誰も残らなかった物語

悠十

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第一幕

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 アリシア・レノハルトは侯爵令嬢であった。そして、この国の王太子、クリストファー・エーデルバルトの婚約者でもあった。
 幼い頃からこの国の未来の王を支えるため、数々の厳しい勉強をクリアし、励んできた。
 しかし、ある時クリストファーが恋をした。相手は同じ学園に通う、特待生の平民の少女だった。
 そこからは坂から転がり落ちるかの如く、二人はお互いを強く求め、無くてはならない存在になった。
 それを知ったアリシアは、「では、良きようにしましょう」と微笑んで、手筈を整えた。
 まずは平民の少女、リリアに直接会い、その意思を確かめた。

「もし殿下と結ばれたいと考えるなら、貴方には貴族の元へ養子へ行ってもらい、そこから側妃として殿下のお傍に上がってもらう様になります」
「はい……」

 王族は血筋を残す為に正妃以外にも妃を迎えるのが普通だが、平民は一対一が普通である。リリアは自分以外にクリストファーの妻となる女性が居るのが辛かった。
 そんなリリアの様子から察したのか、アリシアは少し同情的な顔をしながら告げる。

「リリアさん。貴方の気持ちは良く分かるけれど、私と殿下との婚姻は国の為のものなの。だから、私が殿下と婚姻を結ばないという選択は取れないの」
「はい、それは、分かります」

 アリシアの言葉にリリアは俯いていた顔を慌てて上げて、美しいお姫様を、未来の国母となるに相応しい女性を見た。

「でもね、殿下の心は貴女だけのものよ」

 優しく微笑む女性に、リリアは目を見開く。

「私と殿下の間には、恋愛感情は無いの。あるとすれば、国を支える同士としての感情かしら?」

 くすり、と笑い、アリシアは内緒話をするかのように、声を潜めてリリアに告げる。

「実はね、私も好きな人が居るのよ」

 ぎょっとして目を剥くリリアに、アリシアは微笑む。

「だけど、私は王太子殿下の婚約者。国の為に在る女ですから、もちろんその方とは結ばれない運命です」

 リリアはアリシアの瞳が複雑な感情を湛えている事に気付き、その言葉が真実である事を知った。

「実はね、幸か不幸か、その方も私を愛してくださってたの。けれど、結ばれる筈も無い関係ですもの。私たちの関係は、そこでお終い。でもね、その方、私以外とは誰とも婚姻を結びたくないと言って、俗世とは縁を切り、僧籍に入られたの」

 アリシアの瞳が、愛しさに潤む。
リリアはそれを見て、何て美しいんだろうと思った。

「私、とても嬉しかったわ。私は殿下に嫁ぐけれど、愛はあの方に捧げたの。だから、私は王太子殿下を愛せないのよ」

 だからね、とアリシアは言う。

「私、殿下と貴女が愛し合っている事が、とても嬉しいの。殿下は潔癖な所があるから、きっと私にそういった意味で触れる事は無いでしょう。きっと、外からはどう見られようと、実際は私は殿下の仕事仲間で、貴女は殿下の妻になると思うわ」

 アリシアはそっと小首を傾げ、尋ねる。

「殿下をお任せしても、よろしいかしら?」

 リリアはぎこちなくはあったが、強張りの取れた表情で、静かに頷いた。
 この日より、アリシアとリリアは友になった。



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