー、そうねぇ……別に、気にならないわ。でももし、ルークが彼女に言われて気になった事があるなら、答えるけれど?」
「ルークさん、小さな事でも、言われて落ち込んだ事とか悲しくなった事とか、リザ様に関わる事があったら聞いた方がいいですよ。わたしもお兄様の事で、彼女の嘘を信じ込んで大変な事になるところでしたから。ちゃんと本人に確認した方がいいです!」

 クリスティーナがそう言いい、ザカリーも頷くが、

「いえ、私は彼女が言った事を信じていません」

 ルークはきっぱりと言った。

「傷つく事もありませんでしたので、ご安心下さい、エリザベート様」
「そう? それならば、いいのだけれど」
「はい!」
「……では、そろそろ仕事の話をしようか。何か、聞きたい事があったのだろう?」
「あ、はい。パーティーの時の警備についてなのですが、今回は兄上がいらっしゃるので、国王陛下と妃殿下が参加し、それ目当てでいつもは参加しない貴族達も大勢参加すると思うので、例年より強化した方がいいのかと……どう思われますか?」
「なるほど……一度、王室と打ち合わせをした方が良いかもしれないな」

 そんな真面目な話が始まり、皆、姿勢を正して話し合いに参加する中、

(……今更だけど……ルチアが何を言ったのか、気になって来てしまったわ)

 真剣な顔をしつつ、心の中でそう思うエリザベートだった。 

  
 

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