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「そうですね、まずは移動範囲が狭いですし、毎日たいくつです。保護の元といいつつ、私を飼い殺しにするつもりでしょうか」
私はここぞとばかりに、日頃の不満をぶつける。
だがちっともヒルデバルドに響かないのは知っている。
「それは王もお忙しい方ですので。ですが、なにか考えがあってのことです。もう少しだけお待ちください。リーン様からの伝言は必ずお伝えしますので」
「それは結構です」
私は慌てた。別にディオリュクス本人に直接苦情を言いたいわけではない。そんな命知らずな真似はできない。むしろ関わりたくない。下手なことを言って不興を買うのは困る。現に身に染みたじゃないか。
「いえ、リーン様からのお言葉、必ずお伝えします」
やけに張り切るヒルデバルドだが、そんなことはやめて欲しい。引きつった顔を見せた。
***
それから三日が過ぎた。
私は毎日、午前と午後の散歩に出る以外は、部屋にこもりっきり。変わらない毎日に嫌気がさしてきている。日にちの間隔すらなくなってきている。
ただなにも考えずに、夕日が沈みかけている外の景色を眺めていた。
その時、扉がノックされた。その音を聞き、眉をひそめた。
私の部屋を訪ねてくるのはヒルデバルドぐらいだ。だがいつもとノックの仕方が違うのが気になった。
エイミーがいそいそと扉に向かい対応した。訪ねてきた人物は女性で、なにかを話している。
やがてエイミーが慌てた様子で戻ってきた。
「リーン様、ご準備いたしましょう」
「なんの……?」
急にそう言われても、なんのことだろう。首を傾げた。
「ディオリュクス様が夕食にリーン様をお呼びでございます」
ヒュッと喉の奥から変な声が出そうになり、胸を抑えた。
私がディオリュクスと会うの!? 今から!?
ドクドクと心臓の鼓動が強くなり、まずは静まるように息を深く吐き出した。
「行きたくないわ。断ることはできないの?」
「それは……」
首を振り、悲壮な表情を見せるエイミーだが、私もここは譲りたくない。
「私は行かない。そう伝えて」
頑なに拒否を貫いているとエイミーは泣き出しそうになっている。エイミーに言ったところで無理だとわかっている。ただ彼女を困らせるだけだと思うのだが、自分の感情に嘘をつきたくはない。
行ったら最後、無事にこの部屋に戻ってこれる保証もない。
微妙な空気が流れた時、静かに扉が開いた。
驚いてハッとした顔を向けると、ヒルデバルドが立っており、深く頭を下げた。
「ノックをしたのですが、話し声が廊下にまで響いていたので、開けさせていただきました」
どうやら自分でも知らずに、声が大きくなっていたようだ。外に漏れていたのだと思うと、多少決まり悪い。
「では、リーン様、準備いたしましょう」
「私は行きたくない」
だがヒルデバルドは私の様子など、気にも留めない。
――相変わらず、都合の悪いことは聞こえないお耳のようで。
皮肉の一つも言いたくなる。
ヒルデバルトは勢いよく背後を振り返る。それを合図にメイドが三人、部屋に入ってきた。
「さあ、リーン様。夕食まで時間がありません。今から準備いたしましょう」
ヒルデバルドの指示のもと、有無もいわさずメイドに囲まれる。ベテランのメイドだろうか、表情一つ変えずに命令に従おうとする。
オロオロするエミリーは彼女たちに囲まれ、居場所がなさそうだ。
「では、あとから迎えにきます」
そう言いながらにこやかに部屋から出ていくヒルデバルドの背中を恨めしい気持ちでにらんだ。
そして私はメイドたちの手によって磨き上げられた。
深いボルドーカラーに透明感のあるチュールを幾重にも重ねたドレス。ビスチェからスカートにかけて細かなレースをあしらい、贅沢だが気品あるドレス。髪はまとめて高く結い上げられて、真珠の飾りをつけられた。
パウダーをはたかれ、薄く化粧をさせられた。鏡にうつる自分の、やけに気合の入った姿を見てため息をつく。
そうしてしばらくすると、部屋にノックの音が響く。
扉の向こうから姿を現したヒルデバルドも正装だ。
「おお、リーン様。とても美しいです」
私じゃなくて、このドレスのせいでそう見えるのだろう。
素直に言葉を受け取れなくなっているのは、絶対この環境のせいだ。引きこもりすぎて性格もゆがんでくるわ。
私をひと通り褒め終えたヒルデバルドは、スッと手を差し出した。
「行きましょう」
ここまで来たら断ることもできない。ならばもう行くしかないと、やっと覚悟を決めた。
大人しく彼の手を取る。ヒルデバルドは横目で私を見ると、口の端を上げて微笑んだ。
そして中庭の続く回廊を通り、私が日頃立ち入ることのない通路まできた。脇には騎士が立っているが、さすがにヒルデバルドがいると通行を許可された。私だけだと、止められるのに。
彼らを恨んでも仕方ない。それが仕事だと思いながら通り過ぎる際、チラッと横目で見た。
広い廊下を真っすぐに進む。ふかふかの絨毯を踏みしめ、どのぐらい歩いただろうか。すでに結構な距離を歩いていると思うが、それだけこの城は広いということだ。
「王は、いつも食事は人と取られるのですか」
なぜ私を呼んだのだろう。その意図は? ヒルデバルドに探りを入れた。
「お忙しい方ですので、お一人で取られることが多いです」
じゃあなぜわざわざ私を呼びつけるの? 意味がわからない。そもそも味などわかるのだろうか。会話を楽しむなんて、想像つかない。あのディオリュクスを前にして、なにを話せばいいというのか。
食欲なんてあるはずもない。
なにを言い出すのか予想もつかない。唇をギュッと噛みしめた。
「緊張しておられますか?」
ヒルデバルドがごく当たり前のことを、こともなげに聞いてきた。
「ええ。よく知らない相手と、いきなり食事を取るなんて、緊張するなというほうが無理ですよね」
たっぷりの嫌味をのせ、微笑んで告げる。
「そう緊張せず、自然体でいるのがいいでしょう」
「私、あの人のこと、なにも知りませんから」
知りたくもないのが本音だった。神殿預かりになるとほぼ決定事項だったのに、土壇場で覆したのは誰? そうじゃなければ、今頃サーラに会う目途もついて、多少心も落ち着いていたかもしれないのに。
ディオリュクスの、あの圧倒的な王者のオーラと威圧感をこれから前にすると思うと、精神がガリガリに削られる。
「もしや、二人っきりとか言いませんよね?」
ふと心にわいた疑問を口にした。
まさか他にも人がいるのだろう。確認のために聞いてみたら、ヒルデバルドはにっこりと微笑んだ。
「私が背後に仕えています。安心して食事をお楽しみください」
暗に二人きりだということを示している。
……終わった。
私はここぞとばかりに、日頃の不満をぶつける。
だがちっともヒルデバルドに響かないのは知っている。
「それは王もお忙しい方ですので。ですが、なにか考えがあってのことです。もう少しだけお待ちください。リーン様からの伝言は必ずお伝えしますので」
「それは結構です」
私は慌てた。別にディオリュクス本人に直接苦情を言いたいわけではない。そんな命知らずな真似はできない。むしろ関わりたくない。下手なことを言って不興を買うのは困る。現に身に染みたじゃないか。
「いえ、リーン様からのお言葉、必ずお伝えします」
やけに張り切るヒルデバルドだが、そんなことはやめて欲しい。引きつった顔を見せた。
***
それから三日が過ぎた。
私は毎日、午前と午後の散歩に出る以外は、部屋にこもりっきり。変わらない毎日に嫌気がさしてきている。日にちの間隔すらなくなってきている。
ただなにも考えずに、夕日が沈みかけている外の景色を眺めていた。
その時、扉がノックされた。その音を聞き、眉をひそめた。
私の部屋を訪ねてくるのはヒルデバルドぐらいだ。だがいつもとノックの仕方が違うのが気になった。
エイミーがいそいそと扉に向かい対応した。訪ねてきた人物は女性で、なにかを話している。
やがてエイミーが慌てた様子で戻ってきた。
「リーン様、ご準備いたしましょう」
「なんの……?」
急にそう言われても、なんのことだろう。首を傾げた。
「ディオリュクス様が夕食にリーン様をお呼びでございます」
ヒュッと喉の奥から変な声が出そうになり、胸を抑えた。
私がディオリュクスと会うの!? 今から!?
ドクドクと心臓の鼓動が強くなり、まずは静まるように息を深く吐き出した。
「行きたくないわ。断ることはできないの?」
「それは……」
首を振り、悲壮な表情を見せるエイミーだが、私もここは譲りたくない。
「私は行かない。そう伝えて」
頑なに拒否を貫いているとエイミーは泣き出しそうになっている。エイミーに言ったところで無理だとわかっている。ただ彼女を困らせるだけだと思うのだが、自分の感情に嘘をつきたくはない。
行ったら最後、無事にこの部屋に戻ってこれる保証もない。
微妙な空気が流れた時、静かに扉が開いた。
驚いてハッとした顔を向けると、ヒルデバルドが立っており、深く頭を下げた。
「ノックをしたのですが、話し声が廊下にまで響いていたので、開けさせていただきました」
どうやら自分でも知らずに、声が大きくなっていたようだ。外に漏れていたのだと思うと、多少決まり悪い。
「では、リーン様、準備いたしましょう」
「私は行きたくない」
だがヒルデバルドは私の様子など、気にも留めない。
――相変わらず、都合の悪いことは聞こえないお耳のようで。
皮肉の一つも言いたくなる。
ヒルデバルトは勢いよく背後を振り返る。それを合図にメイドが三人、部屋に入ってきた。
「さあ、リーン様。夕食まで時間がありません。今から準備いたしましょう」
ヒルデバルドの指示のもと、有無もいわさずメイドに囲まれる。ベテランのメイドだろうか、表情一つ変えずに命令に従おうとする。
オロオロするエミリーは彼女たちに囲まれ、居場所がなさそうだ。
「では、あとから迎えにきます」
そう言いながらにこやかに部屋から出ていくヒルデバルドの背中を恨めしい気持ちでにらんだ。
そして私はメイドたちの手によって磨き上げられた。
深いボルドーカラーに透明感のあるチュールを幾重にも重ねたドレス。ビスチェからスカートにかけて細かなレースをあしらい、贅沢だが気品あるドレス。髪はまとめて高く結い上げられて、真珠の飾りをつけられた。
パウダーをはたかれ、薄く化粧をさせられた。鏡にうつる自分の、やけに気合の入った姿を見てため息をつく。
そうしてしばらくすると、部屋にノックの音が響く。
扉の向こうから姿を現したヒルデバルドも正装だ。
「おお、リーン様。とても美しいです」
私じゃなくて、このドレスのせいでそう見えるのだろう。
素直に言葉を受け取れなくなっているのは、絶対この環境のせいだ。引きこもりすぎて性格もゆがんでくるわ。
私をひと通り褒め終えたヒルデバルドは、スッと手を差し出した。
「行きましょう」
ここまで来たら断ることもできない。ならばもう行くしかないと、やっと覚悟を決めた。
大人しく彼の手を取る。ヒルデバルドは横目で私を見ると、口の端を上げて微笑んだ。
そして中庭の続く回廊を通り、私が日頃立ち入ることのない通路まできた。脇には騎士が立っているが、さすがにヒルデバルドがいると通行を許可された。私だけだと、止められるのに。
彼らを恨んでも仕方ない。それが仕事だと思いながら通り過ぎる際、チラッと横目で見た。
広い廊下を真っすぐに進む。ふかふかの絨毯を踏みしめ、どのぐらい歩いただろうか。すでに結構な距離を歩いていると思うが、それだけこの城は広いということだ。
「王は、いつも食事は人と取られるのですか」
なぜ私を呼んだのだろう。その意図は? ヒルデバルドに探りを入れた。
「お忙しい方ですので、お一人で取られることが多いです」
じゃあなぜわざわざ私を呼びつけるの? 意味がわからない。そもそも味などわかるのだろうか。会話を楽しむなんて、想像つかない。あのディオリュクスを前にして、なにを話せばいいというのか。
食欲なんてあるはずもない。
なにを言い出すのか予想もつかない。唇をギュッと噛みしめた。
「緊張しておられますか?」
ヒルデバルドがごく当たり前のことを、こともなげに聞いてきた。
「ええ。よく知らない相手と、いきなり食事を取るなんて、緊張するなというほうが無理ですよね」
たっぷりの嫌味をのせ、微笑んで告げる。
「そう緊張せず、自然体でいるのがいいでしょう」
「私、あの人のこと、なにも知りませんから」
知りたくもないのが本音だった。神殿預かりになるとほぼ決定事項だったのに、土壇場で覆したのは誰? そうじゃなければ、今頃サーラに会う目途もついて、多少心も落ち着いていたかもしれないのに。
ディオリュクスの、あの圧倒的な王者のオーラと威圧感をこれから前にすると思うと、精神がガリガリに削られる。
「もしや、二人っきりとか言いませんよね?」
ふと心にわいた疑問を口にした。
まさか他にも人がいるのだろう。確認のために聞いてみたら、ヒルデバルドはにっこりと微笑んだ。
「私が背後に仕えています。安心して食事をお楽しみください」
暗に二人きりだということを示している。
……終わった。
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