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四章 新しい仲間たちの始まり

終わりの、始まり

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 望郷と妖精王カラカラの配下との戦い。

 開始と同時に眠りの妖精ザントマンが倒され、それに次いで決闘を求める妖精ライアーグ赤帽子の妖精レッドキャップが怒涛の速さで切り捨てられた。

 四対四で始まった戦いも、残るは守る妖精スプリガンのみ。
 一対四であれば、勝負は決まったようなものだ。

 「決着をつけるぞ!」
 「「「応!」」」

 ディートリヒの掛け声に、他のメンバーたちがスプリガンと戦うために終結する。
 返答した声は、決死の覚悟をした時と違って勢いがあった。

 一対四であれば、日頃の魔獣討伐と変わらない。日常的な鍛錬が生きてくる。
 スプリガンは確かに強い魔獣だが、完璧な連携を見せる望郷の前にはひとたまりも無い。

 <ふふふふ……。妖精王よ!もう貴様の配下の負けは確定したのではないか?>
 <うるさい!>
 <これ以上戦いを継続しても無意味であろう?恩情を掛けて中止にしてやってもいいのだぞ?貴様も、これ以上配下の数を減らしたくないであろう?ほら、我の情けにすがれ>
 <うるさい!!>

 グリおじさんがカラカラを煽る不愉快な声が聞こえてくるが、望郷のメンバーたちは冷静だ。

 戦闘中に聞こえてくるグリおじさんの鬱陶しい妄言暴言失言放言には慣れている。
 なにせ、抑えてくれるロアのいないこの旅の間、ひたすらに聞かされ続けたのだから。

 まともに聞いていると神経が磨り減るのだから、慣れるしかなかった。
 それでもたまに無視できない発言があったりもするが、集中しないといけない時には感情を抑え込むくらいはできるようになった。

 怒りに任せて振り下ろされるスプリガンの拳。
 コルネリアが危なげなくそれを受け止め、ベルンハルトが魔法で牽制する。
 隙を突いて、ディートリヒとクリストフが攻撃する。

 いつもの連携。作業と言っていいほどの、決まった手順。もう、余程の不測の事態でもなければ戦局を覆されることはない。
 望郷のメンバーたちは安定した動きを繰り返し、スプリガンを傷付け、疲弊させていく。

 観客席から上がっていた叫びは次第に鳴りを潜め、ついには闘技場に響くのは戦闘音だけとなった。

 そして、約十分後。
 スプリガンは断末魔の叫びを上げたのだった。

 <ふはははははは!!流石は我の下僕!>

 観客席から歓声が上がらない代わりに、能天気なグリおじさんの声だけが響き渡る。
 
 「下僕言うな!!」

 叫びながらも、勝利したディートリヒの顔は晴れやかだ。
 予想外の速やかな勝利。
 勝てた原因が陰険グリフォンのやらかしなのが気にはなるが、全滅も覚悟したのに誰も大きなケガもなく勝てたので気分は良い。
 それは望郷のメンバーたち全員が同じなのだろう。誰もが満足げに笑みを浮かべていた。

 それに……。

 「次は、あんたの番だな」

 自分たちはあくまで前座。余興に過ぎない。
 本当の戦いの決着は、グリおじさんと妖精王の戦いで決せられる。

 戦いに長けて卑怯な手段も平気で使うグリおじさんが負ける姿など想像がつかない。いよいよこの長く様々な事があったダンジョン攻略も終わるだろう。
 やっと、ロアを取り戻せる。
 そう考えるだけで、自然と頬が緩んでくる。

 なにより、グリおじさん自身が対等とまで言った妖精王との戦いだ。
 初めてグリおじさんの本気の戦いが見れるに違いない。ディートリヒは期待に胸が躍るのを感じていた。

 <…………何を言っているのだ?>

 しかし、ディートリヒの言葉に、グリおじさんはわざとらしく首を傾げて見せた。

 「何って……」
 <なぜ我が羽虫の王と戦わねばならぬのだ?我に戦う理由など、ないであろう?>

 本気で訳が分からないとばかりに、グリおじさんはため息を吐いて首を振る。

 「はあ?」

 その仕草がふざけているように見えて、ディートリヒは怒りの声を上げた。

 <ちょっと!何言ってるんだよ!?>

 グリおじさんの言葉で怒ったのはディートリヒだけではない。
 闘技場の高い位置から、円形闘技場コロッセウム全体へと声が響く。上方の箱型の玉座のような場所にいる、カラカラの怒声だ。

 カラカラは自分の配下が敗れたことで、憎悪を燃やしていた。倒した望郷は当然だが、あっけなく敗れた不甲斐ない配下たちにも腹を立てていた。
 その感情を全てグリおじさんとの戦いにぶつけ、叩き潰して気を晴らそうと考えていた。

 そこにグリおじさんの発言だ。怒らないはずがない。

 <君はボクと戦って、ロア様を取り戻すんだろう!?そのために、このダンジョンに来たんじゃなかったの!?>

 カラカラの熊の着ぐるみに偽装している獣毛がざわつく。
 怒りに反応しているのか、長く伸び、陽炎かげろうのように揺れ始めた。

 握り締められる拳。
 思わず入った力は拳だけではおさまらず、足も強く床を踏みしめる。
 カラカラの足の爪が長く伸び石の床へと食い込むと、蜘蛛の巣のように割れ目を作り出した。

 <ふふ。醜悪な本性が出かかってるぞ、妖精王。小僧に正体を見せていいのか?>

 グリおじさんは怒るカラカラに向かって笑って見せた。

 <うるさい!……ああ、なるほど、ボクを怒らせようと思ってそんなことを言いだしたんだね?感情的にさせて、魔法の制御を狂わそうとしてるのい?>
 <そんな小ズルいことを我がするわけが無かろう?我は良い子で評判なのだぞ?>
 <うるさい!お前みたいな奴が良い子な訳があるか!!>

 カラカラの言葉に、観客席の魔獣たちが頷く。思わず、望郷のメンバーたちも頷いてしまった。
 グリおじさん以外の者たち全員の心が、一瞬だが一つになった瞬間だった。

 ……いや、違う。
 叫んだカラカラの背後にいるロアに動く気配はない。
 玉座のような場所で椅子に座ったまま、微動だにしない。まるで人形のようだ。

 カラカラはそんなロアを気にも留めず、前へと足を踏み出す。
 その動きに合わせ、床の割れ目は広がっていく。小さな子供の様な姿のどこにそれほどの力が隠れているのか。踏み抜かんばかりに力強い足取りでカラカラは進んでいく。

 そして玉座の端まで来ると、躊躇なく闘技場に向かって跳んだ。
 玉座は高さにして、四階建ての建物の屋根くらいはあるだろうか。カラカラは跳んだ勢いのまま、闘技場へと足から落下していく。

 <ふん。羽虫は短気だな>

 カラカラが飛んだ先はグリおじさんの真ん前だ。
 着地した彼は、小柄な身体に似合わない重い音と共に土埃を巻き上げた。
 
 立ち込める土埃。
 それは、小柄なカラカラの姿を完全に隠してしまう。

 闘技場にいた望郷のメンバーたちは、土埃が漂う中で固唾を飲んで様子をうかがう。妖精王の目的はグリおじさんと戦うことだ。いきなり戦闘が始まるかもしれない。
 何があっても対応が取れるように、周囲を探りながら視界を覆った土埃が晴れるのを待った。

 そして……。

 「なっ!」
 「え?」
 「うわっ!」
 「……」

 土埃の中から現れた、
 望郷のメンバーたちは、思わず口々に叫びを上げた。

 <寝坊助ども、見よ。あれが妖精王の正体だ。偽装した姿が、いかに可愛い子ぶっていたか分かったであろう?まあ、我も噂で聞いた程度であったが、やはり醜悪だな!>

 土埃の中から現れたのは、三メートルはあろうかという直立した灰色熊グリスリー
 だがそれは、全体の印象だけの話だ。
 実際のグリスリーと違って、アンバランスなほどに上半身が肥大している。まるで、特徴を誇張ディフォルメした筋肉質な男マッチョの様だ。
 
 背には、妖精の特徴である翅がある。
 それは他の妖精の薄い翅と違って、肉厚な印象がある巨大な翅だ。ふんわりとしていて、まるで毛皮で出来ているようだ。
 表面には鮮やかな文様があり、武骨な雰囲気ながら美しくもあった。

 もしロアが正気であったなら、それが天蚕ヤママユガと呼ばれる蛾の翅だとすぐに気が付いただろう。

 要するに、妖精王の正体は巨大なヤママユガの翅を背負った、マッチョなグリスリーだったのである。

 <さあ、やろうか!うるさい鳥!!>

 その見た目に反して、声は可愛い子供のような声のままだ。その不自然さが、不気味な印象を与える。
 カラカラは偽装した時と変わらない七色に輝く瞳で、うるさい鳥ことグリおじさんを睨みつけた。

 <だからなぜ、我が貴様と戦わねばならぬのだ?醜悪な翅を背負った羽虫の王>
 <まだ言うか!!>

 カラカラは戦いを始めようとするが、グリおじさんはそれに応じる気配はない。わざとらしく首を傾げ、にんまりと不愉快な笑みを浮かべるだけだ。
 それがさらにカラカラを苛立たせた。

 <妖精王よ。下僕どもの戦いの後で我らが戦う予定となっておったが、しかし、それは正しい事か?>
 <何を言って……>
 <我は思うのだ。下僕が頑張りを見せたなら、主人がそれに答えて手本を見せるべきだと>
 <そうだ!だから、ボクと君が戦うんだろう?>
 <うむ、だが、少し問題があってだな>
 <なんだよ!イライラするなぁ!!>
 
 いつの間にか妙な感じに話がすり替わっているが、困惑しているカラカラはそれに気が付いていない。
 戦いを仕掛けていたのはグリおじさんのはずだ。それも、ロアを取り戻すための重要な戦いだ。
 なのになぜか、グリおじさんが戦いを渋りだしたせいで、余興で戦って見せた配下と下僕のために手本として戦う話になっている。
 
 グリおじさんはカラカラの様子を見てニヤリと笑うと、嘴を大きく開いた。

 <我は、寝坊助たちの主人ではない!>

 宣言するように、高らかにグリおじさんは叫んだ。
 さんざん望郷のメンバーたちを下僕呼ばわりしていたのに、酷い掌返しだ。

 <主人の主人なら主人も同然という話もあるが、あいにく我はルーとフィーの「おじさん」であって主人ではない。よって、我は寝坊助たちの主人ではない。寝坊助たちがいくら頑張りを見せようが、我が戦う理由にはならぬ!>

 何を言っているのか、誰も分からない。
 グリおじさんの発言に、円形闘技場コロッセウムの中にいる全員が呆然とした。

 <とまあ、そう言うことで、時間稼ぎは終わりだ。ようやく到着したようだな>
 <……とうちゃく?じかんかせぎ?>

 何を言っているのか?
 理解しきれずに、カラカラはグリおじさんの言葉を繰り返すしかできない。呆然とグリおじさんを見つめていた。
 呆然とするグリスリーの顔など滅多に見られるものではないが、それを楽し気に見ていたのはグリおじさんだけだ。
 この場にいるグリおじさん以外の全員が、同じように混乱していた。

 観客席の魔獣たちも、望郷のメンバーたちもグリおじさんを見つめて首を傾げている。

 <貴様と戦う者の到着だ!貴様が絶対に敵わぬ者のな!!>

 まるで、その言葉が合図だったように。
 カラカラの背後で、入り口の扉が吹き飛んだ。

 突然の出来事に、カラカラは身動きが取れない。背後からの爆風でカラカラの翅が大きく揺れ輝く鱗粉が宙に舞った。
 
 扉を吹き飛ばし、闘技場の中に飛んできたのは、二つの魔法。

 一つは、巨大な氷塊。
 一つは、燃え盛る炎の塊。

 その魔法の後を追うように、大きな二つの影が滑り込んでくる。

 「ルー!フィー!」

 真っ先に叫びを上げたのは、ディートリヒだった。





   ※   ※   ※   ※   ※

いつも読んでいただきありがとうございます。
アルファポリスの刊行予定ページにてすでにご存じの方もおられるかもしれませんが、5月下旬に書籍9巻の発売が決定しました。
 これもひとえに読んでくださっている皆様のおかげです。ありがとうございます。
 
 漫画版も併せて、これからもよろしくお願いいたします。



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