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3.不当解雇はダメ、絶対

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「ああ、疲れた……」

 自室に戻ってすぐにベッドへ倒れこんだ。
 なんだろう、食事をしただけなのに、体力がガリガリと削られた気がするが、気のせいではない。

「はしたないですよ、お嬢様」

 やんわりと私をたしなめる声が聞こえるが、ハンナだ。幼い頃から私に仕え、年も近いので、私に対して遠慮なくものを言う。むしろズケズケと強気だ。だが、今回の結婚で私についてきてくれた頼もしいメイドだ。
 私はベッドからむくりと起き上がると、すかさず反論する。

「だって、なにを食べているのか、味がしないわ。いつもだったら完食するのに、食事の半分しか喉を通らないのよ」
「確かにご実家にいらした時のお嬢様は食欲旺盛でした。ご兄弟と焼きたてパンの争奪戦を何度目にしたことか、わかりません」
「あー、実家が恋しいわぁ」

 再びドサッとベッドに倒れ込んだ。

「しーっ。お嬢様。そんなことを聞かれたら大変ですわ」

 慌てるハンナを見てため息をついた。

「いいのよ。そもそもこの結婚こそ、なにかの間違いじゃないかと思っているから。時間がたって実家に戻されるのもありっていえば、ありだわ」

 本当にあのランスロット・ハーディ侯爵がなぜ私との結婚を望んだのか、いまだにわからないでいる。

「でしたらお嬢様、直接たずねてみるといいのでは?」
「ちょっとハンナ、私と二度と会えなくなってもいいというの?」

 呑気なハンナをジロリとにらみ、すかさず反論する。

「あんな威圧感たっぷりのお方を前にして、そんな質問などできるわけがないわ。鼻で笑われるか、目を細めて侮蔑されるに決まっている。想像するだけで息が止まりそうだわ」
「まあ、確かに迫力たっぷりのお方ですからね」
「あの方に自分から話しかけるだなんて、そんな寿命が縮むことはしたくない」
 
 気が重くなり、枕に突っ伏した。

 翌日もまた夕食の時間になる。嫌でもランスロット・ハーディ侯爵と顔を合わせる。
 引きつる顔を必死に隠して席につくと、すぐさま食事が運ばれてくる。
 メインディッシュは魚のムニエルだ。香ばしいスパイスの香りがする。だが、あまり食欲がわかず、とりあえずナイフで切り刻んた。

 なんだかこうやっているだけで、お腹いっぱいだわ。
 手を止めるわけにはいかないので、ナイフでさらに小さく切り刻んだ。

「――口に合わないか?」

 しばらくすると低い声がかけられた。
 びっくりしてナイフを落としそうになった。
 動揺を隠し、前に置かれた皿に視線を落とす。そこには料理が半分以上残っている。

 いえ、料理は美味しいのですが、あなたとの空間に緊張しすぎて胃痛がするんです、なんて言えるわけがない。
 返答に困り、まずは水を飲もうとグラスに口つけた。

「料理人を変えよう」

 ランスロット・ハーディ侯爵が発した言葉を聞き、胸がウッとつっかえた。そして盛大にむせた。
 みっともなくゴホゴホと咳き込む姿をランスロット・ハーディ侯爵は眉一つ動かさず、ジッと見つめている。
 その視線が痛い。『うるさいな、早くその咳を止めろ』と思っていそうだ。いや、完全な私の妄想だが。

 料理人を変える? そんなバカな。
 それはもしや私の食が進まないことが問題だと言っている?
 でも料理人じゃなくて、これは私の問題なの。

「な、なぜでしょうか。こんなに美味しい料理を作ってくださるのに。ご不満があるのですか」

 勇気を振り絞って聞いてみた。

「食が進んでいないようだ」

 彼が顎をクイッと上げた先には私の皿がある。小さく切り刻まれているが、ほぼ手つかずで残っている。

「いえ、今からいただこうと思っていたのです。さ、最高ですわ、このお屋敷の料理は」

 涙目になりながら、急いで口にかけこんだ。

 ランスロット・ハーディ侯爵はテーブルに両肘を付き、ジッと私を観察している。
 見られていると余計に食べにくいんですけど!!
 彼は私が完食したのを見届けると、ようやく視線を逸した。

 なにこれ、つまり『お前が完食しないなら、料理人を解雇だぞ』と暗に脅しをかけている?
 やめて、料理人たちもいいとばっちりだわ。私のせいだと恨むだろう。

「今日のお料理も美味しいですわ」

 無理やり、オホホと微笑むと頬がピクピクと痙攣した。

 ああ、疲れる。

「実家にいた時から小食でして、パン一つでも食べるとお腹いっぱいだったんです」

 ――嘘だけど。

 焼きたてパンなど、ご飯の前にペロッとたいらげるのは日常茶飯事で。つまみ食いしてよく怒られていたぐらいだ。だが、この場ではそう言っておくに限る。私は小食だから、そんなには食べられないアピールだ。

「こちらのお屋敷の料理を、いつも楽しみにしているのです」

 聞かれてもいないが、一人でペラペラと喋る。うるさいと思われるかもしれないが、私のせいで不当な解雇はダメ絶対。

 キリキリと痛み始めた胃を抑えながら、今日もなんとか食事を終えた。
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