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カナデ編
第十四話 蒼汰さんの後悔
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翌日、大学で蒼汰さんに会った。
「あ、水嶌さん」
「蒼汰さん」
「ちょっとお昼でも一緒に食べない?」
「? はい……」
今日はお店に行く訳でもなく、大学内の食堂へ。蒼汰さんにオススメのメニューを聞き、食券を買う。
料理を手にすると空いている席に座った。
いただきます、と二人して食べ始めるが、どうにも蒼汰さんが気になって仕方ない。どうしたのかしら。何だかいつもと様子が違うような……。
半分ほど食べ終わった辺りで蒼汰さんが話し出した。
「あのさ、昨日洸ちゃんの様子がいつもと違う気がしたんだけど、あれから何か言ってた?」
あぁ、蒼汰さんもやはり気にしていたのね。それはそうよね。大事な人だからこそ気になるし心配になるものよね。
でもごめんなさい。蒼汰さんには言えない。
昨日、洸樹さんから話を聞いた後、念を押された。
蒼汰さんには言わないで欲しい、と。
蒼汰さんはあのときのことをずっと気にしているから、と。
『蒼ちゃんね、私がこの喋り方になったとき、物凄く不快な顔をして、口を聞いてくれなくなっちゃったの』
洸樹さんは寂しそうに笑った。
『それはそうよね。多感な時期にいきなり女言葉で喋り出した従兄なんて嫌よね』
それから蒼汰さんと顔を合わすこともめっきりなくなったらしい。恐らく避けられていたのだろう、と。
顔を合わせても全く口を聞いてくれることはなかった、と。
そうやって何年も過ごし、ここ二、三年でようやく変化があったのだと、洸樹さんは嬉しそうな顔で言った。
『突然蒼ちゃんがね、「今までごめん」って言ってくれたのよ』
その時の洸樹さんはとても嬉しそうだった。嬉しそうだったのよ。だけどその表情はすぐさま曇ってしまった。
『蒼ちゃんが声を掛けてくれたのは、本当に嬉しかったのよ。でもね、逆にそれだけ長い間苦しめていたんだ、って分かって、自分が酷く嫌になったわ』
洸樹さんはとても辛そうに笑った。
『だって私は自分のことばかりだったから。蒼ちゃんがずっと苦しんでいたことを知らずに呑気に過ごしていて、蒼ちゃんが会ってくれないのも、まあ仕方ない、だけで片付けていたのよね……、こんなに長い間気にしてくれていたなんて思いもしなかったの』
だからこの時期の話をすると、きっと蒼汰さんは再び気にしてしまうだろう、と。だから言わないで欲しいと頼まれた。
確かにこのときの洸樹さんの気持ちを知ると、蒼汰さんはさらに自分を責めるかもしれない。だから私は洸樹さんの意見に従った。
「あの後は特に何もなかったです。久しぶりにお友達と会い、驚いただけだそうです」
うぅ、ごめんなさい、蒼汰さん。
「そっか、なら良いんだけど……」
上手く誤魔化せたかしら。こういう嘘は上手くないのです。胸が痛みます。大丈夫かしら。
蒼汰さんは少しだけ安心したのか、表情が和らいだ。そして今度は少しだけ悲しい笑顔になった。
「洸ちゃんがさ、高校生のときに急に今の喋り方になったって言ったでしょ?」
「え、えぇ」
「その時に僕、洸ちゃんのこと避けちゃったんだよね」
蒼汰さんは悲しそうな表情のまま話し続けた。
「あのとき僕はまだ小学生で、洸ちゃんはかっこよかったから地元でも人気で、自慢の従兄だったんだ。でも、急に変わってしまった」
蒼汰さんは俯いた。
「急に変わってしまった洸ちゃんを、当時の僕はまだ受け入れられなかったんだ。自慢だったのに、友達みんなに褒められるのが嬉しかったのに、あのときはただただ恥ずかしくて……、洸ちゃんが嫌いになった」
それは仕方がないと思う……。やはり、小学生の男の子にはそれを受け入れろというのは酷だと思う。だから蒼汰さんが自分を責める必要など一切ない。洸樹さんもだからこそ、蒼汰さんに黙っていて欲しいと言っていたのだろうし。洸樹さんは蒼汰さんがあのとき拒絶したこともその後苦しんだことも理解している。
やはり洸樹さんが心配するように、蒼汰さんは今もまだ洸樹さんを避けてしまったことを後悔しているのね。
「嫌いになってずっと洸ちゃんに会わないようにした。避けて避けて。たまに親戚の集まりでどうしても会うことになったときは、ひたすら無視をしていたんだ。でも……」
蒼汰さんは自分を嘲笑するような笑みを浮かべ、大きく溜め息を吐いた。
「そんな自分も凄く嫌だった。洸ちゃんがかっこいいから自慢だった訳じゃないのに」
顔を上げた蒼汰さんは今度は嬉々とした表情で洸樹さんの良いところを語った。
「洸ちゃんはさ、優しいんだ。顔がかっこいいから皆そこばかりに目が行くんだけど、洸ちゃんは誰にでも優しいんだよ。親戚同士で集まっても子供ってつまらなかったりするじゃない? でも洸ちゃんは小さい子供たちの面倒をよく見てくれてた。一緒に出掛けたりしても、よく見知らぬ人すら助けてたよ」
昔を思い出す蒼汰さんの顔は優し気だった。洸樹さんのことが大好きだったのだということが分かる。それなのに避けてしまった自分を責めているのね。
「そんな優しい洸ちゃんだから好きだったし、尊敬していたし、自慢だったのに……」
「蒼汰さん……」
何も言えなかった。
「ハハ、ごめん、何でこんな話してるんだろうね。こんなこと聞かされても水嶌さんも困るよね、ごめん」
「いえ、蒼汰さんにとって洸樹さんがとても大事な方なんだと分かりました」
「うん、大事だったし、今も大事。あのとき僕がやってしまったことはなかったことには出来ないけれど、だからこそ、もう二度と誰に対してもあんなことはしないと誓ったんだ。その人の事情も知らないで拒絶するのだけはやめようって。そう思えるまで十年近くかかっちゃったけどね」
蒼汰さんは苦笑した。
「だから僕は困っている人がいれば助けてあげられる人間になりたい。どんなことでもね」
ニッと笑った蒼汰さんは、先程までと違い、清々しい顔をしていた。
蒼汰さんは強い人だわ。過去の自分の過ちを認めて、受け入れ、それを二度と繰り返さないと誓う。そして今度は支える側になるのだと宣言する。
私もそんな人になれるかしら。私もいつか周りの人たちを支えられる存在になりたい。今は支えられてばかりですものね。いつかそれに報いたい。
「変な話をしてごめんね、でも、聞いてくれてありがとう。少しモヤモヤしていたのがすっきりしたよ」
「すっきりしたのなら良かったです」
ニコリと笑うと蒼汰さんはクスッと笑った。
「水嶌さんて何というか聞き上手だね。なんか、何でも話してしまいそうだよ」
「え……、そ、そうですか!?」
聞き上手!? そんなこと考えてもみなかったです。ただ必死に聞いていただけですし……。
「何でも話していただいて構いませんよ? ドンと来いですよ!」
今まで頼ってばかりの人生だった私をそんな風に言っていただけて、嬉しくて舞い上がってしまい……、調子に乗りました。
すいません! 恥ずかしい! 蒼汰さんがポカンとしている!!
「すいません! 調子に乗ってしまいました! ごめんなさい!」
恥ずかしさであわあわしていると、蒼汰さんが盛大に吹き出した。
「アッハッハッ!! 水嶌さんもそんなこと言うんだね!!」
「すいません……」
明らかに真っ赤になっているであろうことが、自分で分かるくらい顔が火照る。
恥ずかしさで泣きそうな気分になり、両手で頬を押さえる。
「何で謝るのさ! フフッ、頼りにしてるよ? 水嶌さん」
ニッと蒼汰さんに笑顔を向けられ、さらに一層恥ずかしくなりました……。
慣れないことを言うものではありません……。
「あ、水嶌さん」
「蒼汰さん」
「ちょっとお昼でも一緒に食べない?」
「? はい……」
今日はお店に行く訳でもなく、大学内の食堂へ。蒼汰さんにオススメのメニューを聞き、食券を買う。
料理を手にすると空いている席に座った。
いただきます、と二人して食べ始めるが、どうにも蒼汰さんが気になって仕方ない。どうしたのかしら。何だかいつもと様子が違うような……。
半分ほど食べ終わった辺りで蒼汰さんが話し出した。
「あのさ、昨日洸ちゃんの様子がいつもと違う気がしたんだけど、あれから何か言ってた?」
あぁ、蒼汰さんもやはり気にしていたのね。それはそうよね。大事な人だからこそ気になるし心配になるものよね。
でもごめんなさい。蒼汰さんには言えない。
昨日、洸樹さんから話を聞いた後、念を押された。
蒼汰さんには言わないで欲しい、と。
蒼汰さんはあのときのことをずっと気にしているから、と。
『蒼ちゃんね、私がこの喋り方になったとき、物凄く不快な顔をして、口を聞いてくれなくなっちゃったの』
洸樹さんは寂しそうに笑った。
『それはそうよね。多感な時期にいきなり女言葉で喋り出した従兄なんて嫌よね』
それから蒼汰さんと顔を合わすこともめっきりなくなったらしい。恐らく避けられていたのだろう、と。
顔を合わせても全く口を聞いてくれることはなかった、と。
そうやって何年も過ごし、ここ二、三年でようやく変化があったのだと、洸樹さんは嬉しそうな顔で言った。
『突然蒼ちゃんがね、「今までごめん」って言ってくれたのよ』
その時の洸樹さんはとても嬉しそうだった。嬉しそうだったのよ。だけどその表情はすぐさま曇ってしまった。
『蒼ちゃんが声を掛けてくれたのは、本当に嬉しかったのよ。でもね、逆にそれだけ長い間苦しめていたんだ、って分かって、自分が酷く嫌になったわ』
洸樹さんはとても辛そうに笑った。
『だって私は自分のことばかりだったから。蒼ちゃんがずっと苦しんでいたことを知らずに呑気に過ごしていて、蒼ちゃんが会ってくれないのも、まあ仕方ない、だけで片付けていたのよね……、こんなに長い間気にしてくれていたなんて思いもしなかったの』
だからこの時期の話をすると、きっと蒼汰さんは再び気にしてしまうだろう、と。だから言わないで欲しいと頼まれた。
確かにこのときの洸樹さんの気持ちを知ると、蒼汰さんはさらに自分を責めるかもしれない。だから私は洸樹さんの意見に従った。
「あの後は特に何もなかったです。久しぶりにお友達と会い、驚いただけだそうです」
うぅ、ごめんなさい、蒼汰さん。
「そっか、なら良いんだけど……」
上手く誤魔化せたかしら。こういう嘘は上手くないのです。胸が痛みます。大丈夫かしら。
蒼汰さんは少しだけ安心したのか、表情が和らいだ。そして今度は少しだけ悲しい笑顔になった。
「洸ちゃんがさ、高校生のときに急に今の喋り方になったって言ったでしょ?」
「え、えぇ」
「その時に僕、洸ちゃんのこと避けちゃったんだよね」
蒼汰さんは悲しそうな表情のまま話し続けた。
「あのとき僕はまだ小学生で、洸ちゃんはかっこよかったから地元でも人気で、自慢の従兄だったんだ。でも、急に変わってしまった」
蒼汰さんは俯いた。
「急に変わってしまった洸ちゃんを、当時の僕はまだ受け入れられなかったんだ。自慢だったのに、友達みんなに褒められるのが嬉しかったのに、あのときはただただ恥ずかしくて……、洸ちゃんが嫌いになった」
それは仕方がないと思う……。やはり、小学生の男の子にはそれを受け入れろというのは酷だと思う。だから蒼汰さんが自分を責める必要など一切ない。洸樹さんもだからこそ、蒼汰さんに黙っていて欲しいと言っていたのだろうし。洸樹さんは蒼汰さんがあのとき拒絶したこともその後苦しんだことも理解している。
やはり洸樹さんが心配するように、蒼汰さんは今もまだ洸樹さんを避けてしまったことを後悔しているのね。
「嫌いになってずっと洸ちゃんに会わないようにした。避けて避けて。たまに親戚の集まりでどうしても会うことになったときは、ひたすら無視をしていたんだ。でも……」
蒼汰さんは自分を嘲笑するような笑みを浮かべ、大きく溜め息を吐いた。
「そんな自分も凄く嫌だった。洸ちゃんがかっこいいから自慢だった訳じゃないのに」
顔を上げた蒼汰さんは今度は嬉々とした表情で洸樹さんの良いところを語った。
「洸ちゃんはさ、優しいんだ。顔がかっこいいから皆そこばかりに目が行くんだけど、洸ちゃんは誰にでも優しいんだよ。親戚同士で集まっても子供ってつまらなかったりするじゃない? でも洸ちゃんは小さい子供たちの面倒をよく見てくれてた。一緒に出掛けたりしても、よく見知らぬ人すら助けてたよ」
昔を思い出す蒼汰さんの顔は優し気だった。洸樹さんのことが大好きだったのだということが分かる。それなのに避けてしまった自分を責めているのね。
「そんな優しい洸ちゃんだから好きだったし、尊敬していたし、自慢だったのに……」
「蒼汰さん……」
何も言えなかった。
「ハハ、ごめん、何でこんな話してるんだろうね。こんなこと聞かされても水嶌さんも困るよね、ごめん」
「いえ、蒼汰さんにとって洸樹さんがとても大事な方なんだと分かりました」
「うん、大事だったし、今も大事。あのとき僕がやってしまったことはなかったことには出来ないけれど、だからこそ、もう二度と誰に対してもあんなことはしないと誓ったんだ。その人の事情も知らないで拒絶するのだけはやめようって。そう思えるまで十年近くかかっちゃったけどね」
蒼汰さんは苦笑した。
「だから僕は困っている人がいれば助けてあげられる人間になりたい。どんなことでもね」
ニッと笑った蒼汰さんは、先程までと違い、清々しい顔をしていた。
蒼汰さんは強い人だわ。過去の自分の過ちを認めて、受け入れ、それを二度と繰り返さないと誓う。そして今度は支える側になるのだと宣言する。
私もそんな人になれるかしら。私もいつか周りの人たちを支えられる存在になりたい。今は支えられてばかりですものね。いつかそれに報いたい。
「変な話をしてごめんね、でも、聞いてくれてありがとう。少しモヤモヤしていたのがすっきりしたよ」
「すっきりしたのなら良かったです」
ニコリと笑うと蒼汰さんはクスッと笑った。
「水嶌さんて何というか聞き上手だね。なんか、何でも話してしまいそうだよ」
「え……、そ、そうですか!?」
聞き上手!? そんなこと考えてもみなかったです。ただ必死に聞いていただけですし……。
「何でも話していただいて構いませんよ? ドンと来いですよ!」
今まで頼ってばかりの人生だった私をそんな風に言っていただけて、嬉しくて舞い上がってしまい……、調子に乗りました。
すいません! 恥ずかしい! 蒼汰さんがポカンとしている!!
「すいません! 調子に乗ってしまいました! ごめんなさい!」
恥ずかしさであわあわしていると、蒼汰さんが盛大に吹き出した。
「アッハッハッ!! 水嶌さんもそんなこと言うんだね!!」
「すいません……」
明らかに真っ赤になっているであろうことが、自分で分かるくらい顔が火照る。
恥ずかしさで泣きそうな気分になり、両手で頬を押さえる。
「何で謝るのさ! フフッ、頼りにしてるよ? 水嶌さん」
ニッと蒼汰さんに笑顔を向けられ、さらに一層恥ずかしくなりました……。
慣れないことを言うものではありません……。
応援ありがとうございます!
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