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本編 リディア編

第五十六話 冷徹王子の事情!? ⑫

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「殿下、乗馬は止めといたほうが良かったですねぇ。好きな女性に特訓してどうするんですか……」

 リディアに乗馬特訓をし満足していたシェスレイトはディベルゼの言葉に愕然とした。

「駄目なのか!?」

 横目にはギルアディスが苦笑している。

「女性が厳しく特訓されて喜ぶと思いますか? あぁ、思うからされたのですよね、分かりきったことを申し訳ありません」

 ディベルゼは頭を抱えながらブツブツと言う。

「では、何故止めてくれないのだ! 私は女性の扱いなど! …………、分からない…………」

 最後は消え入りそうな程小さい声だった。
 シェスレイトは何とも言えない顔になる。

「最初は止めようとしましたよ? でも殿下はやる気に満ち溢れておられましたから」

 シェスレイトがあまりにも情けない顔になり、しかしディベルゼが容赦ないものだから、ギルアディスはどうにも居たたまれなくなった。

「終わってしまったことは仕方ないですし! 次頑張りましょう!」

 ギルアディスは応援する気持ちで言ったが、シェスレイトはすっかり意気消沈。
 冷徹王子と言われているのが嘘のようだな、とギルアディスは苦笑した。

「でしたら、殿下、リディア様をデートにお誘いなさい!」
「は!? デート!?」
「えぇ、以前街に出たのは視察という名目、しかも周りに大勢いて二人きりでもなく、しかもリディア様は市場調査といういわばお仕事……これはデートではない!!」

 興奮したディベルゼは力強く言った。

「今までの殿下の駄目っぷりを払拭させるべく、二人きりでデートをするのです!!」

 もうボロカスだな、とギルアディスは突っ込むことも出来ず、苦笑しながらシェスレイトとディベルゼを見守るのだった。

「行き当たりばったりは駄目ですよ? しっかりと計画を練ってどこにリディア様をお連れするか、いつ誘うのか、リディア様のご都合が良い日を探り、それに合わせて、殿下の予定も組むのです」
「あ、あぁ」

 ディベルゼに捲し立てられ、思わずたじろぐシェスレイト。

「絶対に行き当たりばったりで誘わないこと! 良いですか!? 分かりましたか!?」
「そ、そんなにしつこく言わなくても分かった!!」

 ディベルゼの気迫にたじろぎながらも頷く。

 その後ディベルゼが調べ、街でのデートスポットやらエスコートについてやら、シェスレイトはディベルゼに叩き込まれるのだった。


「今日は魔獣研究所に視察ですが……」
「何だ?」

 ディベルゼはシェスレイトをチラリと見た。

「魔獣研究所にはリディア様もおられる可能性が高いですが、間違っても突拍子もない行動は慎んでくださいよ!?」
「と、突拍子もない!? そんなことは!! …………」

 思い当たらないとも言い切れない。シェスレイトは目が泳ぐ。

「まあまあ、とりあえず行きましょう」

 ギルアディスが二人を宥め促した。

 魔獣研究所までの道中、シェスレイトはそわそわし出す。
 新しい魔獣の様子を知るために、公務として魔獣研究所に訪問するのだ。だから最初からそうとしか考えてなかった。それなのにディベルゼがリディアの名を出すものだから、意識し出してしまった。

 シェスレイトは本来清廉潔白な性格。公私の別は弁えている。
 ディベルゼが言い出さなければ、こんなことにはならなかったのだ。シェスレイトはそわそわしながらも、何だか悪いことをしているような、後ろめたい気になる。

 魔獣研究所に着くと遠目にリディアの後ろ姿が……。
 これだけ遠くとも髪色のせいかすぐにリディアだと分かる。

「良かったですねぇ、やはりリディア様もおられましたね」

 リディアがいることを分かっていたのではないかと思わせるようなディベルゼ。

「おや? 何やら不穏な空気ですか?」
「で、殿下! あ、あれ、もしかしてリディア様、ゼロに噛み付かれて……!?」

 ギルアディスがリディアとゼロを見て焦り出す。万が一ゼロが人間を攻撃したとなれば、騎獣の話どころか殺処分だ。
 しかもリディアを!!

 シェスレイトはリディアに向かって走り出した。
 近付くにつれリディアの声が聞こえる。

 必死にゼロを呼んでいる。しかしゼロはリディアの首元に顔を埋めていた。

「ひゃっ」

「!?」

 今まで聞いたことのないような可愛らしい声が聞こえたかと思うと、リディアから身悶えしながら我慢するような声が漏れてきた。

 よく見るとどうやらリディアの首を舐めている!!

 シェスレイトは頭がカッとなり、無意識に走る速度を上げたかと思うと、リディアの腕を掴んでいた。

 こいつはリディアを攻撃しようとしているのではない! むしろ逆だ!
 シェスレイトは激しい怒りを覚えた。魔獣相手だろうが、リディアに不埒な真似をする奴は許さない!!

 怒りに身を任せ、ゼロを殺してしまいたい衝動に駆られる。

 それを遮るかのようにフィンが突然咆哮した。
 激しい鳴き声に思わずリディアから腕を離し耳を塞いだ。

 ゼロがビクッとし、そしてハッとしたように顔をさらに上げたかと思うとぐにゃりと倒れ込んだ。

 リディアは倒れ込むゼロを支えようとして、そのままゼロと共にへたり込む。
 ゼロはリディアの膝に頭を乗せ眠った。

 シェスレイトはその姿すら許せない。怒りを抑えようと手に力が入る。
 リディアは安堵の溜め息を吐いていた。

 レニードが駆け寄りリディアに無事を確認する。
 それに答えたリディアはその後そろりとこちらに振り返り見上げた。

 リディアは驚いた顔をした。

「シェ、シェス……、どうしてここに?」

 シェスと呼ばれ嬉しいはずなのに、素直に喜べない。シェスレイトはそのことが悲しくもあり、しかし怒りも抑えきれず、胃の辺りがキリキリと痛むのだった。

 いつも以上に睨み付けていることにシェスレイトは気付くことが出来ないくらい我を忘れ、リディアはそんなシェスレイトに怯え固まっていた。

 そんな二人を見兼ねてディベルゼがリディアに答えた。
 レニードに、ここへ来たことは偶然で、元々訪問予定であった、ということを証言させていた。

 しかしそんなことはどうでも良いのだ。偶然だろうがそうでなかろうが、今はどうでも良い。
 シェスレイトにとってはリディアとゼロの今の状態のほうが気にすべきことだった。

 リディアは言い訳を語り出した。ゼロがリディアを攻撃したと、シェスレイトたちが思っていると判断したのだろう。
 必死にゼロを弁護する。しかもゼロを抱き締めて。

 しかしシェスレイトにしてみれば、ゼロがリディアを攻撃したとは一切思っていない。それよりもリディアから離れろ! それしか頭になかった。

「とりあえずゼロから離れるんだ」
「え、ですが、眠っているゼロを放っておきたくはありません」

 リディアはきっぱりと断わった。リディアは意志が強い。それを好ましく思っていたが今はそれが辛い。

 分かっているのだ。リディアがゼロを見捨てるはずはない。この場で去る訳はない。分かっていても、今はゼロから離れて欲しかった。

 自分の我が儘なのかもしれないと理解していても、シェスレイトはやはり辛い気持ちが抑えられなかった。

 今はリディアの側にはいたくない。分かった、とだけ返事をしその場を逃げるように離れた。
 しかしいつもの逃げとは違い、酷く切ない。

 ディベルゼはそんなシェスレイトを心配したが、どうすることも出来ない。
 リディアを横目に見ながらシェスレイトに付いて行くしかなかった。
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