上 下
131 / 136
カナデ編

第三十三話 月の石

しおりを挟む
 結局希実夏さんからの指令で必ず何か一品作ることになってしまった。お互い何を作るかという話を少ししてから、希実夏さんとは別れ、石を預けた教授の元へと向かった。

 希実夏さんも一緒に行くのかと思ったけれど、この日希実夏さんは用事があるからと一緒には来なかった。

 蒼汰さんと二人歩く。蒼汰さんと希実夏さんとのことを知らなければきっと今とても嬉しい気持ちなのだろうな、と寂しくなり、そう思ってしまう自分に苦笑した。

 もう忘れなさい。
 自分の中の冷静な自分がそう呟いているのが分かる。そう、この想いは忘れるべきなのよ。今まで通り蒼汰さんとはただのご近所さん、大学の先輩、イセケンのメンバー……それだけよ。

 蒼汰さんに気付かれないように深呼吸をした。チラリと蒼汰さんの横顔を見ると、とても嬉しそうな笑顔だった。そう、これだけで良い。こうやって側で嬉しそうな蒼汰さんの顔を見られるだけで幸せじゃない。そう自分に言い聞かせた。



 石を調べてくれていたのは他大学の教授。来て欲しいと言われた研究室まで向かう。

「連絡をもらった部屋はここだね」

 扉をノックすると中から男性の「どうぞ」という声がした。
 蒼汰さんは扉を開け中へと入る。それに続き中へと入るとそこにはたくさんの鉱物が並び、そして一つのパソコンの前に男性がいた。どうやらこの方が鉱物学の教授。

「失礼します、連絡をいただいた古城蒼汰です。こちらは同じサークルの水嶌さんです」
「やあ、いらっしゃい」

 こっちへどうぞ、と男性は椅子に促した。

 思っていたよりもずいぶんと若い男性で見た目だけなら洸樹さんや一哉さんとあまり変わらないような。

「僕は目黒、これでも二十年以上は鉱物学を研究をしているよ」
「「えっ」」

 蒼汰さんと声が重なった。

「ブッ、二人共予想通りの反応ありがとう」

 目黒教授はアハハと笑った。

「す、すいません」
「ハハ、いや良いよ。大抵君らのように驚かれるから。童顔なんだよね」

 目黒教授は珈琲を用意してくれ、そう言うと自分の頬を右手で触った。

 少し下がった目尻に優し気な表情、無造作にあちこち跳ねている髪の毛。白衣を着ずに大学内を歩いていたら、おそらく生徒と見分けがつかないであろうことが容易に想像できた。

「さて、そんなことはどうでも良いんだが、話はこれだよね」

 目黒教授はトレイに入れた例の石を私たちの目の前に置いた。

「何か分かりましたか!?」

 蒼汰さんは前のめりに聞く。

「うん、まあ、分かったような分からないような……」
「?」
「結論から言うとこれは地球の鉱物じゃないね」
「地球の鉱物じゃない!?」
「うん」

「僕は月の石かな、と思ってる」
「月の石……」
「あぁ、でも月の石と言っても地球上にある成分とそんなには変わらないんだよ」
「? なら地球の鉱物じゃない、というのは?」

「うーん、そこが微妙なところなんだけど、今まで見たことがないような成分が混じっているんだ」
「見たことがない成分?」
「そう、それが地球上のものではない気がするから月の石じゃないか、と推測したんだけど……。それか地球上でまだ発見されていないだけなのか……とにかく大発見間違いなし!」

 目黒教授は興奮気味に話すが、蒼汰さんは考え込んでしまった。

「すいません、この石のことは内密にしてもらえますか?」
「え、なんで!? 大発見だよ!? これ、発表したら超有名人だよ!?」
「あまり公にしたくなくて……」

 必死に説得をする目黒教授だが、蒼汰さんは頑として首を縦には振らない。
 目黒教授は悔しがっていたけれど、仕方ないと最後は溜め息を吐きながら諦めてくれていた。

「すいません、ありがとうございました」
「いや、まあ僕も良いものを見させてもらったよ。また気が変わったらおいで」
「はい」

 蒼汰さんはそう返事をするとお辞儀をし、研究室を後にした。

「良かったんですか? もっと詳しく研究をしてもらえれば何か分かったかもしれないのに」

「うーん、まあそれも捨てがたいところなんだけどさ……、でも……」

 石をじっと見詰めている蒼汰さん。そして言葉を続けた。

「もし本当に地球上のものではなくて、もし本当に……万が一にも異世界のものなら……あまり公にはしないほうが良いと思ったんだ」
「…………」
「本当に異世界のものならば研究をすればもしかしたら異世界への道が開かれるかもしれない。僕はそれを望んでいたはずなのに……そのはずなのに……」

「いざ、本当に異世界のものかもしれないとなると、怖気づいたんだ」

 蒼汰さんは私の顔を見てクスッと笑った。

「馬鹿みたいだよね、あれだけ異世界! 異世界! って騒いでおいて、いざ本当に異世界と関係するかもしれないものが発見されたとなると、急に怖気づいて……」

「そんなこと……」

「ハハ、無理しなくて良いよ。僕自身がそう思うから……でもさ、本当に異世界の道が発見されたとしたら、大騒ぎになる。そのとき異世界はどうなってしまうんだろう、って心配になって……僕が安易に騒いだせいで異世界が好奇の目に晒されるんじゃないかと……」

 蒼汰さんは辛そうな顔。

 あぁ、そうか……、蒼汰さんは自分のせいで異世界がこの世界の人たちに荒らされてしまうのではないかと、そうでなくともなにか異世界にはよくないことしか起こらないのではないかと心配をしているのね。

 やっぱり蒼汰さんは優しい人だ。

「そうですね、なら、その石はそっとしておくのが良いかもしれませんね」
「うん……」

「ねぇ、水嶌さん」
「はい」
「この石、水嶌さんが持っててくれない?」
「えっ、でも……」

 異世界と関わりがあるかもしれない石。蒼汰さんにしてみれば、とても大事なものなのでは……。
 そんなことを考えていることが分かったのか、蒼汰さんはクスッと笑った。

「良いんだ、僕が持ってるとどうしても研究したくなっちゃいそうだから」

 蒼汰さんと顔を見合わせ、そして二人で笑った。

「分かりました、そういうことならお預かりしますね」

 ニコリと笑い、蒼汰さんから石を受け取った。

「でもイセケンはやめないけどね! 公にはしたくないけど、異世界研究は僕にとって生涯の趣味だと思ってるから」

「フフフ、はい」

 蒼汰さんらしい。そう思い、やはり蒼汰さんのことが好きだな、と思った。
 でももう良いの。そんな蒼汰さんをこうして見られるだけで、私は幸せなんだわ。

 蒼汰さんと希実夏さんが恋人同士だったとしても良いじゃない。私は楽しそうな蒼汰さんの顔を見られるだけで嬉しい。たとえ側にいることが出来なくとも。

 そう思えたことが自分で誇らしかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生したけどチートもないし、マイペースに生きていこうと思います。

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:17,027pt お気に入り:1,036

夫の裏切りの果てに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:504pt お気に入り:1,249

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,792pt お気に入り:1,219

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,696pt お気に入り:1,660

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,178pt お気に入り:258

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,151pt お気に入り:3,022

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:631pt お気に入り:2

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,127pt お気に入り:2,909

処理中です...