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第22話 新婚旅行2

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「相変わらず堅物だなー。あ、でもそういうところが素敵なんだよ、って感じですかね、フィルリート様」

 突然、話を振ってくるリネルさん。会話に入れない俺に気を遣ったのかもしれないけど、俺は咄嗟に上手く答えられなかった。
 はい、素敵なんです、なんて無邪気に答えられるかよ。ノロケているみたいだし、単純に率直すぎて恥ずかしい。

「あ、う、ええと……」

 どう返したらいいんだ。
 返答に窮する俺に助け舟を出したのは、ユージスだ。

「やめろ。フィルリートの口からそういうことを聞くのは、二人の時だけでいい」

 ん!? 二人の時にでもそんなこと言ったことあるか!?
 リネルさんは、ヒュウと口笛を鳴らした。

「へぇ、ラブラブじゃん。こりゃあ邪魔者は退散しないとな。じゃあな、ユージス。しばらく滞在するんだろ? また今度、酒でも飲もうぜ」

 片手を上げ、身を翻すリネルさん。俺に対しては「では、失礼します。フィルリート様」と穏やかな笑みを向けて挨拶をし、立ち去っていった。
 なんだか、嵐のようなひとだったな。

「従弟が失礼をした、フィルリート。だが、悪い奴ではないんだ」

 呆然と見送る俺にユージスがフォローを入れる。ああうん、悪いひとではなさそうっていう雰囲気はすごく感じたよ。ユージスとはキャラが大分違うけど。

「大丈夫だよ。別になんとも思っていないから。でも、従弟がいたんだな」
「ああ。商家に婿入りした叔父の次男坊だ」
「叔父さんはカトリシア地方伯爵の地位を継がなかったんだ」
「俺の両親が他界した時、すでに婿入りしていたから。カトリシア地方伯爵の地位を継ぐ資格がなかったし、それに本人のやる気もなかったらしい」

 なるほど。それで別の家柄が治めているっていうわけか。
 ちなみに現カトリシア地方伯爵夫夫は、先日の結婚お披露目パーティーにも参加してくれていたりする。カトリシア地方伯爵の方は、豪快そうなひとだったっけ。緊張していたからうろ覚えだけど。
 そんなやりとりをしながら、俺たちは宿屋に向かって再び歩き出す。
 あ、雪が降ってきた。大粒の雪の結晶だ。顔や手に当たってちょっと冷たい。今日は晴天で気温も高めらしいけど、極寒地では当たり前のように雪が降るんだな。前世で住んでいた街でも今世のザエノス侯爵領でも、冬でもさほど雪が降らないから貴重な体験だ。
 宿屋に着いてすぐ、俺は湯浴み。体が芯から温まってぽかぽかだ。さらに温かいミルクを持って、宿屋であてがわれた客室へ戻ると、そこにはなぜかユージスがいた。
 あ、俺たち部屋は別々なんだ。新婚旅行とはいえ、宿泊部屋まで一緒になりたくなかったんだろう。ユージスから個室にしようって提案があって。
 ……やっぱり、嫌われたままなんだろうな。ちょっと変わったくらいで、今までの仕打ちを許せるわけがない、か。
 ちくりと胸が痛んで、つい表情が曇ったけど、

「フィルリート?」

 名前を呼ばれて、慌てて平静を取り繕う。

「なんだよ、義兄上。ひとの部屋に押しかけて」
「その呼び方はやめてくれ。俺たちはもう夫夫なんだから」

 夫夫は夫夫でも、仮面夫夫だろ。
 という口から出かかった言葉を飲み込む。それを言ったら、台無しだ。

「……で、なんの用?」
「用がなければ、きてはダメか」
「そ、そういうわけじゃないけど……」

 普段、ザエノス侯爵邸でも、俺の自室には用がなければこないじゃん。それこそ発情期の夜くらいだろ。食事は、食堂で一緒にいただくようになっているけど。

「まぁ、用もあるんだが」

 あるのかよ。
 一体なんの用だろう。ユージスの言葉の続きを待っていると、俺の目の前までやってきたユージスは、俺の左手を手に取った。そして薬指にするりと何かがはめられる感触がした。
 解放された左手を見下ろした俺は、目を見開くほかない。というのも――左手の薬指にあったのは、銀製の指輪だったんだ。

「結婚指輪だ。遅くなってすまない」

 結婚指輪。
 そりゃあ結婚しているんだから、結婚指輪をもらうのは別におかしいことじゃない。むしろ、結婚お披露目パーティーの時点でもらっていなかったことの方が変だったかもしれない。
 でもなんだろう、俺は無性に泣きたくなった。
 現実を突きつけられた気がしたんだ。俺たちは愛のない結婚をしているんだって。だってそうだろ。ユージスの気持ちは俺にはない。形だけの、名ばかり仮面夫夫。
 そんなことは百も承知で、なんならそれがラッキーとでも思っていたのに……今は、その事実がただただ苦しい。

「……いらない。こんなの」

 反射的に口がそう動いた。

「え?」
「本当に愛しているひとに贈れよ」

 俺はもらった結婚指輪を左手の薬指から抜き、傍にあったテーブルの上にそっと置く。そしてその場から逃げるように、客室を飛び出した。
 このまま宿屋にいたら、ユージスが追いかけてくるかもしれない。だから、勢いのままに宿屋も出ようとしたんだけど……忘れていたよ。『フィルリート』って極度の運動音痴で足が遅いんだった。

「フィルリート!」

 一階に続く階段を下りる前に、追いかけてきたユージスに捕まってしまうという。まるで茶番だ。追いかけてきてほしかったんです、って傍目には伝わってそう。いや、違うんだ。今の俺は本当にユージスとは顔を合わせたくなかったんだよ。
 すべては、『フィルリート』の足が遅すぎるだけなんだ!

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