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下水道にて⑥ 後半グロ注意
しおりを挟むこれはどういうタイプの夢なんだ。
意味の解らなさと気味の悪さに吐き気を覚え、一歩後退れば、フル勃起光人型も俺と連動しているかのように一歩前に出る。
どうしよう。…………控えめに言ってクッッッッソ気持ち悪い。
俺は謎の生命体を検分する。
身長は二メートル弱。額から頭頂、否、頭全体に至るまで髪はなく、綺麗な坊主頭を光らせている。体格具合から察するに年齢は俺の倍かそれ以上。見た目は引退した相撲取りに近い大きな身体の持ち主だが、生憎とんと見覚えはない。一応、現段階では敵意のようなものは感じられないものの、かと言って友好的かと問われれば、フル勃起で立ちはだかるような変態はおよそ友好とは程遠い。
一先ず出方を窺いつつ、他に不審物はないか改める。パッと見、シルエットからは隠し含め武器の類は見当たらないが、これも絶対に絶対とは言い切れないだろう。
このまま戦略的撤退……はタイミング次第で詰みかねないので慎重を期さねばならない。であらば戦うか。
俺は不自然にならない範囲で自身の胸から下を一瞥する。着衣は就寝前と変わらないシャツとズボンのみのラフスタイルで、当然ながら武器はない。一応脳内で出でよと念じてみるが、やはりうんともすんともいわなかった。
役に立たない夢である。
舌打ちを溢し、口の中で麻痺の呪文を唱える。がどういう原理か、半分も詠唱しない内に、俺の意志とは関係なく、強制的に遮断される。他の呪文についても同様だった。
これはいよいよもって拙い。
フル勃起光人型がまた一歩踏み出し、俺も大股で一歩下がる。
じりじりと灼熱の太陽が皮膚を焦がすような焦燥が全身に纏わりつく中、俺は必死に祈った。とにかく一分一秒でも早く目が醒めてほしい。だがしかし神というのは無情なもので、そう簡単には微笑んではくれないらしい。
近付かれては離れ。近付かれては離れ。声のないカバディを前後に変えて行うこと暫し、一向に縮まらない距離に焦れたのか。フル勃起光人型は勢いよく大地を蹴った。
俺も即座に走る。膨よかな人間は持久力がないと、何処かで耳にした記憶があるので、ここからは耐久レースだ。
こっちは腐っても冒険者。よほどの事がない限り負けはない。脳内にて桃色の丸個体の食材レース時の音楽が三ループするくらい走り続ける。
そして俺の記憶は正しかった。
走り疲れたフル勃起光人型は立ち止まり、苦しそうに肩を上下する。それを離れた場所で見守れば、奴は癇癪を起こした子供が地団駄を踏むようなステップを刻む。
「(やっぱり明確に俺を捕まえようとしてるな…………!?)」
突如として視界が揺れる。
いや違う。揺れているのは視界ではなく俺自身。地面が波打っていた。
例えるなら子供用遊具バブルドーム内を歩いているかのよう。
俺は立っていられなくなって膝をつく。もしこのまま襲われでもしたら一巻の終わりだ。奴はどうしているか。
なんとかバランスを取りながらフル勃起光人型を見れば、奴も平衡感覚を狂わされている最中だった。
お前もかよ!と突っ込みを入れる一方で、また揺れが激しくなる。同時に俺の背後の地面が突然、渦を巻き、流砂となって周りを飲み込み、凄まじい力で俺を引きづりこんでいく。
大地に爪を立てて抗おうとするも、それは無駄な抵抗だと嘲笑うかのように更に強い力で俺を引っ張る。やがて頭部分のみとなり、俺は全てを飲み込まれた。
先程よりも薄い闇が広がっている。
苦しくはない。次は一体どうなるのか。出来ればもうあの光った変態には会いたくない。そう考えていると徐々に思考が遠くなり、それでいて上半身が激しく揺さぶられている。
「ユニ、ユニ!……あ。大丈夫!?」
「……れお?」
不明瞭な瞳にレオらしき輪郭が映る。
寝起きと周囲の暗さも相俟って表情を窺い知ることはかなわないが、彼は安心したように息を吐いた。
何か心配させるようなことをしてしまったのだろうか。パチパチと瞬きをしていると、レオがかなり魘されていたのだと教えてくれる。
「うなされてた? 俺が?」
「うん。凄く苦しそうだったから起こしたんだ。何か怖い夢でもみた?」
「夢…………」
記憶を遡ってみるが、悪夢らしき情報は何処にもない。
「まあ夢なんてそういうものだよね」
「レオはもしかして寝てた? 五月蠅くしてごめんね」
「気にしないで」
それより具合は悪くない?とレオの大きな手が俺の前髪を掻き分けて、額に触れる。じんわりと温かい手だ。
「レオ?」
「うん、熱はないかな」
「そこまで柔じゃないよ」
「そっか。けど次はユニも水分を摂るんだよ」
「う。……ごめんなさい」
毛布で顔を半分隠して見上げると、明瞭になった視界が世界一格好いい彼氏を見せてくれる。
「レオ」
「ん?」
「一つだけ我が儘言っていい?」
「俺に出来る事ならいいよ」
「……今日は一緒に寝てもらってもいい?」
「寝るだけでいいの?」
「抱き締めてくれると嬉しい」
「仰せのままに」
くすりと笑ったレオが要望通り、俺を抱き締めて横になる。
俺は彼の胸に顔を擦りつけて、猫を吸うように彼の匂いを嗅ぐ。身を清めてきたのか、レオからは下水の臭いもレモンタイムの臭いもしなかった。
いつもの安心する陽だまりの香りだ。
「俺、臭くない?」
「んーん。良い匂い。……ねぇ、今気付いたけど俺いまとんでもなく臭いよね?」
「あぁ、大丈夫だよ。寝てる間に洗っておいたから」
「あらっ!?」
顔を剥がし、陸に打ち上げられた魚のように口を開閉する俺に、レオは色気のある声で囁く。
「俺達、洗うよりもっと凄いこといっぱいしてるのに?」
「~~~~っ」
「ユニは可愛いなぁ」
「レオっ!」
「ごめんごめん。お休み」
「う~……おやすみ」
※注意※ 以下、凄惨表現有。
――同時刻。
蝋燭の火が照らす中、フードを被った人食い大鬼のような存在が階段を降りていた。人目を避ける漆黒の外套、およそ人とは思えない大きな足音、獣のような荒い呼吸。全てが合わさったそれは人間とは程遠い、魔物のような男だった。
男は壁に配置された明かりを受けながら、下へ下へと進んでいく。
五分ほどして巨大な石壁がその前に現れた。男はぱさりとフードを外す。
出て来たのは人食い大鬼ではなく、人間の男だ。定かではないが年齢は四、五十代前後だろう。
顔立ちは豚のように醜く崩れており、一目で誰の目にも嫌悪感を抱かせる酷いものだ。だがなまじ桃色の髪と海の青を彷彿とする美しい瞳がある所為か、更にその酷さを際立たせている。
「どうにかならんものか」
男は醜く顔面を歪ませ、頑丈な石扉を押し開けた。外套の下で何か発動するかのように淡く光る。
石扉の中に入ると貯蔵庫を改造した広い空間が広がっていた。ただ肝心の食料を保存する棚や樽などは何処にも姿はなく、かつて運びこまれた保存食は全て撤去されていた。室内は多くの獣でも解体でもしたのか、夥しい血臭が漂い、男の鼻を攻撃する。
男は盛大に眉を顰め、中央に置いた石の台座へと近寄る。
「ご機嫌麗しゅうございます」
慇懃に礼をしながら、男は石の台座にてとぐろを巻く小さな蛇を眺める。
それは男に気付くと、しゅるりと身体をくねらせた。続いてゴキゴキと音を立てて、蛇の形を変える。やがてそこから姿を表したのは十代前後の少年であった。
「これが機嫌がいいと思うか」
氷室以上に底冷えする声をかけ、少年が台座を降りる。男に背を向け、奥へ進むと、そこには百ではきかない人の山が築かれていた。
塵の集積場のように積みあがったそれ等はピクリとも動かず、全員絶命しているようだ。少年が近寄ると空気は一層淀み、独特の腐敗臭が溢れている。
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「魔力にございますか」
未だ中央にて窺っていた男は恍けたように問う。
「この程度では足りん」
男は内心少年を詰っていたが、決しておくびにも出さず、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。なにぶん最近は監視の目がきつく、貧民街の者を運ぶのに時間がかかっておりまして」
「それをどうにかするのが貴様の仕事だろうが」
少年が齧りついていた骨を男に向かって投げた。ガツッという音が鳴り、男にぶつかったそれが床に転がる。
「…………申し訳、ありません」
男の謝罪に少年は顔を顰める。
「どうやら我との契約を忘れているようだな」
「そっ、そんな滅相もございません。ヘルブリン様!」
慌てて顔を上げた男の叫びに、少年、いやヘルブリンはまた顔を顰める。
「今後もこのような事が続くのであればその時は分かっているのだろう。デューダイデン・アウグスブルク」
「はっ、ははぁー!!」
そう言って震えながら土下座する男に幾らか溜飲を下げたヘルブリンは再び食事に戻る。
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寸でのところで気付かれぬよう分体に乗り移ったヘルブリンは、直後ルディの癒やしの力を浴びた。
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ヘルブリンは腐った肉を咀嚼する。
完全回復にはまだまだ足りない。
一命を取り留めた唯一の伴侶を取り戻すべく、狂ったように食べ続ける。
「(この程度の力では后も我だとは気付かなかった)」
ヘルブリンの脳裏に夢渡りで会ったユニの姿が映し出される。
一拍後、股間に熱が集中する。
「(嗚呼……早くまた交わりたい)」
その姿を見ながら男、デューダイデンは一礼して石扉へ戻る。
「……待て」
「ど、どうかなさいましたでしょうか?」
「近くに柄の悪い赤い鼠がいるな。連れてまいれ」
「赤い鼠、にございますか?」
「ああ。不遜にも此方を睨みつけておる野蛮な鼠だ」
「しょ、少々お待ちくださいませ」
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