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第一章 グリマルディ家の娘
23,衝撃
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◆
きっかけは、私が十二歳のときだ。
ダンスレッスン後、突然メイリーに呼び出されたことがあった。
彼女が待つスクール近くの公園まで急いで向かうと、腕を組みながらきつい目つきで私を眺めるメイリーがいた。
もしかしてイベントの件で何か言われるのかな。ソロのことでダメ出しとか。嫌だな……。でも、ちゃんと話は聞かないといけない。メイリーはクラスの先輩で、仲間だから。
できるだけ笑顔を作って、私は軽く会釈をする。
「メイリー、お待たせ。お話ってなに?」
大丈夫、いつもどおりで。メイリーの目は一切笑っていなかったけど、怖くないよ。そう自分に言い聞かせる。
彼女はいつものように、私と話すときにだけ出す低い声で口を開いた。
「ちょっとね、二人だけで話したくて」
「うん」
「あなたの親と、ヒルスのことなんだけど」
「私の家族がどうしたの?」
「……家族、ねぇ」
私のなにげない一言に、メイリーは嘲るように見下ろしてくる。威圧感があってちょっと怖い。
「やっぱり知らないのね、可哀想」
「なにが……?」
私が首を捻ると、メイリーは冷たい眼差しのまま、語尾を強くした。
それから次に、信じられない話を始めるの。それは私にとって、とても受け入れられない内容だった。
「あなたってさ──ヒルスの本当の妹じゃないのよ」
そう言い放ったメイリーの顔に一切の優しさや情なんてものはない。むしろ嫌悪感のようなものが伝わってきた。
「もちろんあなたの親もニセモノなのよ」
「ちょっと待って。それは、どういう意味……?」
彼女の話が全く理解できず、無意識のうちに瞬きの回数が増えてしまう。
呆然とする私に向かって、メイリーはお構いなしに話を続ける。
「この話、ヒルスが親と話していたのをこっそり聞いちゃったのよねぇ。あなたは孤児院から引き取られてきた、どこの誰の子か分からない娘らしいわよ? 三歳のときだからあなたは覚えていないんでしょうけど。ヒルスに直接確認したし、間違いないわ」
──待って、待ってよ。一体、なんの話をしているの?
ついていけず、頭が真っ白になっていった。
「こんな大事なことも知らせてもらえないなんてねえ。本物の家族じゃないから仕方ないわよね」
「……」
「それに、スクールに通うのだって月謝がかかるんだから! 赤の他人のあなたが、ヒルスのお父さんとお母さんに負担をかけるのもおかしな話よね!」
悪意を持ったような口ぶりでメイリーははっきりとそう言い放つ。
どうしよう、胸が苦しい。
万が一にでもこの話が本当なら、私は家族だと思っていた人たちにずっと迷惑をかけていたことになる。そう思うと、何も言えない。メイリーの嘲笑うかのような声に、とうとう私は俯くことしかできなくなった。
──いや、嘘だ。信じられない。私が孤児院から来た子供だなんて。お父さんとお母さんが本当の親じゃないなんて。それに、兄であるはずのヒルスとも赤の他人?
思い返せば──たしかに私は家族の誰とも似ていない。両親も兄のヒルスも、地毛が綺麗な金色なのに私一人だけ漆黒の髪色だ。
目元だって父とヒルスは少しつり目で母は一重であるのに、私だけ大きなぱっちり二重。
肌も、違うと思っていた。ヒルスたちは白人らしい色なのに、私だけは褐色の肌をしている。
だけど……ちょっと見た目が違うだけで、そこまで深く気にしたことなんてなかった。まさか自分が、家族と血の繋がらない赤の他人だなんて思いもしなかったから。
あれこれ考えると、目の前がじんわりとぼやけて前が見えなくなっていった。頬のあたりが冷たく、湿っていく。
「あれ、レイ。悲しいのー? 本当に惨めだね。信じられなくても事実だからさ。親に聞いてみればどう? あっ、違うか。あなたはニセモノの娘だったわね。他人に迷惑かけたくないなら、今すぐスクール辞めた方がいいよ。ヒルスとも仲良くしすぎないことね」
そう吐き捨ててから、メイリーは笑いながらその場をあとにしてしまった。
──どうして。
夜の静けさに包まれた公園の隅で、溢れ続ける涙を拭き取りながら、私は独り立ち尽くす。
──どうして、あなたにそんな言われかたをされないといけないの……?
疑問に埋め尽くされた私の心の中は、負の感情で溢れ返った。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、もはや整理がつかなくなってしまう。
怖い。家族に直接訊く勇気なんてない。
もしも私が、本当は赤の他人だとしたら。このことに気づいたと家族に知られたら。お父さんとお母さんは、どんな反応をするんだろう? きっと今までどおりにはいかないよね? 娘として見てくれなくなるよね……?
私があの家の子じゃないなら、家族で一緒に笑ったりご飯を食べたり甘えたりしちゃいけないよね?
考えれば考えるほど、深い闇が心を黒く染めていった。
その日から何かの糸がぷつんと切れてしまい、私の心はガラガラと音を立てて一気に崩れていった。
きっかけは、私が十二歳のときだ。
ダンスレッスン後、突然メイリーに呼び出されたことがあった。
彼女が待つスクール近くの公園まで急いで向かうと、腕を組みながらきつい目つきで私を眺めるメイリーがいた。
もしかしてイベントの件で何か言われるのかな。ソロのことでダメ出しとか。嫌だな……。でも、ちゃんと話は聞かないといけない。メイリーはクラスの先輩で、仲間だから。
できるだけ笑顔を作って、私は軽く会釈をする。
「メイリー、お待たせ。お話ってなに?」
大丈夫、いつもどおりで。メイリーの目は一切笑っていなかったけど、怖くないよ。そう自分に言い聞かせる。
彼女はいつものように、私と話すときにだけ出す低い声で口を開いた。
「ちょっとね、二人だけで話したくて」
「うん」
「あなたの親と、ヒルスのことなんだけど」
「私の家族がどうしたの?」
「……家族、ねぇ」
私のなにげない一言に、メイリーは嘲るように見下ろしてくる。威圧感があってちょっと怖い。
「やっぱり知らないのね、可哀想」
「なにが……?」
私が首を捻ると、メイリーは冷たい眼差しのまま、語尾を強くした。
それから次に、信じられない話を始めるの。それは私にとって、とても受け入れられない内容だった。
「あなたってさ──ヒルスの本当の妹じゃないのよ」
そう言い放ったメイリーの顔に一切の優しさや情なんてものはない。むしろ嫌悪感のようなものが伝わってきた。
「もちろんあなたの親もニセモノなのよ」
「ちょっと待って。それは、どういう意味……?」
彼女の話が全く理解できず、無意識のうちに瞬きの回数が増えてしまう。
呆然とする私に向かって、メイリーはお構いなしに話を続ける。
「この話、ヒルスが親と話していたのをこっそり聞いちゃったのよねぇ。あなたは孤児院から引き取られてきた、どこの誰の子か分からない娘らしいわよ? 三歳のときだからあなたは覚えていないんでしょうけど。ヒルスに直接確認したし、間違いないわ」
──待って、待ってよ。一体、なんの話をしているの?
ついていけず、頭が真っ白になっていった。
「こんな大事なことも知らせてもらえないなんてねえ。本物の家族じゃないから仕方ないわよね」
「……」
「それに、スクールに通うのだって月謝がかかるんだから! 赤の他人のあなたが、ヒルスのお父さんとお母さんに負担をかけるのもおかしな話よね!」
悪意を持ったような口ぶりでメイリーははっきりとそう言い放つ。
どうしよう、胸が苦しい。
万が一にでもこの話が本当なら、私は家族だと思っていた人たちにずっと迷惑をかけていたことになる。そう思うと、何も言えない。メイリーの嘲笑うかのような声に、とうとう私は俯くことしかできなくなった。
──いや、嘘だ。信じられない。私が孤児院から来た子供だなんて。お父さんとお母さんが本当の親じゃないなんて。それに、兄であるはずのヒルスとも赤の他人?
思い返せば──たしかに私は家族の誰とも似ていない。両親も兄のヒルスも、地毛が綺麗な金色なのに私一人だけ漆黒の髪色だ。
目元だって父とヒルスは少しつり目で母は一重であるのに、私だけ大きなぱっちり二重。
肌も、違うと思っていた。ヒルスたちは白人らしい色なのに、私だけは褐色の肌をしている。
だけど……ちょっと見た目が違うだけで、そこまで深く気にしたことなんてなかった。まさか自分が、家族と血の繋がらない赤の他人だなんて思いもしなかったから。
あれこれ考えると、目の前がじんわりとぼやけて前が見えなくなっていった。頬のあたりが冷たく、湿っていく。
「あれ、レイ。悲しいのー? 本当に惨めだね。信じられなくても事実だからさ。親に聞いてみればどう? あっ、違うか。あなたはニセモノの娘だったわね。他人に迷惑かけたくないなら、今すぐスクール辞めた方がいいよ。ヒルスとも仲良くしすぎないことね」
そう吐き捨ててから、メイリーは笑いながらその場をあとにしてしまった。
──どうして。
夜の静けさに包まれた公園の隅で、溢れ続ける涙を拭き取りながら、私は独り立ち尽くす。
──どうして、あなたにそんな言われかたをされないといけないの……?
疑問に埋め尽くされた私の心の中は、負の感情で溢れ返った。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、もはや整理がつかなくなってしまう。
怖い。家族に直接訊く勇気なんてない。
もしも私が、本当は赤の他人だとしたら。このことに気づいたと家族に知られたら。お父さんとお母さんは、どんな反応をするんだろう? きっと今までどおりにはいかないよね? 娘として見てくれなくなるよね……?
私があの家の子じゃないなら、家族で一緒に笑ったりご飯を食べたり甘えたりしちゃいけないよね?
考えれば考えるほど、深い闇が心を黒く染めていった。
その日から何かの糸がぷつんと切れてしまい、私の心はガラガラと音を立てて一気に崩れていった。
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