22 / 31
第22話 新婚旅行2
しおりを挟む「相変わらず堅物だなー。あ、でもそういうところが素敵なんだよ、って感じですかね、フィルリート様」
突然、話を振ってくるリネルさん。会話に入れない俺に気を遣ったのかもしれないけど、俺は咄嗟に上手く答えられなかった。
はい、素敵なんです、なんて無邪気に答えられるかよ。ノロケているみたいだし、単純に率直すぎて恥ずかしい。
「あ、う、ええと……」
どう返したらいいんだ。
返答に窮する俺に助け舟を出したのは、ユージスだ。
「やめろ。フィルリートの口からそういうことを聞くのは、二人の時だけでいい」
ん!? 二人の時にでもそんなこと言ったことあるか!?
リネルさんは、ヒュウと口笛を鳴らした。
「へぇ、ラブラブじゃん。こりゃあ邪魔者は退散しないとな。じゃあな、ユージス。しばらく滞在するんだろ? また今度、酒でも飲もうぜ」
片手を上げ、身を翻すリネルさん。俺に対しては「では、失礼します。フィルリート様」と穏やかな笑みを向けて挨拶をし、立ち去っていった。
なんだか、嵐のようなひとだったな。
「従弟が失礼をした、フィルリート。だが、悪い奴ではないんだ」
呆然と見送る俺にユージスがフォローを入れる。ああうん、悪いひとではなさそうっていう雰囲気はすごく感じたよ。ユージスとはキャラが大分違うけど。
「大丈夫だよ。別になんとも思っていないから。でも、従弟がいたんだな」
「ああ。商家に婿入りした叔父の次男坊だ」
「叔父さんはカトリシア地方伯爵の地位を継がなかったんだ」
「俺の両親が他界した時、すでに婿入りしていたから。カトリシア地方伯爵の地位を継ぐ資格がなかったし、それに本人のやる気もなかったらしい」
なるほど。それで別の家柄が治めているっていうわけか。
ちなみに現カトリシア地方伯爵夫夫は、先日の結婚お披露目パーティーにも参加してくれていたりする。カトリシア地方伯爵の方は、豪快そうなひとだったっけ。緊張していたからうろ覚えだけど。
そんなやりとりをしながら、俺たちは宿屋に向かって再び歩き出す。
あ、雪が降ってきた。大粒の雪の結晶だ。顔や手に当たってちょっと冷たい。今日は晴天で気温も高めらしいけど、極寒地では当たり前のように雪が降るんだな。前世で住んでいた街でも今世のザエノス侯爵領でも、冬でもさほど雪が降らないから貴重な体験だ。
宿屋に着いてすぐ、俺は湯浴み。体が芯から温まってぽかぽかだ。さらに温かいミルクを持って、宿屋であてがわれた客室へ戻ると、そこにはなぜかユージスがいた。
あ、俺たち部屋は別々なんだ。新婚旅行とはいえ、宿泊部屋まで一緒になりたくなかったんだろう。ユージスから個室にしようって提案があって。
……やっぱり、嫌われたままなんだろうな。ちょっと変わったくらいで、今までの仕打ちを許せるわけがない、か。
ちくりと胸が痛んで、つい表情が曇ったけど、
「フィルリート?」
名前を呼ばれて、慌てて平静を取り繕う。
「なんだよ、義兄上。ひとの部屋に押しかけて」
「その呼び方はやめてくれ。俺たちはもう夫夫なんだから」
夫夫は夫夫でも、仮面夫夫だろ。
という口から出かかった言葉を飲み込む。それを言ったら、台無しだ。
「……で、なんの用?」
「用がなければ、きてはダメか」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
普段、ザエノス侯爵邸でも、俺の自室には用がなければこないじゃん。それこそ発情期の夜くらいだろ。食事は、食堂で一緒にいただくようになっているけど。
「まぁ、用もあるんだが」
あるのかよ。
一体なんの用だろう。ユージスの言葉の続きを待っていると、俺の目の前までやってきたユージスは、俺の左手を手に取った。そして薬指にするりと何かがはめられる感触がした。
解放された左手を見下ろした俺は、目を見開くほかない。というのも――左手の薬指にあったのは、銀製の指輪だったんだ。
「結婚指輪だ。遅くなってすまない」
結婚指輪。
そりゃあ結婚しているんだから、結婚指輪をもらうのは別におかしいことじゃない。むしろ、結婚お披露目パーティーの時点でもらっていなかったことの方が変だったかもしれない。
でもなんだろう、俺は無性に泣きたくなった。
現実を突きつけられた気がしたんだ。俺たちは愛のない結婚をしているんだって。だってそうだろ。ユージスの気持ちは俺にはない。形だけの、名ばかり仮面夫夫。
そんなことは百も承知で、なんならそれがラッキーとでも思っていたのに……今は、その事実がただただ苦しい。
「……いらない。こんなの」
反射的に口がそう動いた。
「え?」
「本当に愛しているひとに贈れよ」
俺はもらった結婚指輪を左手の薬指から抜き、傍にあったテーブルの上にそっと置く。そしてその場から逃げるように、客室を飛び出した。
このまま宿屋にいたら、ユージスが追いかけてくるかもしれない。だから、勢いのままに宿屋も出ようとしたんだけど……忘れていたよ。『フィルリート』って極度の運動音痴で足が遅いんだった。
「フィルリート!」
一階に続く階段を下りる前に、追いかけてきたユージスに捕まってしまうという。まるで茶番だ。追いかけてきてほしかったんです、って傍目には伝わってそう。いや、違うんだ。今の俺は本当にユージスとは顔を合わせたくなかったんだよ。
すべては、『フィルリート』の足が遅すぎるだけなんだ!
応援ありがとうございます!
809
お気に入りに追加
1,504
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる