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第33話
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「それは、失礼した」
いつか聞いたようなやり取りに、お互い自然に笑い出した。
私は、泣き笑いだったかも知れない。
「・・・ありがとう、ございます。
この国へ来れた事も、トリド商会や護衛騎士も、そして、クィーンご夫妻を紹介してくれたことも。
ここで生活して・・・」
瞬きをすると、頬に伝うものを感じた。
すると、ウッディーな香りにふわっと包まれるように抱きしめられた。
「・・・・・・リリー、良かった。
元気になって、良かった。
リリー・・・・・・」
私の名前を呼ぶ優しい声に、包み込んでくれるこの存在に、胸がいっぱいだった。
目をつむり、自分の片手がジャケットをそっと触れたとき、少し離れた場所から咳払いが聞こえてきて、慌てて離れた。
考えてみれば、ここは本屋。
公衆の場、しかも児童書コーナーでの失態に恥ずかしさしか感じなかった。
きっと、アタフタしていたに違いない。
「大丈夫。店主以外は誰も居ないよ」
それなのに、この方はクツクツ笑っている。
しまいには、裏庭でも散歩しようか。さり気なく私の手を取ると、自分の腕にスーッと添えて、歩き出した。
流れるような上級エスコートに驚いていると、それを察したのか「これでも王族だから。こういうのは幼い頃から叩き込まれるんだ」まるで言い訳のように話していた。
それから裏庭を散歩した後、“ストーリーズ”からほど近いカフェを訪れた。
ラクチーのパイはちょうど残り二つで、私達は顔を見合わせた。
「・・・うっ」
「酸っぱ・・・」
結果は二人ともハズレだった。
自然と笑顔が溢れる。
不思議だった。
この国へ来て、クィーンご夫妻に出会い、“ストーリーズ”というお気に入りの場所ができて、趣味で翻訳も始めた。
楽しくて、毎日が充実していた。
それなのに、この方と一緒に居ると、見慣れた景色が、何気ないことが、彩りを添えたかのように変化する。
行儀悪く肘を付いて、首の下の辺りを見ているのを不思議に思っていたら、「似合ってる」と言われて、慌ててブローチのお礼を伝えた。
柔らかな笑顔を向けられるとドキドキした。
別れ際に「公爵じゃなくて名前で呼んで欲しい」と言われ、この時を境に“ディラン様“と呼ぶようになった。
ディラン様の滞在期間は三週間。
「今まで満足に休みを取っていなかったからね」
ボルコフ王国滞在中ホテル住まいのディラン様は、毎日のようにクィーンご夫妻の屋敷を訪ねてくる。
まだ訪れていない観光名所を案内してくれたり、芝居を観たり、“ストーリーズ”へ行ったり、散歩したり、私の翻訳を眺めたり。
何かと距離が近いディラン様に、いつもアタフタしては笑われていた。
クィーンご夫妻と一緒に食事もした。
ディラン様を学生時代から知るご夫妻の前では、普段は余裕たっぷりの大人のディラン様もタジタジなのが可笑しかった。
昔話に花が咲き、賑やかなひとときを過ごした。
そんな楽しい毎日はあっという間に過ぎて行き、三週間は終わりを告げようとしていた。
「大丈夫だよ、リリー」
「でも、これはただ趣味でやってるだけで・・・」
私の翻訳を見たディラン様が、知り合いの出版社に見せてくれと言う。
なんでも、その出版社は小説や詩集の翻訳も行っているらしいが、翻訳家が少ないうえ時間がかかるのを嘆いているらしい。
躊躇するものの、押し切られるように出版社へ足を運んでみると、あれよと言う間に話がまとまり、翻訳活動を始めることが決まった。
「私の言った通りだっただろう」
ディラン様は明日、国へ帰る。
「“ストーリーズ”まで散歩しないか」
夕暮れの道をディラン様と歩いた。
流れるようなエスコートは健在で、気づけば私の手はディラン様の腕に添えられている。
最近はこうしてディラン様の隣を歩く事が当たり前になっていた。
今日が最後だと思うと、胸がギュッと苦しくなる。
次はいつ来てくれるんだろう。
心の片隅では、そんな期待をしている。
でも、口に出すことなんて出来なかった。
「リリー、話を聞いてくれるか?」
“ストーリーズ”の裏庭に入ったあたりでディラン様が口を開いた。
小さく頷くのを確認すると、ディラン様は私をベンチに座らせ、その前に跪いた。
「・・・・・・っ!」
「リリー・ウィンチェスター嬢。
貴女を愛しています。
生涯貴女一人を愛すると誓います。
私、ディラン・スタインベックと結婚していただけないでしょうか」
ブルーの瞳は真っ直ぐに私に向けられている。
でも・・・・・・
「私は・・・私は、貴方には相応しくありませ「リリー、それを言うなら私だって離婚歴がある。
それに、君は素晴らしい女性だ。
心配することは何一つないよ」」
低く響く落ち着いた声を聞いていると、涙が流れてくるのがわかった。
頷いて、いいのだろうか。
「リリー・・・」
ぼやける視界の向こうに、いつの間にか大好きになっている人の顔がある。
この方と、
ディラン様と、ずっと一緒に居たい。
ずっと一緒に。
「・・・・・・っ、・・・・・・うっ、
私は、私は、ディラン様が・・・・・・っ、好きです。
・・・一緒にっ、一緒にっ、居たいです」
言葉が上手く出なかった。
視界は涙でよく分からない。
気づいたら、あたたかい存在に優しく抱きしめられていた。
落ちついてくると、次第に腕に力が込められる。
「リリー」
やがてゆっくり体が離れていくと、柔らかく微笑むディラン様の顔が間近にあった。
涙を指で優しくなぞり、大きな手が頬に添えられた。
顔が近づいてくると、私は目を閉じた。
そっと触れる口づけは、少しずつ深いものに変わり、
私達は、抱きしめ合った。
いつか聞いたようなやり取りに、お互い自然に笑い出した。
私は、泣き笑いだったかも知れない。
「・・・ありがとう、ございます。
この国へ来れた事も、トリド商会や護衛騎士も、そして、クィーンご夫妻を紹介してくれたことも。
ここで生活して・・・」
瞬きをすると、頬に伝うものを感じた。
すると、ウッディーな香りにふわっと包まれるように抱きしめられた。
「・・・・・・リリー、良かった。
元気になって、良かった。
リリー・・・・・・」
私の名前を呼ぶ優しい声に、包み込んでくれるこの存在に、胸がいっぱいだった。
目をつむり、自分の片手がジャケットをそっと触れたとき、少し離れた場所から咳払いが聞こえてきて、慌てて離れた。
考えてみれば、ここは本屋。
公衆の場、しかも児童書コーナーでの失態に恥ずかしさしか感じなかった。
きっと、アタフタしていたに違いない。
「大丈夫。店主以外は誰も居ないよ」
それなのに、この方はクツクツ笑っている。
しまいには、裏庭でも散歩しようか。さり気なく私の手を取ると、自分の腕にスーッと添えて、歩き出した。
流れるような上級エスコートに驚いていると、それを察したのか「これでも王族だから。こういうのは幼い頃から叩き込まれるんだ」まるで言い訳のように話していた。
それから裏庭を散歩した後、“ストーリーズ”からほど近いカフェを訪れた。
ラクチーのパイはちょうど残り二つで、私達は顔を見合わせた。
「・・・うっ」
「酸っぱ・・・」
結果は二人ともハズレだった。
自然と笑顔が溢れる。
不思議だった。
この国へ来て、クィーンご夫妻に出会い、“ストーリーズ”というお気に入りの場所ができて、趣味で翻訳も始めた。
楽しくて、毎日が充実していた。
それなのに、この方と一緒に居ると、見慣れた景色が、何気ないことが、彩りを添えたかのように変化する。
行儀悪く肘を付いて、首の下の辺りを見ているのを不思議に思っていたら、「似合ってる」と言われて、慌ててブローチのお礼を伝えた。
柔らかな笑顔を向けられるとドキドキした。
別れ際に「公爵じゃなくて名前で呼んで欲しい」と言われ、この時を境に“ディラン様“と呼ぶようになった。
ディラン様の滞在期間は三週間。
「今まで満足に休みを取っていなかったからね」
ボルコフ王国滞在中ホテル住まいのディラン様は、毎日のようにクィーンご夫妻の屋敷を訪ねてくる。
まだ訪れていない観光名所を案内してくれたり、芝居を観たり、“ストーリーズ”へ行ったり、散歩したり、私の翻訳を眺めたり。
何かと距離が近いディラン様に、いつもアタフタしては笑われていた。
クィーンご夫妻と一緒に食事もした。
ディラン様を学生時代から知るご夫妻の前では、普段は余裕たっぷりの大人のディラン様もタジタジなのが可笑しかった。
昔話に花が咲き、賑やかなひとときを過ごした。
そんな楽しい毎日はあっという間に過ぎて行き、三週間は終わりを告げようとしていた。
「大丈夫だよ、リリー」
「でも、これはただ趣味でやってるだけで・・・」
私の翻訳を見たディラン様が、知り合いの出版社に見せてくれと言う。
なんでも、その出版社は小説や詩集の翻訳も行っているらしいが、翻訳家が少ないうえ時間がかかるのを嘆いているらしい。
躊躇するものの、押し切られるように出版社へ足を運んでみると、あれよと言う間に話がまとまり、翻訳活動を始めることが決まった。
「私の言った通りだっただろう」
ディラン様は明日、国へ帰る。
「“ストーリーズ”まで散歩しないか」
夕暮れの道をディラン様と歩いた。
流れるようなエスコートは健在で、気づけば私の手はディラン様の腕に添えられている。
最近はこうしてディラン様の隣を歩く事が当たり前になっていた。
今日が最後だと思うと、胸がギュッと苦しくなる。
次はいつ来てくれるんだろう。
心の片隅では、そんな期待をしている。
でも、口に出すことなんて出来なかった。
「リリー、話を聞いてくれるか?」
“ストーリーズ”の裏庭に入ったあたりでディラン様が口を開いた。
小さく頷くのを確認すると、ディラン様は私をベンチに座らせ、その前に跪いた。
「・・・・・・っ!」
「リリー・ウィンチェスター嬢。
貴女を愛しています。
生涯貴女一人を愛すると誓います。
私、ディラン・スタインベックと結婚していただけないでしょうか」
ブルーの瞳は真っ直ぐに私に向けられている。
でも・・・・・・
「私は・・・私は、貴方には相応しくありませ「リリー、それを言うなら私だって離婚歴がある。
それに、君は素晴らしい女性だ。
心配することは何一つないよ」」
低く響く落ち着いた声を聞いていると、涙が流れてくるのがわかった。
頷いて、いいのだろうか。
「リリー・・・」
ぼやける視界の向こうに、いつの間にか大好きになっている人の顔がある。
この方と、
ディラン様と、ずっと一緒に居たい。
ずっと一緒に。
「・・・・・・っ、・・・・・・うっ、
私は、私は、ディラン様が・・・・・・っ、好きです。
・・・一緒にっ、一緒にっ、居たいです」
言葉が上手く出なかった。
視界は涙でよく分からない。
気づいたら、あたたかい存在に優しく抱きしめられていた。
落ちついてくると、次第に腕に力が込められる。
「リリー」
やがてゆっくり体が離れていくと、柔らかく微笑むディラン様の顔が間近にあった。
涙を指で優しくなぞり、大きな手が頬に添えられた。
顔が近づいてくると、私は目を閉じた。
そっと触れる口づけは、少しずつ深いものに変わり、
私達は、抱きしめ合った。
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