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番外編
出張 5
しおりを挟む「······はぁ」
今朝から何度目の溜め息だろうか。
真尋はオフィスの自分のデスクでパソコンに向かいながら、憂鬱な表情で項垂れていた。
時計の針が正午に近づくにつれ、今日の昼頃には社に戻ると言っていた海里の言葉が目の前にチラつく。
海里の声に包まれ心地良い余韻が残っている間は早く海里に会いたいと思っていた筈なのに、時間が経ち熱の冷めた今の真尋には昨夜の事を思い出すだけで恥ずかしくて、どんな表情をして海里に会えばいいのか分からない。
画面越しに欲情を晒して淫らにイかせて欲しいなんて···
赤面しながら真尋は頭を抱えた。
「······早坂、お前、大丈夫か?」
隣の席で仕事をしていた松永は、朝から様子のおかしい真尋を見かねて声をかけた。
「す、すみません。ちょっと···寝不足なだけで···」
仕事します!と、慌てて姿勢を正す。
「いや···あの一件以来お前、課長の家にいたから夜に一人で過ごすの初めてだっただろ?その所為で体調が悪いなら無理に仕事せず休んでろって言おうと思ったんだけど···」
松永の言葉で三浦に襲われた夜の事を思い出す。
そういえば、一人で過ごす夜は初めてだった。だが、海里から電話がかかってくるまではオフィスで言われた言葉でずっと海里の事しか考えられなかったし、電話がかかってきてからは······そんな事を思い出す隙もないほど乱された。
海里は分かっていて思い出さないようにしてくれていたのだろうか···。
ふとそんな考えが浮かんだが、単に淫らに求める姿を楽しんでいただけの気もしなくはない。
「心配かけてすみません、本当に大丈夫です」
真尋は松永を安心させるように笑ってみせた。
口調はぶっきら棒のように聞こえるが、松永は細かな事まで気にかけ声をかけてくれる。
「なら、いいが···無理するなよ」
はい、と返事をしながら真尋はパソコンに向かった。
こんなに心配してくれているのに、悩んでいる理由がこれでは申し訳なさすぎる···。
真尋は昨日のアレは考えないようにしよう、と言い聞かせながら仕事にとりかかった。
暫く仕事に集中していると、松永のスマホが振動し、電話に出た彼の口から
「課長、お疲れ様です」
と聞こえ思わず松永を見る。
「···それなら、早坂に行ってもらいます。はい、分かりました」
電話を終えた松永は真尋を振り返った。
「今、課長から社に着いたって連絡来たんだけど、悪いが課長の車まで行ってくれるか?営業部の資料も一緒に預かってるらしくって、一人じゃ運べないから車から資料室に運ぶの手伝って欲しいらしいんだけど···。課長がいつも車停めてる場所、早坂なら知ってるだろうから勝手にお前行かせるって返事しちまった」
悪い、と軽く手をあげ松永は謝りながら言った。
「大丈夫です、行ってきます···」
まだ海里と顔を合わす心づもりは出来ていないが、このフロア内で海里がいつも車を停めている場所を知っているのは自分くらいだろう。電話で車の場所を指示するより知っている人間が行った方が早いに決まっている。
絶対、松永さんが俺に振るって分かってて電話したな···
海里の思うがままに動かされている気がして、少し腑に落ちない感じはするが、上司の言う事に拒否権はない。
真尋は重い腰をあげ、地下駐車場へと向かった。
駐車場に降り、海里がいつも停めている場所へと向かう。
車の外で待つ海里の姿を見つけ、真尋は近づいた。
「課長···お疲れ様です···」
海里の他に人は見あたらないようだが、一応、会社内の駐車場だ。誰かに海里との関係を知られるわけにはいかない。昨日の事を思い出せば赤面してしまいそうになるのをグッと抑え、真尋は部下としての表情を作るが、どうしても海里の顔を直視出来ずに視線が泳いでしまう。
「悪いな。営業の奴等の荷物も預かっていたから、助かるよ」
海里の態度も昨夜の事を微塵も感じさせない口調で、車の助手席のドアを開けると、座席に置いてあった書類を真尋に手渡した。
何冊にも重ねられたファイルはずしりと重く、両手で抱えなければ持てない。
「·········」
会社では関係がバレないように振る舞って欲しいと言っている真尋だが、昨日あれだけ恥ずかしい事をさせておいて、一切触れてこない海里の態度に少し寂しさを感じていた。
な···んだよ···
意識してるの俺だけかよ···
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