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89(代田刑事視点)

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『では、駒係が到着した所で、先手後手を決めましょうか。』

機械越しに聞こえたその台詞に、チャトランガ幹部達とは少し離れた別の場所に待機している代田は無意識に息を詰めた。

今回、条件に第三者の介入は厳禁、と定められたため、代田達警察組織は抗争その物に介入することは出来ない。
しかし、事情を知る代田、小台、公安の朝日とその部下は、万が一の時を考え、近くに待機していた。

チャトランガの構成員は幹部の太鼓ダマル以外は皆未成年。それに、あの国際テロ組織『弓の射手』が律儀に条件を守るかどうかも怪しい。

(この街を守る為に体張ってるガキ共を死なせる訳にはいかねぇ。)

公安の朝日から、幹部第三の目アジュナの正体が自分が調べて追っていた松野翔だった、と聞いた時、俺の中にあったのは驚きでも落胆でもなく、納得だった。

そして、シヴァの正体があの芝崎汪だと聞いた時「やはりな。」と思ってしまった。
あれだけのカリスマ性を持つ人間が同じ町に2人も3人もいたらそれこそ戦争になる。

『さて、芝崎君。右左どちらですか?』
『左で。』
『おや、ではボクが先手ですね。』

「向こうが先手か……まずいね。」

向こうの声に小台が眉を寄せた。 
心做しか公安メンバーの顔色も険しくなっている。

「おい、先手だと何がまずいんだ??」
「チェスは先手の方が勝率が高いんだよ。それに、ポーン2つ先取も勝利条件……先手が先にポーンを取れば正直後の展開なんて考えないでポーンだけ取るように動けば先手は勝てる。」

もっとも、あのシヴァという少年の力量ならどうなるかはわからないけどね、と小台は肩を竦めて見せた。

「あとは初期配置をどう置くかですね。弓の射手のボス、通り名『ルドラ』はシヴァ様と同じレベルの頭脳を持つ人間です。先手を取られた以上、初期配置で相手を出し抜くしかありません。」

インカムを抑えながら険しい顔でそう言った公安の朝日。その言葉に後ろに控えている公安の部下達も「そうですね。」と頷いている。

しかし、俺にはそれよりも気になることが。

「お前今シヴァのこと『シヴァ様』っつったか??」
「様を付けなさい。不敬ですよ。」
「おい、いつの間にか信者になってんじゃねぇか!!?」

なんか知らん間に公安が信者になってた。
嘘だろおい。なんでシヴァ様信者に仲間入りしてんだこいつら。

(相も変わらず恐ろしい影響力だな……)

最早ここまで来ると乾いた笑いしか出てこない。

そうこうしている間に弓の射手のボス、ルドラは初期配置が決まったらしく、駒係に向かってアルファベットと数字を淡々と告げていく。

それを直ぐさま小台が紙に書き込んだ。

「やはり全体的にポーンを下げてきましたね。」

と、紙を覗き込む朝日。
それにつられる様に公安の部下達も紙を覗き込んだ。

「キングもa-8の角に下げましたね。一見追い込まれやすそうですがd-8にルークを置いたところを見ると場合によってはキャスリング(一手でルークとキングを動かす特殊ルール)を使う事を視野に入れていますね。」
「それに、c-7ビショップ、d-7ナイト、e-7クイーン、f-7ナイト、g-7ビショップ……この配置明らかに中央を早期制圧するための布陣です。」

俺はチェスについては詳しくないため、布陣がどうのと言われても「そうなのか 」で終わってしまうが、確かに弓の射手側が提示した初期配置は後ろにポーンを並べ、前に出ているポーンは2つしかない。素人目ながらにポーンを取られないためとわかる。

(露骨に避けるのはシヴァの実力を警戒してか……?)

既に何度か対局していると公安から聞いている。シヴァの実力がどれほどのものか俺にはわからないが、あれだけの頭脳を持つ少年だ。決して弱くはないだろう。

そう、わからないなりに考えていれば、弓の射手とは違い、悩む素振りもなくシヴァは

『d-2、キング。』

淡々とキングの配置を告げた。

「は……?」

俺の口から思わず、音になりきらない声が漏れ落ちた。

「d-2って、ど真ん中じゃねぇか!?何考えてんだ!? 」
「ははは……流石にこれは予想外かな……」

俺の言葉に小台も引きつった笑みを浮かべる。
素人でもわかる。1番前のど真ん中にキングを置くなんて、狙ってくれというようなもんだ。

警察側が慌てふためく中、インカムからチャトランガのサーンプの声が聞こえてきた。

『朝日、俺たちの使っている地図の暗号と同じ要領だ。チェス盤とこの街の地図を当てはめてみろ。これはただの駒の配置指示じゃない。シヴァ様からの俺たちへの配置の指示だ。』

その台詞に、誰もが息を飲んだ。
そうだ、シヴァのひとりで乗り込むなんて言う暴挙とも取れるその行動に目がいって忘れていたが、これは組織のボス対ボスの一騎打ちではなく、組織対組織の全面戦争。
街のどこかに弓の射手が事を起こそうと構えていてもおかしくは無い。

『キングは、俺、サーンプへの指示だ。俺はこれからd-2へ向かう。』

と、淡々と告げたサーンプはブツリっとインカムの接続を切ってしまう。

「……確かに、シヴァ様が1人で乗り込んできたことや、全く新しい変則チェスの対局など弓の射手『ルドラ』からしても、予想外の出来事が続いているはず。そして対局に集中してしまえばルドラは土地勘のないこの街全体への気配りは出来なくなるはずです。」
「自分が気を引いている間に相手の幹部格を軒並み倒しちまおうって事か……無茶な事を思いつくぜ……」

朝日の言葉に、思わず深いため息がこぼれる。
シヴァだと崇められようが芝崎汪は17歳の少年だ。まだ庇護下に置かれるべき年齢の人間が、国際テロ組織相手に無茶して突っ走るなんて、そりゃため息の一つもつきたくなるだろう。
いや、若さ故突っ走るのかもしれないが。

その後も淡々とシヴァは駒の位置を指定した。

ルークはa-2、h-2が指定され、太鼓ダマルである大森と第三の目アジュナである松野翔がすぐさま向かった。

ナイトは、2つとも中央に持ってきた弓の射手とは違い、シヴァは後列b-1とg-1を指定。
これは三叉槍トリシューラと野々本が向かった。

ビショップはb-2がf-1指定され、内f-1だけにナディが直接的向かう事となった。b-2にあるのは街で1番大きい銀行らしく、サイバー攻撃される可能性があると、直接向かわず、三日月チャーンドがこの場で対応するらしい。
その後指定されたクイーンの配置、e-2も三日月チャーンドへの指示らしく、そちらも三日月チャーンドが対応するとのことだ。

「地図で照らし合わせると……e-2の位置にあるのは病院ですね。ましてやここは最先端技術を導入していると有名ですからサイバー攻撃のターゲットにされる可能性は確かにあります。」

街を掌握するためと言えと、真っ先に金融機関と病院という命に関わる場所を選ぶ辺り、相手の性根の腐り具合が透けて見えるようだ。
朝日の説明に思わず舌を打つ。

残り空いている所にポーンを埋めれば、弓の射手とはかなり違う配置図が出来上がった。

相手に悟られず指示を出すためとはいえ、ボス同士の対局。負ければ組織としての敗北にも繋がる以上、シヴァは決して負ける訳にはいかない。そんな命運をかけた1戦だと言うのに、このデタラメと言える配置。

(……指示が伝わっても勝てなきゃ元も子もないだろうが……!)

思わず唸ってしまうが、インカムは一方通行。向こうに伝わることも無く、ただ心に悶々とした言いようのない淀みが蠢く。

『……随分、変わった配置を選びましたね。』

弓の射手ルドラが、感情の読めない声色でそう告げたのが聞こえてきた。

するとシヴァもまた、感情の読めない声色のまま

『勝つための最善を選びました。』

そう、真っ直ぐとした芯のある声で言い切ったのだ。
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