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4.美味しい料理はぼっちでも美味しい
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翌日の夕食前、私は机に突っ伏していた。
「ああ、今日もこれから夕食の時間だと思うと胃が痛みだすわ」
ハンナが心配そうに顔をのぞきこんだ。
「どうしましょう、お嬢様。本日は体調がすぐれないから、自室で夕食を召し上がると連絡いたしましょうか?」
ハンナのありがたい申し出を聞き、ガバッと身を起こす。
「それいいわね!! 今日は体調が優れないから、自室で食べると伝えてきて」
そうよ、どうしてもっと早くこうしなかったのかしら。体調不良を理由にすれば、いくらなんでも無理やり同じ食卓につけと強要はしまい。
名案が浮かぶと同時に胃が軽くなった気分だ。
ハンナはさっそく伝えに行き、私はその後ろ姿を見送った。
「ああ、美味しかった」
久しぶりに全部完食した。今日のディナーはめちゃくちゃ美味しかった。
「本当、夕食を誰と食べるのかって、重要なことなのね」
気を使う相手より、一人ぼっちは最高だ。
ハンナの淹れてくれた紅茶を飲みながら、しみじみと感じた。
「胃は少しは良くなりましたでしょうか?」
「ええ、不思議なぐらいね」
やはり元凶はランスロット・ハーディ侯爵だ。彼を前にするだけで緊張で胃がキュッと縮こまるのだろう。
「明日からもずっと別室で頂きたいわ」
そんな風につぶやく私に、ハンナは困惑した表情を浮かべた。
そして翌日、ディナーの時間になる。
「ああ、ハンナお願い。今日もまだ体調が良くないから、別室で取ると伝えてきて」
「お嬢様大丈夫ですか? 顔色は悪くないです。むしろとっても良いのですが」
困惑しているハンナには悪いけれど、一人で食べることがどれだけ自由なことか身に染みてわかった。悪いけれど、しばらくは一人で食べたい。
「大丈夫よ、体調が優れないと伝えてちょうだい」
体調不良は免罪符。しばらくこの手でいくわ。
ハンナにも申し訳ないけれど、仮病を使わせてもらう。
そしてハンナは今日もまた、料理をカートに乗せて戻ってきた。
「今日の夕食はなにかしら? とってもいい匂いがするわ」
「お嬢様、元気じゃないですか」
ハンナは私をたしなめる視線を向けながら、食事の準備を始めている。
食欲をそそる香りが部屋に漂い始めている。
「わぁ、美味しい。このクリームスープ、絶品ね」
濃厚なスープの味に舌鼓を打つ。そしてメインディッシュはお肉だった。
「執事のトーマス様が体調不良を気遣い、体に優しい料理に変更しようか申し出て下さったのですが……」
「いえ、大丈夫よ。お肉を食べて精力をつけるわ!!」
肉汁したたるジューシーな肉にかぶりついた。
「ああ、最高に美味しかった」
「体調不良といいながら、完食するって、どういうことですかね」
ハンナは私の仮病に気づいているので、呆れた表情を浮かべる。
「病人でも完食できるほど、美味しい料理ということで」
ああ、本当に気兼ねなく食事できるって素敵。
ランスロット・ハーディ侯爵は忙しい方だ。基本、執務室に籠っているか外出しているので、夕食時にしか顔を合わせない。だからこれで二日は顔を見ていないことになる。
このままずっと別々で食事を続けて、私の存在を忘れてくれないかしら?
――なんて思ったが、さすがに口には出さなかった。
そして翌日。
「ハンナ、今日も体調不良で――」
「お嬢様、いい加減にしてください」
さすがにハンナが腰に手を当て、ピシャリと言い放った。幼い頃から仕えてくれているので、私に対して容赦がない。
「さすがに三日も続けば、怪しまれるに決まっています! 体調不良で食欲が衰えるどころか、逆に毎回完食するとか、どんな病人ですか」
「仕方ないじゃない。この部屋だとちゃんと美味しく感じれるんだもの。自室から出ると、急に胃が痛くなるのはなんでかしらね」
自分でもこのままじゃいけないというのは、わかっている。ランスロット・ハーディ侯爵にも失礼なことをしている自覚もある。
だが頭ではそう思っていても、体は正直だ。彼を前にすると緊張してしまう事実は変えられない。
ハンナに叱られたことで、気落ちしてうつむく。
その様子を見たハンナは大きくため息をついた。
「仕方ない、今日が最後ですよ」
「えっ、いいの?」
パッと顔をあげると、ハンナはやれやれといった様子で腰に手をあてた。
「その代わり、明日からは元通りに食事をなさってくださいね」
「ええ、わかったわ」
嬉しさのあまりハンナにギュッと抱きついた。
なんだかんだいってハンナは最後には私に甘い。私が慣れないハーディ侯爵家に嫁いできて苦労していることに同情してくれているのだろう。
さあ、私は最後の楽しい夕食を楽しもう。心に決めたのだった。
「ああ、今日もこれから夕食の時間だと思うと胃が痛みだすわ」
ハンナが心配そうに顔をのぞきこんだ。
「どうしましょう、お嬢様。本日は体調がすぐれないから、自室で夕食を召し上がると連絡いたしましょうか?」
ハンナのありがたい申し出を聞き、ガバッと身を起こす。
「それいいわね!! 今日は体調が優れないから、自室で食べると伝えてきて」
そうよ、どうしてもっと早くこうしなかったのかしら。体調不良を理由にすれば、いくらなんでも無理やり同じ食卓につけと強要はしまい。
名案が浮かぶと同時に胃が軽くなった気分だ。
ハンナはさっそく伝えに行き、私はその後ろ姿を見送った。
「ああ、美味しかった」
久しぶりに全部完食した。今日のディナーはめちゃくちゃ美味しかった。
「本当、夕食を誰と食べるのかって、重要なことなのね」
気を使う相手より、一人ぼっちは最高だ。
ハンナの淹れてくれた紅茶を飲みながら、しみじみと感じた。
「胃は少しは良くなりましたでしょうか?」
「ええ、不思議なぐらいね」
やはり元凶はランスロット・ハーディ侯爵だ。彼を前にするだけで緊張で胃がキュッと縮こまるのだろう。
「明日からもずっと別室で頂きたいわ」
そんな風につぶやく私に、ハンナは困惑した表情を浮かべた。
そして翌日、ディナーの時間になる。
「ああ、ハンナお願い。今日もまだ体調が良くないから、別室で取ると伝えてきて」
「お嬢様大丈夫ですか? 顔色は悪くないです。むしろとっても良いのですが」
困惑しているハンナには悪いけれど、一人で食べることがどれだけ自由なことか身に染みてわかった。悪いけれど、しばらくは一人で食べたい。
「大丈夫よ、体調が優れないと伝えてちょうだい」
体調不良は免罪符。しばらくこの手でいくわ。
ハンナにも申し訳ないけれど、仮病を使わせてもらう。
そしてハンナは今日もまた、料理をカートに乗せて戻ってきた。
「今日の夕食はなにかしら? とってもいい匂いがするわ」
「お嬢様、元気じゃないですか」
ハンナは私をたしなめる視線を向けながら、食事の準備を始めている。
食欲をそそる香りが部屋に漂い始めている。
「わぁ、美味しい。このクリームスープ、絶品ね」
濃厚なスープの味に舌鼓を打つ。そしてメインディッシュはお肉だった。
「執事のトーマス様が体調不良を気遣い、体に優しい料理に変更しようか申し出て下さったのですが……」
「いえ、大丈夫よ。お肉を食べて精力をつけるわ!!」
肉汁したたるジューシーな肉にかぶりついた。
「ああ、最高に美味しかった」
「体調不良といいながら、完食するって、どういうことですかね」
ハンナは私の仮病に気づいているので、呆れた表情を浮かべる。
「病人でも完食できるほど、美味しい料理ということで」
ああ、本当に気兼ねなく食事できるって素敵。
ランスロット・ハーディ侯爵は忙しい方だ。基本、執務室に籠っているか外出しているので、夕食時にしか顔を合わせない。だからこれで二日は顔を見ていないことになる。
このままずっと別々で食事を続けて、私の存在を忘れてくれないかしら?
――なんて思ったが、さすがに口には出さなかった。
そして翌日。
「ハンナ、今日も体調不良で――」
「お嬢様、いい加減にしてください」
さすがにハンナが腰に手を当て、ピシャリと言い放った。幼い頃から仕えてくれているので、私に対して容赦がない。
「さすがに三日も続けば、怪しまれるに決まっています! 体調不良で食欲が衰えるどころか、逆に毎回完食するとか、どんな病人ですか」
「仕方ないじゃない。この部屋だとちゃんと美味しく感じれるんだもの。自室から出ると、急に胃が痛くなるのはなんでかしらね」
自分でもこのままじゃいけないというのは、わかっている。ランスロット・ハーディ侯爵にも失礼なことをしている自覚もある。
だが頭ではそう思っていても、体は正直だ。彼を前にすると緊張してしまう事実は変えられない。
ハンナに叱られたことで、気落ちしてうつむく。
その様子を見たハンナは大きくため息をついた。
「仕方ない、今日が最後ですよ」
「えっ、いいの?」
パッと顔をあげると、ハンナはやれやれといった様子で腰に手をあてた。
「その代わり、明日からは元通りに食事をなさってくださいね」
「ええ、わかったわ」
嬉しさのあまりハンナにギュッと抱きついた。
なんだかんだいってハンナは最後には私に甘い。私が慣れないハーディ侯爵家に嫁いできて苦労していることに同情してくれているのだろう。
さあ、私は最後の楽しい夕食を楽しもう。心に決めたのだった。
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