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第四章

わたくし、聞きましたから   ☆不快強め 読み飛ばし可

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☆ 不快強めの回です。申し訳ございません。読み飛ばし可、ダイジェストで確認できます。



「何訳の分からない事言ってるんだ!」
「あらあら、本当に憶えてらっしゃらないのですか? まあ、別に憶えていなくてもかまいませんわ。今ここで、皆様にレオンハルト様のお考えを仰っていただければそれで」
「はっ? 一体何を言えと?」
「ですから、わたくしと子を授かるような行為をするつもりはないという事です」
「はっ? さっきから一体何を」
「ああ、違いますわね。わたくしと、というよりも、ルチア嬢としかしない、と仰ってましたわね」
「何を言って……なに……は? 俺はそんな事……」

 レオンハルトの目が泳ぐ。

「そなた、何を言って……」
「戸惑っていらっしゃいますね。面と向かって言った覚えはないけれども、覚えのある感情、そして、言葉だからでしょうか? 思い出せないのであれば、教えて差し上げますわ」

 毒に倒れたあの日。学園で知ってしまった事実。とてもショックな事で『どうせ婚約は破棄だし、忘れよう』と思ってきた事を、口にする。

「わたくし、聞きましたの。生徒会準備室でルチア嬢とそういう行為をしている時に、愛を囁いていたではありませんか。自分がこういう事をしたいと思うのはルチアだけだ、と。可愛げのないエリザベートはもちろんの事、他の誰ともするつもりはない、ルチアだけだと約束しよう、と仰ってましたわ。約束は、守ってさしあげないと。ねえ」
「なっ……」

 目を見開き、拳を握ってブルブルと震えるレオンハルト。そんなレオンハルトの背中に隠れるようにしながらも、奥歯を噛みしめてエリザベートを睨んでいるルチア。

「レオンハルト! どういう事だ!」

 国王はバンッと大きな音を立てて机を叩き、王妃は息をのんで口元を手で覆った。
 重臣達は皆、口を開けてポカンとしていたが、スピネル公爵は目を大きく開いてエリザベートを見ている。

(娘の口から、こういう事を聞くとは思っていなかったでしょうね。わたしだって、この事を公表しようとは思っていなかった。一緒に目撃してしまったエドワードとテオールと、無かった事にしよう、と決めた。元のエリザベートは、どんな事をされてもレオンハルトを許すしかないと思っていたし、エドワードとテオールもそう。王となるレオンハルトには従うしかないと思っていた。でも昨日、二人の考えが変わった事を聞いたし、このように侮られたままでは、この沼からは抜け出せない! わたしはもう、別の道を選択し、歩いているのよ!)

「……この事は胸にしまっておこうと思っていたのですが……自分を守る為に申し上げます。レオンハルト様とルチア嬢は、既に情交を結んでいらっしゃいます。レオンハルト様はルチア嬢にだけ欲情するとの事ですから、結婚したとしてもわたくしに子は授からないでしょう。三年、子が授からなければ、離縁されても文句は言えない風潮ですもの、なんやかんやと文句をつけられ、評判を落とされ、城を追い出される事でしょう。そうしてその後に、最愛のルチア嬢を迎え入れる計画ですか? その頃には、今回の事件の記憶も薄くなり、情報操作によりわたくしが再び悪者にされているかもしれませんわね」
「いや、待って下さい、令嬢」

 重臣の一人が声を上げた。

「それは、スピネル公爵令嬢の見間違いだったのでは?」
「そ、そうですよ。若気の至りで、つい抱き合ってしまっただとか、口づけを交わしてしまっただとか……そういう場面だったのでしょう」
「そりゃあ、婚約者からすると気分を害する事ではありますが、その程度の事で目くじらを立てずとも良いではありませんか」
「思い出して下さい? お二人はどのようにされていましたか?」

 そう問われ、エリザベートはちょっと首を傾げて考えてから、口を開いた。

「準備室のソファーの上でスカートをたくし上げ、下着は片方の足首に引っかかっていて、レオンハルト様の身体はルチア嬢の左右に開かれた足の間にありましたが?」

(わたしが恥ずかしがって、具体的な事は言えないと思ったのでしょうが、おあいにくさま。20代半ばまでの記憶があるのよ。言うわよ、これくらい)

 淡々と言うと、尋ねた重臣の方が真っ赤になり叫んだ。

「エリザベート嬢! なんとはしたない事を恥ずかしげもなく言うのです! 未婚の女性がそのような事を口にするとは!」
「わたくしはただ、見た事を言っただけですわ。はしたなくて恥ずかしいのは、その行為をしていた方々の方ではないのですか?」
「し、しかし言って良い事と悪い事が」
「あら、どのようにしていたかと尋ねられたから答えたのに。一体どうすればいいのでしょうか」
「ううっ……」

 言葉に詰まる重臣達に、エリザベートはため息をついた。

「わたくしは言うつもりがなかったと、先ほど申しましたよね。皆様が面倒事を押し付けようとしてくるので、仕方がなくお話ししているのです。……もう、解放していただけませんでしょうか? 王家とのつながりができて羨ましいと言いながら、ご自身の身内は王太子妃候補にするつもりはないのでしょう?」

 その言葉に、気まずそうに目線を逸らす重臣達。

(……勝手なものね)

 ため息をつき、エリザベートはレオンハルトを見た。

「レオンハルト様、ここは王太子らしく、責任を持って、はっきりとご自身の口で仰って下さいませんか? 自分は婚約中から他の女性に愛を誓い、その女性と関係をもっていた、と。だからエリザベート・スピネルを婚約者に戻す事などありえない。エリザベート・スピネルには、俺の子は産ませない、と」
「黙れエリザベート! 陛下! 嘘です! エリザベートは嘘をついています! 私はそのような事はしておりません! このような場で、恥ずかしげもなくこんな話をするなど、エリザベートは正気とは思えません! こんな、こんな事……ルチアに対しても大きな侮辱だ!」
「……レオンハルト、そなたは何も間違いは犯していないというのだな?」
「はい、陛下」
「ローズ男爵令嬢はどうだ」
「わ、わたしも、そんな事しておりません!」

 そう言うと、ルチアはキッとエリザベートを睨んだ。

「エリザベート様、酷いです! いくらわたしの事が嫌いだからと言ってこんな嘘を言うだなんて! 酷すぎます!」
「二人はこう言っておるが、スピネル公爵令嬢、どうだ?」
「……確かに、わたくしの所から見えたのはレオンハルト様の背中ですから、いくら下着を下ろしていようが、足を開いていようが、行為に及んでいたと断言する事はできません」
「ほらなっ! エリザベート、お前の言葉など」
「ですが、そのような状態で、何もしていなかったと言い張るのもどうかと思いますが」
「いや! そもそもそんな事していない! お前の妄想だろう!」
「そうです! わたし、生徒会準備室になんて」
「あら、そこからしらばっくれるつもりですか? あんな場所でわざわざ行為に及んでいたという事は、わたくしに見せつけたかったからかと思いましたが……違うのでしょうか。言っておきますが、その場面に出くわしてしまったのは、わたくしだけではございませんからね」
「……は?」
「生徒会の仕事をしようと、一緒に生徒会室にやってきて、なにやら物音がする準備室の方を覗いたのは、わたくし一人ではない、という事です」
「だ、れが……」

 二人は明らかに動揺し、青ざめている。
 誰と一緒だったのかは言わず、エリザベートは話を続けた。

「そろそろ、認める気になりましたか? ねえ、ルチア嬢? 貴女はわたくしに、レオンハルト様に愛されているのは自分だと、見せつけたかったのでしょう?」
「そんな……わたし、何もしていない……そんな嘘で、わたしの事を貶めようとするなんて」
「あらあら、まだそんな事を仰るの? あの時貴女、わたくしを見て笑ったじゃない」
「っ!」
「!?」
 
 ルチアが息をのみ、それに気づいたレオンハルトが胸に抱いたルチアを見た。

「貴女、わたくしを見て、とても愉快そうに笑ったじゃない。そして『レオンハルト様には婚約者がいるのに、どうしよう』とか『駄目だとわかっていても、もう離れる事なんてできません、愛しています』とか、ペラペラ言い出したじゃない。それに対してレオンハルト様は『ルチアだけを愛している。エリザベートなんて、勝手に決められた婚約者で、愛した事など一度もない。あの女はどうしても妃に迎えなければならないだろうが、俺が愛するのはルチアだけだ』と仰ってましたわね。その後は、わざとらしく声を上げ、気持ちいいだの、愛しているだの、もっとだの」
「嘘よっ! わたしっ、笑ってなんかいないっ! 貴女が見てるなんて気づいてなかった!」

 キンキン声で叫ぶルチア。その声が響き、頭が痛くなる。
 思わずこめかみを押さえながらも、エリザベートはルチアに語りかけた。

「それこそ、嘘でしょう? 呆然とするわたくしに見せつけるようにしていたくせに。ねえ、レオンハルト様、貴方は不思議に思いませんでした? 貴方の可愛い『ピンク・ロビン』が、今日はやけに囀るな、と」

 ギョッとしたように、ルチアを見るレオンハルト。

「……ルチア、どういう事だ」
「知りません! わたし何も知りません!」
「エリザベートが見ているのを知ってて、わざとあんな事を言ったのか!」
「違います! わたしは気づきませんでした!」

 ブンブン頭を振って叫ぶルチアに、怒鳴るレオンハルト。

(ああ……そんなに大騒ぎするなら、あんな所でやらなきゃいいのに……とにかく)

「お二人とも、認めたようですし……これで、おわかりいただけましたでしょうか。このような裏切りを受けているのに、もう一度婚約者になれとは、あまりにも酷なお話です。謹んで、お断りいたします」

 さすがにその言葉に反論する者はいなかった。



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