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四章 新しい仲間たちの始まり

困惑と、喜び

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 二つの影は、円形闘技場コロッセウムを駆け抜ける。
 妖精王カラカラは身動きが取れない。

 戦闘能力は高いが、所詮本性はお手伝い妖精。
 能力に実績が伴っておらず、突然の状況に判断が追い付いていない。

 背後から扉を壊して飛んでくる魔法にも、近づいてくる影にも棒立ちで反応することすら出来なかった。

 <なっ!!>

 やっと驚きの叫びを上げた時には、二つの影はカラカラの両脇をすり抜けて目の前に立っていた。
 グリおじさんの倍はあろうかという巨体。

 <……魔狼!>

 カラカラの目の前には、二匹の魔狼が立っていた。

 一匹は輝く紅玉ルビーの様な毛皮。
 真紅の炎を、羽衣のように纏っている。
 美しい……。と、思いながらもカラカラは警戒を強めた。
 炎の羽衣が、待機状態になった魔法の実体化だと瞬時に察したからだ。大きく広くたなびいているのは、それだけの敵意がある証拠だろう。
 
 もう一匹は深く透き通る蒼玉サファイアの様な毛皮。
 こちらも細氷の羽衣が周囲を漂い、刃物のような鋭い輝きでカラカラに敵意を示している。

 二匹が長い尾を振る度に、周囲に火の粉と氷晶を舞わせた。

 カラカラは、この二匹の魔狼の正体を知っている。
 敵意を向けて来る理由も。

 二匹はカラカラに怒りに満ちた視線を向けながら、立ち止まった位置からゆったりとした足取りで移動する。
 そして、グリおじさんの左右に並び立った。

 カラカラの毛皮の下で冷たい汗が流れた。

 <ご苦労!!>
 <……>
 <……>

 グリおじさんが大仰に頷きながら話しかけるが、二匹は無言で一瞥しただけだった。
 その視線も、やけに冷たい。

 グリおじさんを中心にして、左右に並ぶ美しい魔狼。
 闘技場の扉を壊して現れたその正体は、双子の魔狼ルーとフィーだ。
 しかし、普段の姿ではない。双子曰く「大人もーど」という、成長した姿だった。

 高位の魔獣の中でも極一部しか持たない、変身能力。
 膨大な魔力を対価にして、大人の姿と能力を先取りした状態だ。

 「ルー!フィー!うべっ!!」

 ディートリヒが両手を広げて抱き着く準備万端で二匹に駆け寄ったが、突如奇声を上げる。
 目の前に氷の壁ができて、勢いよく全身をぶつけたからだ。

 「るー……。ふぃー……。にゃんでぇ……」

 ディートリヒは壁に投げつけられた蛙のように、ズルズルと崩れ落ちた。

 <無能……>
 <ロアを助けるっていってたのに>
 
 崩れ落ちてもなお涙目で見ているディートリヒを、二匹は怒りを込めた目で見つめた。
 ディートリヒは何を怒られているのか分からない。迷宮ダンジョンの最下層まで来て、目標まであと一歩。
 妖精王の配下との戦いにも勝ったし、後は妖精王を何とか出来ればロアを助け出せる。
 順調としか言いようがない。

 怒られそうなことと言えば……。
 双子を別の階層に放置したが、それは双子自らが望んだことだ。
 ロアが記憶を操作されていることに対してかもしれないが、それも妖精王の性質からありえる状況だと最初から分かっていた。
 どちらもディートリヒが怒られる筋合いはない。

 ディートリヒは、必死に怒られている原因を考えたが、何も思い浮かばなかった。

 <ああ、なるほど!ワンちゃんたちがボクと戦うってことだね!いいよ!二匹いっぺんにかかって来なよ!!>

 カラカラは声を張り上げて叫ぶ。
 突然現れた二匹の魔狼には驚いたが、それで大きく状況が変わる訳でもない。
 カラカラの見立てでは二匹の魔力量は、グリおじさんの半分以下。二匹合わせてもグリおじさんに劣る。魔法もグリおじさんやカラカラに比べれば、子供の遊び程度でしかない。

 グリおじさんと二匹が協力して三匹でかかって来るならともかく、グリおじさんが戦わないと言うのであれば、妖精王であるカラカラには取るに足りない相手だった。
 カラカラの空間の魔法に対抗して見せた魔法の対消滅という技はあるが、空間の魔法を使わなければ良いだけ。
 恐れる理由は何もない。
 
 <何を言ってるのだ?羽虫の王よ?我がルーとフィーを、貴様の様な性格の悪い相手と戦わせるわけがないであろう?>

 だが、カラカラの言葉はまたしてもグリおじさんによって否定された。

 <だって、到着したって言ったよね?>

 カラカラは困惑で呆然と開きっぱなしになった口に、両の掌を当てた。
 仮のクマの着ぐるみの様な姿の時なら可愛らしい動作だっただろうが、今のカラカラは正体を現した巨大で筋肉質な男マッチョ灰色熊グリスリーである。
 似合っていない。

 <貴様が絶対に敵わぬ者だと言ったであろう?ルーとフィーは強くなったとはいえ、まだまだ実力不足だ>
 <じゃあ、誰がボクの相手なんだよ?ボクの知らない存在?でも、そんなのにダンジョンに侵入された形跡なんて……まさか、女王!?>

 カラカラの顔色が変わる。
 カラカラが絶対に勝てない相手で、今回の件を知っていて、助けに来る可能性のある者。
 思い当たる人物は一人しかいない。

 ネレウスの女王である、スカーレットだ。

 確かにあの人物であれば、カラカラは逃げるしかない。
 カラカラを魔法で出し抜ける数少ない存在だ。気付かない内に、ダンジョンに侵入できるかもしれない。

 だが、その予想が違っているのは、次の瞬間にグリおじさんが見せた表情ですぐに理解できた。

 <なぜ我があの女に頼らねばならぬのだ!不吉なことを言うな!!>

 全力で嫌な顔をして、グリおじさんは吐き捨てる。
 それだけで、予想が外れたことは理解できた。

 だが、それならば。

 <いった、誰なんだよ!!?君の知り合いで助けに来そうな者なんて、限られてるよね?海竜だって、水中特化だからダンジョンの中じゃ僕に絶対に勝てないし!誰だよ!早く言ってよ!!>

 苛立ち、カラカラは激しく地団駄を踏みながら叫んだ。頑丈な闘技場の床にひび割れが走る。
 その、次の瞬間。

 「ルーとフィーがこの扉を壊したのかな?あとで修理しないと」

 カラカラの背後から、やけに呑気な声が聞こえた。
 それは、闘技場の入り口の外から聞こえていた。扉が壊れているため、通路の音が素通しだ。

 <え?>

 カラカラの動きが固まる。
 その声を聞いて、カラカラの全身から汗が噴き出し、一気に乾いた喉はヒュッと音を立てた。

 <来たぞ。貴様がお待ちかねの、の到着だ。間違いなく、寝坊助たちの主人の主人だぞ>

 グリおじさんの嫌味な声が耳に響き、嫌らしい笑みを浮かべているのが見え視界が涙で歪んでいく。
 二匹の魔狼のシッポが、空を飛びそうなほどに激しく振られ始めるのも歪んで見えた。

 「二とも、無茶するから」

 足音が聞こえる。
 声の主が近付いてくる。
 闘技場の観客席にひしめき合っている魔獣たちも、足音に耳を澄ませている。

 それは、望郷のメンバーたちも同じだ。
 どこかで聞いた声。
 だが、そんなはずはない。声の主であるはずの人物は、この闘技場の中にいる。高い位置の箱状の席から、今も人形のような目でこちらを見下ろしている。

 ただ、三匹の従魔たちだけが、訳知り顔で声の主の訪れを待っていた。

 「よっと」

 壊れた扉を乗り越えて中に入ってくる物音。
 背後から聞こえる音に、カラカラは振り向けない。振り向いたら認めてしまうことになるから。

 「あ、グリおじさん!望郷のみんなも!ルーとフィーがいたから、もしかしてと思ったけど。やっぱり、みんな来てたんだ……」

 グリおじさん。ルーとフィー。
 なぜ、声の主がその名を知っているのか?どうして、思い出しているのか?
 カラカラの心の中では問い詰めたい衝動と、聞かなかったことにして逃げ出したい衝動とがせめぎ合っていた。

 <小僧。久しぶりだな>

 底意地の悪いグリフォンの口から出たとは思えない、温かみのある声だった。
 その声が、カラカラを絶望に落とし込む。

 「え?ロア?なんで?」
 「ロア?え?ロアはあそこに?二人いる?」
 「ロア!ロアなのか?じゃあ、あっちのロアは?偽物?」
 「ロア!!?」

 望郷のメンバーたちが、入り口から入って来た人間と、箱状の席にいる人影を必死に見比べている。氷の壁にぶつかったディートリヒも、鼻血を流しながら立ち上がって見比べていた。

 もう、ここまできたらカラカラも認めるしかない。
 カラカラは大きく息を呑みこむと、覚悟を決めて後ろを振り向いた。

 闘技場に入って来た人物は、ロアだった。
 紛れもない、本物の。

 入り口に立っているロアは、普段着ている服を着ていた。
 手には何故か大きなブラシを持っている。
 さらに不思議な事に、どこか気まずそうだ。焦ったようにキョロキョロと周囲に視線を這わしている。

 その姿を見て、カラカラは崩れ落ちるように床へと座り込んだ。

 「…………ディートリヒ、コルネリア、クリストフ、ベルンハルト。迎えに来てくれたんですね。ありがとうございます」

 ロアは、ペコリと頭を下げた。

 「「「「ロア!!」」」」

 絶叫。
 歓喜の叫びを吐き出すと同時に、望郷のメンバーたちは駆け出していた。
 ここがどこなのかなど、もう関係ない。
 ロアを取り囲んで、全員で抱きしめたのだった。





   ※   ※   ※   ※   ※

いつも読んでいただきありがとうございます。

5月下旬刊行予定の書籍9巻の書影の公開許可が出ました。

今回も、らむ屋先生に素敵な表紙を書いていただきました。
現物を目に出来るまで、もう少しお待ちください。
よろしくお願いします。





 
 
 
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