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第13話 裏切り
しおりを挟む「わぁ、おいしそう」
ケーキを前にして、ぱっと顔を明るくするユズル君。
僕は目尻を和ませながら、ケーキをナイフで切り分けた。切り分けたケーキをお皿に乗せていって、僕たち三人の前にそれぞれ並べる。
「そうだな、うまそう。リリムが作ったのか?」
「うん。今夜は聖夜祭だからね」
「……聖夜祭? よく分からないけど、魔族なのに聖なる夜を祝うのか?」
変なの、とケーキを食べながらこぼす理久に、僕は苦笑した。……僕も最初は同じことを思っていたよ。でも、そういう慣習だから。
「魔族にだって、信仰する神がいるんだよ。僕は信仰心なんて全然ないけど」
「へぇー。どの種族にも宗教観念ってあるもんなんだな。まっ、それよりも、ケーキうまいよ。なぁ、ユズ」
「うん!」
上機嫌で答えたユズル君を見やると、口の周りにいっぱい生クリームをつけてる。あらら、白いヒゲを生やしたみたいだ。
僕と理久は小さく吹き出してから、ユズル君の口周りを手巾で拭ってあげた。
「こら、ユズ。もう少し綺麗に食べろよ」
「えー、ちゃんと食べてるもん」
「どこかだ。生クリームがもったいないだろ」
「じゃあ、りくが食べさせてよ」
「はぁ……仕方ないな。ほら、あーん」
相変わらず仲睦まじい二人の様子を、僕は微笑ましく眺める。なんだか、本当の親子みたいだ。最近のユズル君は現世に慣れてきたのか、口数も増えてきたし。
このままずっと、穏やかな日々が続いたらいいな。
そう思ったところで、自宅の呼び鈴が鳴った。んん? 誰だろう、こんな時間に。
理久はユズル君の相手をしているので、自然と僕が来客対応することになる。食堂を出て玄関に向かい、扉を開けると、そこには。
「あれ、オセさんじゃないですか」
緊張した面持ちのオセさんが立っていた。
「どうかしたんですか? あっ、家に上がりますか。寒いでしょう」
「いや、いいよ。それよりもリリム、大変だ。例の反人間派の件、封印が解かれたかもしれないんだ」
「え!?」
封印が解かれたかもしれない。――先代魔王の魂を。
「そんな……どうやってあの場所を」
「分からない。ともかく、私とリリムで地下洞窟へ様子を見に行ってくれと、ハーゲンティさんから頼まれた。一緒に行けるかい」
「もちろんです」
「よし、じゃあ行こう」
僕は一度家の中に戻って理久に「ちょっと出かけてくる」と伝え、外に出た。オセさんが飛空魔術で操る空飛ぶ絨毯に乗って、先代魔王の魂を封印した地下洞窟へと向かう。
オセさんの空飛ぶ絨毯に乗るのは、初めてじゃない。それでも、小さくなっていく王都の街並みが夜の明かりできらきらと輝く宝石箱のように見える光景は、何度見ても美しい。
って、今はそれどころじゃないな。
「ハーゲンティさんとヴィネさんは、何をしているんですか」
「あの二人は、大聖堂の大神官の護衛だ。先代魔王の魂を解放したのが事実なら、大神官を脅して先代魔王を死者蘇生させるだろうから」
「……蘇生させられたら、大変なことになりますね」
「そうだね。だから、アザゼル陛下も大神官の護衛に加わっているよ。あの三人が相手では、何人束になってかかろうと無駄だと思うけれど……まぁ、一番いいのは先代魔王の魂が解放されていないことだ。私たちは迅速にその確認をしよう」
「はい」
王都からくだんの地下洞窟まで、空飛ぶ絨毯でも半日はかかる。今は夜になったばかりだから、明日の朝には到着するだろう。
……せっかくの聖夜祭も、中途半端に終わってしまったな。
それどころじゃないにしても、残念でならない。二人と少しでも一緒にケーキを食べられたことだけが幸いだ。
僕は理久からもらったマフラーを口元まで引っ張り上げ、凍えるような寒さをしのいだ。防寒着を着ているといっても、向かい風が突き刺すように冷たい。
手袋もつけてくればよかった。手が寒さでかじかむ。
両手を擦って吐息を吹きかけながら、僕は夜闇の前方を見た。
どうか。
先代魔王の魂の封印は、解かれていませんように。
それから半日ほど空飛ぶ絨毯で移動し、森奥にある地下洞窟へ辿り着いた。
薄暗い中、ぴしゃん、と天井から水滴が落ちる音が響く。うち一滴が顔に当たって、僕は「ひゃっ!?」と間抜けな声を上げてしまった。
「大丈夫かい、リリム」
「は、はい。水滴が当たっただけですから……」
ううっ、お恥ずかしい。
顔を赤らめる僕にオセさんは小さく笑い、「さぁ、行こう」と勇ましくも先導して歩く。
地下洞窟の奥には地底湖があり、そこに先代魔王の魂は封印されている。封印自体は解ける魔術師がいるだろうけど、場所はアザゼル陛下へ僕たち側近しか知らないから、一体どうやって突き止めたのか分からない。いや、まだ解放されたと決まったわけじゃないけど。
「……ねぇ、リリム。リリムには何をしてでも守りたいものがあるかい」
オセさんの唐突な言葉に、僕は返答に窮した。……何をしてでも守りたいもの?
「何をしてでも……とまでは分かりませんが、守りたいものならありますよ」
理久と、ユズル君だ。この二人が今の僕にとって守りたいものだ。
「そうか。私もあるよ。夫だ。夫のことだけは、何をしてでも守りたい。……たとえ、間違ったことをしたとしてもね」
「……オセさん?」
どうしたんだろう。こんな話を急にしてきて。
内心首を傾げつつ、僕たちは地底湖まで進んだ。そして地底湖の上に浮遊する黒い渦巻のようなものを見て、僕は顔色を変えた。
嘘、だろ……! 本当に先代魔王の魂が解放されてる……っ!
愕然としたけど、すぐに疑念がわいた。どうして、解放されたのにそのままここにとどまっているんだ。味方が死者蘇生させるのを待っているにしても、普通は場所を変えない?
《よくぞ、依り代をつれてきてくれた。オセ》
脳内に直接響くような、低い声。先代魔王の声だ。
……依り代をつれてきてくれた?
僕はこわごわと背後にいるオセさんを振り向いた。オセさんは俯いていた。
「すまない、リリム。……私には夫が何よりも大事なんだ」
「え……?」
裏切られた。
本能的に僕はそれを理解した。
《さて、リリム。――俺にその体を寄越せ》
迫ってくる、黒い渦巻のような先代魔王の魂。
逃げなければならないのに、その場に縫い付けられたように足が動かない。
このままでは、先代魔王に体を乗っ取られる。乗っ取られたら、何をされるか分からない。
誰か。
誰か。
誰か……助けて。
助けを求める頭に思い浮かんだのは、理久の顔。
「理、久……」
愛する人の名前を呼んだのを最後に、僕の意識は闇の中に沈んだ。
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