恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう

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本編

第二十四話 ナニは風邪ひかない?

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 自分の父親が死んだんだからもう少し悲しそうな顔をしなくちゃいけないのかな……なんて、葬儀場となった片倉家の菩提寺で、お手洗いにある鏡に映った自分の顔を見て思った。

 正直言ってお葬式にも出るつもりはなかったんだけど、筋を通しておいた方が後々後悔しなくても済むだろうと重光先生の秘書である杉下さんに言われたので、今日は親族としてではなく一般の弔問客に紛れて訪れている。

 重光先生と信吾さんは、私はもう片倉の人間じゃないんだから出る必要は無いとか言い張ったんだけれど、そういう問題じゃありませんって杉下さん一喝されて黙ってしまったのよね。たまに先生と杉下さんの立場が逆転している時があるように思えるのは気のせいかな。そんな訳で来てはいるけどあちらの家の人とは顔を合わせていない。

 そして留置されていたとは言え、そこは腐っても鯛と言うか国会議員と言うかお葬式には多くの支持者や地元の人が訪れている。そこが良く分かんないんだよね、どんなに悪いことをしても支持する人がいるっていうのが。

 まあ来ている人達も筋を通すって言う意味合いもあって顔を出しているのかもしれないけどさ。それと弔問客の中には法務省の人とか警察庁の人も紛れていてそれとなくやってくる人のチェックをしているみたい。お父さんが死んだからって何もかもが中断というわけでもないらしい。

 そして喪主は離婚届を突きつけたはずの奥さんだ。

 ハンカチで時折、目頭や鼻を押さえたりして涙を堪えているように見えるけど、それも本心からなのかは分からない。だって離婚して欲しいってお父さんに言ったばかりの人だよ? 莫大な養育費を請求したとか朝のワイドショーで言ってた。当然の権利とは言え、その額に実家が病院でそんなに困ることもないのにねって話だった。横の椅子に座って足をプラプラさせていたのが私の腹違いの弟。あんな顔してたんだあ……久し振りに見たので忘れちゃってたよ。ほんと、私にとってはあそこに座っている人達は他人も同然だなんだなあって改めて実感した。

「本当に悲しんでいる人っているのかな……」

 中にはホッとしている人もいるのかもって考えて頭をプルプルと振った。ちょっと意地悪に考え過ぎ。

「奈緒?」

 外のドアを軽く叩く音がして信吾さんの声がする。ここに来てからずっと私にはりついているんだよね、信吾さん。

 マスコミに嗅ぎつけられないようにっていうのと片倉の親族に見つかって騒ぎにならないようにっていう用心らしくて、同じように葬儀会場に来ている重光先生とも目立つからという理由で話もしていない。どちらかと言えば重光先生は自分が目立って囮になってくれている気さえするよ。私ってどんだけ重要人物なんだかっておかしくなっちゃう。

「お待たせ」
「大丈夫か?」
「うん、平気」

 信吾さんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「前にも言ったでしょ? 何処か他人事なんだって。私ってばちょっと薄情だよね」

 信吾さんに凭れかかりながら呟いた。

「そろそろ帰るか。出棺まで残る必要もないだろう」
「……うん。なんだか疲れちゃった」

 お寺の駐車場とは少し離れた場所に車を止めていたのでそこまで歩いていくことにする。敷地内には報道陣も立ち入り禁止となっているので静かなものだけど、外に出ればいつカメラに捕まるか分からないので急いで行かなくちゃ。そこへ杉下さんがそっと近づいてきた。

「今なら裏は報道関係者はいません。ちょうど片倉先生が所属していた党の代表がお見えになったので皆そちらに」
「ありがとうございます」
「いえ。そのうち弁護士との話し合いがありますので、奈緒さん、夏休みは少し予定を入れるのは待ってもらえますか?」
「分かりました」

 では、と杉下さんが足早に離れていく。なんだかとっても忙しそう。

「秘書さんって大変な仕事だね。先生のスケジュール調整だけしていれば良いんだとばかり思ってたよ」
「もう一人二人、秘書を増員した方がよさそうだな、重光さんは」
「私設秘書を雇う事情が少し分かった気がする」

 杉下さんの後ろ姿を見送ると車を止めてある場所へと向かった。

「ね、家に着くまで寝てて良い?」
「ああ。少し熱があるんじゃないか? ちょっと赤いぞ」

 頬に信吾さんの手の甲が触れた。冷たくて気持ちいい。

「そうかな……言われてみればちょっと体がだるいかもしれない」
「とにかく寝てろ」
「うん」

 助手席に座ってシートベルトを締めると、少しだけシートを倒した。


+++++


 目が覚めたらベッドの中だった。喪服は脱がされていて信吾さんのTシャツが着せられている。服を着替えさせてもらったの全然気がつかなかったよ。

「信吾さん?」

 ベッドから降りて部屋を出る。リビング電気は消えてるし空気の入れ替えの為か窓が少し開けてあるだけで誰もいないみたい。信吾さん何処行っちゃったのかな? お腹にかけられていたタオルケットをずるずると引き摺りながらリビングにいくとソファに座った。

 コロンと寝っ転がってテレビのリモコンに手を伸ばす。テレビをつければワイドショーではお父さんのお葬式のことと、これからの政党人事がどうなるのかって話をしていた。昨日までは散々責めまくるような口調が急にトーンダウンしてるのが凄く滑稽。

「なにが惜しい政治家でしたーなんだか」

 ベェーってテレビ画面に舌を出していたら玄関で鍵の開く音がした。足音は先ず寝室の方へと向かってからこちらにやってくる。

「お帰りー」
「起きてたのか。そんな恰好で風邪が酷くなったらどうするんだ」
「タオルケットにくるまってるから大丈夫だよ。何、買ってきたの?」
「風邪薬とその他諸々。薬を飲む前に何か食べた方が良いと思ってプリン買ってきた、食うか?」
「うん」

 プリンをテーブルに置いてくれた信吾さんが私からリモコンを取り上げるとテレビを消してしまった。

「あ、見てたのに……」
「わざわざ気分が沈むような話題を見なくても良いだろ? さっきまでその会場にも行ってたんだし」
「そりゃそうだけど……」

 引き出しから体温計を出してきて私に押し付ける。

「熱はかって、プリン食って、薬飲んで、寝ろ」
「えー……」
「えーじゃない」

 それでも言われた通りに体温計を脇に挟む。ここで逆らったてどうせ勝てやしないんだもん、今は大人しく従っておいた方がお互いの為だよね。

「ねえ、信吾さん」
「んー?」
「もし、相続するものがまだあったら放棄した方が良いよね?」

 キッチンで食器棚からコップを出そうとしていた信吾さんはこっちに背中を向けたまま首を傾げる。

「奈緒にも権利はあるんだから欲しければ貰っておけば良いんじゃないのか? どうして?」
「ほら、受け取った分を選挙区の何処かに寄附するっていう手もあるでしょ? 手続きが面倒臭いけど、お父さんを支えてくれていたのは地元の人達なんだし、少しぐらい何かお礼した方が良いのかなって」
「なるほど……」

 風邪薬とお水の入ったコップをテーブルに置くと私の隣に座った。

「マンションを売ったお金とお父さんから渡された手つかずのお金もそうしようかなって思ってるんだ」
「ああ、あれもあるんだな」
「うん。多分、生前分与になってるんじゃないかって前に会った時に弁護士の先生が言ってた。もう奈緒さんのモノだから好きにしても良いですよだって」
「金を持つというのも面倒なものだな」
「だよねえ……」

 信吾さんって実際のところ私が幾ら持っているかなんて全く興味が無いんだよね。結婚してからもこれで毎月の生活をまかなってくださいってお給料が振り込まれる口座の通帳ごと私に渡してくれたし。

 その時は信吾さんの毎月のお小遣いはどうするの?って話になっちゃって、それは心配ないって言ってた。それってどういうことなんだろう。私の学費はお母さんが残してくれたものから出しているってのは知ってるみたいで、奈緒のものは奈緒が好きに使えってスタンスみたい。でも一応、お小遣いの相場ってのを調べて、信吾さん用の貯金箱は用意してみたんだ。れいの茶色くて四角いどーもーっていうキャラのを偶然に見つけたから。それを見てどうしてこれなんだ?って複雑な顔してたけどね。

「あんないっぱいお金持ってたって使い道がないよ……信吾さん、何か欲しいものある?」
「……いや、俺が欲しいものは国家予算のレベルだから」
「え……さすがにそれは無理」

 一体なにが欲しいんだろ?と思いつつ怖くて聞けない。

「だったら寄附するのが一番だろうな。それが一番誰からも文句が言われない処分方法だと思う」
「ほんと面倒臭いね、こういうのってさ」

 プリンは半分しか食べられなくて、あとはまた後でと言いつつ薬を飲んだ。熱は37度5分、そんなに高いわけじゃないけど微熱ってほどでもない。体がだるいのはそのせいだったのか。

「あ、そだ。私、しばらく和室の方で寝るよ。信吾さんに風邪をうつしたら大変だし」
「何言ってる、俺はこの程度で」
「信吾さんが大丈夫でも、貴方を経由して他の隊員さんにうつったらイヤなの」
「……」

 あ、もしかして言い負かせたかも。初勝利? なるほど、信吾さんを言い負かすには隊員さんを引き合いに出せば良いのか。いいこと発見できた♪

「だから、あっちにお布団、きゃっ」

 ソファから抱き上げられると寝室へと連れて行かれた。もしかして実力行使?

「信吾さんっ」
「だったら俺があっちで寝る。奈緒はこっちで寝ろ。その方がいいだろ」

 ベッドの上に寝かされてお布団をかぶせられた。

「でも信吾さん、大きいからこっちの方が楽だと思うよ?」
「そんなこと気にするな。奈緒が一日でも早く治してくれればまたここで眠れるんだから」
「そりゃそうなんだけど……」
「久し振りにお互い寂しい一人寝だな」

 そう言えばそうかも。そう考えるとちょっと寂しいかな。

「早く治せよ?」
「うん。あ、それと今日の夕飯なんだけど」
「心配するな。何年、一人暮らしをしていたと思ってるんだ? そんじょそこらの主婦にだって負けないだけの腕はあるぞ?」
「そうなの?」

 そう言えば私、信吾さんがちゃんとしたご飯作っているところ見たことないなあ。一度ぐらい見たいかも。

「今度、何か作ってくれる?」
「そうだな、おっさんの手料理で良ければいつでもどうぞ?」
「あのね、カレーが食べたい」
「はあ? なんでカレーなんだよ、せっかく頼むなら何かもっと、こう、違うものがあるだろ……」

 呆れたように笑うけど一人暮らししているとカレーとかおでんとかなかなか出来ないんだよ? そりゃ今はレトルトがあるけどさ、ちゃんと作ったカレーを食べたいなあ……。あ、これって海自の人に頼むべきもの? 確か海軍カレーとか言うよね?

「陸自の人はカレーはダメ? カレーは海自の十八番ですって言っちゃう?」
「そんなことは無いが、カレーねえ……」
「もっと違うものが良かった? えっとシチューとか水炊きとか」
「どれも鍋関係じゃないか」
「だってぇ……」
「分かった分かった。カレーな」
「うん」

 しばらくベッドに座って頭を撫でてくれてて、それが凄く心地よくて気がついたら眠ってしまっていた。

 そして体調が悪い時って変な夢を見ることが多いって言うけど、私が見た夢もそんな感じだった。目が覚めたら前のマンションの相変わらず何も無い部屋。なーんだ、さっきまでのが夢だったのかあ、凄く幸せな夢だったんだけどなあ……ってガッカリしちゃって、凄く悲しくなっちゃう、そんな夢。

 結構生々しくて一瞬どっちが夢か現実か分からなくなって不安になる。ベッドから下りて部屋から出た。今、何時だろう? ご飯いらないって信吾さんにいったような気はするんだけれど……。

 部屋を出てリビングの方へ行くとなんとなくお出汁の匂いが漂っている。これってきっと信吾さんが何か作った時のものだよね。何を作ったのかな? そんなことを考えながら和室を覗く。……あれ? お布団あるのに信吾さんいない。何で? もしかしてトイレ? 電気はついてなかった気がするけど。首を傾げた直後、後ろから腕が回されてきて口を塞がれた。

「?!」
「何を夜中にこそこそ動き回ってるんだ、泥棒かと思ったぞ」

 耳元で囁かれてへなへなとその場にへたり込んでしまった。回されていた手が緩んだので振り返って抱きつく。もうっ、気配消して近付くなんて酷いよ。心臓が飛び出るかと思っちゃったよ!

「も~、びっくりしたじゃない!」
「それはこっちのセリフだ。こんな夜中に何でうろうろしてるんだ?」
「……」

 まさか見た夢のせいで不安になったからだなんて言えなくて、とにかく抱きついた腕に力をこめた。信吾さんは私の頭を撫でるとそのまま抱き上げて寝室へと向かう。

「もしかして怖い夢でも見たか?」
「んー……」

 布団の中に私を押し込めながら尋ねてきたので曖昧な返事をする。

「どんな夢?」
「……今の生活がね、実は夢だったって夢。起きたら前の部屋にいて、あーさっきまでのことは全部夢だったんだって。で、夢から覚めたらどっちが現実か分からなくて不安になったの」
「それで部屋を見回りすることにしたのか」
「……うん」
「これが夢だとしたら、えらく生々しい夢を二人して見ていることになるな」

 そう言いながら私の横に入って抱きしめてくれた。

「……風邪、うつるよ?」
「その時は奈緒が看病してくれるたんだろ? たまには良いじゃないか」
「でも他の隊員さんにうつったりしたら困るよ、重光先生に怒られちゃうじゃない」
「皆、頑丈だから平気だよ。それに馬鹿は風邪ひかないって言うしな」
「何それ酷い」

 私の言葉にクスクス笑いながら信吾さんは早く寝ろって囁くと目を閉じた。私もいつもみたいに抱きしめられて安心しちゃったのかそのまま直ぐに寝入ってしまった。結局、別々に寝たのは数時間だけだったわけ。私の風邪が大したことなかったっていうのもあるんだけれど。

 まあ私の風邪っていってもウィルス性と言うよりも疲れからくるものだったみたいで、幸いなことに酷くなることもなく、当然のことながら信吾さんにも、それから信吾さん経由で隊員の人にもうつるってことはなかった。でもさ、やっぱり馬鹿は風邪ひかないってどう考えても酷い言い方だと思うんだよね。そりゃ可愛がっている部下の人達なんだから本当にそう思っているとは思わないけどさあ。

 そんなこんなで人の噂も七十五日とかいうやつか、お父さんのことがワイドショーで取り上げられることも日に日に少なくなってきた。

 相変わらず私の方には弁護士の先生からチョロチョロと連絡は入るんだけど、それもどっちかと言えば遺産やら何やらのことで、騒がれてた贈賄とかそういうのではなかった。お陰で心配していた勉強の方も落ち着いて出来たし、前期のテストもまずまずいけそうな感じ。

 そうだ、ちょっと早いけど夏休みにゼミの友達から泳ぎに行かないってかって誘われているんだけど行けるかなあ。せっかくだから行きたいんだけどなあ……ってぼやいたら、信吾さんは行かなくても良いって断言しちゃうんだよ、それも何気に酷い。確か気にせずストレス発散、学生らしく友達と遊びに行っても構わないって以前に言ってなかったっけ? 何で?

「そりゃ杉下さんから予定は入れないでとは言われてたけど、さすがに日帰りで海水浴行くぐらい問題ないと思うんだけどなー」
「……」

 なんでそんな変な顔するかなあ? だってゼミの友達だよ?

「女子ばかりじゃないんだろ?」
「うん、そりゃ男子もいるけど。でもさ、ゼミの子達は私が結婚していること知ってるから、別に変な気を起こすことも無いし、その辺は真面目な子ばかりだよ?」

 もしかして松橋先輩みたいな人がいるとか思ってる?

「みゅうさんも問題ないって太鼓判を押してくれてるんだけど?」
「……」
「じゃあ、特作の家族会でプール行くのは? あれは良いの?」
「あっちは、問題ない」
「えー……違いが分かんないよぉ……着る水着だって同じなんだよ?」

 そんなに派手じゃないしパレオのついたワンピースタイプだし、別に問題ないと思うんだけどなあ。頑張って粘りに粘った結果なんとかお許しは出たんだけど何が気に入らないのか私には良く分からなくて、そのことをチラリと友達に愚痴ったら、ご馳走様って馬鹿笑いされちゃった。なんだか私だけ納得いかないよ? うん、凄く納得いかない。
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